日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

薬局カフェ ('The Apothecary') へ行ってきた in 英国・ライ

 

先週末、英国は、今年最後の「バンクホリデー」でした。

私は、ここ数年、この8月最終週の3連休を「国内で『普段は行かない・行けない』場所」へ出かけることにしている。

去年8月のバンクホリデーは、ここ(⬇︎)へ行きました。

 

という訳で、今年は、英国南東部の街「ライ (Rye) 」(⬇︎)に行ってきた。

ライ、ロンドンから電車で約2時間ほどの、中世英国の雰囲気が美しく残されている小さな街です。街の中心は2時間もあれば、全部観光し尽くしてしまえるのほどのコンパクトさ。

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ライの街で一番有名な「マーメイド通り (Mermaid Street) 」。このような昔ながらの家屋が、急な斜面の石畳の坂に連なっています

 

で、今回は、なぜ、この街にしたかって? 

 

それは。。。。

 

そこに「The Apothecary」という店名の、英国内では珍しい薬局カフェがある、と聞き知ったから(笑)。

 

 

そんな訳で、晴天の真夏日、ライの街に到着(写真下⬇︎)し、

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英国イーストサセックス州ライ駅

早速、その「薬局カフェ (The Apothecary) 」(写真⬇︎)とやらに向かいました。

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ライの街の中心地にある、英国で珍しい「薬局カフェ 'The Apothecary' 」

昔、薬局だった場所を改造し、カフェにしたのが売りの店内は、こんな感じになっています。

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元薬局の薬棚がそのまま使用されているカフェ店内

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昔「薬局カウンター」、今「ケーキカウンター」の図

客席はこんな感じ(写真下⬇︎)になっています。

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客席のインテリアの一部に、当時のままの薬棚が使用され、昔ながらの散剤瓶や、乳鉢も陳列されています

 

それから、写真撮影できなかったのですが、元々は「麻薬保存庫」として使用されていたであろう小さな部屋が、プライベートダイニングルームに改造されていたりして、面白かったです。

 

でも。。。メニュー自体は、英国のどこにでもあるような、ごく普通のカフェと一緒(写真下⬇︎)でした。そこに、拍子抜けしてしまったというのが、本音です。

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バナナとチョコレートのクレープと、アールグレーを注文してみましたが(写真下⬇︎);

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旅の連れ(→英国薬剤師)は「このメニューは『クロストリジウム・ディフィシル腸炎風クレープ』って名付けるべきだな。医療従事者の客には、確実にウケるぞー」と軽口を叩いておりました。

ʕʘ‿ʘʔ(なぜ、この命名なのかについては、皆さまのご想像にお任せいたします。。。)

 

でも、私も、もし自分がこのカフェのオーナーだったら、やはりもっと、細部に渡り「薬局色」を強くするだろうなあ、と思いました。例えば、本棚には、BNF (英国国家医薬品集) とか Martindale (英国薬学事典) とか、The Pharmaceutical Journal (英国薬剤師に最も読まれている薬学ジャーナル) の昔のものなどを陳列したりしてね。

英国の薬剤師で、これらを知らない人は「決していない」と断言できる、BNF、Martindale、The Pharmaceutical Journal についての解説は、こちら(⬇︎)からどうぞ


例えば BNF は、書籍版としては、6ヶ月に一度刊行されています。英国の実務薬剤師が使い古したものは回収され、主に発展途上国での薬学教科書として再利用されるべく、海外配送されています。私の職場には、それでも処分し切れない BNF の古本が山ほどあるので、このカフェに寄贈すればいいのに。。。 なんてお節介な気持ちが湧き上がりました(苦笑)。

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客席の薬棚の上に置かれた書籍、薬学関係のものは一切ありませんでした。。。

 

それにしても、今回、この場所を訪れてみて、「薬局」って、一般の人をも魅了する場所なのだなと認識しました。この薬局カフェ、今回掲載した写真では分かりにくいのですが、ライの街でも超人気の観光スポットらしく、訪れた日、常に「満席」だったのです。

私みたいな薬学オタクの人たちだけが行く、ニッチな場所だと想像していたのですが。。。。良い意味で、予想を裏切られました(笑)

 

ちなみに、英国で「Pharmacy (薬局) 」の名称は、厳重に規制されています。英国薬事法により、本来あるべき薬局事業以外の場所に使用することができないようになっています。

この件を巡り、英国では、過去に「大論争」が起きたことがあります。

英国内で、現在も存命する最も商業的に成功している現代美術アーティストは、ダミアン・ハーストという人です。彼は、なんと「薬局」をテーマにした芸術作品が代表作の一つで、名声を得た人。で、その「薬局熱」が昂じて、自分の薬局作品の数々を一つの建物に収めた、'The Pharmacy (薬局) ' という店名のレストランを1998年、ロンドン市内に開店した。流行に敏感な人々がこぞって出かける場所として大成功を収めていたものの、当時の英国の薬局の登録先であった英国王立薬学協会から「薬局」という名称を不当に使用しているとの警告を受け、裁判沙汰にまでなり、結局、そのレストランは閉店に追い込まれたのです。

だから、このライの街の薬局カフェは「Pharmacy」という語を避け、薬屋という意味合いの強い「Apothecary」という店名にしたのでしょう。上述の、以前世間を騒がせた「事件」を覚えていた私には、その隠された意図が、即座に理解できました。

そして、このような過去の経緯から、英国では「薬局カフェ」とか「薬局レストラン」といった商業地は、殆ど存在しないのです。

 

だから今回、この英国内で稀なカフェを訪問でき、昔ながらの薬局の雰囲気を感じ取れたことは、本当に貴重な機会でした。

 

そして、これからも、このような場所を、英国内外を問わず探し出し訪れてみたいという、「旅」のインスピレーションが湧いた週末でもありました。

 

では、また。

 

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ちなみに、英国では「Pharmacy」と「Apothecary」の他に、薬局を表すもう一つの語として「Chemist」というのもある。この写真は、ライの街中にあった本物の薬局。日曜日であったため、営業していませんでしたが、昔ながらの看板に「Chemist」の文字が見て取れます