日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

英国国営医療サービス (NHS) の薬局に就職する方法・作戦編

今回のエントリは、前回(⬇︎)からの続きとなっています。 

  

『労働許可証 (work permit) ビザ』

 

日本人が、英国でフルタイムで正規に働くには、英国永住権を保持しているか、英国籍もしくはEU加盟国の国籍の者と結婚している方でない限り、ホームオフィスと呼ばれる英国内務省から発行される「労働許可証」が必要。

そして、この「労働許可書」は、英国での就職希望者が各自、個人で手配することができない。就職試験に合格した上で、雇用者が「どうしてもこの人が欲しい」という申請書を英国内務省へ提出し、手配するものだから。

英国は、自国の労働者、もしくは、(まだ)EU 加盟国なので、その国出身の労働者の雇用を保護する義務がある。そのため、就職試験の結果では、日本人応募者が最高得点であったとしても、次点であった英国人もしくはEU 加盟国出身者を雇用することになることが常。薬局では「この日本人応募者がずば抜けていたので、雇いたい」と思っても、その組織の人事課が「労働許可書」の申請を、非常に煩雑で時間のかかるプロセスのため、やりたがらないことも多い。また薬局としても、すぐにでも人材が欲しい場合などは、雇用を断念せざるを得ない、ということもある。いずれにしても、近年、英国では薬剤師数が過剰となりつつあり、日本人に限らず、外国人薬剤師の数は、減少の一途を辿っているように見受けられます。

f:id:JapaneseUKpharmacist:20181110050012j:plain

英国内務省 (Home Office) から、私に発行された「労働許可書 (work permit) 」の控え。2004年当時、A4サイズの「2ページにわたるレター」ような書式だった。英国から出入国する度に、パスポートと一緒に持ち歩いた。現在は、マイクロチップなどが埋め込まれた写真付きのID カードとなっており、時代の流れを感じる。この「労働許可書」の入手困難ゆえ、現在、英国の薬局で働く日本人薬剤師の数は、少ない。

 

でも、それでも、日本人薬剤師が「英国国営医療サービス (NHS) の薬局に就職できる」方法 は、あるんだよ。

 

その就職試験合格率ならびに、労働許可書の入手成功率が高くなるのは、ずばり;

1)ロンドンと、その近郊エリア、大都市、人気都市を、(最初の職としては)避ける

それから、

2)競争率の高い人気病院、人気職種を避ける

です。

私が英国で一番最初に就職しようとした時、勤務希望地が「ロンドン」という条件だけは譲れなく、大苦戦した。ロンドン中の、ほぼ全ての病院薬局の、ほぼ全てのファーマシテクニシャン(以下、テクニシャン)とファーマシーアシスタント(以下、アシスタント)職に応募したものの、結局、就職できたのは、精神科を主にする(その当時は無名であった)コミュニティー病院のテクニシャン職だった。それでも、ノッティングヒルという、その当時のロンドン一のトレンディエリアに所在する病院で、労働許可書を持っていなかった日本人が職が得られたことは、後年振り返ると、あり得ない幸運だったと思っている。

英国移民法はどんどん厳しくなっているのが実情。

 

f:id:JapaneseUKpharmacist:20181110173736j:plain

英国で一番最初に勤め、労働許可書を手配してくれた病院が所在する、西ロンドンのノッティングヒル地区。1999年公開の英国映画「ノッティングヒルの恋人」の舞台としても有名。映画の冒頭は、この写真の場所の風景から始まる。そして、左側の建物こそが、映画の最後で、ヒューグラント扮する主人公が、友人たちに叱咤激励され、ジュリアロバーツ演じるアメリカ人大女優をホテルまで追いかける決心をする場所、という設定になっている。勤務した病院から徒歩10分ほどの所だった。


でも、そんな中、つい2−3年前、この「英国国営医療サービス (NHS) 薬局内で、薬剤師としての就職の機会を掴み取った」日本人薬剤師の友人がいる。彼、私の英国薬剤師生活における「弟分」みたいな人なんだけど。。。

彼、英国には「処方薬剤師」という資格があることを知り、それになりたい一心で英国に来た。そして、英国の薬剤師免許も無事、変換取得した。でも、英国で就職活動を始めた当初、私が就職した頃よりもはるかに厳しい外国人雇用状況で、当然のことながら苦戦していたの。それでも、何回か面接を受けていくうちに、英国北部のリンカンシャー州の病院で「期間限定 (fixed-term) 」の薬剤師のオファーを頂き、そこで、英国国営医療サービス (NHS) の病院薬局に入り込んだ。奥様と生まれて間もないお子さんをロンドンに残しての単身赴任という犠牲を払って、英国での薬剤師としてのキャリアを開始したの。そして、そこで職経験を積みながら、さらに、正規のフルタイムの仕事を得るべく、就職活動も引き続き継続した。で、その数ヶ月後には、ロンドン近郊の州の大学病院の臨床薬剤師の職を、見事、手にしたのよ!!! それからも、労働許可書の取得を巡り、色々あったのだけど、最終的には、雇用先からちゃんと手配してもらえた。

周りの多くの人が、彼の英国薬剤師としての就職実現を疑問視していた中、彼が起こした「破天荒」には、本当に、感動した。

志があれば、諦めなければ、夢はいつかは必ず叶うんだ、っていうことを、身を以て示した人。

それから数年経った今、彼は、目下、私を超えるような上級薬剤師のポストを手に入れようとしている。あと数年後には、処方薬剤師のコースも開始するんじゃないかな。

この破竹の勢いの「弟分」は、英国で働いてみたいと思う、全ての日本人薬剤師さんの希望の星だと、私、確信しているんだよ。  

f:id:JapaneseUKpharmacist:20181110093103j:plain

英国王室御用達のティップツリー製品。ジェームズ・ボンドが朝食に好むという架空設定の、ストロベリージャム ('Little Scarlet') が有名だけど、私はこの写真右の「バノフィースプレッド (Banoffee Spread) 」がお気に入り。私の「弟分」は、この食品会社の本拠地にほど近い、ロンドンに隣接するエセックス州の大学病院に就職することができた。

 

英国の就職で、雇用者が何より重視するのは「以前の実用的な職経験」。だから、上記の「弟分」の実例のように、一度、英国国営医療サービス (NHS) へ入り込んでしまえば、次からの転職は、かなり楽なものとなる。

英国の国営医療サービス (NHS) 内で、10余年働いてきた私の目から見ても、日本人薬剤師の能力・技術自体は、英国の薬剤師に勝るとも劣っていない。英国特有の薬局実務システムに慣れていない、もしくは、言葉の壁が問題なだけの場合が多い。だから、一度でも、国営医療サービス (NHS) 内の薬局で働き始めれば、初めは、大変なことが色々あるけれど、日本人は、その卓越した働きぶりにより、必ずや、その組織内で重宝される人となる。日本では「ダメダメ・ KY 薬剤師」であった私(あははは。。。爆笑)ですら「最優秀雇用者」として表彰されるぐらいの職場環境だからね。また、日本人は、大抵の英国の薬剤師のように、少しでも良い条件のところが見つかると、恩義なくさっさと去っていくような転職は、しない。私の周りの日英薬剤師の友人を見渡すと、全員例外なく、1つの組織に比較的長く留まり、「その職場になくてはならない、縁の下の力持ち的存在の人」となっている。日英薬剤師であることを、誇りに思う瞬間。

 

で、私、現在に至るまで、「英国の国営医療サービス (NHS) 内の薬局で就職してみたい」と希望される日本人から、色々と相談を受けてきた。でも、結果的に、その機会に恵まれなかった方々の理由は、以下の2点が多い。

1)就職活動期間が、あまりに短い

英国の雇用プロセスは、日本に比べて、とても悠長なやりとりが続く。学生ビザなどで英国滞在している日本人が、卒業間近になって仕事を見つけようとしてもうまくいかないのは、この「就職活動期間の短さ」で、「一所懸命ながらもあたふたしているうちに、滞在ビザの有効期限が切れ、帰国せざるを得なくなった」のが主な理由。ごく個人的な一例となりますが、私自身、英国で最初に就職した際は、本腰を入れた就職活動開始から4ヶ月目での採用面接試験合格、それから英国内務省からの労働許可書入手などに2ヶ月かかった。それでも「比較的短期間での成功例」だったと思います。

2)面接試験の不合格通知に打ちのめされて、再起不能

日本の薬剤師の就職は、私が薬科大学を卒業した頃(もう、かれこれ20余年前)から、ずーっと「売り手市場」。だから、就職面接試験で、他の応募者と競い「落とされる」という経験をしていない方が大多数だと思う。

私も、御多分に漏れず、でも、英国で一番最初に就職活動を始めた頃、次から次へと、不合格通知を受け取る日々が長く続いた。

これ、精神的に、かなりこたえる。面接官の前で、仕事が欲しいと「全身全霊を込めて熱弁を振るった」その結果として、後日、不合格通知を受け取るたびに、自身の無能に苛まれ、全人格を否定されているような気持ちになるからね。拒絶されるというのは、本当に、辛い。

就職面接試験って、回数を重ねるほどに、確実にうまくなっていく。でも、「合格」という究極の結果を得るまでは、出口の全く見えないトンネルを歩いてるような日々が続く。

で、「面接不合格通知」が2−3回続いて、諦めて帰国した日本人薬剤師、かなりの数にのぼる。こっそり言うけれど、世間的に「優秀」な方ほど、こんな時、打たれ弱いんだよ。

私、今までの英国での就職活動で、もうそれこそ数えきれないほどの数の不合格通知を受け取ってきた。そんな過程で、「不合格でも、どん底までは、失望しない」という心持ちも身につけてきた(後述)。こういう「顔の皮の厚い人」が、就職活動に限らず、その後の英国国営医療サービス (NHS) の薬局で仕事をしていく上でのサバイバル力としても、最強となる(苦笑)。

 

で、「就職面接試験で不合格でも、失望しない」、ということについてなのだけど;

英国の国営医療サービス (NHS) の求人は全て、表向きは「公募制」になっている。

英国労働法の規定により、どのような求人も「公正に広告を出さなければならない」ということになっているからね。でも、実際は、NHS Jobs の求人広告が出た時点で、すでに「候補者がほぼ決定している」職も(かなり)ある。要するに、広告を「形式上だけ」出しているの。 

例えば、求人広告が出た薬局で、すでに長年勤務している、そこの薬局のスタッフが、その職を「昇格の機会」と捉え応募すれば、その志願者が、内部事情を知る者として、断然有利になる。それから、仕事内容によっては、すでに薬局部署内で特定のプロジェクトが試行的に開始されており、改めて「それを正式開始するに当たっての予算がおりた」時点で、今までそのプロジェクトに関わってきた人に、それまでの労働報酬を配当すべく、求人を(形式上だけ)出し、正式任命する、といったケースもある。 

かく言う私も、英国の国営医療サービス (NHS) での勤務開始以来3度ほど、このような「内部応募者」という形で、昇格の役職のオファーをもらっている。テクニシャンの時も、薬剤師の時も、最初の職場を得ようとした際は、何十回と挑戦し、やっとのことで合格した。なのに、一度入局した薬局で、内部応募者として新しいポストの就職面接を受けた場合、不合格になったことが、未だ一度もない。何という、この差。。。!

それは、現職の薬局内で、私に適した「昇格のポスト」が出る度に、それが NHS Jobs に求人広告として掲載される前後に、各上司の方々から「是非応募するように」とお声をかけて頂いているから。事実上の「ヘッドハンティング」が、行われているのだ。

だから、英国国営医療サービス (NHS) の薬局への就職、一番最初に、外部参入者として応募する時は、うまくいかないのが当たり前と思った方がいい。何度も挑戦すれば、機会は(運が良ければ)やってくる。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

 

という訳で、前回から、「英国国営医療サービス (NHS) に薬局スタッフとして就職する方法」について長々と書いてきたけれど、今回は、以下で締めくくりたい;

 

「人は、それぞれに、持って生まれた『使命』がある」

 

英国の国営医療サービス (NHS) で働く機会を得ようとしつつも、うまくいかなくて日本へ帰国したり、別の路を歩んだ友人・知人たちは、後で振り返ると、「その方が良かったね。まさに、それが運命だったんだよ」と思うケースが殆ど。その後の活躍が華々しかったり、それぞれの形で充実した、幸せな人生を歩んでいることが多いから。

今の私の毎日は、来る日も来る日も、朝早く起き、即出勤し、一日中、あらゆる医療従事者からのポケベルコールに追いまくられながら病棟を飛び廻り、患者さんの最良の薬剤治療を必死に考え、クタクタになって夜遅く帰ってくる、究極の仕事オンリー生活。勤務時間終了後も、翌日の回診準備のため、殆どの時間を、これまた自分の勉強に費やす。コンスタントに日夜拘束の当直が入り、その勤務シフトの終わりには、精魂尽き果て、廃人さながらになる。「ワーク・ライフ・バランス」なんて、無縁の世界。

でも、英国の典型的な急性病院の最前線のダイナミックな環境で、臨床薬剤師として働く職業的充実感は、何ものにも代え難いから、走り続けている。

 

という訳で、こんなキャリアに魅力を感じる方であれば、英国国営医療サービス (NHS) の薬局への就職、是非大歓迎です!

 

f:id:JapaneseUKpharmacist:20181110190838j:plain

私の現在の職場の病院薬局の同僚たちの(ごく)一部。英国国営医療サービス (NHS) は、世界一国際色溢れた医療職場環境だと思う。ちなみに、この写真中、薬剤師は、左端のマカオ系中国人のみ。他の4人はテクニシャン、テクニシャン見習い、アシスタントと、薬局内でも様々な職種が存在する

 

では、また。