日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

ロイヤルバレエ団と英国国営医療 (NHS) 薬剤師の階級制度

 

先日、念願だった、英国ロイヤルバレエ団の公演を、劇場で観た。

2021/22年シーズン「くるみ割り人形」の千秋楽だった。

 

私は、運動神経が(人より並外れて)悪く、よって、ほぼ全てのスポーツに興味を示さない。

でも、バレエには、小さい頃から(どういう訳だか)関心があった。と言っても、生で観たのは、日本で働いていた時代(→20年以上も前!)、勤務先の先輩薬剤師がバレエを習っており、その発表会へ同僚たちと連れ立って行った、という程度のものであったが。

しかし、かれこれ2年前、新型コロナウイルス (COVID-19) の影響で英国中がロックダウンし、一人でずっと自宅に籠っていたある日、ふと YouTube で観たバレエに、

 

ハマった。

 

あまりに熱狂し、古今東西の名ダンサーたちの踊りの映像を、次から次へと見た。そして、このパンデミックがひと段落したら「英国ロイヤルバレエ団の公演を生で観る!」というのが、「やりたいことリスト」の一つに加わった。

私、常に自分で「やりたいことリスト」を手帳に書き留め、それを実現しようと、人生という名の実験を片っ端から試している人デス。このことについては、以前、こちらのエントリ(⬇︎)でもちょこっと書いたので、もし宜しければどうぞ。

 

でね、先日、それがついに実現したの。

 

もうね、ファンタジーの世界に(どっぷりと)引き込まれた時間でした。

 

そして帰路の途中、例えようのない幸福感に包まれながら「私、なぜ、バレエに興味を持つようになったのかな?」とあれこれ考えた。

そして至った、一つの結論;

 

「バレエダンサーと、英国薬剤師の世界は、似ているからだ!」

 

ということ。

 

今回のエントリでは、そのことについて、書いてみることにします。

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ロンドンの観光・劇場街の中心コベントガーデンにある、英国ロイヤルバレエ団の本拠地「ロイヤルオペラハウス」。在英約20年にして、今回初めて訪れました

 

遡ること1990年代後半、私が英国へ留学しようと準備していた頃、熊川哲也さんが、東洋人として初めて英国ロイヤルバレエ団の最高位のダンサーになるという空前の快挙を成し遂げ、常に主役として踊っておられた(そして、その頂点の地位をあっさりと捨て、日本へ帰国し、ご自分のバレエ団を設立したちょうどその時代だった)。自分と同じ世代の方ということで、ふと目に止まったインタビュー記事からだったと思う。「プリンシパルダンサー (Principal Dancer)」という、彼のロイヤルバレエ団内での肩書きから、バレエの世界には「階級」があるのだということを知ったのは。

そしてその後、私が渡英し、病院実習を始めた初日、私の指導教官となった薬剤師の先生は、なんと、こう自己紹介をしてきたのであった。

「この病院の『プリンシパル薬剤師 (Principal Pharmacist)』です」

と言って。

語彙力に限りがあった当時の私でも「ああ、この先生、英国随一のこの病院の中でも、最高位の薬剤師なんだな」と、一瞬にして理解したのであった。

ちなみに私が約20年前英国へやってきて、大学院のコースの一環として実習をした「ロンドン・聖トーマス病院」については、過去のこちらのエントリ(⬇︎)をどうぞ。

その後、この病院でのさまざまな薬剤師さんの仕事ぶりを観察したり、大学院のコースの中で一緒に学んだ薬剤師さんと接する中、英国の国営医療サービス (NHS) 病院薬剤師は、非常に厳密な階級制となっているのだということを知った。そのレベルにより職務や権限が明確に分かれており、それが給与にもダイレクトに反映されているのであった。

私、日本では、比較的小さな病院で働いていた。薬局長さん以外は、当時花形であった医薬品情報 (DI) 業務を担当していた方が2番手。その他の薬剤師は、どんなに勤続年数を重ねても定年まで「ヒラ」であろうことが(ほぼ)確定しているような職環境であったため、

「実力次第で上のポジションに行ける、そしてその機会に溢れている英国の病院薬剤師の世界、いいな」

と純粋に感じたのが、私が英国で薬剤師になろうと真剣に考え始めた動機の一つでもあった。

 

そして、面白いことにね、英国の病院薬剤師と、ロイヤルバレエ団の団員たちに設定されている「階級・昇格制度」は酷似しているのだ。

 

比較してみることにしましょう。

 

ロイヤルバレエ団のダンサーたちは、以下の階級に分かれている。

プリンシパル(Principal):最高位。常に主役を演じ、演目の最大のハイライトとなるシーンに登場(典型例としては、王子様とお姫様役)。真の意味で頂点に立つトップダンサーたちを指す。

ファーストソリスト(First Soloist):最高位のプリンシパルに昇格すべく王手をかけているダンサーたち。主役もしくは準主役級を踊る。どの演目のどの役も(ほぼ完璧に)踊れる人であるため、プリンシパルダンサーが怪我をし、突然休場となった場合、その代役を務めることが多い。

ソリスト(Soloist):準主役級。主に2−4人で踊るシーンを担当するダンサーたち。古くから上演してきた演目の振り付けを一部リニューアルした際に、その舞台の命運を託すような重要な役を与えられることもある。

ファーストアーティスト(First Artist):ジュニアレベルでのトップとして、群舞とほぼ全ての演目の中で初〜中級の役を踊れるレベル。

アーティスト(Artist):バレエ学校を卒業し、プロの契約を結んだばかりの人が主。主に群舞を担当。様々な演目に出演しながら、才能ある者は時に抜擢され、主要な役で踊る機会も与えられつつ、プロのダンサーとして自分のレパートリーを増やしていくポジション。

ロイヤルバレエ団には付属の学校もあり、学生たちにも演目ごとに端役を与えられる。最終学年の公演の場合、それがオーディション代わりとなり、優秀な人は卒業後、正式な団員としてプロ契約を結べる。それ以外にも、世界中から才能あるダンサーたちを受け入れている。しかし、自国ではトップレベルであったり世界コンクールで上位入賞した者でも、英国ロイヤルバレエ団への入団は極めて難しく、入団できても大半の人は「アーティスト」から始めるそう。

 

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今回の公演が行われた、ロイヤルオペラハウス・メインステージの内部。ここで踊るバレエダンサーたちには、歴然とした階級がある。ちなみに私が観た日、前田紗江さんという日本人ダンサーが主要キャストの一人として出演されていました。その可憐な踊りに魅了されましたが、まだ「アーティスト」とのこと。今回、大抜擢での配役だったに違いありません

 

一方、英国の病院薬剤師の階級は「バンド制」と呼ばれている。これは、英国国営医療サービス (NHS) の給与体系で、医師を除く全ての職種が2ー9段階化されており、薬剤師の業種はほぼ「バンド6ー8」という3つに大別されていることに由来する。

で、この「バンド」の内訳はというと;

バンド9:「チーフ (Chief)」。ただし、このレベルは非常に稀。財政・経営面で非常に優良な超大型大学病院群の総薬局長に限定されているのが現実。

バンド8:「プリンシパル (Principal)」、もしくは近年「リード (Lead)」とも呼ばれている最高位。自分の部署・専門分野での「主任」「第一人者」と呼ばれる者たちを指す。実務薬剤師として一流であり続けながら、現場の薬剤師たちをまとめるマネージャーとしての役割も求められるポジション。ちなみに大半の病院では、薬局長も「バンド8」に属していることが多いです。

バンド7:「シニア (Senior)」と呼ばれる。自分の専門を決め、それを実地で極めているか、高度な知識・技術が必要とされる分野での長期ローテーション業務をしているポジション(例:私が勤務する病院薬局では、集中治療室、新生児室、血液内科・抗がん剤、人材管理業務の部署を6ヶ月毎に移動していく)。医療現場の最前線に立つ者が多く、臨床薬剤師としてどの分野も(一応)こなせるため、最も「使い勝手の良い」レベルの薬剤師たちとされている。

バンド6:「ジュニア (Junior)」もしくは「ファウンデーション (Foundation)」と呼ばれる。薬科大学を卒業し、薬剤師として最初の就職先となる際のエントリーレベル。周りの医療従事者からは、プロの薬剤師として扱われるけれど、薬局内では経験の浅さゆえ、基礎ローテーション(病院の規模やサービスによって異なるが、大学総合病院の場合、最低限でも内科・外科・医薬品製造・医薬品情報業務。私の勤務先では、1ローテーションは3ヶ月間限定)を終了させ、薬局内の基本業務を全てこなせるようになるまでは(まだ)「一人前」とは認められていないことが多い。

ちなみに私は「バンド6」を2年半やりました。その期間 (2014-2016年) にどのようなローテーション業務を行なったかについては、過去のこちらのエントリ(⬇︎)に羅列しています。


ね? 似ているでしょ?

 

おっとそれから、バンド5というポジションもあります。

バンド5:「トレイニー (Trainee)」と呼ばれる。薬科大学を卒業した直後から、国家試験を受験するまでに行う1年間の義務実務研修(通称「プレレジ」)中の仮免許薬剤師。免許を取得しても、自動的に「バンド6」へ昇格できる訳ではありません。私の実例になりますが、プレレジ終盤に、研修場所であった精神科専門病院で出たバンド6(=新卒薬剤師職)の求人へ応募したものの、その選考から外れ、残留(=バレエでいうと入団)することができませんでした。でもそれで一発奮起し、そこより競争倍率の高かった大学病院へ就職できたという、英国外出身の異色の薬剤師でありまーす(笑)。

私の仮免許(プレレジ)薬剤師時代にご興味のある方は、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

 

ちなみに私は現在「バンド7(シニア)」臨床薬剤師です。一時期、国家プロジェクトワークの分野で「バンド8(プリンシパル)」を短期間やったこともあるのですが、その後、自分の選んだ臨床専門(感染症・急性期内科)が人気の高い分野ゆえ、まだ「バンド7(シニア)」のポジションにいます。目下、その職能が活かせる分野での「バンド8(プリンシパル)」になる機会を見計らっています。

現在の職場では、昨年、退職者が相次ぎ、気づけばバンド7の中での最古参となってしまいました。よってバレエの世界で言えば、私は「ファーストソリスト」というポジションなのでしょう。病欠の人が出て、その穴埋め(=通常働いていない病棟にすぐさま駆けつけ働く)ができるかどうか、薬局の上層部から SOS の連絡が毎朝来るの、まず最初は私だし(苦笑)。

 

この他にも、バレエの世界と薬剤師の世界は似ているということ、たくさん挙げられるのですが。。。

さらなる話は、次回へ続きます。

 

では、また。

 

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ロイヤルオペラハウスの建物に隣接する、公演に出演するダンサーたちの控え室(と思われる棟)。英国国営放送 BBC でのロイヤルバレエ団のダンサーたちを追ったドキュメンタリーで、プリンシパルへ昇格すると横になれる簡易ソファーベットや専用ドレッサー、小型冷蔵庫などが完備する個室(→恐らくこの写真の上階の窓のある部屋)が与えられるが、その他のダンサーたちは相部屋で準備している様子が放映されていた。薬剤師もシニア級以上に昇格すると、薬局オフィス内での「自分のデスク」が与えられる。ほぼ一緒。

現在の職場での「私のデスク」の様子にご興味のある方は、こちら(⬇︎)をどうぞ(笑)