日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

英国永住権(無期限滞在許可証)取得10周年

今日は、私にとって、英国の永住権を得た日から、ちょうど10年目の日だった。

英国に移り住んだ最初の2−3年は学生ビザ、それから、労働許可書ビザで5年、そして永住権ビザを得て、今日でかれこれ10年。

 

「何でずっと英国にいるの?」とよく、色々な方から聞かれるのだけど。。。。

 

その答えは、「永住権を持ち、臨床薬剤師として充実した生活を送っているから」かな。

 

日本は、二重国籍を認めていない。だから私は、日本のパスポートを保持しながら、英国では「Indefinite Leave to Remain (通称 ILR) 」と呼ばれる無期限滞在許可証(=永住権)(写真下⬇︎)を得て、この地で暮らしている。

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私の「英国無期限滞在(=永住権)許可証」

 

この「永住権」は、色々な条件で取得できる。日本人の場合、一般的なのは、英国内で5年連続雇用された者か、英国籍を持つ人と結婚し、数年経った後に取得する人も多い。

あと、ひと昔前は10年間英国で学生をして得る、というルートも主流だった。英語の語学学校(1年)→ 英国の薬科大学入学の準備コース(1年)→ 薬科大学を恐らく6ー7年で卒業(=通常は4年の課程)→ プレレジ(仮免許薬剤師)研修も2年弱かけて終了(=通常は1年)し、英国永住権を取得した日本人女性の方も存じている。でも、このような長年に渡る学生ビザの継続発行は、現在は、英国政府による移民抑制政策から、ほぼ不可能になってしまっている。

ちなみに私は、英国の国営医療サービス (NHS) の病院に、ファーマシーテクニシャンとして5年連続勤務したため、永住権を取得できた。

でも、私自身、この英国永住権を申請しようとした際、周りに驚くほど、同じ境遇の日本人がいなかった。そこで、インターネットで調べて見つけたのがこちらの「英国ホスピスコラム」(リンク先: 英国ホスピスコラム)というブログ。私より、約9ヶ月ほど前に、英国永住権を取得をされた、日英両国の看護師資格を持ち 、緩和ケアを専門とされておられている方で、この方の経験による情報が、とても参考になった。

で、私、無事、英国での永住権が得られた後も、この方のブログは、定期的にチェックしていた。英国在住の日本人医療従事者の目から見た英国の医療の観察記述に、いつも共感している。一方で、この方、本名を公開しておられないため、私自身、一度お会いしてみたいとは思うものの、ご本人を探し出すのはちょっと難しいだろうな、と思っていた。

でもね、英国の国営医療サービス (NHS) の世界は、本当に狭い。私、プレレジ(仮免許薬剤師)研修の一環として、数年前、勤務先の緩和ケア病棟(ホスピス)での実習中、とある転院患者さんの、前の病院からの「申し送り書類」をチェックしていた際、「あっ! これ、 絶対『英国ホスピスコラム』の方が記載したものだ!!!」というものを見つけたの。この方のブログは 、隅々までチェックしていたので、謎が解けたようにご本人が判明した瞬間で、嬉しかった。しかも、この方、何と、私がその当時勤務していた病院のお隣の大型大学病院に勤務していたの。

でも、そんなことがあっても、この方の個人連絡先までは分からず、未だにお目にかかっていない。でも、いつかどこかで、お会いできると信じている。私の英国永住権取得の恩人であるから、その『時』が来たら、是非、お礼を言いたい。

 

ところで、英国の滞在ビザの申請は、現在ほとんどが、郵送審査で行われている。でも、その場合、パスポートが長期間(=数ヶ月)、英国内務省に保留され、とても不便。

そのため、私は、追加料金を払うことにより、直接、英国内務省へ出向き、永住権が(問題がなければ)即日発行してもらえるというサービスを利用した。

英国の内務省移民課は、国内数ヶ所にオフィスがある。私の場合、南ロンドンのクロイドンという街に所在する総本部が最寄りであったため、その場所での審査予約を取り、10年前の今日、そこへ出向いた。

「クロイドン」という街は、英国で滞在ビザに悩む人だったら、知らない人はいないと言っても過言ではないほど知られた場所。ひと昔前、在英日本人の間で「クロイドン詣(もうで)」と言えば、「ビザの手続きに行く」の別の言い回しだったからね。

で、この「英国内務省移民課クロイドンオフィス」、ロンドン周辺の空港の一つであるガトウィック空港から、距離的にとても近い。そのため、ビザ発行審査中、違法(一例:偽装結婚による滞在許可申請とか)と判断されれば、その場で即、申請者を国外追放できるという場所でもある。 

だから、私自身、やましいところはなかったものの、この永住権申請は、不安で一杯だった。審査面接当日まで、数ヶ月の期間を費やし、万全に書類を揃え、聞かれうる想定質問にもきちんと対応できるように準備し、ここへ出向いた。

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私が使用した英国永住権の申し込み用紙(下書き用)や、申請費のレシート。中央は「Life in the UK Test」と呼ばれる、英国永住申請に当たって受験が必要とされた英国常識試験の合格証書。通常は合否だけの判定であるが、私は、永住権申請に英国内務省移民課へ出向いた日、受付の方から、私の試験結果は全問満点合格だった(→珍しいらしい)ことを告げられた。エッヘン!

 

でもね、このすごく心配した私の永住権審査日であった10年前の今日は、 私にとって、何から何まで「ツキの良い日」だったの。

 

私、はっきり言って、人生全般で、運のいい人だとは、とても思えない(→本当だよ。笑)。ここぞという大事な時に限ってしくじることが多いし、普通の人だったら経験しないような困難に見舞われたことも、数多くある。でも、その一方で、他の人には望むべくもない幸運も、時々、手にしてきた(→ん? じゃあ、プラスマイナスか。前言撤回。笑)。その度合いが、両極端な星の元に生まれついているのだと思う。

で、この日は、その稀に見る「何もかもがうまくいった日」となったの。妙な言い方なのだけど、何か目に見えない力で導かれ、守られているとしか思えない穏やかな空気が、その日一日中、私の周りを取り巻いていたのが、常に感じられた。あのように心静かに、何もかもうまく行った日は、10年経った今日振り返っても、あの日だけ。不思議な、不思議な日だった。

 

英国内務省移民課には、実にさまざまな人たちがやってくる。 

私の審査ブースの左隣にいた人は、「14年以上違法滞在していた人が申請できるカテゴリー」で、英国永住権を申請している様子だった。

違法滞在者であった者にも、永住権を与えることもあり得る、英国の移民制度の寛容さに、びっくりしたことを覚えている。私などは、全ての書類を、ほぼ万全に整えて出向いたのに、その人は一切手ぶらで「パスポートは戦禍で消失した」、「内乱のショックで記憶を失い、自分の誕生日は知らない」といったことを陳述していたからね。

右隣のブースには、10数名ほどのインド系家族が、待合室のベンチ一杯に座っていた。英国の永住権は、家族の中で誰か一人が取得すると、その扶養家族も、その恩恵に預かれる。こちらは、あまりに大人数であったため、特別な移民審査官が一人専属に随行し、常に申請者全員の頭数を数えていた。

 

英国内務省移民課の審査官の仕事というものは、恐らく、私が現在に至るまで勤務する英国国営医療サービス(NHS) 従業員の業務と結構似通っている(と思う)。厳しい階級制があり、その段階グレードにより、権限が明確に定められている。

ガラス越しの窓口で、ビザの申請の審査に対応するのは、まだ「ジュニアグレード(= 下っ端)」の人。その人たちで判断できない状況になると、彼らの上司がどこからともなく現れる。そして、その上司でも判断が下されない場合は、そのまた上司が呼ばれる。

私の審査は、その「一番下っ端」レベルの若い女性スタッフが、私が準備した書類の数々を30−40分ぐらいかけてチェックした後、最終チェックとして、その上司らしき方が現れ、5分ほどその書類を2重確認しただけで、「2時間後に、パスポートを返却するので戻って来て下さい」と言われて終了した。想定していた質問も、ほぼ聞かれなかった。

後で色々な方々に聞いて回ったが、私のケースは「永住権申請に関して、一番分かり易い人だったよ。全て必要な書類は揃っていたし、国営医療サービス 'NHS'(=英国の最大規模を誇る国家公務員団体)に5年間連続勤務したんだから、身元もきちんと証明されている。国際的に信用のある日本人だし、永住権取得後に、英国政府に、生活保護手当とか要求したりしないでしょ」とのことであった。

 

2時間ほどの待ち時間、気晴らしに、この英国内務省オフィス前の巨大ショッピングセンターをうろついた。英国のブランドスーパーマーケットである「マークスアンドスペンサー」に入り、クリスマスショッピングに湧く人々と共に長蛇の列へ並び、ミンスパイを買った。

ミンスパイとは、英国人にとって、クリスマスの時に欠かさず食べるものの一つ。日本人がお正月を迎える際に食べるおせちとかお雑煮といった位置づけの食べ物。その当時、英国では、このスーパーマーケットのミンスパイが一番美味しいと謳われていた。私も購入しようと思ってはいたものの、このミンスパイはその年大変な人気で、ロンドン市内の全店で、既に完売であった。でも、すっかり諦めていたところで、このロンドン郊外の支店にふと入ると、買うことができた。この点でも、10年前の今日は「全てがうまくいったラッキーな日」であったのだ。だから、私にとって、このミンスパイは、今でも、特別の思い入れがある(写真下⬇︎)。

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英国ブランドスーパーマーケット、マークスアンドスペンサーのミンスパイ。私にとって「英国永住権取得」の思い出と共にあるラッキーフード。それ以来、これを食べずに、私の英国生活における平安はない(笑)と、毎年クリスマス時、欠かさず、こちらのブランドのものを購入している

2時間後、英国内務省移民課へ戻ると、無事、今後の無期限滞在許可を証明するステッカーが貼られたパスポートが返却された。これこそが、私が英国永住権を獲得した瞬間。嬉しくて、即、英国内務省建物内のトイレの個室に篭り、永住権ステッカーに記載された事項を確かめた。これからの英国生活でも「うん💩(運)」に恵まれるような(笑)、私なりの願掛けだった。

それから、もし万が一の場合 、身元保証人として、職場の電話にすぐ出られるよう待機してもらっていたその当時の勤務先の薬局長と、特に、私のこの英国永住権取得を応援して下さっていた方の一人へお礼の連絡を入れた後、帰宅。

自宅のドアを開けると、その当時のハウスシェアの同居人の一人だった、ボリビア人の女性がいた。彼女も喜んでくれ、興奮気味に「パスポート見せて!」と言ったので、見せた。

ようやく、自室に戻ると、あまりの緊張感開放から、ベッドに倒れ込んだ。そして、数時間後の夕方、やはり私の永住権取得を心配してくれていた韓国人の友人からのお祝いの電話で起こされた後、たった独りで、夜、ロンドンの中心街へ繰り出した。

 

ロンドンで、私が一番好きな場所へ行ったの。

 

「ロンドン・アイ」(写真下⬇︎)。テムズ河沿いに建つヨーロッパ最大の観覧車で、ロンドン市内が一望できるところ。そして、英国へ来て、最初に実習した病院がまさに隣に見える思い出の場所。その日の最終運行の、他の搭乗人がほとんどいないカプセルに乗った。

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今回、英国永住権取得10周年の節目に、またこのロンドン・アイに乗ってみた

 

その日は、ロンドン・アイの脇で、ポップアップ(移動)式の遊園地も開かれていた。煌めくようなメリーゴーラウンドもあって、迷いながらも、一人で乗った。ぐるぐる廻っていくうちに、それまで英国で暮らしてきた7−8年で起こった数々の出来事や情景が、脳裏に現れては、過ぎ去って行った。そして、その途中、あれ、雨が降ってきたのかな? なんて思ったら、自分の涙で視界がぼやけていた。

他の人よりは、ずっと楽な永住権取得だったけど、かなりの犠牲を払った年月だったし、そのしがらみから解放された日だったから。。。。

 

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ロンドン・アイの隣で開かれていた、移動式遊園地のメリーゴーラウンド


あの日から10年。日本と英国、2つの異なる国に出入りが自由なこと、そしてそこで、好きな職業で、自立して生活できるその幸せを、常に、噛み締めてきた。約18年前、1年間の留学の予定でこの地へ来た日本人の私に、永住権を与えてくれ、人生の可能性を拡げてくれた英国には、本当に、感謝の言葉がない。

私の周りの英国在住の友人・知人には、英国の滞在ビザで悩んいる人が、いつも、誰かいる。そして、私のように、うまくいった人もいれば、うまくいかなかった人もいる。

前述の韓国人の友人は、10年以上英国で学生をし、私の英国永住権取得の数ヶ月後に、永住権を申請しようとした。一度目は発行を拒否された。数年後、弁護士を通し、再度のチャレンジで、やっとの思いで獲得した。現在は、英国パスポート(英国籍)を取得している。

こちらの韓国人の友人との出会いと縁についての詳細は、こちらのエントリ(⬇︎)からどうぞ。

 

同じく前述のボリビア人は、その後、実は違法滞在者であったことを知ることになった。偽造パスポートで英国に出稼ぎに来ていた人だった。ある日突然、英国内務省移民課から指名手配とも言える招集状が来て、私たちの前から忽然と姿を消した。自室に、全ての所持品を残したまま、文字通り、着の身着のまま、国外追放されたのだ。私が英国永住権を手にした日、私のパスポートを愛おしげに見ていた彼女の姿が、今でも瞼に焼き付いている。偽名(亡くなったいとこの名前を使用していたらしい)で暮らしていたため、彼女の本名は、誰も分からずじまい。ロンドンで暮らしていると、このような「事実は、小説よりも奇なり」という経験を、たくさんする。

でも、誰かが不本意に英国を去ることがあっても、それは何か(今は分からない)理由があり、その人にはここ以外でやるべきことが待っているのだと、私は、信じている。

 

皆様も、良いクリスマスを。

 

あ、でも私は、クリスマス期間、「日夜当直勤務」なんだよ。これぞ、英国永住権を取得し、臨床薬剤師一筋の宿命(苦笑)。

 

では、また。

 

<追記>

よく言われていることですが、英国の永住権の申請条件・方法は、年々変わっています。今回のエントリのような、私が永住権を取得した頃の話は、現在の実用的な情報としては、全く参考にならないと思います。常に最新の情報を入手・ご確認下さいませ。

 

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私の勤務先の正面玄関前に飾られたクリスマスツリー。とてもシンプルな飾り付けですが、よく見ると、ここで亡くなった者への愛とか、現在闘病中の患者さんへの願い、そして、退院された方からの感謝の言葉などが、無数の小さなカードに書き込まれていた。とても幻想的で、素敵です