日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

転機となった「ファーマシーテクニシャン見習い」への講義

 

ロンドン大学薬学校時代、英国人薬剤師の学生に混じって「薬学教授法 (Teaching & Learning) 」という科目を選択した。

私のロンドン大学薬学校時代のコースの詳細は、過去のエントリ(⬇︎)からどうぞ


その課題の一つが「教育(教授)実習をする」というものだった。

英国の薬剤師は、誰もが、いつになっても学び(学生であり)続け、それと同時に、教える側(先生)にもなっている。卒後教育が当たり前で、職能を向上することが昇格・昇給のステップに組み込まれている。同僚たちに、自分が持っている知識や技術を惜しみなく教え合うということも、日常業務の一部となっている。

だから、この課題、英国の実務薬剤師にとっては、自分の勤務先にて、同僚・部下などに対し何かしらを教え「その教える技術を、実践的に磨く」というのが意図だった。でも、外国人留学生だった私には、そのような場所がなかった。

で、実習先の病院の薬局教育部長(→私の大学院時代の個人指導薬剤師でもあり、それと同時に、このロンドン大学薬学校のこの「薬学教授法」選択科目の責任者でもあった)に相談すると、

「(私の実習病院の)『ファーマシーテクニシャン見習い (Student Pharmacy Technician) 』たちに授業をしたらいい。一ヶ月に一度、ゲストスピーカーを呼んで、講義をお願いしているんだ。ちょうど良い機会だよ」とのこと。

その場で、彼のオフィスのデスクの隣に座っていたその病院のファーマシーテクニシャン長へ話をつけてくれ、50分間の授業を依頼された。

(ひょえー。。。。)

で、恐る恐る「『ファーマシーテクニシャン見習い』って、どんな人たちですか?」 と聞くと

「薬剤師の仕事を補佐するファーマシーテクニシャンの資格を取得中の、すごく意欲溢れる者たちだよ」

とのこと。

 

ところで、この「薬学教授実習」の課題、ファーマシーテクニシャン見習いたちの前に講師として立って、ただ「話をする」だけでは済まされなかった。「授業計画(レッスンプラン)」というものを事前に作成・提出し、その授業を行う目的、どんなことを学習到達目標にするか、授業中に教えることの具体的な内容の逐一とその進行の大まかな時間配分、その中でも、学生の理解を深めるため、あらゆる手法(実際に手を動かさせたり、ディスカッションを行うなど)も取り入れ、そして、授業の終わりには、その学習成果をどのように確認するか、といった要素全てを、割り当てられた講義制限時間内に盛り込むことが要求された。

 

私自身、その時点で、英国には、日本にない「ファーマシーテクニシャン」というものが存在することは、知っていた。

 

だから、色々と考え、「ファーマシーテクニシャンの国際比較」を講義のテーマにしようと決めた。大学院のコースメイト(=世界各国の薬剤師)一人一人に、彼らの国のファーマシーテクニシャンの実情の聞き込みを行い、私自身も、色々な文献を調べ上げ、講義スライドを作成した。

その中で、私自身、一番未知の「英国のファーマシーテクニシャン」については、ファーマシーテクニシャン制度がない日本からやってきた講師(=すなわち、私)が、受講者である英国のファーマシーテクニシャンの資格取得中の見習いさんたちと、いろいろな業務や役割の違いについてのディスカッションをする、という「レッスンプラン」を立てた。

で、この授業、自分なりにすごく準備を重ねたけど、前日は、緊張感から、よく眠れなかった。だってねえ、まだ語学の壁があり、通常20分ぐらいの症例発表でもいっぱいいっぱいの頃だったのに、全く見も知らぬ場所に飛び込んで、どんな反応があるのか全く予想ができず、臨機応変が試される状況で一時間弱、初対面の学生さんたちへ、英語で授業をすることになったんだからね。。。(笑) 当日、控え室に到着してですら「ここから逃げ出せたら、どんなにいいだろう」と独り、壁に向かって呟いていたことを覚えている。

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私が教育実習を行なった「ガイズ病院 (Guy's Hospital) 」。英国の国営医療 (NHS) 病院は、現在、ほぼ全てが、2−3ヶ所の近隣の病院が連合し、一つの傘下で運営されている。私の大学院時代の配属病院の正式名称は「Guy's & St Thomas' Hospitals NHS Trust」であった。病棟実習は、聖トーマス病院 (St Thomas' Hospital) で行なったが、私の指導教員薬剤師のオフィスはガイズ病院 (Guy's Hospital) の薬局内にあったため、この2つの病院を行き来していた。

私の大学院時代の聖トーマス病院での病棟実習については、こちらの過去のエントリ(⬇︎)もどうぞ

 


でもね、この教育実習こそが、私の薬剤師人生の一つのターニングポイントとなったの。

 

薬局内のセミナールームで待ち構えていたのは、8人ばかりのファーマシーテクニシャン見習いさんたちだった。

国籍も年齢もまちまち。英国人もいれば、東南アジア系、インド系、アフリカ系もいた。恐らく、20代から50代までの幅広い年齢層の人たちが集まっていたと思う。

私の個人指導教員薬剤師の先生が、この「教育実習」の採点官として、部屋の後ろで静かに採点していたため、初めは緊張で震えていたいたものの、私が自己紹介の後、日本と英国の薬局実務の違いについての一例を挙げるために「薬包紙」の折り方を教えようとしたら、皆が異口同音に;

「あ、私たちもちょうど先週のカレッジの授業で、薬包紙の折り方、習ったよ!」

と。

 「へ?!  英国にも、薬包紙ってあるんだ!!!」

 皆で、「日英の薬包紙の折り方の違い」を、わちゃわちゃと教え合い、その間に、私自身「カレッジの授業」という意味が分からなかったため、学生さんたちに質問をすると、

「英国のファーマシーテクニシャン見習いとは、週に1日は、コミュニティーカレッジへ通い、薬学の基礎を学びつつ、残りの週4日は、雇用先の薬局現場で、そこのファーマシーテクニシャンや薬剤師の監督下の元、徒弟のようにして働くことにより実地訓練を受けながら、ファーマシーテクニシャンの資格を取得中の人たちである。週4日の薬局勤務には、給与も出る。資格取得には約2年かかる。」

といったことを、皆、活き活きと、教えてくれた。

それで一気に場が和み、講師の私にも勢いがついた。日本の薬剤師と、英国のファーマシーテクニシャンの役割を比較・ディスカッションし、その違いをホワイトボード上に表にしてみたり、ファーマシーテクニシャンの地位や給与の国際比較なども行なった。結果として、この「教育実習」、大成功のうちに終了となったのだ。学生さん、私のこの講義の終わりに、割れるような拍手をくれた。ただ一人、アフリカ系の学生さんが、明らかに興味のない顔をし、始終そっぽを向いていたことを除いては(→この人については、数年後、思いがけぬ形で再会することになる。その話も、いつか、このブログで書きたい)。

採点官の先生も、いつもは劣等生の教え子のこの思いがけない上出来なパフォーマンスにびっくりし、今までにない高得点をくれた。そして、これこそが、私のロンドン大学薬学校時代の中で、自己最高得点を記録した課題となったのだ。

 

で、この「教育実習講義」が無事終わり、その達成感に安堵の胸を撫で下ろし、帰りがけ、病院の回廊(写真下⬇︎)を歩いている時だった;

「日本には、ファーマシーテクニシャン制度はない。でも、日本で薬剤師として5年半働いてきた私が、英国でファーマシーテクニシャンとして実際に働いてみたら、今日、教え教わったこと「どんな業務がファーマシーテクニシャンに任せられ、どんな業務が、本来、薬剤師としてやるべき仕事か」が、より明確に『体得』できるな。これって、これからの日本の臨床薬学業務の拡大、薬剤師の職能の発展を考える中で、いつか、きっと役に立つはず。日本人薬剤師で、英国でファーマシーテクニシャンとして働いている人って、私の知る限りでは、未だ聞いたことないし。。。 」

「私自身、大学院を卒業して、すぐ英国の薬剤師になるには、経済的にも大変だし、英語力のみならず、外国人薬剤師免許変換試験に合格できるに十分な能力があるか? という点からも、今は、正直「ムリ」だろう。でも、ファーマシーテクニシャンからスタートすれば、英国の薬局の実務環境に慣れながら、この地で薬剤師になる準備も一歩一歩、無理なく進めていけるのでは?  ファーマシーテクニシャンでも労働許可書を発行してもらえる可能性はある(はずだ)し、そうすれば、大好きなロンドンで、収入を得ながら、暮らしていける」

と、閃いたの。

 

まさにその瞬間(とき)だったのね。「これ、いい考えだ! 私、英国で、ファーマシーテクニシャン経由で、薬剤師になろう!」って決めたのは。

 

今からちょうど18年前、2001年5月の若葉の美しい日だった。

 

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私が「英国で、ファーマシーテクニシャンから始めて、薬剤師になろう」と決心した、ガイズ病院の回廊

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今でも、特に自身の「英国でのキャリアの道のり」を振り返りたい時に、「原点」とも言えるこの場所を、時々(こっそりと)訪れている。この回廊と中庭、1725年開院当時からの原形を留めているとのこと。この病院で外科医見習いをしていた英国人詩人キーツも、仕事の合間に詩作していた場所と言われている。

 

で、我ながら「いいこと思いついた!」と思ったのだけど、人生って、そう甘くない(笑)

色々な事情により、私が実際に、英国で就職活動を始めた、というか正確に言えば「就職活動ができるようになった」のは、それから2年後だった。

 

その「追い風」が来たことについての話は。。。。

 

次回に続く。

 

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大学院時代の実習病院「Guy's & St Thomas' Hospitals」の出入りに必要であった ID カード。これ、英国で暮らし始めてわずか数日後に撮影された顔写真だったはず(→19年前。若いなあ。。。笑)

 

では、また。