日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

英国永住権を取得した日英薬剤師の弟分の物語

 

数週間前のことになるのだけど;

 

勤務中、突然、私の携帯電話に、ロンドン近郊の国営医療 (NHS) 病院で働く日本人薬剤師の友人から、テキストメッセージ(⬇︎)が来た。

英国永住権を取得した、との知らせだった。

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マジ、泣けた。。。。

 

彼ね、私の日英薬剤師としての弟分的な人。

今回のエントリでは、私が知る(限りでの)、彼の英国永住権獲得までの道のりを紹介してみたい。

 

この弟分、英国には Independent Prescriber と呼ばれる、医師から独立して薬を処方できる薬剤師の資格があると聞き知り、それになりたい一心で、英国で薬剤師になる決心をした。ちなみに日本では「ヤクザと生活保護受給者が溢れる街」の薬局の薬剤師として、昼夜なく働いていたんだって。

でも、英国の薬剤師免許に変換する申請にまず必要な、英語の語学試験 IELTS になかなか合格しなかった。数年間かけて、その準備と受験料に、この弟分曰く『車一台買えるぐらいの金額』を注ぎ込み、やっとスタートラインに立てた状態だった。

ちなみに、私が IELTS に合格した時の話は、過去のこちらのエントリ(⬇︎)をどうぞ

 

日本での準備中、英国で薬剤師になるための具体的な情報が欲しくて、以前、英国で薬剤師をしていた日本人に連絡してみようと試みたらしいんだけど、どういう訳だかうまくいかなかったとのこと(→ で、そのコンタクトを取ろうとしていた人、実は私のロンドン大学薬学校時代の友人の A さんであったことが、後に判明)。だから、ほぼ「何も知らない」状態で、奥さまと単身英国へやってきて、海外薬剤師免許変換コース (OSPAP) を開始した。

すごく、勇気あったと思う。

日本人薬剤師が英国の薬剤師になる方法は、以下のシリーズ(⬇︎)もどうぞ 

 

英国に来たばかりで地理感覚のなかった彼、仮免許薬剤師として行う義務実務研修、通称「プレレジ」は「A さんがそこで行ったエリアらしい」という、インターネット上の情報だけを頼りに、ロンドン近郊のエセックス州の個人薬局を選んだ。

日英薬剤師の元祖パイオニアである友人の A さんについては、以下のエントリもどうぞ。私の英国薬剤師への免許変換の道は、彼女の先例を間近で見ていたお陰で、余計な苦労をせずに済んだことが数え切れないほどあった。先達はあらまほしき事なり

 

そして2年後、この弟分は、海外薬剤師免許変換コース (OSPAP) もプレレジも無事終了。でも、プレレジ研修中、英国での就職活動を同時並行する余裕は到底なかったと。留学生としての滞在ビザの期限の都合で、英国薬剤師免許試験の受験も、事実上、たった一度のチャンスだったというプレッシャーも、半端なかった。

だから彼、英国の薬剤師免許は取得したものの、即、日本への帰国を余儀なくされた。

英国の薬剤師免許試験にご興味のある方は、こちら(⬇︎)からどうぞ。本来であれば、生涯で計3回(=不合格となった場合、再試は2回まで)のチャンスが与えられている試験です。

ビザ、就職難、資金不足。。。などなど、日本人が英国の薬剤師になろうとする過程で経験する、さまざまな困難や障害の例は、 過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

 

でも、彼は、諦めなかったんだよね。

 

奥さまが、彼の夢をサポートする、本当に素晴らしい方。「今度は、私が英国で大学院生になることで、再入国のための滞在ビザを入手しましょう。そうすれば、あなたには私の配偶者としてのビザが発行され、英国薬剤師としての就職活動ができる」と言って下さったそう。

で、再入国できた時、運良く、まずはロンドン市内の日系医療クリニックで、薬剤師として雇用されることになった。そこで働けば「英国薬剤師として就職するための、何らかの実情報が得られるのでは?」という期待と共に、応募したそう。

そしてその予感どおり「以前、ここでマイコさんっていう人も働いていて、今は、南ロンドンの国営医療 (NHS) 病院で薬剤師として働いているよ」という話を聞きつけた。

すかさず、そこの薬局長さんに「マイコさんを紹介して下さい!」と申し出たらしい(笑)

 

それが、彼と私の出会いの始まりだった。

 

英国で薬剤師として働く方法として、ロンドン市内の日系医療クリニックに勤務するというのも一つの手です。その場合、英国の薬剤師免許は不要です。そんな実例は、以前のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

 

この新しく知り合った、私より少し若い日本人男性薬剤師の、英国薬剤師としての就職活動は、うまくいっていなかった。どんなに日本での職歴があろうと、英国では新卒扱いだったし、プレレジは個人薬局で行い、病院での職経験がないのにも関わらず、最も競争率の激しいロンドン市内の国営病院(のみ)に応募していたから。

ある日、ロンドンのとある人気病院での就職試験が終わった後「史上最悪の、トラウマ的面接でした。。。」と気落ちする彼に、私は、こう言った。

「最初からロンドンの病院へ就職するのは、現時点では難しいと思う。全国レベルに拡げて仕事を探してみたらどうかな? 地方の街の病院でちょっとでも働いたら、履歴書にも一行『英国の病院薬剤師としての職経験がある』って書けるし、次の転職からは、都心部でもずっと雇ってもらいやすくなるよ」と。

で、その私の「アドバイス」を実行した彼、その後すぐに、英国東部リンカンシャー州での病院薬剤師の職を得ることができた。産休で空席になったスタッフの穴埋めという「期限付き」のポストだったが、そこで彼は、国営医療サービス (NHS) 病院の薬局に入り込み、職経験を得ることに成功したのだった。

でもこれは、ある意味「賭け」だった。奥さまと生まれて間もないお子さんをロンドンに残し、全く見も知らぬ土地に単身赴任することになったのだからね。。。。真冬の寒い時期、週末だけロンドンの家族の元へ帰るという生活を、数ヶ月送った。

そんな犠牲を払いながら、引き続き就職活動を続けていった結果、数ヶ月後ついに、ロンドン近郊の大型大学病院の新卒薬剤師の職に合格したの。

そこは奇しくも、自身がプレレジをやり、土地勘もあったエセックス州。それまで働いていた病院から新しい病院へ移る時も、色々あったのだけど、最終的にはうまく行き、労働許可書も手配してもらえることになった。

日本人が英国で就業するのに必要な「労働許可書」の入手困難については、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

 

労働許可書を入手できた日、電話がかかってきた。

「お会いできませんか? お礼をしたいんです」と。

ロンドン・テムズ河沿いの元船着場エリアのベトナム料理屋さんでご馳走になった後、ここ(写真下⬇︎)へ連れて行かれた。

そして、この弟分、一言。

「あのー。。。。このタワーブリッジを背景に、僕の写真を撮ってもらえませんか?」と。

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ロンドンに一度でも住んだことのある人は、誰にでも「これぞ、ロンドン!」っていうお気に入りの場所がある

ちなみに、私がロンドンで一番好きな場所は、こちらのエントリ(⬇︎)で言及しています。

 

私が撮影した、この橋を背景に彼が自身の「英国労働許可書」を手にした写真は、彼のフェイスブックで一斉公開された。

その後数年の、彼と彼の家族の英国での生活が保証された。

 

で、この弟分の、英国薬剤師としてのキャリアがスタートした。

 

最初は、私と同様に「新卒ローテーション臨床薬剤師」。私が2年半かけて行ったことを、1年ちょっとで終了した。

とんとん拍子で、シニア薬剤師に昇格。治験・医薬品製造分野を専門とした。

その間、勤務先病院から奨学金を受け、近郊の薬科大学院へパートタイムで戻り、「ディプロマ」と呼ばれる臨床薬剤師としての系統立った卒後教育課程も修了。

英国の薬剤師は、免許取得後の最初の数年で再び大学院へ戻り、実践的な臨床薬学を学ぶのが常です。そんな実例は、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ。

そしてその後、またすぐ、大きなチャンスが巡ってきた。勤務先病院薬局内の品質管理部門の主任薬剤師のポストが空席になったとのこと。

でね、この弟分、見事、その座を射止めたの。

これ、ほんとすごい快挙。私が知る限り、英国の国営医療 (NHS) 病院で働く日本人薬剤師で、主任レベルに昇格した人って、まずいない。しかも、この私の弟分は、英国で働き始めて、わずか3−4年で、それをやってのけた。よって、彼の現在の役職と年収は、私なんかより、ずっと良いものになっている。

そして、それでも飽き足らないのか、この弟分、品質管理業務を極めるべく、目下、英国北部マンチェスター大学の大学院へパートタイムで通っている。

将来はさらに、この品質管理分野の頂点とも言える 'Qualified Person (通称 QP)' を目指すそう。英国王立学会が規定する、取得がとても難しい免許。それでまたもう一つ、別の大学院へ通うことになるとのことだけど、この資格、国内でも希少価値で 、一度取得すると、英国の国営医療サービス (NHS) のみならず、製薬会社からも引く手あまた。年収は優に 1000万 を超える高給となる。

それにしても、英国へ来てから、どんだけの数の大学院へ通っているんだ、この弟分。。。。(笑)

 

しかもね、プライベートも好調。最近、自身の勤務先病院の近くにマイホームを買ったと、それも突然、聞かされた。お子さんに、少しでもいい環境を与えたいと言って。

彼と奥さまが、英国での将来に何の保障もなかった頃、ロンドン随一の病院(リンク下⬇︎)で産まれたその息子さんは、先日6歳になった。すでに、父曰く「ボクより上手な英語を喋っている」と。

月日が経つのは、早い。

 

でも、あれ。。。?

当初の目標であった処方薬剤師の道からは、どんどん、はずれていくんじゃない? 

って思う人もいるかもしれない。

 

いえいえ、これでいいんです。

英国で長年暮らす、殆どの日本人は、皆、こう思っている。

「英国へ来る前、日本で思い描いていた夢や目標とは、とんと違う場所にいるな。でも、今が一番充実している」と。

英国へ移り住む前の私の夢物語は、以前のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ(笑)

 

今回、彼が「英国永住権取得」の連絡をしてきてくれた時、電話口でこう言ってくれた。

「マイコさんがいなかったら、ボク、ここまで来れてませんでしたよ」と。

 

いやいや、キミこそが、私にインスピレーションを与えてくれた、と言いたい。

この「大学院通い大好き」で向上心のある弟分に感化され、私もそれまで(全く)関心のなかった処方薬剤師免許に興味を持ち、それを取得したく、近々、大学院へ戻る予定だからね。。。。

 

これからも、宜しく。

 

では、また。