日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

出会って、別れて、また一緒に働く(かもしれない)日まで

 

あっという間に3月が終わり、4月になりました。

 

春は、俗に、「別れと出会いの時期」と言われておりますが、私が勤務する病棟でも、今月初頭に、大きな変化がありました。

 

研修医たちの大異動です。

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研修医たちの一つのローテーション最終日には、このように病棟スタッフ一同で記念撮影をするのが通例。先生たち、達成感から、皆、満面の笑顔だ

 

私は、現在、ロンドン南西部・サリー州境の国営医療 (NHS) 大学病院に勤めています。

本業は、感染症専門薬剤師ですが、一臨床薬剤師として、日々、一般内科病棟を担当しています。

病院内でも、特に教育モデル的な病棟なので、研修医たちが必ず配属される場所となっています。

 

ちなみに、私の病棟で働いている医師たちは、以下のような人員構成となっています。

基礎研修医:

英国では、医科大学を卒業後2年間は、「基礎研修医」として病院に勤務することが義務付けられています。この期間は「ファウンデーション・イヤー(Foundation Year,  基礎固めの年、の意)」と呼ばれています。そのため、この基礎研修医の通称は、Foundation Year の頭文字を取って、「FY」。一年目だったらFY1、2年目だったらFY2、といった具合。

中核研修医:

2年間のファウンデーション・イヤー研修課程を終了後、さらに2年間、自分が進みたいと思っている分野での専門を見定める臨床研修課程。「中核研修(Core Training)」の頭文字を取り、通称「CT」と呼ばれる。CT は、FY の数年上の先輩として、「病棟業務の実務メンター」の役割も兼ねる。

ちなみに、FY と CT を総称して、俗に「SHO」と呼ぶ場合もあります。ファウンデーション・イヤーや、コア・トレーニングといった系統立った卒後研修プログラムがなかった時代、英国の研修医(ジュニアドクター)は、長年「シニア・ハウスオフィサー (Senior House Officer) 」と呼ばれてきました。その名残から、未だに「研修医=SHO」という呼び名が、実際の医療現場では、根強く残っています。

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私の担当病棟の若手研修医たち:CT2 のジョナサン先生(左)とFY1 のジャック先生(右)。この2人の先輩・後輩関係、米国の医療ドラマ「ER」のベントンとカーターさながらだった(笑)。ちなみに、ジャック先生、身長が2メートル近くある。だから隣に並ぶと、どんな人でも小さく見える

それから、さらにキャリアを積むと;

専門研修医:

自分の専門を極め始めた医師のポスト。例えば、私が担当の一般内科病棟では、家庭医を目指す医師が、訓練課程の一環として数ヶ月、このポジションで働いています。Specialist Trainee という名称のため、その頭文字を取り、通称「ST」と呼ばれている。

医局長補佐:

各王立専門医学会の認定医を目指している医師たち。称号は、Registrarで、通称「Reg(レジ)」。

そして

医局長:

自分の専門分野での王立医学会の試験に合格し、その入会を許された医師。英国では、ここまで達した医師が「最高位の医師」と見なされている。「Consultant (コンサルタント)」という称号で呼ばれる。

 

ちなみに、ファウンデーション・イヤーからコンサルタントまでは、勉強と訓練と、試験に明け暮れる日々で、最低でも8ー10年かかるとされています。

その実地研修のため、大学病院では、医局長と医局長補佐以外は、ほぼ全ての医師が、数ヶ月ごとに病棟や部署を変わる形態(=ローテーション)で働いています。そして、病院すらも定期的に変わっていくのが通例です。

 

だから、研修医の先生方とは、いつだって、

「出会って、一定期間、来る日も来る日も密度濃く一緒に働き、特別な絆を築くのだけど、でも、ある日突然、別れがやってくる」

という、

『かりそめの仲』(笑)

なんですよ。

 

ところで、「大学病院で働いています」というと聞こえがいいかもしれませんが、ここ、現実には「研修医たちが、失敗しながら学んでいく現場」です。

薬剤治療に関して言えば、特に、FY 研修医の、処方間違い・勘違いは日常茶飯事。

それが、患者さんへ達し、危険が及ばぬよう食い止めるために、病棟薬剤師の私が雇われているといっても、過言ではありません。

でも、先生たちは皆、一つのローテーションの終わりには、見違えるほど成長していきます。

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今期、私の病棟のFY1 であった、キャサリン先生。カルテに、何かを真剣に、書き込んでいます

  

そして、研修医の先生方、ずばり、皆、若いです。私、病棟で働いていると、ボーイスカウトかガールスカウトの集団に「おばさん」が一人混じって、一緒に仕事をしている境地です(爆笑)。

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そんな中でも、研修医の先生方、患者さんの薬剤治療に関し、薬剤師の私に絶大な信頼を寄せて下さっている場合が殆どです。有難いことです。

だから、私も、毎日、真剣勝負で仕事をしています。そして、私自身も、彼らの研修を横で垣間見ながら、日々、新しいことを学び、薬剤師として成長させてもらっています。 医療は、何よりも、実践の場で学ぶのが、一番ですからね。こういう環境で仕事ができることを、本当に、幸運に思います。

 

病棟は、いつも、わちゃわちゃしています。そして、毎日、実に色々なドラマがあります。

 

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全てがうまくいく日など(ほとんど)なく、悪夢のように次から次へと惨事が起こる日もあります。

研修医が、ミスを防げず、医療訴訟になった深刻なケースも見てきました。

 

でも、今期は、本当に、素晴らしいチームでした。

 

特に、CT2のジョナサン先生(写真下⬇︎)が、この病棟の研修医一同をまとめ上げていました。どんな社会でもそうですが、卓越したリーダーシップを取れる人が一人いると、チームの雰囲気と仕事ぶりは雲泥の差で変わりますね。 

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ジョナサン先生、見ての通りのイケメンですが、そのルックスに全く似つかない、ぶっきらぼうなアクセントで喋ります。そのギャップが凄すぎて、私、毎日、笑い転げてた


このジョナサン先生とは、今期、本当に「ガチ」で働きました。

元々、薬理学に造詣が深く、一つ前のローテーションでは、心臓・呼吸器系内科病棟にいたので、いつも患者さん一人一人の薬剤治療法について、熱心にディスカッションしました。ほんの一例ですが、スピノロラクトンとアミロライドの違い、といったことも、私も舌を巻くほどのレベルで精通している先生でした。

たまたま、病棟で人手がいない時間帯に、患者さんの一人が心停止となり、その場に最初に駆けつけた2人となったこともあります。

とても運悪く、病棟内でクロストリジウム・ディフィシル腸炎の患者さんを出してしまい 、担当医師と病棟薬剤師ということで、共に、感染症医局長の先生との「釈明会議」に出席するはめになったこともあります。

感染症隔離個室で暴れる患者さんの採血で、途中、バタフライ針の大きさが合わないことに気づき、「おーい、誰かあああーー、お願いだから、小さいサイズのやつ、持ってきてーーー!」と、先生が、病室ドア口からエプロン姿で、大声で助けを求めていたのに応答したのも、いい思い出です。

  

そんなこんなで、数ヶ月一緒に楽しく働かせて頂いていたある日、ジョナサン先生、突然、「今期の僕の評価をしてくれない?」と、私に尋ねてきました。

英国の医療は、多職種連携を重んじています。そのため、研修医は、各ローテーション中のポートフォリオ(自分の実績を示すファイル)の一つとして、指導医師以外の、他職種の同僚の誰かからの査定評価も、提出しなければならないのです。

それを、今回、ジョナサン先生は、私に依頼してきたのでした。私、この病棟のスタッフの中でも、恐らく、唯一「英語が母国語でない人」なのにねえ(苦笑)。

光栄だったな。すごく良い評価書を書いた。実際、この先生は、最速で「医局長(コンサルタント)」になれる人だと思っている。私、英国で薬剤師になって以来、もう数えきれないほどの数の医師と働いてきたから、将来偉くなる先生って(直感的に)分かるんだよ(笑)。

 

で、病棟スタッフがそれぞれ、研修医宛てにこのような査定評価を書き上げる頃には、これらの先生方は、ローテーションを終了し、去っていきます。一つのチームと別れることで、次の分野や段階の訓練に移り、職業的に成長するのが、キャリア形成なのですから。

 

実は、私自身も、臨床薬剤師として、本来は、6ヶ月交代で内科⇄外科病棟を交代するローテーション業務の役職にいます。でも、同格の感染症専門薬剤師の同僚が、現在、産休・育児休暇中のため、今年1年間は、この一般内科病棟の専属薬剤師として働いています。

だから、特に最近は、この数ヶ月毎にやってくる「去りゆく研修医たちを、病棟で見送る別れの時」は、おいてきぼりにされるようで、殊の外、寂しいです。

いつの日か、これらの研修医の先生たちが、専門医となり、そして、医局部長となり、どこかでまた、共に働く日を、楽しみにしています。英国国営医療サービス (NHS) は、とても狭い世界なので、以前どこかで一緒に働いた先生と、数年後、また、思いがけない形で巡り会い、再び「ガチで」働くということも、実際に、かなりの確率で起こり得るのです。

 

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病棟の看護師さんからの人気ダントツ一位であったカトリーナ先生 (CT2) は、ローテーション最後の日、手作りのケーキを焼いてきてくれた。こういうのも、研修医病棟ローテーション最終日の恒例行事

 

そして、私自身、次に彼らと働く時には、さらなる進化を遂げている臨床薬剤師であり続けるよう、日々、精進していきたいです。

 

では、また。