日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

見知らぬ街の病院を訪れてみた。英国・オックスフォード編


先週末は、「バンクホリデー」だった。祝祭日の少ない英国のカレンダーで、土・日・月曜日が連休となる、「嬉しい週末」。一年のうち、5月の最初と最後の週末、そして8月の最後の週末が、それに相当する。

8月のバンクホリデーは、「夏休みの締めくくり」ということで、国内を旅行する人が多い。

で、今年、私は、生まれて初めて「オックスフォード」へ行ってみたの。

という訳で、今回は、その休暇中、主に「オックスフォード大学付属病院を訪れた」時の記録。

 

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オックスフォード大学付属「ジョン・ラドクリフ病院」

 

唐突だけど、私は、「ガリ勉オタク」が大好き。こう言うと語弊があるけれど、「目標に向かってひたすら努力している人」が好きと言えばいいのかな。だから、英国の頭脳が集結するこの街への小旅行を、とても楽しみにしていた。

今回の旅の同伴者は、オックスフォードにとてもゆかりのある人。以前勤務していた病院での元同僚なのだけど、この人、オックスフォードで化学の学位を取った。でも、学者になるよりは、「化学で、実際に人助けができる仕事がしたい」と、英国の南部にあるブライトン大学へ行き直し、薬剤師になった人。そして新卒で入局した薬局が、オックスフォードの大学付属病院であったため、またこの地に戻った。その後、精神科を自分の専門としたため、オックスフォードの大学病院は退職したのだけど、英国でも有数の精神病患者収容施設で、刑事科学薬剤師として勤務する傍ら、英国内の犯罪者の難治精神分裂症の薬剤治療を極めるべく、オックスフォード大学で博士号も取った。だから、本当に、オックスフォードに縁のある人。

この人、私と同い年なのだけど、「私と同世代の英国臨床薬剤師」として、英国の医療を約四半世紀見続けてきた生き証人そのもの。だからいつも、面白い話が聞ける。もし私が英国で生まれて、薬剤師になっていたら、今頃どんな風になっていたのだろうと、想像力を掻き立てられる人でもある。

 

で、今回訪れた先は、この人が、約20年前勤務していたという、「ジョン・ラドクリフ病院」。ここ、英国の国営医療 (NHS) 病院の中でも最高峰の一つ。オックスフォード大学医学部付属病院の中核病院。実際、すごい広い敷地だった。

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オックスフォード大学付属「ジョン・ラドクリフ病院」本館の正面玄関

 

病院内の案内表示を見ても、巨大病院であることが、一目瞭然だった。こちら、この大学病院の建物群のうちの(ごく)一つ。この他にも、同じ敷地内に、緊急救命医療センターや、小児専門病院、外来診断センターなどがある。

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で、早速、薬局を訪れてみた。

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英国の国営病院は、実はどこもかしこも、基本、レイアウトが似ている。だから、私、どんなに大きな病院の中でも、どこをどう歩いたら薬局に辿り着けるか、大体、勘で分かる(笑)

 

で、こちらが、薬局(写真下)。訪れたの、土曜日の午後だったのだけど、さすが超大型大学病院。土・日曜日も、平日とほぼ同じ営業時間だった。労働組合の強い英国国営医療サービス (NHS) の中では、異例中の異例の長時間営業。

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ジョン・ラドクリフ病院薬局受付窓口。週末のため、窓口は一つしか開けていなかった。ちなみに英語で、薬局受付窓口は、「Hatch (ハッチ) 」と言う。英国で働き始めた頃、同僚が皆、当たり前のように使っているのに、私は知らなかった「英国薬局『業界』用語」の1つ(笑)

 

で、今回、ここの薬局の前に陣取って、しばしの間、色々なことを観察してみたの。  

 

薬局の窓口には、さまざまな人がやって来る。最初の人は、病棟の看護師さんだった(写真下)

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「あのー、退院薬できていますか?」

 

窓口から次々に、退院薬が渡された。英国の病院からの退院薬は、この下の写真のような、丈夫で、封のできる緑色のプラスチックのバッグで供給されるところが多い。カレンダーパックの箱出し調剤が基本のため、このような大きめのバッグに、必要な退院薬が、がさっと詰められているのだ。患者さんが、自宅から救急車で運ばれる時なども、救急隊員は、この一目で分かる「緑色のバッグ」をできるだけ探し出し、患者と一緒に搭載するようにしている。要するに、英国では、この「緑色のバッグ」は、まさに国民一人ひとりの「薬箱」なのだ。

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 この看護師さんが山のような退院薬を抱えて去ろうとすると、次の看護師さんが、やってきた。

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こちらの看護師さん、薬局のスタッフから「えーっ、 週末の退院薬は、一包化できない。何で、昨日のうちにオーダーしなかったのよっつつつ!」と怒鳴られて、うなだれていた(写真下)。これ、英国の病院薬局の「あるある」状況。英国には、日本の薬局で当たり前のように設置されている自動分包機がない。一包化は、全て手作業で行うため、膨大な時間と労力がかかる。だから、週末に一包化が必要な患者を退院させたい病棟と薬局は、常に言い争いとなる。処方箋を早めに手配しなかった医師が悪いので、この看護師さんの責任ではない。本当に可哀想。。。。後ろには、ポーターさんが、辛抱強く待っていた。

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恐らく、こちらのポーターさん、オックスフォード大学病院系列の各病院を巡回しながら、医薬品を配達しているのだと思う。写真下の、彼の後ろに、小さく写っている白い真四角の取っ手付きバッグは、英国の標準「医療用クーラーボックス」だ。

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しばらくすると、「シスター (Sister) 」がやってきた。シスターとは、英国の医療用語で、「病棟看護師長」とか「そのシフト中の部署責任看護師」を意味する。要するに、ベテラン看護師。英国の国営医療病院で、この下の写真のような、濃紺のユニフォームを着るのが許されているのは、シスターのみ。だから、一目瞭然。シスター自らが薬局に出向くということは、相当忙しい証拠。薬局への使い走りは、普通、ジュニアナースか、看護助手だからね。

ちなみに、この下の写真で、シスターが抱える緑色の四角いバッグは、薬局と病棟を行き来する「医薬品の配達専用バッグ」。通常は病院内のポーターが運ぶのだけど、週末で、病棟の在庫(抗生物質の注射薬とか麻薬)を切らしてしまい、急いで薬局に駆けつけたんだろうなあ。

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こんな光景が、延々と繰り返されていた。

 

普段の月曜日から金曜日までは、この「病院スタッフ」の列に、調剤薬を待つ外来患者さんたちが加わる。ここ、もう、地獄のような忙しさのはず。私、場所は違えど、同業者だから、よーく分かる。

私は、長年英国に住んでいるので、日本のテレビ番組のこととか、かなり疎い。それでも、好きな番組がいくつかあって、その一つが、NHK の「ドキュメント72時間」。この病院の薬局の窓口の模様、このテレビ番組で特集したらいいのにと、ふと思ったよ(爆笑)。

ちなみに、こちらの病院薬局、窓口自体はとても狭いのですが、内部には調剤ロボットも設置されています。そして、臨床薬剤師たちのオフィスは、全て階上にあるとのことです。 

 

それから、場所を変え、病院の食堂にも行ってみた。

英国の病院の食堂は、営業時間が極端に短い。
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で、夜勤の場合、食事をどうするのかというと、頼みの綱は、この写真下にある、食堂の片隅に設置されている自動販売機なのね。レトルトのパスタやサンドイッチ、果物のバナナやオレンジまで、自動販売機で売られている。後は、「クリスプス」と呼ばれる、ポテトチップスやら、チョコレートバー。人命を救う仕事をしている割には、ちょっと食生活が貧弱だ。。。。

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それから、病院内を色々歩き回っていたら、こんなものも見つけた。

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病院の一つのフロアが、ほぼ全て、オックスフォード大学との共同研究所になっていた

英国有数の大学と密接に結びついている国営医療病院は、学術・研究施設も充実している。ちなみに、エビデンス・ベースド・メディシンの起源となり、今や世界中に支部を持つ「コクラン・グループ」は、このオックスフォード大学付属病院の研究センターが主催しているのです。

 

でも、意外なことに、ここの病院、全体的に見て割と古い施設だった。英国内で、ここよりもっと近代化されている病院、たくさん知っている。一流と言われる病院と、設備の良さは、あまり一致しないのが、英国の国営医療のアンバランスな特徴とも言える。

 

でも、この病院の「緊急救急医療センター」の設備は充実していた。

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この下の写真、多分、患者が命と時間を争う形で、救命医療室に運び込まれた直後だったのだと思う。救急車の扉が開けっぱなしで、放置されていたのが、やけに記憶に残った。

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最後に、こちらの病院を去る際に目に止まった、正面玄関の壁に飾られていた言葉;

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Learning (学習)、Respect (尊重)、Delivery (到達)、Excellence (卓越)、Compassion (思いやり)、Improvement (向上)


英国の国営医療サービス (NHS) では、このように、各病院で大切にしている言葉やスローガンが定められている。それで、「私共の病院がモットーとしてるこれらの言葉を使って、あなたが、今後どれだけ、新しい職務で貢献できるかを、お話下さい」といった質問、就職の面接試験で必ず聞かれるの。

ここの病院に応募するとしたら(→今のところ、その予定はないけれど。笑)どんな例を挙げようかなあ? などと、しみじみ考えながら、オックスフォードの中心街まで戻ってきました。

 

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ここからは、番外編;

 

薬局とか薬剤師には全く関連のないことなのだけど、今回、オックスフォードでの休暇中に訪れ、特に印象に残った場所とか、巡り会ったことなどのメモ。

 

「The Grand Cafe」

創業1650年の、イングランドで最も古い「コーヒーハウス(喫茶店)」。観光者に大人気で、いつも行列だとのこと。でも、今回、連休の2日目が大雨となり、朝早くに訪れたら、ちょうど良い具合に席が空いていて、とても優雅な時を過ごせた。

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イングランド最古の「コーヒーハウス(喫茶店)」。コーヒーカップやソーサーの縁にも、そのことが記されており、お洒落だった

 

「The Vanbrugh House Hotel」

宿泊したホテル。オックスフォードの中心街にありながら、ちょっと脇道に入った所のため、隠れ家のような、素敵な場所だった。チェックアウトの際、前に並んでいた人が、英国では誰もが知っている長寿人気連続ドラマ「コロネーション・ストリート」のメインキャストの女優さんだった。お会計を待っている間も、分厚い台本を手放さなかった。どんな職業でもそうだと思うけれど、華やかな成功の裏には、並々ならぬ努力がある。

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「St John's College」

今回の旅行の連れの、オックスフォード大学での出身カレッジ。訪れた日、本当は、見学不可だったのだけど、外観からは硬く閉ざされているように見えた重い木門が開くことに気づき、「卒業生です」と言ったら、特別に入場させてくれた。オックスフォードのカレッジという秘密結社のような場所での絆を垣間見た瞬間だった。こちらのカレッジ、日本の皇族の秋篠宮殿下も1980年代の後半から1990年代の初頭に留学された。相方の在籍期間とそのままそっくり重なっているのだけど、小さいカレッジ内ながら「全く存じ上げなかった」とのこと。オックスフォードの、特に学部生は、熾烈な競争世界で四六時中勉強しているから、周囲には気を止めないのだそうです。うん、まさに「ガリ勉オタク」の聖地だ(笑)。

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オックスフォード大学 セント・ジョンズ・カレッジにて

 

私は、今まで滅多に英国内を旅行してこなかった。18年もこの地に住んでいるのに、ロンドンに住み続け、訪れた街はごく僅か。

でも、今回のオックスフォードへの週末旅行があまりにも楽しかったので、これから、英国の地方都市の医療機関とか薬局のレポートも、このブログでシリーズ化していきたいなあ、というインスピレーションが湧きました。しめしめ(笑)。

 

あー、それにしても、英国、急に寒くなってきた。

夏の終わりだね。

 

では、また。