日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

前途有望な日本人薬学生さんたちに会ってきた@ハートフォードシャー大学 in 2018/19

 

先週は、ロンドン近郊の、ハートフォードシャー大学薬学部へ行ってきた。

 

ここ、私のロンドン大学薬学校時代の「薬学の父と母」と呼ぶ恩師たちが、2000年代中盤に、ゼロから立ち上げた新設大学。

なんと、日本の明治薬科大学の、海外医療研修コースの受け入れ先の一つである。

私のロンドン大学薬学校大学院時代の同級生の友人が、帰国後、提携に尽力したのが、その始まり。

 

私のロンドン大学薬学校大学院時代と恩師、その日本人の友人については、こちらの過去のエントリからもどうぞ(⬇︎)

 

それで、毎年、明治薬科大学から、5年生の学生さんが2−4名やってきて、約2ヶ月の研修を受けている。

そして、その期間、私を、彼らへのチュートリアルの1−2コマや、研修プログラム最後の症例発表プレゼンテーション採点官の一人に呼んで下さっているの。

とても、光栄に思う。

この仕事、もうかれこれ、6年ほどやっている。

  

この海外研修、明治薬科大学の学生さんが、ハートフォードシャー大学薬学部で実際に行われている講義に、そこの学部生や、海外薬剤師免許変換コース (Overseas Pharmacists' Assessment Programme, 通称 OSPAP)を履修している世界中からの薬剤師に混じって出席する。その合間に、国営医療 (NHS) 病院や、コミュニティー薬局、医薬品製造所、製薬会社などを訪れる機会も設けられている。特に、国営医療 (NHS) 病院では、病棟薬剤師が、マンツーマンで、学生さんに業務内容を紹介してくれる。ちなみに、英国の国営病院 (NHS) 内の薬局や病棟の、外国人の訪問は、年々、規制が厳しくなってきているから、これは本当に貴重な経験。ハートフォードシャー大学薬学部が、それを毎年可能にして下さっているのは、このコースの創始者であった先生方の信用力の賜物である。

全ての日程が、私も、日本の薬学生の時(→もう、20年以上も前の話だけど!)、こういうことしてみたかったよなあ、と思えるような魅力的なプログラム。その時代の海外薬学研修といったら、大手の旅行会社が企画した、米国の観光が主な団体ツアーに、病院と薬局をわずか1−2日程度見学する程度のものしかなかった。

そんなものでも、海外の薬局を見れるということに魅せられて、大学内の売店の前に置かれていたパンフレットを眺め「行ってみたい」と思った。そして、お金の融通の利かない学生の身分では無理だった。この原体験が、私が社会人になってから、英国の薬科大学院へ留学するきっかけの一つになったのかも。

でも、ここへ来る学生さん、この「ハートフォードシャー大学薬学部の授業料」は、自らが(というか、恐らく、親御さんが)、別途に払わなくてよいんだって。明治薬科大学の年間授業料でカバーされているらしい。

これ、すごい! 

こんなことから、薬学教育は、確実に国際化してきているのを、私自身、肌で感じ取っている。

でも、そんな中でもね、明治薬科大学の海外医療研修コースで、ハートフォードシャー大学に来れるのは、特に優秀な学生さんたちだと伺っている。研修中の要求が高い(後述)ので、英語の試験の得点などで、内部で選抜があるとのこと。

だから、私は、毎年、日本の超エリート薬学生さんに、会っているんだよ!

 

f:id:JapaneseUKpharmacist:20190208112446j:plain

明治薬科大学からハートフォードシャー大学に研修にいらした、今年の学生さん。彼らの持つ若々しいエネルギーに、圧倒されました(笑)

 
で、今回、私に、ハートフォードシャー大学から依頼があったのは、明治薬科大学の学生さんが研修中に提出が必要とされる「課題」を仕上げるアシスタント。

この密度濃い2ヶ月弱の研修期間、学生さんは2つの課題を提出することが要求されている。

一つは、自分の興味のある薬学・薬局実務分野で「日本と英国の比較」を行い、1500語の小論文(エッセイ)を書くこと。

もう一つは、大学側で用意した、薬剤治療に関する患者症例(ケース・スタディ)を元に、自分で、パワーポイントなどを使用し、口頭プレゼンテーションを行うこと。それから、それを要約したポスターも作成する。

 

で、これらの課題なんだけど。。。

日本の薬科大学5年生にとっては、相当、レベルが高いと思う。

まずね、小論文(エッセイ)は、ある程度「日本」と「英国」の薬局・薬学事情に(最初から)精通していないと、テーマが選びにくい。この課題の本質、両国の事情を比べてみることだからね。そして、自分で選んだテーマで、日英両国のデータや、参照に使用する論文や資料を見つけ出せるか、というところも肝。2つの国の薬局・薬学事情を、実際に比較し、論じ、考察したりするの、日本語でも、やったことない学生さんが多数だと思う。それを、いきなり英語でやるのよ。。。

これと似たこと、私自身、ロンドン大学薬学校の大学院のコース入学後3ヶ月目に、課題の一つとして行った(ちなみに「国際薬学教育」についてのテーマで3000語書いた)。リサーチの仕方が分からず、学術的な小論文の書き方を知らず、英語の壁もあり、ものすごい苦行と化した課題になったのを、覚えている。

あと、人前で患者症例発表(ケース・プレゼンテーション)を行うのもね、かなりハードルが高い。

NICE と呼ばれる、英国の国家医療ガイドラインを参照してみたり、BNF と呼ばれる英国国家医薬品集を使いこなして、それらなどを元に患者さんの薬剤治療の可能性をあらゆる角度から分析してみる。そして、その患者さんの病態説明や、自らが推奨する第1−2選択薬、患者さんへのカウンセリンング事項とか、患者さんの個人・社会的状況を踏まえた上での考察を含めて、制限時間が設けられている中、口頭発表(プレゼンテーション)を行う。また、発表の最後に、採点者からの(時に、どんなことを聞かれるか全く予測できないような)質問に答えていく必要もあり、課題で与えられた症例だけの範囲に止まらず、その病態から派生する他の疾患とか、その薬剤治療の全体を網羅して、理解しておく必要がある。そのやり取りの、英語のコミュニケーション力も、もちろん必要。

私なんてね、ロンドン大学薬学校の大学院に入学して1−2週間目に「症例発表って、一体、何ですか? 何をやるんですか??、どうしたらいいんですか???」と、真顔で、講師の先生たちに質問していたからね。。。(爆笑)

ちなみに、今年の学生さんには、それぞれに「喘息」「慢性閉塞性肺疾患 (COPD)」「2型糖尿病」「深部静脈血栓症」の症例が用意されていた。

 

これらの2つの課題を、学生さんは、2ヶ月弱の間に、大学の講義にも出席しながら、同時並行して仕上げていくのよ。はっきり言って、ウルトラハイレベル。。。!

 

で、今回、お昼過ぎから始まった、3時間を予定していた、この「チュートリアル」なのですが。。。(写真下⬇︎)

f:id:JapaneseUKpharmacist:20190210232845j:plain

 

終わったら、とっぷりと日が暮れていた(笑)(写真⬇︎)

f:id:JapaneseUKpharmacist:20190210233049j:plain

 

学生さんが、皆、活き活きとして、課題に対する質問も多様で、すごい密度の濃い時間となった。それでも(全く)時間足りなかったなあ、というのが本音。後ろ髪を引かれるような思いで、大学を後にしなければならなかったよ。。。

 

でもね、これ、毎年、学生さんには伝えているのだけど、これらの課題、一応、採点されるようなのだけど、その時の評価なんて、数年経った後振り返った時、誰も、覚えていないから、安心してね(笑)

特に、学生さんの海外医療研修とかってね、「楽しかったなあ」で終わるのが、一番だと思う。せっかく英国へ来て、大学で課せられた課題を仕上げるだけで終わるなんて、愚の骨頂。それより、未知の国で遭遇する(時に、仰天するような)医療状況や薬局実務とか、(時に、全く異なる視点で行われる)薬学教育を垣間見た中で、これからの自身の将来で、ずっと持ち続けられるような、スケールの大きい夢とか、目標とかを持ち帰って欲しいなあと、(個人的には)思っている。

 

まあ、私がそんなこと言わなくても、このハートフォードシャー大学で研修を受けた学生さんには、皆、ものすごく良い未来が待っている。この海外研修が終わると、就職活動を始めるらしいのだけど、過去の学生さんたちを知る限りでも、誰もが感嘆するような就職先ばかり。

「就職試験の最終面接で、英国の薬学・薬局事情のことについて絶対に聞かれるので、 復習させて下さい」と、帰国後ご連絡を下さる学生さんも、いらっしゃる。一期一会の出会いであったはずの私のことを、忘れずにいて下さること、すごく光栄に思う。

そして、そんな方々が、後で「無事受かりました!」とか、報告して下さっている。本当に嬉しいよね。

 

という訳で、ハートフォードシャー大学薬学部ならびに明治薬科大学の関係者の皆さま、今年もこのような機会を下さり、ありがとうございました。

 

ハートフォードシャー大学薬学部を創設した2人の恩師が、いつも言っていた言葉は;

 「Teaching is Learning(教えることは、学ぶこと)」。

 

私にとっても、前途有望な日本人の薬学生さんたちと接することは、日常では使っていない薬学知識を再活性化させたり(→これぞ、私自身の「卒後継続教育」デス。笑)、薬学に関する時事問題について、国際的な点から考えさせられたりと、貴重な機会。

 

今回、ご縁のあった、学生さんたちに、幸あれ。

 

では、また。

 

f:id:JapaneseUKpharmacist:20190210233758j:plain

ハートフォードシャー大学薬学部が所在するキャンパスの正門会館に掲げられていた看板。訳すのが難しいけれど、「大学での経験を、一生モノにしよう・実際に活用させよう(意訳)」かな? 英国の新設薬科大学の中には、実践的な教育法で優れている所が、たくさんある。