日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

緊急手術を受けた。そして、入院患者になった(5)手術室と術後の副作用編

 

今回のエントリは、シリーズ化で、前回はこちら(⬇︎)になっています。 

 

手術室(写真下⬇︎)へ向かう途中、いつもは仕事中、自身が駆け回っている病院の主廊下を通過した。

先週末の当直勤務中、この辺りで、首のこぶの異変に気づいたんだよなあ。で、その数日後には、その痛みにのたうち回って、こうやって手術室へ運ばれるなんて、誰が想像しただろう。人生って、ホント、予期しないことだらけだな。。。なんて、ぼんやり考えながら。

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手術室入り口。ちなみに英語で手術室は「シアター (Theatre) 」と言う。劇場のシアターと同じ。外科手術は、昔「見世物」だったという歴史的背景から由来している語なのだと思う

 

で、私が乗ったストレッチャーが、手術室のドアを突き抜け入ると、先ほどの執刀担当医は、本当に驚いた様子で、

「ええっ! もう、来ちゃったの?」

と。

先生、私が早く到着してしまい、「お茶の時間」が取れなくなっちゃったみたい。ごめんなさい。。。(苦笑)

英国人は、仕事中の「お茶の時間」が大好きです。医療従事者でもきちんと、人によっては制限時間をオーバーするほどの「お茶の時間」と称した休憩時間を取ります。そんな模様は、以前のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

 

で、この外科医はバタバタと、私の足元に置かれていたカルテを目の前で読み始めた。「あっそう。。。。ふん、ふん、ふん。。。」とぶつぶつ言いながら。まるで、初めて手にした料理本に目を通しているような様子で。「まず、にんにくはこう刻む。そして、オリーブ油大さじ1で炒める。その間に、パスタも茹でる。。。」といった具合に「私の嚢腫切除の手順」を頭の中でイメージしているようであった。

あのー、先生。そんな「即興的」準備で、大丈夫なんですか。。。。?!?!(汗)

 

しばらくすると、私の手術を担当するスタッフたちが、次々と入室してきた。私は無影灯の下で、文字通りまな板の鯉のごとく横たわっていたから周囲全体を見渡せなかったのだけど、皆がそれぞれ頭を突き出して「自己紹介」をしてくれた。

で、かなりの人数がいたのだが、驚くべきことに、最後に紹介された看護スタッフの方が;

「ミホといいます。マイコさんは日本人ですよね? 私も母が日本人です」

と言ったのだ。

あら、びっくり! 私が現在勤務しているこの病院、日本人は皆無だと思っていたのだけど、こんな局面のこんな場所で、ばったりと出会いました。

嬉しかったです。私が、手術中、変なうわごとを日本語で言っていても、この人を介してスタッフに通訳してもらえるだろう、ってね(笑)。

 

数時間前に私の元へやってきた麻酔医もそこに居て「オラモフ(注釈下*)、いつ服用したか、覚えている?」と。

(え? 先生、投薬簿を見たら分かるでしょ)と思っだけど、ハッとした。私の病院では、外来・入院患者さんの殆どに電子処方せん・投薬簿が導入されている。でも手術室では、未だに全てを、紙に記録しているんだよなあ。だから、この先生、これらの見方に精通していないんだろうな。

「午後3時頃だったように記憶しています」と答えた。先生も、

「その時間によって、麻酔の量も調節しなきゃいけないと思ってね」と。

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(注釈*)英国の医療現場で、モルヒネ経口液はよく「オラモフ」と呼ばれています。先発ブランド品が「Oramorph」という商標名であった名残から。「Oral オーラル=経口」と「Morphine モルヒネ」の2語をくっつけた造語のため、一般の人でも容易に察しがつく薬剤名でもある

英国では、ほぼ全ての処方が一般名で行われていますが、今回の「オラモフ 'Oramorph'」や、以前紹介した(⬇︎)抗ヒスタミン薬クロルフェナミンの先発商標名「ピリトン 'Piriton'」などが、未だにブランド名が健在なもののごく稀な例として挙げられます。

ちなみに日本語表記の「モルヒネ」は、英語だと「モーフィン」の発音に近い。日本語と英語で発音の異なる薬剤の例については、以前のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

 

で、麻酔医が、私の静脈カテーテルに次々と麻酔薬を注入していった。

「フェンタニール(写真下⬇︎)いきます。。。」

そして、

「プロポフォール(写真下⬇︎)いきます。。。。」

その数秒後から、私は記憶を失っている。

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今回の私の手術で使用された麻酔薬。プロポフォールは、歌手マイケル・ジャクソンの死因になった薬としても知られている(注:麻酔薬としてではなく、睡眠薬としての乱用による死亡)。ちなみに、プロポフォールって、乳濁性製剤だったんですね。これまで実物を目にする機会がなく、自分の静脈に注入されるのを見て初めて知りました。これぞ究極の「卒後教育」。

 

目を覚まして見た光景は、記憶を失った直前の光景と全く同じだった。

でも、唯一違ったのは、あれほどたくさんの外科医・麻酔医・看護師たちに囲まれていたのに、皆、魔法のように消え、たった一人の看護師さんが付き添っていたこと。

「起きましたか?」の声と共に、視界に映った壁時計に目をやると、午後6時15分だった。あっと言うまに、2時間が経過し、手術はずっと前に終了していたのだ。

通常、手術の終わった患者というのは、「リカバリー(回復)室」という別の場所へ移動させられる。手術室を効率よく使用するために。でも、私は結局、本日の手術患者の最後から3番目だったとのことで、以後、この手術室は、誰も使用しない。だから手術が終了してもそのまま寝かせておいた、とのことであった。

 

私の意識が戻ったとのことで、連絡が行ったのであろう。すぐに、迎えの看護師がやってきた。

再び病院の主廊下を横断した先の、一番奥の外科手術アセスメント室入り口の前(写真下⬇︎)で、パートナーが手を振って待っていてくれたのが見えた。

「無事、生きて、帰ってきたよ」。

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外科手術アセスメント室 (Surgical Assessment Unit)、通称「SAU」。外科入院トリアージの機能も果たしている場所

「SAU」といった、英国の病院内の各部署・病棟の「通称」にご興味のある方は、以前のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ 

 

しかし、であった。

手術室から戻ってくるのに使われたストレッチャーから、外科手術アセスメント室内での簡易ベッドへ移動している最中、突如、例えようのない吐き気と目眩に襲われたのだ。

あまりの気分の悪さに、看護師さんたちは、私が意識を失ったのかと疑い「大丈夫ですか? 大丈夫ですか? 聞こえますか? 自分の名前を言えますか?  名前は?」と、大声で何度も質問してきた。

それに私は、声にならない言葉で、

「私の名前は『薬剤師』です ('My name is "Pharmacist".') 」

と言ったらしい。

術後も薬剤師魂は健在であることが証明され、普段一緒に働いている同僚の皆は、思わず大爆笑(赤面)。でも、意識が正常に戻っているかの確認テストとしては、見事に不合格。

その後は、とにかくひどい目眩と吐き気で、目を開けていられなかった。吐きたいのに吐けないという不快感。枕に頭をうずめるようにして悶えた。鎮吐剤のオンダンセトロン注射も投与してもらったが、大した効果は得られなかった。

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術後の制吐剤の定番「オンダンセトロン注射液」。私のカテーテルに投入しようとした瞬間に、焦った看護師さんが用意したシリンジを床に落としてしまい、再度調整し直さなければならなくなったというハプニングもありました。

小一時間後、私が受けた程度の手術であれば、普通の人は回復している頃合いとのことで「軽食を持ってきましょうか?」と言われたが、食べ物のことを考えるだけで、さらに吐き気が増す始末。意識が混濁している時間が、永遠に続くかのように思えた。

 

実はこちらの「外科手術アセスメント室」、ほぼ全ての患者さんに日帰りの退院を目標としている。だから午後8時には、ここのスタッフは全員帰宅する。

英国の国営医療サービス (NHS) では、患者さんが1日入院すると、最低でも400ポンド (日本円5万5000円程度) の費用がかかると算定されている(もちろんそれ以上を要する部門も。最たるものは集中治療室で、平均30万円程度/日) 。

医療のほぼ無料提供を誇る国のため、入院費用も患者負担は皆無であるが、その財源元は、国民の税金である。だから、費用対効果を重視し、どの病院も極力患者さんを入院させないように、最大の努力が払われているのだ。

彼らの終業1−2時間前に、本日最後の患者として手術室から戻ってきた私を、看護師さんたちは「是が非でも退院させよう」と必死だった。「大夫でしょ? 大丈夫よね? 家に帰れるわよね!」とあからさまな圧迫感をかけてきた。

今すぐ退院なんて、とても無理だった。吐きたくても吐けなく、苦しくて目も開けていられない。その時点では、自力で起き上がるのすら不可能であった。そんな状態で追い出されるなんて、明らかに人道的ぢゃないよ。。。(泣)

 

そして思えば、この日起こった「ほぼ全てのこと」が、あまりに理不尽だった。

何の説明もなく、8時間放置された。手術を予定通り朝一番で受けることができたら、痛みにのたうち回ることもなく、不必要にモルヒネを服用することもなく、こんなにひどい吐き気も起こらなかったかもしれない。せめてもうちょっとだけでも早い時間に手術を受けていたら、たとえ麻酔薬自体の効果による術後の副作用にしても、回復するまで十分な時間も取れ、看護師さんたちから、こうやって急かされることもなかっただろうに。。。。と。

 

でも、実際、私の意識混濁と吐き気は、思いのほか重篤なものであったのだ。

 

最終的には、当直医の「術後の予後観察が必要」という判断により、私の入院が決定した。

すでに帰り支度をしている看護師さんたちにより、私の入院手続きが猛スピードで試みられた。しかし、本来転移すべき一般外科病棟が、その日満床であることが判明。病院内で唯一空きベッドがあるという病棟へ移動させられることになった。

 

あれよあれよという間に、再度ストレッチャーに乗せられ、訳の分からぬまま、私は「どこかへ」連れ去られた。

 

気がつくと、「特別需要病棟」というところ(写真下⬇︎)の、4人部屋にいた。

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突然連れてこられた病棟のベッドから撮った写真。ちなみに私の病床番号は「13」だった。日本の「4」や「9」に相当する、英国では、忌み嫌われているナンバー。そのため、ほとんどの病棟で意図的に消去されているが、なぜかここでは使われていた。そしてそれが、私の「最悪な入院生活」の始まりだった。

 

この後の話は、次回へ続きます。