日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

英国の No. 1 医療系書店(であった場所)へ久しぶりに行ってみたら

 

先日、ロンドンの中心街へ行く用事があり、数年かぶりにこちらの書店(写真下⬇︎)へ立ち寄ってみた。

私にとって、たくさんの思い出のある場所。

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英国を代表するチェーン書店「ウォーターストーンズ (Waterstones) 」ロンドン ガウアー・ストリート店

「ウォーターストーンズ (Waterstones) 」は、英国内で全国規模展開している書店。英国の主な街には、ほぼ必ず一軒ある。英国に住んだことのある人であれば、誰もが一度は訪れたことがあるはず。

で、こちらの店舗は、ロンドン大学の本部や多くのカレッジが集結するエリアに所在している。それ故、ありとあらゆる分野の学術書を扱っているのだけど、特に医療系の書籍は、品揃えが「英国 No. 1」として、昔からよく知られた場所だった。

ちなみに、この書店の向かいは、ロンドン大学の学生組合(写真下⬇︎)。この辺り、ロンドンの文教区の典型的な雰囲気が映し出されている。

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ロンドン大学学生組合。中に売店があり、私はこの大学を卒業してからも、英国特有の実用重視の文房具が手頃な価格で購入できる場所としてよく利用していた。こういった予期せぬ再訪の際に、忘れかけていた記憶のかけらが突然蘇るのって、面白い

 

ところで、私は、本屋さんが大好き。

ふらっと入って、興味のおもむくまま目についた本を手に取る時のワクワク感、特に薬学関係の書籍の場合は、内容をある程度立ち読み「これからの仕事に役立つ知識が含まれているかなー?」「うわー、この箇所に書かれていることは知っていたけど、こんなこともよくまとまっている本だなあ」なんて心ゆくまで品定め。そして「うん。これ、買う価値ある!」と確信し、購入するときの喜びは、アマゾンでのポチりでは到底得られない。

幼児の頃、危うく捜索願を出すほどの迷子になったのも、とある地方都市での大書店内だったと、両親から聞かされている。

小学校の途中から東京へ引っ越してからは、電車で10分で行けた新宿の紀伊国屋書店へ通い詰めた。インターネットが存在しなかった・全ての人には実用されていなかった1980-90年代、知的好奇心を満たすさまざまな書籍に触れる機会が日本一であったそのエリアで暮らせたことは、私の人生で起こったいくつかの幸運の中でも、今なお上位に挙げられる。

そして巡り巡り、観光者として初めてロンドンに来たとき (1998年)、私は、その目的の一つとして、医療系の専門書店へ行こうと決めた。

でも、そんな情報は、日本語の旅行ガイドブックには載っていなかった。だから私は、見学に訪れた(そしてその2年後、自身の実習先になった)聖トーマス病院の庭で、昼休みの休憩中であったであろう親切そうな研修医を一人とっ捕まえて「ロンドンで一番有名な医療系書店はどこ?」と聞いてみた。そして、返ってきた答えが;

「ウォーターストーンズ書店ガウアー・ストリート店」

だった。

それが、この書店の存在を知った始まり。

私が、観光者としてロンドンに初めて来た時の話は、過去のこちらのエントリ(⬇︎)からどうぞ

ちなみに、こちらの書店、私が英国に移り住んで、一番最初に登録した家庭医院と同じ通りにあります。日本の文豪、夏目漱石も英国留学当初、住んだことのある通りです。そんな話は、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

 

英国へ移り住んでからは、このロンドン随一の学術書店であったこの場所に通い詰めた。特に、ロンドン大学薬学校大学院時代は、住んでいた学生寮から歩いて10分ぐらいの「近所の最寄りの本屋さん」になったし。

ロンドン大学薬学校大学院時代に住んでいた学生寮の話は、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

 

で、ここ、まさに書籍のデパートだった。

特に、地下の階のほぼ全フロアが医療系専門書コーナーで、その数は圧倒的だった。英国で発売されている医療系専門書の「全て」が在庫陳列されていたのだ。その上、絶版になっている珍しい古書や、世界中のどんな国からの専門書の取り寄せも行なっているという、便利この上ない書店だった。

そして何より、この書店の店員さんたちは、皆、博学で親切だった。

ちょっとした薬学用語を言っただけで、大英図書館の司書さん並みにそれに適した本をパパッと探し出してくれた。日本から来たばかりで、拙い英語を使って話す私の言うことも、ちゃんと理解してくれていた。英国留学当初、学業でも日常生活でもあまりに語学の壁がありストレスを抱えていた私にとって、ここは、オアシスのような場所であったのだ。

 

ロンドン大学薬学校を卒業した後も;

英国薬剤師免許変換への第一歩として必要であった英語の語学試験 (IELTS) 受験のための過去問全集を購入したのも、ここだった。

免許変換コース履修中の課題に必要であった薬学文献を購入したのも、ここだった。

英国薬剤師免許試験の対策本・予想問題集などを購入したのも、ここだったな。

私、不動産とか、装飾品とかいったものには、ほぼ興味がない。でも、こう振り返ってみると、この書店には、随分とお金を落としてきたわ。。。(笑)

 

そんなに大好きな書店であったが、気づけばいつの間にか、足が遠のいていた。

職業上では、最新の論文とか、薬学雑誌から得る知識の方が、最近は断然多くなってきたからね。

 

だから今回「懐かしい書店、どんな風に変わっているかなー」とわくわくしながら、かつてのように正面のドアから入っていた。

でも。。。

まずショックを受けたのが、かつて、地下の階を埋め尽くしていた医療系書籍のコーナーは跡形もなく、レコード屋さんや中途半端な画廊になっていたこと。書籍の対面販売だけでは、この大きな建物を維持できないのであろうことが、一目瞭然だった。

で、医療系書籍コーナーはどこへ移っちゃったんだろうと思って、古びて軋むようなエレベーターに乗りながら探してみたら、何と最上階の4階だった。

そして、その階に着いて、仰天した。

医療系の書籍、この建物の最上階の隅っこの、たったこれだけ(⬇︎)に縮小されていたのです。かつては「薬学書コーナー」ですら、この面積以上の大きさが取られていらほどだったのに!

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「SALE」と名打った、古い版のものばかりを叩き売りしている棚と。。。

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その向かいのこちらの棚しかなかった。しかも、お客さんがほとんどいなかったこの階で、骸骨さんがお出迎えとは、何ともシュール。。。(笑)


しかも、その中で、薬学系の棚はたったこれ(写真下⬇︎)だけだった。

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商売というものの栄枯盛衰がひどすぎて。。。言葉を失ったな。

でも、その中で、いくつか目を惹くものもあったので、ここで紹介。

まずは、こちら(写真下⬇︎)「Color Atlas of Pharmacology (薬理学カラー図鑑)」。

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これ、私が、生まれて初めて買った、英語で書かれた薬学書籍。英国への留学が決まり、渡英前に、さすがに日本の薬科大学で習ったようなことを、一通り英語でおさらいした方がいいのではと思い、当時開店して間もなかった紀伊国屋新宿南口店の洋書売り場で、大枚を叩いて買った(→その頃、英ポンド高かったし、輸入品として買ったから、べらぼうな値段で買ったんだよー。苦笑)。ほぼ全てのページがカラフルな図解に溢れていて、シンプルな英語で書かれていたというのが、購入の決め手だった。大切に扱い、英国に移り住む際、スーツケースの中に含めたものの一つ。

あれから約20年もの月日が経っているけど、この本が改版を繰り返し、相変わらず書店の棚に置かれて販売されていることを目にし、忘れかけていた旧友に突然再会したような感動を覚えた。

Color Atlas of Pharmacology (English Edition)

Color Atlas of Pharmacology (English Edition)

 

 

それと、その奥の「MCQs in Clinical Pharmacy」(写真上⬆︎)

こちら、英国王立薬学協会出版社から出ているもので、私も、英国薬剤師免許試験の受験準備をしている際に購入した。多肢選択法の良質な試験問題が連ねてあった。で、一通り目を通し解答してみたのだけど、よくよく調べてみたら、著者はマルタ共和国の薬科大学の教授とのこと。それでは、英国薬剤師免許試験対策とは(ちょっと)ピントが外れるのでは? とそれっきりになった本。

でも、ヨーロッパ圏の薬科大学の試験がどんなものになっているかを知る上では参考になる本だと思います。

MCQs in Clinical Pharmacy

MCQs in Clinical Pharmacy

  • 発売日: 2007/05/30
  • メディア: ペーパーバック
 

 

それから、こんな参照本(写真下⬇︎)も見つけた。ロンドンの中心地に所在する国営医療 (NHS) 病院、ロンドン大学付属ユニバーシティカレッジロンドン病院薬剤部監修の「注射薬投与ガイド」

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英国の国営医療病院 (NHS) の医薬品情報室には、それぞれ「専門」を持つところが多いです。製薬会社から提供される情報や、薬学論文などではなかなか明確に探し出せないデータなども、独自のリサーチにてその知識を有していることがあります。そんな実際の医療現場で必要とされるノウハウを一つの本にまとめたものが、書籍として発売されているのです。この本もその一例。

私自身、実はこの書籍を今まで存じていませんでした。ちなみに、ユニバーシティカレッジロンドン病院薬剤部は、こちらの書店から目と鼻の先に所在しています。そんな関係で、この本も店頭在庫されていたのだと思います。やはり、本屋さんに実際に自分の足で訪れてみるって、大切なんだなと思っだ次第。

英国を代表する国営 (NHS) 病院の一つであるユニバーシティカレッジロンドン病院についてのエントリはこちら(⬇︎)からどうぞ

 

それから、最後にこちら(写真下⬇︎)。オックスフォード大学出版社から出ている、医療系参照本シリーズ

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英国の医療従事者で知らぬ者はいないと断言できるほど有名な医療系参照本シリーズ。ありとあらゆる分野のものが出版されています。どの本もかなりの頻度で改訂版が重ねらているのも凄い!

かつての姿とは見る影もなく規模縮小されている医療系書籍コーナーとはいえ、この参照本シリーズの「全巻」を店頭に取り揃えているのは、やはり英国内でもこちらの書店ぐらいなのではと思います。

というのは、私、今まで、ありそうでないと思っていた、このシリーズの「Infectious Diseases and Microbiology (感染症と微生物) 」というものを、今回、ここで見つけたから。

嬉しくて、即、購入決定! でした(笑)。

 

お会計をしようとカウンターへ行くと、店員さんたちからは;

「おや。。。? これはまた、タイムリーな本をお買い上げになりますねえ」と、英国に本格的に上陸してきた新型コロナウイルス (COVID-19) を揶揄したお言葉が。

そして、この書店を出て、店頭のショーウィンドウをよーく見ると、こんな提示がされているのに気づいた(写真下⬇︎)

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「パニクるな。落ち着いて、本でも読みなさい」

今回、こちらの書店を訪れてからこのエントリを書いている間に、英国内のほぼ全ての商業施設があれよあれよと閉鎖されていきました(→このウォーターストーン書店も今週初めに営業停止)。自身の楽しみにしていた英国外の2週間の休暇もキャンセル。そして、なんと昨夜から、英国在住者の今後3週間の外出規制「ロックダウン」が発令。

そんな訳で、事実上最後の外出となったこの書店で、本当にいい買い物したよなあと、目下、自宅に籠り、購入したこちらの本(写真下⬇︎)を読む日々です。

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新型コロナウィルスによる英国の状況、日に日に悪化してきています。

 

では、また。