日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

ダイアナ妃と英国国営医療サービス (NHS) と薬局

 

今月の中旬、ここ「ケンジントン宮殿」(写真下⬇︎)へ行ってきた。

故ダイアナ妃が在命中ずっと居住し、現在は、ケンブリッジ公ウィリアム王子一家が住む王宮。ロンドンの観光名所の一つとして、常時一般公開されている。

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今年は、チャールズ皇太子とダイアナ妃の成婚40周年。そして、もしダイアナ妃が生きていたら60歳になっていたであろう年ということで、英国のメディアは、そのことをよく取り上げている。

そして、満を持して開催されたのが、こちらの特別展(⬇︎)。ダイアナ妃が着たあのウェディングドレスが、この宮殿内にて 26 年ぶりに一般公開されていると聞き、私も是非、見てみたいと出かけたのだった。

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宮殿の入り口に張り出されていた「特別展」案内板


で。。。。

見よ、この人だかりを!!!(写真下⬇︎)。

死後ほぼ4半世紀が経とうとしている今なお、衰えぬ人気がここにありました。

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ウェディングドレスの背後の写真。これが、かの有名な長い長いトレーンだーーーっつ!!!

テレビの衛星中継を通じて世界中の人々が釘付けとなり、その視聴者数 (7億5000人) の記録が今なお破られていないロイヤルウェディング。当時小学生であった私も、昭和の暑い夏の日の夕方、家族で手巻き寿司パーティーをしながら観た。英国王室のウェディングと手巻き寿司という組み合わせが、なんともちぐはぐであったが。。。(笑)。

そして、世界中の人たちと同様に、私も、その美しい皇太子妃に一目惚れした。

それが嵩じ、英国に来る前の私が想像する英国人って、皆、彼女のような人たちだと、勘違いしてしまった。実際は(全く)異なることに、英国へ来てから痛感したけど。。。(苦笑)

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大盛況の特別展ということで、長い時間待ち、やっと背景に誰もいない、正面からのこの写真を撮ることができました。個人的な感ですが、照明の加減なのか、年月を経て素材が徐々に色褪せてきているのか、これまで映像や写真でイメージされてきたものに比べ、実物はかなりクリーム色を帯びているドレスであるように見えました。

 

その後も、皇太子妃、2人の王子の母、国際親善、ファッションアイコン、慈善・人道活動、不慮の事故死、そして、人々のプリンセスとして、短い生涯の間、常にスポットライトを浴びて生きた女性だったけど;

 

そこで私が、はっと気づいたのは、

「そう言えば、英国国営医療サービス (NHS) にも、多大な影響を与えた人であったな」

ということ。

 

そんな訳で、今日のエントリでは、ダイアナ妃の命日にちなみ、その足跡を特に英国国営医療サービス (NHS) と薬局に焦点を当てて、私の見解を含めながら辿ってみます。

 

1)全国各地の国営病院を、数え切れないほど訪問していた。

代表的なものとしては、王室を離れ、ほぼ全ての公務を引退した後も、自ら厳選した慈善事業の一つとして名誉総裁に留まっていた「王立マーズデン病院」(写真下⬇︎)や、

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英国国立がんセンターに相当する「王立マーズデン病院」

世界的にも有名な、英国の小児科専門病院の代表「グレートオーモンドストリート病院」(写真下⬇︎)などが挙げられますが、

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1980年代、得体の知れない病気とされていたエイズの英国初の専門病棟が開設された際に、そこに入院していた患者さん一人一人と握手をし、世間の偏見を払拭するのに貢献したとか、

生涯最後の仕事(公務)も、北西ロンドンの大型国営医療 (NHS) 病院の小児科センターのオープニングセレモニーへの出席だったそうです。

そしてなんと、私が現在勤務する大学病院の産婦人科棟をオープンしたのも、ダイアナ妃でした。

こんな(ごく普通の)病院にも訪れていたのかと、日々往来している産婦人科棟の入り口で、それまで視界に入っていなかった彼女の肖像画とその記念碑(写真下⬇︎)をある日ふと見上げた時、私自身、驚きを隠せませんでした。

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私が勤務する病院の産婦人科棟入り口には、ダイアナ妃が1988年1月にオープンした時の記念碑と彼女の肖像画が飾られています

 

2)生涯最愛のパートナーは、国営医療サービス (NHS) 勤務の心臓外科医だった。

これ、生前はあまり知られてなかった話(→少なくても日本では)のはずだけど、チャールズ皇太子と離婚後のダイアナ妃の最愛のパートナーは、ハスナット・カーン氏という名の、ロンドン市内の国営医療サービス (NHS) 病院に勤務していたパキスタン人心臓外科医でした。

近年、そのラブストーリーは、映画化もされた(リンク下⬇︎)。ただし、パートナーであったハスナット医師は、映画の内容はほぼフィクションであるとコメントしています。

ダイアナ(字幕版)

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2人の出会いは、ダイアナ妃の友人のご主人さんが英国最高峰の心臓病専門病院に入院し、プライベートで見舞った時、そのご主人さんの主治医が、ハスナット・カーン氏であったことからだったと言われています。

ダイアナ妃に特に気を止めることなく、患者さんの病状をご家族へ親身に説明する姿に、ダイアナ妃の方が惹かれたそう。

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ハスナット・カーン医師が、ダイアナ妃と出会った当時勤務していた「王立ブロンプトン病院」。英国の心臓疾患専門医療機関としての最高峰

ハスナット医師にすっかり惚れこんだダイアナ妃。その後も、彼が勤務する病院(写真上⬆︎)をたびたび訪れた。

でもさすがにこのロマンスは、マスコミに嗅ぎつけられることになる。そこでダイアナ妃は、自分が住むケンジントン宮殿内にハスナット医師の部屋を用意し、その関係を(静かに)続けることになった。

ハスナット医師は、ファーストフードが大好きで、ダイアナ妃と側近がどんなに豪華なディナーを用意しても、宮殿をこっそり抜け出し、近所のケンタッキーフライドチキンへ買いに出かけていたとか、

夜勤明けは、疲労困憊で、宮殿内の自分に当てがわれた部屋で爆睡していたとか、

色々な逸話がある。

私、その話を聞いた時、笑いが止まらなかった。

いやはや本当に、どこにでも居そうな、英国の国営医療サービス (NHS) 勤務の医師(写真下⬇︎例)だなあ。。。ってね。

 

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ちなみにこちらは、私が現在勤務する病院の心臓疾患治療室の医師の一人、ハリスト先生。ブルガリアから(ひょっこりと)やってきたが、優秀だったため、瞬く間に医局長補佐となった。ハスナット医師もこんな感じで、英国国営医療サービス (NHS) の一医師として懸命に働いていたところを、ある日たまたまダイアナ妃と居合わせて「運命の出会い」となったんだろうなあ。。。。もし世代が違っていたら、こちらのハリスト先生だってダイアナ妃のパートナーとなっていたかも知れない。でも、もしそうなったら、私も含め、周りの同僚は、ホントびっくりするよねえ。。。(→これ、あくまで妄想デス。笑)


しかし、ハスナット医師の家族が、宗教上や文化の違いから、ダイアナ妃との結婚を(言葉にせずとも)賛成しなかったこと

そしてハスナット氏が、生涯を賭けて心臓外科医になろうとしているのに、突如「ダイアナ妃のパートナー」として世間の脚光を浴び、マスコミに追いかけ回され、その結果、今後のキャリアを諦めなければならないのかという不安に襲われたこと

などから、ハスナット医師の方から破局を申し出たとされている。

 

傷心のダイアナ妃は、ハスナット氏への半ばあてこすりとして、彼と似て非なるエジプト人大富豪の御曹司と短期間の関係を持った後、悲劇的な自動車事故死を遂げた。

 

その葬儀だが、ダイアナ妃と過去に浮名を流した男性たちは、誰一人として招待されなかった。しかし、ハスナット医師だけは参列していた。ダイアナ妃がプレゼントしたという大きなサングラスをかけ、悲しみに打ちひしがれている姿が映像に残されている。王室も周知の仲だったのでしょう。

ハスナット医師は、その後も滅多に、マスコミからのインタビューを受けつけていない。でも、そのわずかなメディア資料から、誠実な人であることが伺い知れる。

そして今なお、パキスタンと英国を行き来しながら、英国国営医療サービス (NHS) の一医師として勤務しています。

 

 3)独身時代、薬局の隣に住んでいた

ダイアナ妃は、独身時代、両親が彼女の18歳の誕生日プレゼントにと購入した、西ロンドン・アールズコート地区のこちらの高級マンション(写真下⬇︎)に住んでいたのですが、

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このマンションの隣は、なんと英国の薬剤師であれば誰もが知る、超有名な「24時間営業薬局」(写真下⬇︎)です。

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英国で唯一の24時間営業薬局「Zafash Midnight Pharmacy」

全国から日夜なくやってくる人々に助けを差し伸べてきたこの薬局のオーナー薬剤師さんは、5−6年前、英国一の薬剤師を決定する賞にもノミネートされたことがある方。

登記上では 1981 年に開局されたとのことなので、婚約時代からマスコミに追いかけ廻されてきたダイアナ妃を、直に目撃してきた薬局でもあります。

 

ところでダイアナ妃の死は、インターネットがあまねく普及していなかった時代において、地球上のほぼ全ての人へ 24 時間以内に知れ渡った衝撃的ニュースとしての記録も樹立したのだそう。そして、英国人であれば誰もが「その死を知った瞬間」を思い出せると言う。

ちなみに、日本人の私はあの日、何をしていたのかと言うとですね。。。。

当時働いていた西東京の病院で、泊り込みの週末当直をしていました。確か土曜日の午後6時から翌日曜日の午後6時までたった一人で働くというシフトで、くたくたになって勤務を終えた後、街角の公衆電話から自宅へ「今から帰るよ」と連絡した瞬間、母が開口一番、

「知っている? ダイアナ妃が亡くなったのよ!」と。

商店街のど真ん中で「えっ!」と叫んだことを、よく覚えています。

平成の夏の暑い日でした。

私が日本で病院薬剤師として働いていた頃のことにご興味のある方は、過去のこちらのエントリ(⬇︎)をどうぞ

 

あの日から 24 年。私は、働く国を変えても、日本の年号が令和に変わっても、相変わらず「当直業務」を行っています(苦笑)。

私の現在の当直勤務にご興味のある方は、以下のエントリ(⬇︎)をどうぞ。


英国は8月が終わると、急に寒くなる。

毎年のダイアナ妃の命日は、夏の終わりでもあるのだ。

 

では、また。