日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

日本が誇るべき、英国で使用されている薬剤 10 選

 

今回のエントリは、前回(リンク⬇︎)からの続きとなっています。

 

頻用というほどではないけれど、日本発祥もしくは販売の、英国の医療現場で常に使用されている薬を紹介してみたいと思います。

前回のエントリと同様、これらはあくまで、私自身の観察によるものです。各製薬会社さんとの利害関係は一切ありません。英国内の売り上げランキング順でもありません。ご了承下さい。

 

11)カンデサルタン(創薬・販売:武田薬品工業)

英国では、6-7 年前まで、国内で認可されているアンジオテンシン受容体拮抗薬 (ARB) のほぼ全てが、まだ特許が切れていなかった。よって、国としての医療標準を定める NICE (The National Institute for Health and Care Excellence) の当時の高血圧ガイドラインでは、アンジオテンシン受容体拮抗薬 (ARB) は「アンジオテンシン酵素阻害薬服用後、咳などの副作用で、生活の質が著しく低下する者以外には使用しないこと」と明記されていた。つまり、アンジオテンシン酵素阻害薬こそが第1選択薬である、と。アンジオテンシン酵素阻害薬はどれも、昔からジェネリック薬が流通し、二束三文の価格だからね。

アンジオテンシン受容体拮抗薬 (ARB) は、日本のお家芸とも言える薬。国内の産業を保護する意味でも、日本人への高価なアンジオテンシン受容体拮抗薬 (ARB) の使用は、ある意味、妥当なのだと思う。日本の医療は、特に開業医の場合、基本は「薬を処方すればするほど」収入が入るシステムだし。

一方、英国の医療は、全ての患者さんの自己負担がほぼ無料で、その財源は、国民からの税金。病院勤務医師も街の家庭医(=かかりつけ医)も、国営医療サービス (NHS) が雇用しているサラリーマン医師。高価な薬を処方したところで、先生の懐には、何の利益も入ってこない。だったら、同等の効果があるのであれば、安い薬のほうにしようよ! という考えが、国全体で合意されている。

でもね、大方のアンジオテンシン受容体拮抗薬 (ARB) の特許が切れたとたんに、英国内の使用量は確実に増えた。特に武田薬品が創薬したカンデサルタン(写真下⬇︎)が。

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英国内で流通しているカンデサルタン。日本と比べ、用量の高いものもあります。ちなみに、英国の国営医療 (NHS) 病院では、ジェネリック薬を購入する際、その時々で「最安価のもの」を問屋さんに持ってきてもらうようにしている。だから薬棚在庫には、さまざまな会社の製品が入り乱れています。

オルメサルタン(第一三共)とアジルサルタン(武田薬品)は、私が勤務する病院のフォーミュラリーでは、依然として非採用。まだ、特許が切れていないブランド薬だから。

要するにこれ、特許切れが英国内の「地域薬剤フォーミュラリー」への採用を大きく左右する、典型例。

 

12)ファモチジン(開発・販売:山之内製薬)

Hブロッカーに関しては、世界初となった「シメチジン」とそしてそれに続く「ラニチジン」が両剤とも、英国を代表する製薬会社グラクソ・スミスクラインでの創薬・発売であった。よって、その歴史を冠し、英国の国営医療サービス (NHS) 内で処方されるのは、長年、相互作用の少ない「ラニチジン」一辺倒であった。

でも 2019年、英国内で流通する「ラニチジン」製品に発がん性物質が検出され、発売停止。それ以降、再販売のめどは立っていない。

そこで突如、脚光を浴びることになったのが、日本の山之内製薬が開発した「ファモチジン」(写真下⬇︎)だった。

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ラニチジンが市場から消えた今、英国内で処方される H2 ブロッカーは、日本開発のファモチジンに取って代わられた

現在、消化器系潰瘍の薬は、ほぼプロトンポンプ阻害剤 (PPI) に切り替わってしまっているけど、どうしても H2ブロッカーでなければならない方(例:低ナトリウム血症の患者さんとか)には、目下、英国内全体でファモチジンを使用している。このような患者さんって、実は意外に多かったんだなあと、今回、職場でファモチジンがコンスタントに使用されているのを見るにつけ、改めて再認識。

 

13)ソリフェナシンとミラベグロン(創薬・販売:アステラス製薬)

これらの薬、現在、英国内の泌尿器系専門医の間で、絶賛好評処方中!

で、この赤と白の星のロゴ製品を職場の薬局内で見るにつけ、「アステラスって、どこの国の製薬会社? 綴りからするとイタリアかな?」なんて思っていて、よくよく調べてみたら、なんと日本の山之内製薬と藤沢製薬工業の合弁会社でした。。。。

おい、何を寝ぼけたこと言っているんだ💢 ! でしょ。

すみません。。。。私の日本国内の製薬会社の記憶は、日本で薬剤師として働いていた時代 (1995-2002年)  で途絶えていることが、ここで判明。

それにしてもこれ、ホント、浦島太郎のような発言だよね。。。(謝)

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ソリフェナシン、目下、特許が切れたばかり。ミラベグロンと同様、つい最近まで、アステラス製薬のロゴが輝く外箱パッケージだった

 

14)タクロリムス(創薬:藤沢製薬工業)

私が現在勤務する病院敷地内には、南西ロンドン地区の重症腎臓病患者さんを一手に引き受ける「腎移植・透析センター」というものが所在する。ここでは当然、こちらの製品(写真下⬇︎)が使用されている。

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15) フィダキソマイシン(創薬・販売:アステラス製薬)

で、アステラスは日本の製薬会社だったんだと知った後に、ある日、薬局内でこの製品を目にし「ええっっっっっっつつつ! そういえば、これもアステラスの製品だった!」と、私自身、度肝を抜かれたのが、こちら(写真下⬇︎)。

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クロストリジウム・ディフィシル腸炎の最新特効薬。このような画期的な薬剤が、日本の製薬会社から誕生したことは、世界的快挙。経済的な観点から、廉価な薬に頼りがちな英国の医療機関でも、この薬は、必要な患者さんには、現在、惜しげなく使用されています。

しかし、それにしても高価な薬ですね。。。10日間の投与で患者さん一人当たり日本円20万円相当。私が勤務する病院では、麻薬並みの厳重さで、薬局から供給しています。

ところで、英国では目下、偽造薬の流通を防止すべく、薬の外箱を封印し、データマトリックスバーコード(写真上⬆︎)を表示することにより、どの国のどの工場で製造され、どのようなルートや問屋、薬局を経て、患者さんの元へ渡ったかが、一目瞭然で分かるシステムが構築されつつあります。フィダキソマイシンは、この追跡システムを、最も早い段階で導入した薬でもあった。さすが、ニッポン!

 

 16)レボフルオキサシン(創薬・販売:第一製薬)

この薬、私が日本で薬剤師として働き始めた頃 (1995年) には、日本の市場にはすでに流通していた。クラビットという商標名で。日本で働いていた病院では、風邪薬のセット処方として(!)飛ぶように調剤されていた。

英国では、感冒の症状で抗生物質が処方されることは(まず)ありません。過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

でも現時点で、英国のキノロン剤は、シプロフロキサシンの方が、まだ圧倒的に使用されている。キノロン剤に限らず、英国の国営医療 (NHS) 病院の抗生物質の選択は、個人的な観点では、日本の2世代ぐらい前の状況。

ただし、日本の国立がんセンターに相当する、英国の「王立マーズデン病院」(写真下⬇︎)が、レボフルオキサシンを頻用している。このがん専門病院、私の現在の勤務地の近隣に所在している。そこが満床になってしまった際に、入院患者さんの一時的受け入れ協定を結んでいるため、私が勤務する病院にも、レボフルオキサシンを(少しだけ)在庫している。

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世界的にも有名ながん専門「王立マーズデン病院」

それから、レボフルオキサシンの元となった「オフロキサシン」は、英国内での数少ない抗生物質点眼薬として、また適用外で点耳薬としても使われている、英国薬剤師たちにとっては、よく知られた製品です。

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英国内で流通する「レボフロキサシン」と「オフロキサシン」の各剤型製剤

 

17)プラバスタチン(創薬・販売:三共製薬)

日本開発を誇る「プラバスタチン(商標名メバロチン)」。日本での薬科大学時代の授業で、先生が「三共製薬の本社は『メバロチン御殿』と呼ばれているんだよ」という冗談とともに習った。

米メルク社のシンバスタチンに先を越されてしまったものの、スタチンの骨格自体の発見は日本人であったという事実は、世界に誇るべき業績。

でも、この製薬会社間の先陣争いは確実に影響し、英国で長年最も処方されてきたスタチンは、やはり「シンバスタチン」でした。2008年にその特許が切れた後は「アトルバスタチン」が主流となっています。よって英国内で、プラバスタチンを使用している患者さんは「時々」見かける程度。

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シンバスタチンとプラバスタチンとアトルバスタチン

 

18)アリピプラゾール(創薬・販売:大塚製薬)

この薬、精神科分野での治療薬の中でもユニークな特性なので、英国でも、常に一定数の患者さんへ使用されている。この薬が英国で発売されたばかりの頃、私はロンドンの精神科専門病院で、ファーマシーテクニシャンとして働いていた。調剤室で、薬の外箱の下に小さく印字されていた、当時の「Otsuka」のロゴを目にして「オーツカ?!?! これって、大塚製薬だ。英国で流通しているんだ!」とびっくりしたこと、よく覚えている。

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これはジェネリック薬だけど、英国での販売当初、アリピプラゾールの外箱には「JAPAN OTSUKA PHARMACEUTICALS」のレトロなロゴが印字されていた。

 

19)コリスチン(発見:ライオン製薬)

この薬、注射剤としては集中治療室 (ICU) レベルの重症患者さんに使用するものですが、吸入剤は嚢胞性線維症の患者さんの治療薬としても知られています。嚢胞性線維症は、日本では希少な病気だと思いますが、白人やユダヤ系に多いとされている遺伝性の疾患。ロンドンは国際都市であることから、どの病院にもこの疾病の患者さんが、必ず一定数いらっしゃいます。

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 嚢胞性線維症治療専用の吸入製品が発売されているものの、費用対効果を重視するお国ならではで、英国の大抵の病院では、より廉価な注射薬を患者さんに供給し、各家庭内で生理食塩水で溶解し、それを吸入してもらうよう指導しています

ロンドンのような多種多様な民族が溢れる街で働いていると、日本では滅多に見かけない病気にも数多く遭遇します。私は嚢胞性線維症という疾患を、英国に来たばかりの頃、この病院(⬇︎)で接した一人の若い患者さんから、たくさん学ばさせて頂きました。 

 

20)スクラルファート(創薬・販売:中外製薬)

英国の消化器系専門医たちから、根強い人気を誇る薬。

日本で働いていた時は「アルサルミン」って、o 千包/箱とかで、ありふれたようにバルク購入していたはずですが、英国ではこの薬(写真下⬇︎)、なぜかとても希少で、国内中で欠品していることが多い。

それを心得ている医師の先生が、薬局に電話をしてきて「今日、在庫ある?」って感じで聞いてくる。「ないです」と返答すると、とてもがっかりされる。まるでレストランで、本日の仕入れ状況に左右されるメニューのような薬と言えよう。

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英国内で流通している「スクラルファート」。よく見ると、確かに「Chugai」の文字が

そういえば、英国での仮免許(プレレジ研修)薬剤師時代に一緒に学んだ台湾出身の友人、英国に来る前は、第一製薬の台湾支社に勤務していた人だった。台湾では、スクラルファートを切り傷の手当てにも使用しているんだよ、と教えてくれた。カナダの薬剤師免許も保有していた彼女、スクラルファートのことを「スクルウフェイト」と発音していた。

日本語と英語で異なる発音の薬剤名についてのいくつかの例は、以前のこちら(⬇︎)のエントリもどうぞ

 

<おまけ21> トシリズマブ(開発・販売:中外製薬)

以前、こちらのエントリ(⬇︎)でも書きましたが。。。

数ヶ月前のコロナ禍の最中の当直業務中、真夜中の誰もいない病院薬局の冷蔵庫で「日本開発の製品だったんだ!」と発見したのは、ホントにシュールな体験でした。

 

以上、私が知っている「日本が誇るべき、英国で使用されている薬剤」ですが;

このような薬、探せば、もっとあるはず。

 

追々また、この続編が書ければと思っています。

 

では、また。