日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

プレレジ研修(仮免許薬剤師)時代のこと

 

先週の木曜日は、英国薬剤師免許の筆記試験日だった。

 

毎年、年に2回、6月末と9月末に行われる。

9月は、6月に不合格だった受験者の再試か、プレレジ研修(詳細は、下記)を何らかの事情で遅く始めた人のための試験日。だから、9割方の英国薬剤師の卵は、6月末に試験を受ける。

私も、2012年6月に受験し、合格した。

で、この週末、プレレジ研修時代のことを、あれこれ、思い出していたんだ。

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英国で薬剤師になるには、まず、英国内の薬科大学の4年間の課程を卒業するのが第一歩。そして、卒業後直ちに、通称「プレレジ (pre-registration trainingの略) 」と呼ばれる、1年間の義務実務研修を始める。

ちなみに、日本ですでに薬剤師の資格を持っていた私は、英国内の限られた薬科大学院で開講している「海外薬剤師免許変換コース (Overseas Pharmacists’ Assessment Programme (通称 OSPAP) 」という1年間だけの課程を履修し、その後、英国の薬科大学卒業生と一緒に、「プレレジ」を行った。日本の薬科大学のカリキュラムは、英国と(ほぼ)同等と見なされており、このような措置が取られている。

プレレジ研修期間は、英国保健省からの財源で、年収約330万程度 (2018年度調べ) の給与も出る、仮免許薬剤師という身分。日本の実務実習は、6年間の薬学部の課程の中に組み込まれているけれど、英国では、各自で希望する薬局に応募し、薬科大学卒業後、1年の契約で実際に雇用してもらう形態。それぞれが、自分で選んだ薬局現場で、そこの薬剤師さんたちの監督の元で実務に勤しむ、「徒弟」制度。

雇用者にとってみれば、仮免許薬剤師の面倒を見るのは、それなりに大変な面もある。でも、「プレレジ」を毎年引き受けている研修先では、訓練内容がすでに十分確立されている場合が多い。給与は英国保健省が出してくれるし、仮免許薬剤師は、日々、一人前に成長していくので(⇨というか、成長していかなければならない。ズバリ、その為の『研修』です。笑)、人手不足の薬局では、プレレジ仮免許薬剤師を引き受けるということを、スタッフ人員を毎年安定的にタダで得る手段としているところも多い。

という訳で、英国のプレレジ研修制度は、免許取得前の実務研修が義務である仮免許薬剤師と、経費を抑えて人手の欲しい薬局側の両者のニーズに合った、都合の良いシステム。また、仮免許薬剤師が研修中優秀な成績を修め、プレレジ終了後、その薬局に求人があり、本人も希望すれば、その職場に残る形で、晴れて「薬剤師」として雇用してもらうことも可能で、「青田買い」的要素もある。

プレレジ研修は、毎年8月に始まる。仮免許薬剤師とは言え、お給料を頂いている以上、日々の業務を、監督薬剤師の元で、プロとしての自覚を持ってきちんとこなすことが要求される。その上、ほぼ毎日ある職場での実地評価にパスしていかなければならないため、勤務時間外は、夜も休日も自主勉強する、密度の濃い一年。

そして、このプレレジ研修の最終段階である翌年の6月末に、全国統一で行われる薬剤師免許筆記試験を受験する。合否は、試験日から1ヶ月後、1年に渡るプレレジ研修が終了する7月末に発表される。そこで合格すれば 、ついに、英国薬剤師として登録される。ちなみに、私の合格発表日は、奇しくも、2012年夏のロンドン・オリンピックの開催日だった。

 

で、最終的には「結果オーライ」ではあったのだけど、この「プレレジ」、私にとっては、今振り返ってみても、二度と繰り返したくないと思う、大変な年だったの。

 

理由は色々あったのだけど、まず最大の失敗は、私自身、プレレジ研修先の選択を誤ったこと。国営病院薬局内での研修を希望し、ロンドン市内の4つの病院に応募し、大学病院の薬局が第1希望だった。でも、唯一採用通知が来たのは、滑り止めであった、その当時、自身がファーマシーテクニシャンとして勤務していた精神科専門病院からのみだった(写真下)。プレレジを、すでに全てを知り尽くしていた職場で行うことになったので、得るものも少ないと、最初から、研修に熱が入らなかった。6年後の今振り返ってみると、大学病院でもなく、専門病院でもなく、ごく普通の一般総合病院で研修するのが、その後のキャリア形成としても一番良い選択だったのではないかと思っている(あくまで、個人的な経験からの意見だけど)。

 

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私がプレレジ研修を行った、西ロンドンのノッティング・ヒル地区にある精神科専門病院「聖チャールズ病院 (St Charles Hospital)」。英国の歴史上重要建造物にも登録されている、ビクトリア朝の建物群。

プレレジ研修は大変だったけれど、英国で、ファーマシーテクニシャンとして、最初に雇用のチャンスをくれた国営病院でもあり、そのお陰で英国の永住権も取れた。だから、私にとって、とても恩のある病院

 

この頃から英国では、新設薬科大学からの卒業生の数の急激な増加に伴い、プレレジ研修場所の数が不足気味になっていた。英国保健省が仮免許薬剤師の給与の財源元である以上、研修先を容易に増やせない実情がある。私がプレレジを行なった精神科専門病院は、ロンドン市内の病院の中でも、最も競争率が低い研修先の一つと見なされていた。それでも、私が採用された年は倍率が過去最高の約25倍で、長年、プレレジ仮免許薬剤師の雇用に関わってきたそこの薬局長ですら目を疑ったと、後で知らされた。

また、英国の国営病院薬剤師の世界は、正直、「カースト制」と見紛うほどの階級がある。プレレジは、その中でも最下位の身分。ファーマシーテクニシャンとして働いていた時とは、全く違うレベルのプレッシャーの中、毎日、色々な無理難題や理不尽を克服していかなければならなかった。

そして、ファーマシーテクニシャンとして働いた6年半の間に、日本での薬剤師としての職経験や、英国での大学院時代に得た臨床知識やスキルが、ひどく錆ついてしまっていた。目指していた「臨床薬剤師」への道が、とてつもなく厳しくなっていることに気づき、ものすごく焦った。

さらなる試練は、私が、プレレジ研修を行なった年 (2011-2012年)、英国では、空前の薬剤師就職氷河期となったことだった。英国ではこの頃、長年の薬剤師不足が解消され、不況の時期とも重なり、薬剤師の求人が、全くと言っていいほど、無くなってしまった。

それまでの英国では、薬剤師の数が絶対的に不足していた。そのため、殆どの仮免許薬剤師が、1年間のプレレジ研修の間に、免許登録試験の合格を条件に、薬剤師としての最初の就職先の内定が得られるのが常であった。しかし、私がプレレジを行なった年は、一つの新卒薬剤師の求人募集広告が出ると、100人ぐらいの応募者はざらで、熾烈な競争の中、就職先を探さなければならない状況となった。

英国での就職は、どんな職種でも、「今までの職経験」が何より重視される。薬剤師も例外ではなく、職歴を重ねた薬剤師であるほど、転職がしやすい。日本とは真逆で、経験のない「新人薬剤師」の就職が、実は、一番難しいのである。飛び抜けて優秀ではない、そして、精神科専門病院という、プレレジ研修としては傍流な場所で実務訓練を行った外国人薬剤師である私は、どの求人に応募しても、どこからも、面接にすら呼ばれない日々が続いた。

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このように、物事がうまくいかない時期が続いていたため、プレレジ研修の最後の頃は、「私、本当に英国で、薬剤師になりたかったのかな?」 とまで迷う始末。 このままでは、英国で薬剤師の免許を得ても、無職となることが目に見えていたから。

英国に移り住んでから、臨床薬剤師になりたい一心で走り続けてきて、その時点で10年が経っていた。時間も、お金も、情熱も、全てを傾けてきたが、とにかく心身共に疲れ切り、何もかも投げ出したい気持ちで一杯だった。

でも、薬剤師免許の筆記試験日が迫ってきたため、とにかく最後の力を振り絞って勉強することにしたのね。疲れ切った身体に鞭打って。

 

で、この試験勉強が、本当にひょっこりと、思いがけない幸運をもたらしたの。

 

そのことについては。。。。

 

次回に続く。

 

それでは、また。