日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

双子男性薬剤師たちの解散と、英国薬剤師の「成功法則」

 

今から3年ほど前に遡るのだけど;

 

私が勤務する病院薬局に、2人の若手男性薬剤師が、ほぼ同時期に入局してきた。

一人は「ザヒール君」、もう一人は「シュラン君」(写真下⬇︎)。

2人はそれまで、全く面識のない「赤の他人」だった。

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ザヒール君(左)とシュラン君(右)。二人の退職日を数日前に控えての記念写真。ちなみに、英国の国営病院 (NHS) の薬局では、現在、白衣はほとんど着用せず、皆、私服で働いています。で、その日の2人のシャツ、偶然にも同色だった!

 

でも、時が経つにつれ、この二人、薬局内の「最強コンビ」として讃えられていった。

「ソウルメイト」という言葉がぴったりの。

 

ザヒール君は、本物の紳士。物静かだけど、内なる情熱を秘めた人。地頭が良く、物事の本質を捉えて仕事をしていた。そして「ここぞ」という時にめっぽう強く、次々にチャンスを掴んでいった。ちなみに、私、ザヒール君が入局してきた際の「バディ(=世話)役」だったんだよ。

英国の薬科大学や職場の薬局でよく採用されている「バディ (Buddy) システム」については、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

シュラン君は、太陽のように明るい野生児、かつ憎めないプレイボーイ(→注:実際に、たくさんのガールフレンドがいます)。人の心を掴むのが天才的で、老若男女を問わず大人気。適応力に長け、薬局のどの部署で働いても重宝がられる「オールラウンド万能薬剤師」でもあった。

私、英国の薬局業界でかれこれ13-14年働いてきたけど、シュラン君ほどの若さで真のリーダーシップを取れる人って見たことがなかった。だから内心、一年前に空席になった「患者サービス業務主任マネージャー」(注*)の後継者になればいいのにと思っていた。でも、シュラン君は私に(密かに)こう言った。

「俺、この病院に居るのは、最初から2−3年って決めている」と。

(*)私が勤務する病院で、昨年まで「患者サービス業務主任薬剤師」であった伝説的先輩についての話は、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ


この2人の男性薬剤師たちが入局して以来、私が勤務する薬局の雰囲気はガラリと若返った。2人とも元気ハツラツの、20代後半-30代前半だったからね。

で、面白かったのは、今まで何の接点もなかったこの2人が、どこへ行くにも何をするのも「一緒」の行動を取り出したこと。

朝礼では必ず一緒に並ぶ。昼食もほぼいつも一緒。遅番や当直中も2人で助け合い働くことで互いの労力を軽減していた。しばらくすると、なんとシュラン君が、ザヒール君の家の近くのエリアへ引っ越した。そして、夜間や週末も、互いの家で一緒にサッカーを見たり、卒後教育の勉強もし、切磋琢磨していたのだ。

という訳で、薬局内では、誰からともなくこの2人を「双子の男性薬剤師たち」と呼び出したの。

 

ちなみに、この「双子男性薬剤師たち」のバックグランドはね;

ザヒール君はバングラディッシュ系英国人。高校までの教育をカタールのインターナショナルスクールで受け、大学入学を機に英国へ来た。英国内でトップ5に入るマンチェスター大学薬学部を卒業。数年後、ロンドン大学キングスカレッジ大学院で「医療法規・倫理」の修士も取得。その間、ローカム (Locum) と呼ばれる派遣薬剤師としてさまざまなコミュニティー薬局で働きながら、なんと弱冠20代中盤で薬局コンサル会社も立ち上げ、自ら社長に就任。

で、社長業のかたわら、今から3年ほど前「病院での職経験が欲しい」と、私が勤務する病院薬局の臨床ローテーション薬剤師として入局してきた。優秀であったため、一年ほど経った後に、薬局内で新しくつくることになった外科専門薬剤師のポストに合格。異例の速さの昇格で、同僚たちを驚愕させた。

ザヒール君は、3年間在籍した間に、英国の病院薬剤師にはその履修がほぼ必須となっている「ディプロマ」と呼ばれる臨床薬学の卒後教育も終了した。ロンドン大学ユニバーシティカレッジロンドン (通称 UCL) 大学院のパートタイムコースで行い、私の病院薬局から奨学金も出たため、彼自身はその学費を一銭も払うことなく。

そしてこのコース、ちょうど運良くその頃から、最終学年は全員、処方薬剤師免許を取得するカリキュラムへと変更された。ザヒール君はすでに外科専属の薬剤師であったため「鎮痛・疼痛」を自分の専門とし、処方免許も見事取得した。

英国の臨床薬剤師が(ほぼ)必須で履修する、卒後教育資格の「ディプロマ」コースに関しては、私の過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ。英国のほぼ全ての薬科大学で開講しています。

 

シュラン君はスリランカ系英国人。お父様がオックスフォード大学へ留学し、そのまま永住したため、彼自身は英国で生まれた。

ロンドンで育った典型的な「地元っ子」らしく、ロンドン郊外のキングストン大学薬学部を卒業。でも、卒業時の成績は下から数えた方が早い人だったみたい。

プレレジ(仮免許薬剤師)研修は、西ロンドンのコミュニティー薬局でやった。で、その時の「交換研修 (Cross-Sector Experience)」先が偶然にも、私がプレレジ(仮免許薬剤師)研修をした精神科専門病院で、そこで2ヶ月ほど働いたと。英国の薬剤師の世界は、本当に狭い。

プレレジ(仮免許薬剤師)研修の一環として、ほぼ必須になっている「交換研修 (Cross-Sector Experience)」についてご興味のある方は、過去のこちら(⬇︎)のエントリもどうぞ

英国の仮免許薬剤師(プレレジ)研修にご興味のある方は、こちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

 

シュラン君は薬科大学を卒業してすぐ、ローカム派遣薬剤師として働きだした。時給の良い仕事で集中的に働き、学生ローンを早く返したかったのではと推察している(注:英国の大抵の薬科大学生は、学費を親には頼らず、政府からの教育ローンを受け、卒業後、収入に合わせて返済していきます)。

英国の薬剤師の働き方の一つである「ローカム (Locum) 」と呼ばれる派遣薬剤師については、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

で、最初の数年を主にオックスフォード大学付属病院薬局で働いた。毎日、ロンドンからオックスフォードまで車を運転し通勤し、長期間、派遣薬剤師として生き残ったということは、シュランくん、相当粘り強く有能であった証拠。英国の薬剤師たちを見渡すと、こういった人に時々出くわす。薬科大学の学業はイマイチでも、後に実力を発揮して「スター薬剤師」になっていく者の典型例。

 英国内の国営医療 (NHS) 病院の最高峰の一つである「オックスフォード大学付属病院」については、過去のこちら(⬇︎)のエントリもどうぞ

シュラン君は、卒後教育の「ディプロマ」を自腹で行なった。スコットランドのロバートゴードン大学が提供している、主に通信教育で行う形態で。で、このディプロマ取得の途中で、私が勤務する病院に、派遣薬剤師としてやって来た。

最初は「長居するつもりはなかった」らしいんだけど、「マイコが強力に推したからさあ(笑)」と、新たにつくられることになった「シニア臨床ローテーション薬剤師」の職に応募し、途中から正局員になった。3年間で「小児科」「整形外科」「調剤室」「抗がん剤」「臨床治験」の部署を廻った。その間、自分のルーツから「糖尿病」を専門とし、処方薬剤師の免許も自腹で取得した(注:スリランカを始めとするインド亜大陸系の人たちは、遺伝的に糖尿病になりやすいことで知られています)。

 

で、この2人の男性薬剤師が中心となり若手薬剤師たちが一丸となった病院薬局は「一黄金時代」を築いていたのだけど、 

ある時点から、私には、一つのぼんやりとした予感があった。

 

「この2人、いつの日か、一緒に退職するだろうな」と。 

 

そして、それが本当に、現実となったのだ。

 

まず、シュラン君が今年の2月頃「将来は、医療法規の分野での教授になりたい」という理由で、辞表を提出した。

「へ?」と思った。シュラン君、どちらかというと「人の輪の中で本領を発揮する人」で、どう考えても、大学の中で「学問する」のに向いているとは思えなかったから(笑)。

これ、明らかに、ザヒール君の影響を受けたと思っている。私自身も、英国で「医療法規・倫理の専門学位」があるとは、ザヒール君の経歴を聞くまで知らなかったし。

英国の大学の新学期は、通常9−10月から始まる。シュラン君曰く、今の状態だと、遅番も週末番も夜勤当直もせねばならず、労力の割に金銭的には見合っていない。再び派遣薬剤師となって集中的に稼ぎ、今後の学費を工面したいというのが、早めの退職の理由だった。

ちょうど私が勤務する薬局内の「抗がん剤」の部署で、薬剤師の人手が足りない時期だった。だから、シュラン君にとってはこの上ない条件で、正局員としては一旦退職したものの、派遣薬剤師として引き続き雇うことになった。ちなみに平日9−5時(のみ)の仕事となり、時給は40ポンド(日本円約5000円)に跳ね上がった。

そして何と、今年3月に、ザヒール君が退職を表明した。

ザヒール君は、自分の処方薬剤師の免許を生かして、病院内に薬剤師主導の「ペインクリニック」を設立したかったみたいなのだけど、薬局長からは今のところ無理と言われ、失望。今までのように仕事への情熱が保てなくなってしまったみたい。で、転職活動を始めたら、自宅からはちょっと遠いところになるけれど、ロンドンに隣接するサリー州中部の病院の「外科主任薬剤師」のポストに合格した。実はこれ、すごい快挙。通常、英国の薬剤師で、臨床分野での「専門薬剤師」から「主任薬剤師」への昇格は、平均5年はかかるとされているから。

ザヒール君の場合、臨床ローテーション薬剤師を1年(通常は2−3年)、専門薬剤師を2年(通常は3−5年)で、主任薬剤師になれたのだ。

 

そんな知らせを次々と受けている間に、英国では3月中旬から、新型コロナウイルスの感染が蔓延し出した。ロンドン中の薬局と病院が、どこも人手不足になっていった。

そこで、相変わらず「人材派遣会社」に登録していたシュラン君に一本の電話が。

ロンドンの中心街に所在する「聖バーソロミュー病院」で、放射線薬剤主任薬剤師のポストが埋まらない。一から訓練するので、興味ある? と。

シュラン君、今までその分野での経験が全く無かったにも関わらず、テレビ電話で面接を受けたら「受かってしまった」のだった。

一流病院での「主任薬剤師」という昇格に惹かれたシュラン君は、私たちの病院薬局を去る決意した。もし、この新しい仕事が気に入ったら、今年秋から予定していた大学院への入学をキャンセルしてもいい、と言いながら。

派遣契約ゆえ、私たちはもはや引き止めることができなかった。わずか数日の前通知で、シュラン君の退職日が決まった。

 

で、ザヒール君もシュラン君も、ほぼ日を同じくして、退職していったの。

 

この2人の双子薬剤師たちには、いくつかの共通点があった;

自分の腕を信じて「派遣薬剤師」としてさまざまな職経験を積んできたこと

少しでも地位や給与の良いポジションに行くことに貪欲であったこと

自分の専門を決めているようで、決めていない

一度心に決めたことでも、チャンスがやってきたら、それまでの考えを覆し、柔軟に対応

常に、自分をアップデート。自分に付加価値を加える資格を取ったり、組織に頼らず、自分で事業を起こす準備などもしている。

 

世界中で同じ傾向だと思うけど、薬剤師は、女性が圧倒的に多い職業だ。

でも英国では、男性薬剤師の方が、明らかに上昇志向が高く、出世も早い。そして、昇進していく者たちは(ほぼ必ず)上記の要素を持ち合わせている。

これら、英国薬剤師たちの、一般的「成功の法則」と言っていいだろう。

 

そんな訳で、過去3年に渡った双子男性薬剤師のコンビはつむじ風のように解散してしまったけど、彼らの歩みが、またいつの日か、一緒になるような気がする。遠くない未来、互いに近場の病院でそれぞれ薬局長になって助け合っていたり、一緒に事業をしていることになっているのではないかと。

 

私の「予感」は、当たるからね(笑)

 

この「双子男性薬剤師たち」の将来に、幸あれ。

 

では、また。