この前、ロンドン中の病院を色々と訪れた折のことだったのですが;
前回の「ロンドンの出産病院いろいろ」のエントリは、こちら(⬇︎)からどうぞ
その道すがら、たまたま、英国王立家庭医学会 (Royal Collage of General Practioners) 本部ビルの前(写真下⬇︎)を通り過ぎた時のことでした。
英国の家庭医制度については、こちらの過去のエントリ(⬇︎)からもどうぞ
ふと目に止まった、この広告看板(⬇︎)、
「え、何これ。。。。。? 薬のアート展ぢゃない(しかも、今月末までの)!!!」
その瞬間、居ても立っても居られなくなり、その場でスマホから検索すると、なんと日曜日だったその日も観覧できることを発見。
で、急遽、この「英国王立家庭医学会」本部の建物内へ入ってみることにしたの。
私、寄り道が、大好きな人。ぐふふふふ。。。
で、この建物の中へ、勢い勇んで、一歩踏み入れたら;
人っ子一人居なかった。(爆笑)
あれーっ? これ、英国の家庭医限定の美術展なのかなーと思い、念のため警備員さんに聞いてみたところ、
「勝手に観てっていいよ。写真撮影も全く制限なし」
とのこと。
そんな訳で、私、なんとその日の午後「英国王立家庭医学会」を数時間、文字通り独り占めにし、優雅な時間を過ごしたのでした。ラッキー!
という訳で、今回は、この「くすりの芸術展」を訪れたレポート。
この展覧会は「What Once Was Imagined」という題目。
「かつて想像していたもの」と直訳できるけれど、「本来は病気の治療に用いられているくすりが、芸術品になったよ」という意味合いだと解釈。
作者は「Pharmacopoeia (薬局方) 」と名乗る2人の英国人ユニット。子供の頃からの幼馴染で、一人の本業は家庭医、もう一人は服飾品専門のアーティストが、共同で創った作品群、というのもユニークだった(でも「薬局方」ってねえ。。。 薬剤師の私にとっては聞き捨てならない、「笑撃的」とも言える芸名だわ)。
30点以上もの作品があったのですが、印象に残ったもののいくつかを紹介。
まずは「祝典 (Jubilee) 」という題名のウェディングドレス(⬇︎)。恐らくこの作者さんたちの代表作の一つ。
こちらの作品、以前は(日本を含む)世界中の医学展覧会に貸し出されていたそうですが、現在は英国王立家庭医学会が買い上げ、ここで常時展示されているコレクションとなっています。
それから「頭部の箱 (Headcase)」という作品(⬇︎)。頭痛薬や、肩こり、甲状腺疾患に使用される薬、そして、それらの副作用に対処する薬などの数々を鏡にデコレーションしている。面白いことに、英語の Headcase という語には「狂人」という隠語的な意味もある。また、「頭部疾患症例」という意味もあるであろう。鑑賞者は、この作品の鏡の中央に、自分の顔や頭部を映し出し、頭部の病気について考えたり、狂気を見い出す、というコンセプトなのだと思う。
「紫色の朦朧さ (Purple Haze) 」という作品(⬇︎)には、臨場(外出)恐怖症の患者さんに用いられるさまざまでカラフルな薬をバッグに飾り立てていた。「これらの薬を飲んだら、このバッグを持って、軽やかに外出できるかな?」というメッセージが込められている(はず)。
一方で、この作品の題名「Purple Haze」という英語は、違法ドラッグ常習者の間では、LSD の隠語でもある。LSD をやると、極彩色の幻覚を経験するという。そんな状態じゃ、とてもじゃないけれど、外へは出れないよね。。。 。
こんな風に、この美術展では、大半の作品の題名やコンセプト、そして使用素材に「何重もの隠されたメッセージやとんち」が込められていた。
薬学のバックグラウンドが全くない人でも、十分楽しめる展覧会。でも、薬剤知識があり、かつ、古今の医療問題などにある程度精通しており、さらには、英語の語彙の隠された意味とかも知っていると「あっ、だからこういう作品に仕上がったんだ!」と、その謎解きが段階的にできるような仕掛け。
ものすごい知的な遊び時間となり、この偶然飛び入った展覧会に、心底、感動した。
患者さんが服用しなかった無数の薬で作ったというハンドバッグや洋服、スカーフなどもあった。
現在、英国の慢性疾患を患う患者さんの殆どに、リピート(リフィル)処方というものが用いられている。症状に異常がなければ、家庭医は患者を頻繁に診察することなく、最長1年まで、常用薬を処方し続けることができる、というサービスだ。
家庭医は患者に直接会わなくなるため、コンプライアンスの確認などは薬剤師の役目になっている。でも、英国では、3−4割の患者さんが、処方された薬を正しく服用せず、自宅には、山のような残薬がある、というのが実情。その警告を込めた作品。
逆に、こちらは、1年間、全ての薬をきちんと服用した患者さんの空のヒートを繋ぎ合わせて作ったドレス(⬇︎)。スタイリッシュで、格好良いよね。薬学的オートクチュールと言ったところでしょうか?(笑)
840本の喫煙済みのタバコを縫い合わせて作られたドレス(⬇︎)。840本というのは、英国人の一年間の平均喫煙本数だとのことです。
そんなこんなで、今回、色々な作品を観たのですが、今回、特に、個人的に気に入った作品は、こちら2点。
王立家庭医学会のカフェの窓際(写真下⬇︎)に、他の作品とはかけ離れて、さり気なく飾られていたものだったのですが;
なんと、「感染 (Infection) 」という題の作品だった(写真下⬇︎)。
自分の専門分野であることから、この作品には、一体どのような薬が実際に使用されているの? 現在の英国のガイドラインに準じているもの? などと、ツッコミを入れるべく、まじまじと観察してしまったのですが(これを職業病と言わずして、何と言おう);
1)ピロリ菌除去に使用される抗生物質とPPI の3剤コンビネーション(アモキシシリン・クラリスロマイシン・ランゾプラゾール)
2)蜂巣炎に使用される抗生物質フルクロキサシリン
3)結核治療薬(リファンピシン・イソニアジド・ピラジナミドの合剤、耐性の場合に使用されるモキシフロキサシン)
4)尿路感染症に使用されるニトロフラントイン
5)帯状疱疹に使用されるアシクロビル
6)カンジダ症に使用される1回投与のフルコナゾール
などが、見て取れました。
それから、こちらの「図解細菌学 (Bacteriology Illustrated) 」という作品(写真下⬇︎)。
この作者の家庭医の先生が医学生だった頃 (1970年代) 使用していた細菌学の教科書を散り散りにして創ったドレスとのことです。
究極の「オタク観」溢れる作品だよね。。。でも、こういうの、私、大好き!
この英国王立家庭医学会本部ビル、普段は、家庭医の認定試験が行われる場所です(写真下⬇︎)。建物内には、大きな試験会場やら、個別の面接室も完備されていました。それから階上には宿泊施設もあるようでした。
その一方で、今回、週末に思いもかけぬ形でここを訪れた私にとっては、ロンドンの中心街にありながらも、その喧騒から全く切り離された、まさに、隠れ家(エルミタージュ)のような素敵な場所でした。
今度はここへ、平日、カフェなどを利用しに、また訪れたい。
では、また。