日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

英国の薬局「業界用語 」(1)

 

今回のエントリでは、英国の薬局「業界用語」を紹介したいと思います。

主に調剤業務で用いられる用語に焦点を当てて、解説します。

略語化されているものが多いですが、これらを知らなければ「英国の実務薬剤師」と名乗れないほど、とりわけ国営医療 (NHS) 病院内では、頻用されているものばかりです。

 

1)オリジナル・パック (Original Pack)、略して 'OP' 

日本の医薬品は通常、100 錠 とか 1000 錠/箱といった単位で製品化されており、薬剤師は処方せんの記載通りにそれを正確に計数し、調剤していると思います。

一方、英国の殆どの薬は、1日1回服用のものは一箱28錠もしくは30錠、1日2回服用のものは一箱 56錠もしくは60錠 という1ヶ月服用分単位の小箱で製品化されています(写真下⬇︎)。これを「オリジナル・パック」と呼んでいます。「オリジナル・パック」の薬の箱は密封されており、患者さんの手に渡るまで、中身は開封されません。

薬剤師であれ、ファーマシーテクニシャン、アシスタントであれ、処方せん上に「OP」と書くと「オリジナル・パックを調剤せよ(あるいは)調剤した」ということを意図したことになります。

調剤とは原則、このオリジナル・パックの薬の箱の側面に、コンピューターから出力した服用法ラベルを貼りつけるだけなので、錠剤の計数も不要です。そのため、英国の薬局内には、日本の薬局で常備されている、小分け用の小さな薬袋や輪ゴムも在庫していません。

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英国の小包装化された「オリジナル・パック」の一例(上が箱の表側、下が裏側)。調剤は、箱の裏側や側面の所定位置に、服用法ラベルを貼るだけで完了する。

 

2)ポッド 'POD'(ペイシェント・オウン・ドラッグ 'Patient's Own Drug' の略)

英国では、患者さんが病院へ来る時(緊急時、救急車に乗る時とかも)、各自の常服・常用薬を持ってくることを奨励しています。そして、入院が決まった際は、その持参薬を入院中もすべからく使用します。

持参薬を Patient's Own Drug  略して、通称「POD (ポッド) 」と呼んでいます。患者さんが入院してくると、病棟付きのファーマシーテクニシャンが薬歴聴取と共に、この持参薬「POD (ポッド) 」の状態を確認します。

そして使用可能な持参薬については、各患者さんの電子処方せん/投薬簿に、数量を入力してくれます(写真下⬇︎例)。

ちなみに、持参薬を持ってこなかったけど、薬歴聴取の結果、十分な量の薬が自宅に残されていると判明した場合の通称は「POAH」。Pateint Own Drug at Home の略です。もし入院中、それらの薬の分量や服用方法が変わらなければ、病院の薬局から退院薬を調剤することはしません。

 

3)ワン・ストップ (One-Stop Dispensing/Supply)

患者さんが持参薬を持たずに入院した、入院が長期化し患者さんの持参薬がなくなりかけている、もしくは、新しい薬が開始された時は、病院の薬局では、1)で説明した「オリジナル・パック」を調剤します。そうすれば、患者さんが退院する際は、すでに服用法ラベルが貼ってあるその薬を退院薬としてそのまま手渡し、退院薬調剤の手間と時間を短縮できるからです。

このように、病院内の医薬品供給方法として、「一度だけ」調剤することを、英国では「ワン・ストップ」と呼んでいます。

ワン・ストップによる退院薬調剤の省力化については、以前、こちらのエントリ(⬇︎)でも、少し説明しています。

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英国の国営医療 (NHS) 病院内で使用されている、入院患者さんの電子処方せん薬リストの一例:「One Stop = 一回限りの供給をした」「OP = 一箱包装単位の数量を調剤した」「POD = 持参薬」などの情報が入力されている。

 

4)コントロールド・ドラッグ (Controlled Drug)、通称「CD」

英語で、麻薬は「コントロールド・ドラック」、略して「シーディー」と呼んでいます。三角印で囲んでいるマークが、全国共通の「麻薬の目印」(写真下⬇︎)となっています。

日本で「向精神薬」は、丸字で囲まれた「向」印で、確か「マルコウ」と呼ばれていたはず。それと似ていますね。

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三角で囲んである 'CD' の文字が、英国内での「麻薬」マーク

 

5)ブリスター・パック (Blister Pack)、ドーセット (Dosette)、MDS (Multi-Dose System の略。マルチ・ドーズ・システム)

ブリスター・パック、ドーセット、MDS はいずれも「一包化調剤」を意味します。

最近は「ブリスター・パック」(→一包化すべき薬が、足のまめの「水ぶくれ (blister) 」のような形状の、使い捨ての柔らかいプラスチック容器に調剤されることを例えての表現)と呼ぶのが、最も一般的な呼び名となりつつありますが;

ブリスター・パックの調剤方法については、こちらのビデオで、とても分かりやすく映像化されています。ちなみに英国では、日本の薬局で当たり前のように使用されている自動分包機が(ほぼ)存在しません。大抵の薬局は、手作業で調剤しています

ブリスター・パックの実物写真や、実際にどのような患者さんへ適応されるのかについては、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ 

私が英国で働き始めた頃は、再利用できる頑丈なプラスチックのお弁当箱のような容器(リンク下⬇︎)が主に使用されていました。患者さんは、空になったケースを薬局に返却することで、次の分の調剤薬を受け取っていた。で、この「医療用ピルケース」を製造している会社の商標名が「ドーセット (Dosett) 」であったことから、英国の薬剤師の間では未だに、一包化のことを「ドーセット」と呼ぶ人もいる。

近年は滅多に見かけなくなってしまったけど、こちら(⬇︎)が 、英国の元祖「一包化」 ケースです。

ちなみに、処方せん上の記載には「MDS」という語が通用されています(写真下⬇︎)。'Multi-Dose System' の略です。

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英国国営医療 (NHS) 病院の退院処方せんの一例。薬剤師が臨床監査の過程で、麻薬には三角印の「CD」、一包化は「MDS」などと緑色のペンで書き込むことにより、調剤を担当するテクニシャンやアシスタントに明確な指示を出す。

なぜ「緑色のペン」を使うのかって? 私のブログの初回エントリ(⬇︎)をご覧下さいませ


6)TTA(ティーティーエー)/  TTO(ティーティーオー)

TTA = To Take Away、TTO = To Take Out の略。 世間ではファーストフードとかの「お持ち帰り」を意味するこれらの語、英国の薬局業界では「退院薬」を意味します。

一般的に、To Take Away は英語、To Take Out は米語、などと辞書では解説されていますが、英国内の病院では、両方とも全く同じ意味で使われています。

各病院で TTA か TTO のどちらかを使っているのかが異なり、方言のようで面白いです。

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「TTA / TTO = 退院薬 → 去りゆく者へ渡すもの」の意味をもじって、私が以前ファーマシーテクニシャンとして勤務した病院薬局では、このような「ブリスター・パック」が、退職する人へユーモアたっぷりに贈呈されるという伝統があった。その場合、中身は、この写真にあるように、ラムネやチョコレートになっていました(笑)!

 

この「英国の薬局『業界用語』」は、思いついた時に(ぼちぼちと)やるシリーズにしていきたいです(気まぐれにね。笑)。

 

では、また。 

 

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私の現在の勤務先病院薬局の調剤室の担当スタッフ当番表。「TTO=退院薬」「CD=麻薬」といった用語が、日常業務の中で当たり前のように使われているのが見てとれます