本当に、本当に、突然だったのですが;
一週間ほど前、「緊急手術」を受けた。
そして、物心ついてから人生初の、入院生活を送った。
しかも、自身が勤務する病院にて、普段から馴染みの同僚たちに看護されながら。
よく言われていることだけど、普段、医療従事者として提供している医療と、患者として受ける医療は、全く「別物」だ。
英国国営医療サービス(NHS) での「あるある」、すなわち「これ、人道的に『絶対』ありえないでしょー!😡💢」と、本気で苦情対応部署に訴えたくなったものから、普段はいいかげん(と思っていた。ごめんね。笑)な同僚たちからの涙が出るほど優しいケアが有り難かったこともあり、色々な想いが駆け巡った。
英国の医療の良いところも、悪いところも、「一患者として」、一気に実体験した次第。
という訳で、これから数回に渡って、今回の私の「手術・入院体験レポート」を記してみたい。
日英の医療システムやサービスの違いを「実例」と共に説明しながら、とりわけ在英日本人の方々へは、英国国営医療サービス (NHS) で治療を受ける際の「実用情報」として、ほんの少しでも役立っていただければ、幸いです。
ことの始まりは、先々週末、自身が当直業務をしていた時であった。
私が勤務する病院で、1ヶ月に一度は当番が廻ってくるこの「夜勤・週末当直薬剤師業務」にご興味のある方は、以前のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ
病院内を駆け回っている時に、ふと触れた頸後部の「こぶ」に、はっとしたのだ。
「何、この大きさ。。。!?!?!」
実は、私、その「こぶ」を、大分前から抱えていた。今回、大事(おおごと)になってしまい、何人もの医師から「いつ頃からだったの?」と聞かれたが、確かな記憶がない。自覚したのは、数年前だったのかなあ。。。? とある時から、うなじの辺りに小さな柔らかいしこりができていた、というのが、本当に正直なところ。
それを放置していたのには、理由があった。
小学校の高学年の頃、左手首に同じような「こぶ」ができたことがあった。即、近所の病院(→余談ですが、そここそが後年、私の薬剤師人生初の勤務先となった、西東京のキリスト教系の病院)に連れて行かれた。で、そこの外科外来で「うーん、試しに、抜いてみるか」と言われ、その場で太い注射針をブスッと刺してみたら、アカシア蜂蜜のような液体がどくどくと吸い上げられ、それだけで完治した。恐らく「初期の脂肪腫」であったのであろう。そんな既往症から、今回「いつのまにかできていた頸後部のこぶ」も「『脂肪腫』に違いない」と信じて疑わなかったのだ。
私が日本で病院薬剤師として勤務していた頃の話にご興味のある方は、こちらのエントリ(⬇︎)をどうぞ
しかも「脂肪腫 (lipoma) 」について調べてみると(リンク下⬇︎)、良性のものゆえ、英国国営医療サービス (NHS) 内では、「よほどのものでない限り、治療はしない」とのこと。審美の点から切除したい者は、プライベート(全額自費負担)医療にて行うことになるとあった。日本であれば、自宅近隣のクリニックもしくは病院に飛び入り、保険適応で即切除できるものも、ロンドンではプライベート開業する医師の皮膚科クリニックでの対応のみのようで、費用は自腹で最低でも日本円換算5ー10万円。さすがは医療の「費用対効果」を重視する国。だったら、家庭医へ行くのは時間の無駄だと思い(長らく)放っておいたのであった。
英国国営医療サービス (NHS) のウェブサイト (www.nhs.uk ⬇︎) では、国が作成した、一般人向けに分かりやすく解説された医療情報が検索できます
しかーし。。。
その、当直勤務時に突然気づいた「いつの間に大きくなっていた首の後ろのしこり」、翌日に再度、患部に触れてみると、ごく微量ではあるものの、かすかな液体が漏れ出ており、その異臭に仰天。鈍い痛みも出てきたため、家庭医(=かかりつけ医)の予約を取ることにした。英国の医療は、健康上で何かあった場合は、まず「家庭医(一次総合診療医)」の診断を仰ぐ。でなければ、病院の(二次)専門医の診療は受けれないシステムになっている。
英国の医療システムの簡単な流れの説明は、以前のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ
早速、登録している家庭医医院へ電話すると;
「現在、新型コロナウイルス (COVID-19) のパンデミックにより、診察予約は電話にて受け付けていません。まずは、症状の詳細を医院ウェブサイト上の指定のフォーマットに記入し電子送信して下さい。家庭医がそれを読み、優先順位をつけて折り返し連絡をし、原則できるだけ、電話もしくはビデオカメラ越しにて診療を行います」とのこと。
でも折悪く、その家庭医院のサイト全体が、ちょうどその日の午前中にダウンしてしまったとのことで、ウェブ上のページ切り替え速度がものすごく遅い。しかもそのサイトが(私自身、初めての使用ということもあったのだろうけど)、甚だ使い勝手が解りにくいデザイン。結局、昼休みの1時間全てを費やしてやっと「予約・診察依頼願い」(写真下⬇︎)の送信ボタンを押せたという手間の悪さであった。
そんな「家庭医院の運営全体に影響するような ITトラブル」時でも、電話にての予約を(頑なに)受け付けない融通のなさ、これも、英国国営医療の「あるある」😡💢😡💢😡💢。これからの時代、医療はますますオンライン化されていくと言われているけれど、英国はまずそれ以前に、この前時代的な IT のプラットフォーム整備を目指すべきであると、今回、身に沁みて思い知らされました。。。
で「数時間後に、折り返し連絡をします」という、自動返信メールは頂けたのだけど;
結局、その日の夕方までに、家庭医から連絡は来なかった。
そんな中、その日の終業時刻間際、隣の席にいた上司のドナさんに、
「あのー、首の後ろが何か変なんです。見てもらえませんか?」と言い、患部を見せると、上司、青ざめて一言。
「かなり赤みを帯びて腫れているよ。A&E (=緊急医療室) へ行った方がいい」と。
実は、その「こぶ」、まさに首の真後ろにできていたため、「なんか腫れている(だろうな)」と思いつつも、実際にどんな状態であるか、自分では確かめる術がなかったのだ。
ドナさんが、iPhone で撮ってくれた写真に絶句した。
「緊急医療室」を利用する決心がついた。
このブログでもたびたび登場する、私の直属の上司「ドナさん」についてご興味のある方は、こちら(⬇︎)からどうぞ
英国国営医療サービス (NHS) の緊急医療室 (Accident & Emergency, 通称 A&E) を一度でも利用した人はご存知だと思うが、 医師に診てもらえるまでの待ち時間が「想像を絶するほど」長い。それを知っていると、利用するのをためらってしまうほどの「拷問的所業」となるのが普通。
巷では「2食分ぐらい」持参していった方がいいとも言われている。長時間待っているうちに夜中となり、周辺の店も閉まってしまう(注:英国には、日本のように便利な24時間営業のコンビニなどは存在しません)。待合室に設置されている軽食自動販売機(写真下⬇︎)も、壊れていることが多い。空腹・脱水状態で、医師の診察を待つことになり、それゆえの病状の悪化もあり得る。危険だ。
そのことを、自身の経験上からも知っていた私は、緊急医療室へ駆け込む前に、まずは自宅で、夕食をたらふく平らげた。腹が減っては戦は出来ぬって、昔の人はよく言ったものだよね(笑)。
そして、午後8時頃、自宅最寄りの緊急医療室へと向かった。そこは、私の勤務先の大学病院内。私、職場と目と鼻の先の場所に住んでいるからね。英国では、前述のように、国民一人一人が、各自で「家庭医(=かかりつけの総合診療医)」に登録することが義務づけられており、健康上で何かあれば、まずはその医師を通して、病院の専門医に診てもらうのが筋。でも、今回のように、緊急である場合は、全国津々浦々のどこの緊急医療室(→大抵は、大きな国営医療 (NHS) 病院の一角に設置されている。写真例下⬇︎)へ、直接行くことができる。
私、旅先で負傷した際は、その土地の病院の緊急医療室へ駆け込んだこともあります。その時の話は、こちら(⬇︎)から
勤務先の病院の緊急医療室の玄関をくぐると、待合室の席は、ほぼ全てが埋め尽くされていた。でも、新型コロナウイルスのパンデミックが始まって以来、ぎゅうぎゅう詰めで座ることが禁じられており、間隔を空けるよう明示されていた(写真下⬇︎)。その数をざっと数えて「現時点で、約30名待ちだな」と算出。
受付の前でも2−3名並んでいた。その列に15分ほど並び、私の番が来ると、受付にいた日頃から馴染みの婦長さんが、
「マイコ! 一体、どうしたのよっつ?!?!」と目をキョロキョロ。
私、職務上、緊急医療室の患者さんに対応する時は、いつもスタッフ通用口から出入りしているからねえ(苦笑)。ちょっと気恥ずかしさも混じりながら、
「今晩は、一患者として来ました。家庭医の予約を取ろうとしたんですが、今日のお昼頃、オンラインでコンタクトを取っても、返事がなかったので。。。」
と言いかけると、婦長さんはきっぱりと;
「この新型コロナで、今、家庭医の予約なんか、すぐに取れっこないわよ」と。
英国の医療サービスは、一から10までこんな感じ。普段「緊急医療室へは極力来ないで、家庭医を利用してください」と言っている割には、緊急医療室のスタッフが誰よりも、近隣の家庭医の予約が取れないことを(内部情報で)知っている。患者一人一人が各自、ある程度の医療知識を持ち「自分の頭で考えた正しい行動」することが大切。まともに「言われたルール」を守っていると、本当に命取りになることすらある。
ああ、私、正しい選択(=緊急医療室のドアを直接叩いた)をしたんだな、と安堵した。
「で、何だか、首の後ろがこぶになっているんですよ。自分では見えないんですけど、かなり腫れているようで。。。」と、くるっと背を向け患部を婦長さんに見せると
「あー、それ、嚢胞 (cyst) だわ。化膿しているわね。ここからでもはっきりと見える」
と断言した。
緊急医療室にはさまざまな人がやってくる。そのため、受付は防犯上、分厚いガラスで囲われており、患者と受付の者は、マイク越しにやり取りをするのが普通だ。その隔てた距離でも見えたのだから、相当に腫れた「こぶ」になっていたのであろう。
そして、長い、長い、待ち時間が始まった。
次回に続く。