日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

見知らぬ街の薬局を訪れてみた。英国・バース編(下)

今回のエントリは、前回(⬇︎)からの続きです。

 

休暇中、心身を癒すべく、古代ローマ人が愛した英国唯一の温泉地にやってきたが;

数日間をかけて、街全体を散策するうちに、こんな表示(写真下⬇︎)も見つけた。

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英国の病院所在地を示す道路共通標識。こちらの表示は青であるが、赤の場合「A&E = 緊急医療室のある病院」の目印となっている

A&E は、英国人であれば誰もが知っている略語。その説明は、こちら(⬇︎)からどうぞ

興味本位でその方向へと歩いていくと、バースの公衆温泉浴場とも目と鼻の先のこの建物、

なんと。。。

「王立ミネラルウォーター病院 (Royal Mineral Water Hospital) 」(写真⬇︎)とあった。

へ???

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「王立ミネラルウォーター病院 (Royal Mineral Water Hospital) 」

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1739年創立のリウマチ専門の病院だとのこと。

日本の温泉でも、効能の1つとして「リウマチ」ってよく書いてあるよね。賢者たちは、古今東西を問わず、温泉水がリウマチに効くって、経験上分かっていたんだろうな。 

そして、バースの温泉水の中には、40種類以上のミネラルが含まれているということを、その翌日、公衆温泉浴場に浸かりながら知った。

だから、こちらの病院の命名、決して「まやかし」ではなかったのです。

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で、ここ、休暇から戻り、調べてみて仰天。こんな古びた建物でも、つい最近まで現役の、英国内でも有数のリウマチ専門病院であった跡地だった。去年 (2019年) 閉鎖され、街のちょっと外れにあるバース大学医学部付属病院内へ移転したそうです。

そして、こちらの建物は、将来、ホテルになる予定とのこと。

 

それから、バースの街の観光の目玉の1つと言える「ロイヤル・クレッセント」(写真下⬇︎)のすぐそばで、

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「ロイヤル・クレッセント」は、18世紀末に建てられた、全30邸のジョージア朝風高級長屋敷。現在に至るまで、一部はホテルや博物館としても運営されつつ、人が普通に暮らしています

一軒の薬局が倒産しているのを見つけた。哀しい。

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もの抜け殻のようになっていた薬局。新型コロナウイルスの影響を受け、今年7月末に閉店したようです

で、もうさすがに、この小さな街に薬局はないだろうな。。。と思い始めた矢先、街を流れる川に架かるこの象徴的な橋(写真下⬇︎)の裏側で、「こここそが一番!」と思えた薬局を発見したのだった。

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エヴォン川に架かる、世界遺産「パルトニー橋」

こちらの、偶然通りかかって見つけた薬局「A.H. Hale Ltd Chemist」(写真下⬇︎)ですが;

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もうね、ここ「バース薬学博物館」ぢゃない? と思えるほど素晴らしかった。

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昔ながらのネオンの「薬局営業中」の表示だったり

英国で「薬局」は、Pharmacy もしくは Chemist と言います。そんな事情は、以前のこちら(⬇︎)のエントリもどうぞ

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薬学博物館に陳列されていてもおかしくないような、昔の薬局の備品

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何十年も前から、ここに変わらず飾られ続けてきたのであろう「シャネル No.5」。ちなみに、昔、英国では、香水は薬局で買うものであったということを聞いたことがある。特に、個人経営薬局は「香水の販売」で利益を上げていたので、クリスマスのシーズンには、ショーウィンドウに飾る欠かせない商品だったと

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最近ではめっきり見かけなくなった、古き良き時代の英国を彷彿させるような商品の数々

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所狭しと陳列された珍しい商品の中に「4711」もあった

私も愛用の「4711」については、こちら(⬇︎)をどうぞ

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日本人にも大人気の「メイソン・ピアソン」のヘアブラシも。すごくセンス良く飾られているね

時が止まったような、それにしても素敵な薬局だなあと思ったら、なんと、英国の薬剤師の間では最新の話題の1つでもある CBD (カンナビジオール) 製品(写真下⬇︎)も取り扱っていました

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そして。。。

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店頭には「最新ニュース『アーニカ』は『イブプロフェン』と同等の効力がある」といった宣伝もあった(写真上⬆︎)。でも。。。コダックって、かなり前に破綻した会社ぢゃなかったでしたっけ? だから、この「最新ニュース」、かなり古いものである気がするのは、私だけ?

ちなみに、これは全くの余談ですが、昔、英国の薬局では業務の1つとして、写真の現像もしていた。現代はすっかりデジタル化し、このサービスを取り扱わなくなってしまったところがほとんどだけど、未だに大手チェーン薬局ブーツの大型店舗では、店内で「急ぎの現像」が出来たりする所もある。そんな訳で、かつて写真会社にとって、薬局はお得意様だったのだ。だから、こちらの個人薬局のスタンドボードも、コダックが全盛期だった頃の進呈物だったんだろうな。

で、話を戻し「アーニカ (arnica montana) 」は、西洋ハーブの一種。私も、友人のホメオパスから聞くまでその存在を知らなかったのけど、その外用薬は英国OTC便覧にも掲載されているし(写真下⬇︎)、

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英国OTC薬便覧では「アーニカ軟膏」と「イブプロフェンジェル」が鎮痛消炎剤として隣り合わせで載っている

薬局でも普通に売られている(写真下⬇︎)。その後、私自身、整形外科病棟で働いていた際に、薬歴聴取で「使用している」という患者さん何人かとも出会った。でも、イプブロフェンと同等の効果があるとは知りませんでした。。。

見知らぬ街での薬局巡りは、いつも「卒後教育」の機会を与えてくれる。

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アーニカの外用塗り薬。英国大手チェーン薬局 Boots のとある店舗では、自社プライベートブランド製品(左)と、英国3大ホメオパシー薬局の1つの Nelsons の製品(中央)(リンク下⬇︎)も取り扱っていました

 

ちなみに英国では、日本で頻用されている「NSAID 鎮痛剤貼布剤」が(ほぼ)皆無。外用塗り薬に比べ高価なものとみなされているため、国営医療サービス (NHS) 内で使用されているのは、ついぞ見たことがない。でも、私自身、ロンドンの日系医療クリニックでアルバイトをしていた際に、そこでは、英国内で認可されているただ1つの製品「Voltarol = ジクロフェナク貼布剤」(要処方せん薬)がちゃんと在庫しており「さすが日系診療所!」と頷けた。捻挫などをして緊急でやってきた患者さんたちに、大好評だった。

私が以前、ロンドン市内の日系医療クリニックで働いていた場所は、こちら(⬇︎)です

 英国内では、NSAID 塗り薬も、事実上、イブプロフェンとジクロフェナクしか流通していない(写真下⬇︎)。日本で薬科大学生時代にアルバイトをしていたドラッグストアで派手なポップと共に山積みで陳列されていたバンテリン製品とか、日本で働いていた病院薬局で、薬棚最下段の引き出しに、いつもこんもりと補充していたフェルデン軟膏、懐かしい(笑)。

しかも、医療費削減の点から、私が現在勤務する病院では、ジクロフェナクの外用塗り薬は、ブランド品ということもあり、院内フォーミュラリーに採用されず非在庫。たとえ医師が処方しても、薬剤師が自動的に、唯一在庫しているジェネリックのイブプロフェンジェルへ変更・調剤できるようになっている。

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私が現在勤務する病院では、費用対効果の点から、NSAID の外用薬はイブプロフェンジェルのみの使用となっています

そして今回、何よりウケたのが、こちら(写真下⬇︎)

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この薬局のショーウィンドーのてっぺんにぽつりと飾られていたウイスキー瓶。1ガロンとあるので、約4.5リットルの大瓶!

これ、遥か昔は、こちらの薬局のカウンターで量り売りしていた空ビンだと思う。間違いない。

というのは、遡ること20年前、私が英国へ最初に来て病院実習をしていた時、病棟の戸棚に、一本のウィスキーが常時保管されていたのを思い出した。眠れない患者さんへの睡眠薬の代わりに屯用として「ウイスキー xx ml」とか書かれて、医師が処方していた。現在は全く行われなくなった、英国の「医療行為」。

私が英国へやってきて、最初に実習した病院の思い出話はこちら(⬇︎)から

旅をすると、忘れかけていた昔の色々な記憶が、ふと蘇る。

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思いがけず見つけた、正真正銘の「英国でもっとも古い薬局の1つ」

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創業1826年。その昔、王族も買い物に来店したとのことで、王家の紋章も飾られている由緒正しき薬局でした

 

<番外編>

今回のバース滞在中、宿泊したホテルは、こちら「The Gainsborough Bath Spa」(写真下⬇︎)。

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上記の「王立ミネラルウォーター病院」跡地と同様、こちらのホテルも、数百年前は病院であった建物を改築して、数年前にオープンしたと。言われてみれば、なるほどなと思える建築様式(写真下⬇︎)でした。

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「バース公共浴場」の真向かいに所在しているため、同じ泉源の水が引かれ、古代ローマ時代からの温泉がプライベートに楽しめる(写真下⬇︎)、英国内でただ1つの宿泊施設として知られています。

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こちらで一週間弱を過ごし、一流のものや人・サービスに触れ、今後の自分の仕事や人生に活かせそうな良いインスピレーションがたくさん得られました。たまにはこういった経験に奮発するの大切なことなんだなと、改めて思い知らされた次第。

 

では、また。