日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

夜間・週末当直勤務(其の二)

 

今回のエントリは、前回からの続きです(⬇︎)

 

なぜ、私が、夜間・週末当直勤務を、ここ数年続けているのかと言えば。。。。

 

ひとえに「真の学びが得られる」から。

 

当直勤務は、基本、火の粉のように次々と降りかかる無理難題を、一人で解決するのが原則。

まあ、どうしても分からないことがあれば、自分より知識と経験のある先輩・専門薬剤師へアドバイスを求め、夜間や週末に、個人的に連絡することも(稀に)あります。でも、その度合いが過ぎると「無能薬剤師」の烙印を押されます。どの時点やレベルで連絡をするかも、薬剤師としての能力が試されます。

誰にも頼れない時の学びとか、判断力って、まさに「火事場の馬鹿力」で、凄いです。

特に「今、この瞬間の自分の判断が間違っていたら、患者さん、死ぬかも」っていう極限の状況に遭遇すると、どんな薬剤師も、尋常では成し得ない集中力と速さで学ぶ(はず)です。

 

この「夜間・週末当直チーム」に加わってから、私の薬剤師としての技能は、桁違いの精度で研ぎ澄まされてきました。

 

臨床薬剤師って、一日でも休んでいると、勘が鈍る仕事です。異論の方もいらっしゃるかも知れませんが、特別な才能もなく、努力だけで、この仕事を愚直にやってきた私は、そう確信しています。

休養していた週末明けに出勤すると、自分の臨床勘が多少鈍っているのが、感じ取れます。数週間の休暇後に復帰すると、同僚や医師などの問い合わせに、機敏に答えられない自分がいます。常に前線にいないと、この職業では振り落とされていくという見方が、私には、常に、あります。

臨床薬剤師として、常に第一線に立っていたいから、「当直」を続けています。薬剤師の「卒後教育」が叫ばれて久しいですが、これほどまでに「卒後『実践』教育」ができる機会って、他にないです。学校や、教科書だけでは決して学べないことが、当直業務では、山のように提示されます。

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真夜中の人気のない病院の廊下。こんな静けさの中でも、多くの当直スタッフが常に待機し、呼び出されている

 

それから、私が勤務する病院は、ロンドンの中でも、かなりガラの悪いエリアに所在しています。病院のスタッフも、荒くれ者が多いです。当直中は、そういう人たちが、皆いきりたって口撃してくる中で、常に冷静に判断を下していくことが必要となります。自分の「人間力」といったことも試される経験になっています。まあ、私も、当直中はよく「ブチ切れて」おり、人間修行が足りんなあ、と反省することしきりですが。。。。(爆笑)

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Emergency Drug Cupboard と呼ばれる、私の勤務病院内の「時間外薬剤備蓄庫」。緊急に必要で、かつその使用頻度の高いものは、看護師さんがアクセスできるこの場所に置いてある。でも、ここまで取りに行くのを嫌がり「当直薬剤師さん(自宅から駆けつけ)持ってきて!」と、寝ているところを呼び出されることもある。それを断ると、電話口ですごい口論になることしばしば。。。(ため息)


当直チームの同僚薬剤師たちとは、皆、「戦友」といった感じで、自然と絆が深くなります。入局した頃は畏れ怖かった先輩薬剤師たちとも、当直チームの中堅となった今では、同等に助け合えたりしていることが、自分としては、誇らしかったりもします。

 

ところで、当直チームの薬剤師たちの間では、「今までで、最も記憶に残った当直勤務は?」と、よく会話になります。

私の場合、前回のエントリで紹介した「医療酸素タンク、すわ爆発か? 事件」が(今のところ)一番ですが、それに準じたものも、いくつかあります。

 

今回は、そのいくつかを紹介;

(1)バルプロ酸の過量摂取で、自殺未遂となった患者さんが運び込まれてきたことがあった(血中濃度が、840mg/L まで跳ね上がった)。

夜中の3時ぐらいに、緊急医療室の救命医から起こされて、解毒のために必要な「カルニチン (Carnitine) 」が今すぐ欲しい、という要請だった。アミノ酸由来で、その欠乏症に使われる目的でしか知らなかったカルニチンって、バルプロ酸中毒の解毒にも使うんだ、とそこで (瞬時に)学びました。

で、薬局へ駆け込み、注射薬の棚にアルファベット順に並んでいるはずのその薬を、C の辺りで散々探したのだけど、見つからない。。。!?!?(写真下⬇︎)。パニックになりながら、もう一度英国家医薬品集 (BNF) を見直すと、認可されている一般名は L-Carnitine とあったため、「もしかして『レボカルニチン』として薬の箱が製造されているのでは?」と閃いた。

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薬局調剤室内の注射薬の棚。ここを真夜中「捜索」した。

この推測が見事に的中し、L の箱の中で無事、発見!!!(写真下⬇︎)。そして、脱兎のごとく薬局を飛び出し、緊急医療室へ持って行った。

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なぜ、L の箱に、一つだけ C の薬が???

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レボカルニチン (L-Carnitine) として、L の箱に置かれていたのでした。当直薬剤師は、こういった問題解決に機転を利かす能力が、必須。

 

患者さん、重度の中毒症状から、昏睡状態だった。本来は、集中治療室 (ICU) で治療されるべきなのに、その晩は、なんと、ロンドン中の国営医療 (NHS) 病院の集中治療室 (ICU) が全満床というあり得ない状況だった。

駆けつけた家族の悲しみと、緊急医療室のスタッフが殺気立っていたあの光景、忘れられない。

  

(2)ある日の明け方4時頃、ラスブリカーゼ (Rusbricase) というがん化学療法に伴う高尿酸血症に使用される薬を、6歳の小児に投与する用量を推奨し、今すぐ緊急医療室に持ってきて! という依頼があった。今すぐ手を打たないと、患者さん、本当に死んでしまうかも、という状況だった。

この薬、小児の使用に関しては、英国国家医薬品集にも詳細は記載されていません。そして、がん専門分野での薬のため、私にとって、それまで全く無知の薬でした。

それでもベッドから飛び起き、数分のうちに判断を下し、急いで病院へ駆けつけ、全速力で薬局のドアをこじ開け、冷所保存の薬であったために冷蔵庫を覗き(今までに見たことのなかった薬のため)「どれ? どれ? どれ? 探せない。。。探せない。。。患者さん、死んじゃうよー!!!」 と心の中で叫びながら、その薬を目を皿のようにして探していたら、次のポケベルが鳴りました。

「集中治療室にいる新生児が死にそう。点滴が必要で、既成の点滴バッグにない組成で、病棟にて希釈にて作らなければならない。その計算に自信がない。手伝って!」と、小児科の専門医からの依頼でした。

うわああああああーーーーー!!! 何で、こんな時にーーーーっつ!!! って叫びたかったな。英国人の計算能力の低さを呪うばかりだった。

英国人が、どれほど計算が不得手か、ということについては、過去のエントリもどうぞ(⬇︎)

 

余談になりますが、この「ラスブリカーゼ」が必要であった患者さん、日本人名の白血病を患う男の子でした(お母様が英国人で、お父様が日本人だったよう)。私が勤務する病院は、日本人をほぼ見かけないエリアに所在する。だから、この当直の晩のことは、数年経った今でも、ふと思い出す。「あの時の男の子、今、どうしているかな?」ってね。

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冷蔵庫の奥底でやっと見つけた「ラスブリカーゼ」。それ以後、この薬を扱う度に、あの時の日本人の男の子の患者さんを思い出す。当直時の学びは、ひとつひとつ、鮮烈に記憶に残る。

 

 (3)去年の12月の当直中には、「薬局の防犯アラームが鳴っている。不審者が侵入したかも」という連絡があった。すぐに薬局へ駆けつけたけど、このようなケースの場合、安全面の点から、当直薬剤師は、薬局へ一人で立ち入ることができない。警備員の同伴が必要となります。

で、肝心の警備員さんと言えば、酔っ払いの患者さんが暴れている緊急医療室での混乱を沈めるために不在で、私は、暖房の効いていない寒い病院の廊下の、アラームが鳴り響く薬局の前で、待ちぼうけ。。。

で、ようやく警備員さんが現れ、共に薬局内へ立ち入り確認すると、天井から吊るしていたクリスマスのデコレーションが、床にばっさりと落ちているのを発見。警報機はそれが落下した際「不審者侵入」と誤認したよう。

おーい、今年のクリスマスの飾り付けは、しっかり固定しておくれよ。。。(苦笑)

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クリスマスの時期は、病院内の数々のデコレーションが落下することにより、その部署の当直スタッフの夜間呼び出し「事件」となり得る。うえーん(泣)


ところで、英国では、目下、国の医療政策の元、国営医療病院内の全ての薬局が、年中無休で開局する必要に迫られている。そうでもしないと、とても対応しきれないほど、医療サービスの需要と供給のバランスが、許容を超えてきているのだ。

そのため、私が勤務する病院でも「将来は、薬剤師全員に(例外なく)当直業務をさせる」という提案が、去年の夏頃から出始めた。

 

でも、未だに、合意には、至れないでいる。

 

例えば、お母さん薬剤師で、子供の学校の送り迎えなどを理由に夜勤は無理、という人がたくさんいる(英国では、中学校へ上がるまで、子供の登下校の、親の送り迎えが義務となっています)。

宗教上の理由から、週末の当直はできない(例:ユダヤ教などの金ー土曜日の安息日)という者もいる。英国はさまざまな信条を持つ人々で成り立っているため、こういったことは、慎重に配慮しなければなりません(ちなみに、私の病院薬局では、現在、20ヶ国以上の異なる国出身の同僚たちが働いています)。

また、主に管理職や年配の薬剤師の方々の中には「現場を離れて久しく、薬局実務・臨床知識は、すっかり忘れてしまっている。それに、徹夜を強いられる当直業務なんて、年齢的にも無理」と思っている人もいるはずです。

それから、薬剤師全員が参加する当直当番に移行することにより、当直手当の額が減ることを懸念する、現存の当直薬剤師の声もあります。特に、若手の薬剤師は、その収入を、薬科大学時代のローンの返済に当てている人が多いですからね(→英国の薬学生は、基本、親に頼らず、国からの奨学金で大学を卒業し、就職後、何年もかけてそのローンを細々と返済していく人が大半です)。

英国では、雇用開始時に、雇用契約書にサインをすることによる合意で働いています。その契約書に「夜間・週末当直をするという記載がなかった」と主張し、当直勤務参加を拒否する人もいました。このようなことを目の当たりにし、英国は、労働者の主張が、とても強い国だと実感しています。

そして、どうしても当直が行えないと判断した同僚たちが、今、次々と退職していっている。

幸い、私は、これら諸々の制約がなく、しかも、当直担当の病院から最も近い場所に住んでいる薬剤師なので、他の人に比べれば負担も軽く、それだからこそ、今までなんとかやってきた。

でも、それでも、私自身も体力的に限界だ。たぐい稀なる学びの機会ではあるけれど、せめてその当番の頻度を減らして欲しい。だから、薬剤師全員参加の当直システムへの移行は大歓迎、というのが、私の意見。

そんなこんなで、現在、私が勤務する病院薬局では、皆の思惑がうずめき、大混乱を極めている。

 

そんな矢先。。。。

 

この夜間・週末当直薬剤師業務を長年総括・管理してきたマネージャー薬剤師さんが、先日、自身の転職を発表した。

 

長年、誰よりも泥水を飲み、この病院薬局を支えてきた大先輩薬剤師の「退位」に、私が勤務する病院薬局では、今、激震が走っている。

 

この先輩薬剤師さんについての話は、またいずれの機会に、このブログでも書きたい。

 

日本では、平成と令和という時代のはざま、そして、英国では、翌日をメイデー(ヨーロッパの労働者の権利・保護の日)に控えた日に、移りゆく物事と人々、そして、労働者の権利について、ちょっと考えた。

 

では、また。