日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

昨今の仮免許(プレレジ)薬剤師・新卒薬剤師に関する考えいろいろ

 

先日、勤務する病院の、仮免許(プレレジ)薬剤師向け勉強会の講師担当になった。

私の病院で各薬剤師が仮免許(プレレジ)薬剤師向けに行う教育セッションについては、一年前のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ


今年は「肺感染症 (Chest Infections) 」の分野を依頼されており;

主に「肺炎」を中心に講義した (「肺感染症」って。。。あまりに範囲が広すぎません?) 。

ちょうど、NICE ガイドラインが改定されたばかりで、「旬」な話題だったので。

肺炎に関する一般概論、「市中感染肺炎」「病院感染肺炎」「誤嚥性肺炎」などの違い、症状、診断法、各原因菌に合わせた抗生物質の使い方や「抗菌スペクトラム」の見方、どういった基準で、注射薬を経口薬投与に変更していくかとか、予防アドバイスのポイントなどを、講義内容に含めました(写真下⬇︎)

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今回の講義では、このようなスライドを作成した

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昨年9月に市中感染肺炎のNICE ガイドラインの改定があった。こちらの医療雑誌の最新号にそのポイントがとても分かりやすく解説されていた

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「Guidelines in Practice」は、英国の主に家庭医に広く読まれている雑誌です。私が勤務する病院薬局では、医薬品情報室が定期購入しています。ウェブ版は、英国内の医師、薬剤師、看護師であれば、登録制で無料閲覧できる、英国医療ガイドラインのサマリーサイトになっています

 

「マイコの臨床講義は、いつも単純明快で実践的」と言われている。

私は、英国内の限られた薬科大学で開講している1年間の海外薬剤師免許変換コース (Overseas Pharmacists' Assessment Programme, 通称 OSPAP) を経て、英国の薬剤師になった。だから、英国の薬科大学の通常4年間の学部コースの系統立ったカリキュラム全般に(どうしても)疎い。

その代わり、英国の薬科大学院で臨床薬学を学んだこと、そして、英国で薬剤師になってから、実際の医療現場で、数え切れないほどの数の患者さんの薬物治療を通して体得していった知識や技術が、基盤になっている。

私が英国に来る最初のきっかけとなったロンドン大学薬学校大学院のコースやそこでの病院実習については、こちらの過去のエントリ(⬇︎)もどうぞ

 

で、この講義を行なっている最中、去年のこの臨床教育セッションや仮免許薬剤師たちのことも思い出し、色々と考えたことがあった。

そんな訳で、今回のエントリは「昨今のプレレジ(仮免許)薬剤師や新卒薬剤師に関する考えいろいろ」について綴ってみたいと思います。

 

実は、去年 (2018/19)から、英国のプレレジ(仮免許薬剤師)研修の応募方法や訓練全般が、大幅に刷新されている。

例えば、以前、仮免許(プレレジ)薬剤師は、各病院薬局、コミュニティー薬局が独自に面接試験を行い雇用していた。でも、それを、英国保健省下の医療教育訓練機構にて、国内で統括した応募方法で行うようになったのだ。その結果、米国の「レジデンシー」募集方法に似たマッチングシステムとなった。

https://www.oriel.nhs.uk

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「Oriel」と呼ばれる、英国保健省下の医療教育訓練機構下で一括されて行われる仮免許(プレレジ)薬剤師雇用サイト

そして、その最大の改定点は、病院薬局に関しては「一地方で一つの実習先」しか応募できなくなったこと。私がプレレジ研修に募集した頃 (2010年) は、最大4ヶ所の研修先に応募でき、私自身は全てロンドン市内の病院薬局に応募した。でも、そういう(偏った)応募法が、不可能になってしまったのだ。

私の仮免許(プレレジ)薬剤師時代 (2011/12) のことについては、こちら(⬇︎)からどうぞ

それを反映し、近年、仮免許(プレレジ)薬剤師たちは、全国津々浦々からやってくるようになってきた。

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私が勤務する病院の今年 (2019/20) の仮免許(プレレジ)薬剤師たち。右からシャナズさん(英国北部ランカスター大学卒業)、ヒーナさん(ロンドン大学薬学校卒業)、そしてジェーンさん(英国中部ノッティンガム大学卒業)。ちなみに左端のジェイエ君(ロンドン・キングストン大学卒業)は、近隣のコミュニティー薬局でプレレジ研修をしており、その訓練の一環で1週間ほど私の病院で交換研修をしていたため、今回の私の講義にも飛び入り参加してくれました

英国の仮免許薬剤師交換研修 (Cross-Sector Experience) のシステムについては、過去のこちら(⬇︎)のエントリもどうぞ

英国の病院でのプレレジ研修先に合格するのは、どこも競争倍率が高い。だから以前は、各薬学生は、自分が特に研修を希望する病院には、その「夏季実習」とかに応募し、就職面接試験前に「自分を売り込む」ことが必要とされた。

だから「事前リサーチも十分に行い、本当にこの病院薬局が気に入ったので、それでプレレジ研修に応募しました」という人が多かった。

私自身が英国で薬剤師になる前に応募して行なった「夏季薬局実習」については、こちらの過去のエントリ(⬇︎)もどうぞ

 

また、英国の薬科大学生は、学部カリキュラムの一環で、通う大学の付属や近隣病院で定期的に臨床実習をする。私が勤務する病院薬局では、その際にやって来た「優秀で人柄も良い学生」をそれとなくチェックし、そのような者が、のちにプレレジ研修に応募してくれば(優先的に)雇用していた。

でも、英国保健省の「全ての薬科大学卒業生に、公平に研修(プレレジ)の機会を与える」という新方式が施行された結果、そういう風潮が、最近(ほぼ)なくなってしまったのだ。 

私が現在勤務する病院薬局では、近隣の薬科大学の学生さんの実習を定期的に受け入れています。その様子については、過去のエントリのこちら(⬇︎)からどうぞ

 

この一見「皆が納得する平等原則」、実は、ほぼ全ての仮免許薬剤師が「第一希望の研修先で実習を行える可能性に乏しく」、多くの人が「縁もゆかりもない土地に(いきなり)転居してプレレジをやる」という現象を生み出している。

そんな世相だからなのだと思う。最近の仮免許(プレレジ)薬剤師は、以前のような「地元に根ざした薬剤師たちの熱き徒弟制」と言うよりは、「英国保健省からの命によりビジネスライクにお預かりしている訓練生」という雰囲気が醸し出されてきたように感じている。

そして、皆、とても優秀なのだけど、研修に対する熱意が(それほど)感じられないのだ。そうだよねえ。全員、ここ「第一希望」ではない病院薬局だったのだから。。。

 

それから、プレレジ(仮免許研修)が終わった後の進路のことなのですが;

大抵の仮免許(プレレジ)薬剤師は、その1年に渡る研修が終了間近になり、自分の研修先で新卒薬剤師の求人広告が出ると、今までの無気力が嘘だったかのように目の色を変え、そのままそこに居続けたがる。

だってその方が断然「楽」だし、何より「失業の恐れがない」から。雇用者側としても「すでに勝手を知っている者」が引き続き働いてくれれば、オリエンテーションなどを行う手間も省け、効率が良い面もある。

でもね;

「プレレジ研修と同じ場所で新卒薬剤師として働く」というのは、居心地の良い場所で、新しい挑戦をせず、成長が止まってしまうという危険性が(常に)はらんでいる。しかも、元からいる薬局スタッフは、どうしてもその新卒薬剤師を「元研修(プレレジ)薬剤師」という目で見る。特にカースト制のような階級意識がある英国国営 (NHS) 病院薬局の環境の中では、同僚からのリスペクトという点からも決して理想的とは言えない。

 

ちなみに、私が現在勤務する病院薬局の去年 (2018/19) の仮免許(プレレジ)薬剤師たち(写真下⬇︎)の進路の実例なのですが;

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私の病院の去年(2018/19) の仮免許(プレレジ)薬剤師たち。左からカーティス君、ダニヤさん、エミリーさん、そしてアリスさん

4人の中で、一番先に早々と就職先を見つけたのが、エミリーさんだった。ロンドン南部とサリー州境の一般病院に合格し、そこへ移っていった。

で、残りの3人、カーティス君とダニヤさんとアリスさんが、研修が終わりに近づいてきた頃、院内で空きが出た「新卒薬剤師」の求人に応募した。

でもね。。。

面接試験の結果、カーティスくんとダニヤさんが合格。アリスさんだけが、不合格となった。

それを聞いた時、私、自分の耳を疑った。1年間、彼らの働きぶりをつぶさに見てきて、アリスさんこそが4人の中で飛び抜けて優秀で、働き者だったからね。しかも、彼女、ロンドン大学薬学校を首席卒業だった人。恐らく、就職面接試験慣れしていなかったんだろうな。。。

1年間に渡るプレレジ研修最後の日、まだ就職先の決まっていなかったアリスさんと、病院内の廊下でばったり鉢合わせた。思い余って、こう話した。

私もね、プレレジ研修をした病院に「居残れなかった人」だったんだよ。でも、今振り返ると、あの時「追い出された」ことが、その後、どんなに臨床薬剤師としての成長と恩恵をもたらしたか、計り知れない。

だから、気落ちしないで、他の大学病院にどんどん応募して、頑張りなさい。あなたは、将来、英国薬剤師総長になれるぐらいの人だよ、と。

アリスさん、涙ぐんでいた。

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去年、私の病院の仮免許(プレレジ)薬剤師の中では、一番優秀だったアリスさんが、最後まで新卒薬剤師として就職できなかった。本来の能力と就職面接試験でのパフォーマンスは当てにならないと思い知らされた事例

で、最近、アリスさんの現在を、風の便りに聞いた。

ロンドン南東に隣接するケント州カンタベリー(→英国国教会の総本山大聖堂のある街)に所在する、教育訓練に定評のある大学病院の新卒薬剤師の職に合格し、そこで頑張っていると。

ロンドンの病院薬局への就職は、どこも競争率が高い。給与の点で「大都市手当」というものがつくため、国内の他のエリアより高額となっているのもその人気の一つ。その一方で、ロンドンの病院薬局は、教育訓練が整っていなく、労働条件の悪いところも多い。病院薬局側としては、たとえ薬剤師が次から次へと退職したとしても、求人を出したらすぐに代わりの者は来ると強気でいられる。特に、新卒薬剤師は、使い捨てにされることがしばしば。

だから、新卒薬剤師の時期はあえて「地方都市の教育訓練が整った大型病院」を選び、そこで全ての薬局分野を着実にマスターした方が、その後のキャリアでより飛躍できるケースとなることが多い。

そんな賢明な選択をしたアリスさんの将来が、楽しみ。

 

で、引き続き居残ったカーティス君とダニヤさんの「今」はと言うとですね。。。

カーティス君は「僕、英国陸軍勤務の薬剤師になりたいんだよね。だから、あと一年でこの病院薬局は辞める」と皆に公言している。それ故、ジムに通い、身体を鍛えるのが最優先の生活のよう(そのせいか、たいぶ痩せたよね。カーティス君。。。⬇︎)

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英国陸軍内の薬剤師になる予定のカーティス君。世界中の基地を転々とする仕事のため、旅好きの若手薬剤師には人気の職

ダニヤさんは、つい数週間前結婚し、この新卒薬剤師の仕事も、家族を始める前の腰掛け的ポストと見なしている感が歪めない。

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結婚指輪がキラリと光るダニヤさん。おめでとう!

要するに、二人とも、今のこの仕事は、人生の次の章に移るための待ち時間のようです。

薬剤師って、収入的に安定した仕事だから、自分が本当にやりたかったことに比較的容易に方向変換したり、フレキシブルな働き方ができるのが、大きな利点でもある。人はそれぞれに使命を持って生まれてきているのだから、私が2人についてあれこれ言うのは間違っているよね。私も20代の頃は、もろ現実逃避していた「なんちゃって薬剤師」だったし。

でもねえ、本音としては、最近のプレレジ薬剤師や新卒薬剤師たちは、私の時代に比べてつくづく「甘いっ!」と感じているんだよっ。

 

まあ、そう言っている時点で、私自身、すーっごく口うるさいオバさんになった気がする(苦笑)ので、今日はここらへんで終わりにしておきまーす。

 

それでは、また。