日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

プレレジ研修と仮免許薬剤師たちへの臨床薬学講義

 

今週は、私が現在勤務する病院の、仮免許(プレレジ研修)薬剤師たちへの「ランチタイム薬学講義」担当週であった。

 

プレレジ研修とは、英国で薬剤師を目指す者たちが、薬科大学を卒業後、免許試験を受験する前に、1年間行うことが必須とされる実務実習。

英国のプレレジ研修についての詳細は、こちら(⬇︎)の過去のエントリもどうぞ

 

私の病院には、今年 (2018/19)、4人の仮免許薬剤師がいる。全員に、同じ内容の実務実習経験が提供できるようなプログラムが組まれている。

研修の概要は;

「調剤業務 (Dispensary) 」:研修の最初に、ファーマシーテクニシャン(以下、テクニシャン)やファーマシーアシスタント(以下、アシスタント)に教わりながら、調剤を、全て間違いがなくなるまで、認定試験方式で行う(注:英国の病院薬局の調剤室は、現在、ほぼ全てが、テクニシャン主導で運営されています)。また、一年に渡る研修の最終段階では、調剤前の処方箋監査や、最終確認監査を、これまた認定試験方式で、薬剤師の監督の元に行う。

「病棟業務 (Ward/Clinical Pharmacy Services) 」:最初は、入院患者さんの持参薬をチェック・整理したり、薬歴を聴取する訓練から始める。必要な患者さんにカウンセリングも行なってみる。病棟臨床薬剤師と共に、多職種連携チームで構成される回診に参加し、処方介入を行う訓練を積んでいく。病棟も、さまざまな科を廻る。一年の研修の最後の1−2ヶ月は、薬剤師による監督をほぼなしに、実際に病棟を一人で担当させる。

「医薬品製造・品質管理 (Production/Quality Assurance) 」:無菌操作の基本を学んだり、クリーンベンチなどで、実際に抗がん剤などの点滴を混注する手順訓練を受ける。大型大学病院では、英国内では認可されていないものの、実際の医療現場では頻用されている医薬品などを独自に製造し、他の病院へ販売しているところもある。そのような大型病院では、品質管理部門も設置されており、そこでは、実際に製造された医薬品の検品法を学ぶ。

「医薬品情報 (Medicines Information) 」:英国の国営医療 (NHS) 病院薬局内の医薬品情報室は、全国共通の薬学文献を取り揃え、国家統一されたコンピューターソフトウェアを使用し、問い合わせの記録を行なっている。そのトレーニングも、全国共通のテキストブックが使用されている。ちなみに、日本では医薬品情報業務を DI と略称しているけれど、英国では MI と呼んでいます。

「医薬品倉庫 (Pharmacy Stores) 」:医薬品購入のシステムを学んだり、さまざまな医薬品の品目に慣れ親しむ。ちなみに、英国の医薬品購入責任者は、大概、テクニシャンで、部署自体は主にアシスタントによって運営されています。

「プロジェクト (Project / Audit) 」:1年間の研修中、小さな研究プロジェクトを、自分で企画、遂行する。主に、薬局のサービス改善を目指すテーマが多い。最後にレポートを作成したり、対内外へ向け、その成果の口頭発表を行なったり、掲示用のポスターを作成したりする。

その他、私の病院では、近隣の「コミュニティー薬局」や「刑務所薬局」、「精神科専門病院」などで短期間働いてみる、といった特別実習も提供しています。

英国仮免許(プレレジ研修)薬剤師が実務実習するさまざまな機会については、こちらの過去のエントリ(⬇︎)もご参照下さい

 

で、仮免許薬剤師の当人たちは、最初のオリエンテーション週こそ一緒とはいえ、それ以後は、それぞれが異なるローテーションに配置させられる。そのため、一年を通して、大部分の時間は、それぞれ、個別に行動していくことが求められる。

 

そんな中、私の病院薬局では、4人で定期的に集まる時間が、以下の2つ設けられている。

まずは、「BNF クラブ」。2週間に一度程度、薬剤師免許試験対策の一環として、仮免許薬剤師たちが「英国国家医薬品集 (British National Formulary, 通称 BNF) 」の内容をグループで学び合う会が開かれている(BNF の詳細については、上(⬆︎)の過去のエントリもご参照下さい)。当番で「教える人」を決め、この過程で、リーダーシップの取り方とか、薬学教授法も、自ら学んでいく機会でもある。

そして、それからもう一つ、病院内の先輩専門薬剤師たちによる「薬学講義」を受ける会というのも設けられている。私の病院では、これを週に一回、お昼休みに、ランチを食べながら行うため「ランチタイム薬学講義セッション」と呼ばれている。

 

毎週、担当の当番とトピックが決められている(⬇︎)。

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職場の薬学教育訓練主任薬剤師の先輩から、こんな感じのメールで、依頼が来る

 

で、今週の月曜日は、私による「尿路感染症 (Urinary Tract Infection, UTI) 」についての講義だったの。

これ、元々、こじんまりとした勉強会。どのようなスタイルでやるかも、各薬剤師の意向次第。手抜きをする同僚は、セッションの初めに、サンドイッチをほうばりながら、開口一番「なんか質問ある?」と聞き、質問がなければ、それで講義は終了だった(!)、という事例も聞き知っている。

でもね、今回、私は、「全力投球」すると誓った。

私自身の元旦の目標の一つでもあるように、この機会を活用し、いずれは全国レベルでも通用するような講義内容に仕上げようと、意気込んだのよ。

私の今年の個人的な目標にご興味のある方は、こちら(⬇︎)からどうぞ

 

という訳で、先週末は、ずっと自宅に篭って、この講義の準備をしていた。今回「書き下ろし」のオリジナルスライドも作った(⬇︎)。

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で、今回は、この講義に関して参考にした文献などを、紹介。

 

まずは、これ。

(1)英国 NICE の「尿路感染症」のガイドライン

英国の医療・臨床ガイドラインなどは、現在ほぼ全て、NICE (www.nice.org.uk) という、英国保健省下の医療シンクタンクのような機構で総括、作成されている。ありとあらゆるガイドラインが発行されているけれど、「尿路感染症」に関しては、タイムリーなことに、最近、ガイドラインの内容がアップデートされたため、今回、こちらをじっくりと熟読した。

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NICE (National Institute for Health and Care Excellence) は、英国のほぼ全ての医療ガイドラインを総括・作成している機構

 

(2)英国王立薬学協会が発行する薬学雑誌「The Pharmaceutical Journal(英国の薬剤師の間では、通称 PJ と呼ばれている)」と「Clinical Pharmacist」の教材記事

これらの薬学雑誌、英国の薬剤師として、現場で働く身からすると、痒いところに手が届くように知りたかったことが、毎回記事とされている。私は、英国で薬剤師免許を取得してから、両雑誌の切り抜きを、欠かさず行なっている(写真⬇︎)

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英国の薬剤師に最も読まれている薬学雑誌は、こちら左側の、通称「PJ」

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感染症の教材記事の切り抜きの数例。尿路感染症についてのもの(中央)は、英国で薬剤師になってから、何度も読み返したため、切れ切れでボロボロの状態になっている(笑)


ちなみに、英国の薬剤師免許を持たない日本人でも、年会費を払えば、王立薬学協会の会員になれます。PJ の雑誌は、会員の元へ海外発送されますし、オンライン版も無制限にアクセスできます。

 

(3)Microbiology Nuts & Bolts

英国の感染症専門薬剤師で、この本を知らない人はいない(はず)。感染症の教科書については、世界中で、実にさまざまなものが出版されているけれど、「英国内で、感染症のイロハを学ぶ教科書を『たった一つ』選べ」と問われたら、私はこちらを推奨する。とても実践的に書かれたポケット本。今回の私自身の講義でも、「要点網羅」のために使用。

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この本、私、時々、バスタブの中で読んでいるので、表紙がふやけている。あははは。。。

 

(4)英国薬剤師免許試験対策の本や、過去問のサンプル

今回の講義は、特に、仮免許薬剤師向けのものであったため、薬剤師免許試験や、今後の就職試験面接で聞かれそうな問題も、講義スライドの内容としてちりばめた。だから、過去の試験問題を、昔に遡ってチェック。

 

(5)英国国家医薬品集(BNF)

英国薬剤師のバイブル。詳細は、上(⬆︎)のリンクもご参照下さい。感染症の章で「尿路感染症」について、どのように記載されているかの最新情報をチェック。

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英国国家医薬品集 (BNF) は、定価で購入すると、現在45ポンド(日本円換算で約6500円ほど)ですが、英国国営医療サービス (NHS)に勤務する薬剤師には、無料で配布されています

 

それから最後に。。。(6)この本;

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私、日本へ休暇で帰るたびに、日本語で出版されている「目に留まった」感染症の文献を購入してくるのだけど、今回の英国仮免許薬剤師向けの講義には、この本のレベル程度が最適だと判断。この、ジャパニーズセンス溢れる本、とてもユニークで、大のお気に入り。

 

で、今週月曜日の朝は、期待と不安でドキドキしながら出勤したのだけど。。。

朝一番で突然、薬学教育訓練担当の主任薬剤師の先輩が、「私も、あなたの講義に(仮免許薬剤師に混じって)出席したい!」と言いだしてね。私、(内心)パニック状態。。。

この先輩薬剤師、なぜか私の仕事ぶりを、いつも高く評価して下さっている。でも、私の講義セッションを、直接(じーっと)観察されるという経験は、これが初めて。気分はまるで、教育実習を評価される、新米教師の境地。

で、始まる直前まで、気もそぞろ、冷や汗タラタラで、すごく緊張していたのだけど(私、生来、小心者だからなあ。。。笑)、いざ始まってみたら、有難いことに、仮免許薬剤師たちの反応も良く、活発な対話形式の、とても楽しい時間となった。

 

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私の勤務先病院の、今年の仮免許(プレレジ研修)薬剤師たち。一同に会すことが少ないため、今回、私の講義が終わった後に記念撮影。左から、カーティス君、ダニヤさん、エミリーさん、そして、アリスさん。カーティス君とエミリーさんには、一般内科病棟での実習の指導薬剤師を担当した。ダニヤさんへは、目下、彼女のプロジェクトワークの監督者に任命されている。アリスさんは、私の週末当番班の一員として、いつも一緒に働いてもらっている。皆の将来が楽しみ!

  

このようなセッションって、講義を受ける側のモチベーションとか、その場のやりとりでも、流れは全く変わってくる。講師の方としては、臨機応変に対応しなければならないこともあるし、一体どんな風になるか、予想できない部分がある。つまるところ「水モノ」。だから、私、毎回、このような講義の前は、崖から飛び降りるような気持ちになる。 

で、終わった後は、疲労困憊だったのだけど。。。;

仮免許薬剤師たちは、異口同音に「分かりやすくて、役に立つ講義だった」と言ってくれた。教育訓練担当の主任薬剤師の先輩からも「すごく良かった。このぐらいの高クオリティのもの、これからも、どんどん宜しく!」とのこと。

嬉しかったな。

でも、英国薬剤師の世界はね、こんな風にして、先輩から、仕事がどんどん振られて来るんですよ。。。(苦笑)

 

ちなみに、この仮免許(プレレジ研修)薬剤師向けの「臨床薬学講義」って、病院によって、運営の仕方が、かなり異なる。

私自身は、プレレジ研修を精神科専門病院で行なったため、「一般臨床薬学」を教えることができる先輩薬剤師たちに乏しい環境であった。

で、それを危惧した私の指導薬剤師さんが、自分がプレレジ研修をした病院に掛け合ってくれ、そこの仮免許薬剤師さんたちの勉強会に混ぜていただくことができるようにして下さったの。

その病院、薬学教育のレベルの高さで(その当時)ロンドンで1−2を争う病院だった。

そのため、他の近隣病院の仮免許薬剤師たちも、同じような意図で参加していた。結局、ロンドン中心地の4つの国営病院の仮免許薬剤師向けの合同勉強会という形になり、一ヶ月に一度の午後、集中的な臨床薬学講義が開催されていた。

ロンドンでもトップクラスの、きらめくようなスター臨床薬剤師さんたちから直接教えを受けることができ、毎回、とても刺激を受けた。

でね、そんな1年間に渡る臨床薬学講義シリーズの中でも、ずば抜けて、圧倒的に、素晴らしかったのが、「感染症総論」のセッションだったの。

もう、そこの感染症専門薬剤師さんが放つ一言一言が、「あ、この人は、雲の上をいく臨床薬剤師だ」っていうのが一目瞭然の博識さと、さらにそれを、どのような能力の学生に対しても分かりやすく説明して下さる教授技術と相俟って、とにかく、今までの自分の概念を覆すような臨床薬学講義だった。

まさか、その時は、それから5−6年後、私自身が「感染症専門薬剤師」になるとは想像だにしていなかった。でも今は、あの時のあの薬剤師さんの姿が、私のロールモデルとなっている。そして、いつの日か、そのレベルを追い越すことを、今は目標としている。

と言いながら、この薬剤師さん、実はその後すぐ転職され、ケンブリッジ大学付属国営病院の緊急医療室専門薬剤師となった。そして、さらに昇格され、現職は、その病院の外科専門主任薬剤師である。一つの専門に留まらず、自分に負荷をかけ、さらに上を目指していく彼女の姿勢にも、すごく憧れる。噂では、現在、パートタイムで博士課程にも在籍しているよう。もうとにかく、かっこいい薬剤師さん。

 

そんな自身の思い出を振り返り、今回の私の臨床薬学講義も、今年の私の病院の仮登録薬剤師たちにとって、熱意ある薬剤師が行なったものとしての記憶として残り、のちの彼らのキャリアにインスピレーションを与えられるようなものであったらいいなと(密かに)願っている。

 

臨床講義って、準備にかける時間や労力もかかるし、教えるのは本当に大変だけど、やった後の爽快感は格別。

これからも、積極的にやっていきたい。

(でも、これぞ、仕事を振りたい先輩薬剤師さんたちの思うツボだね。。。笑)。

 

では、また。