日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

処方薬剤師免許取得への道(1)その歴史

 

英国では、医師や歯科医師以外の医療従事者でも、薬の処方ができます。

看護師、助産婦、理学療法士、放射線技師、検眼士、足治療師、救急隊員、そして薬剤師がそのカテゴリーに該当します。

現時点では、各医療職本来の免許を取得し、最低2年の実務経験を積んだ後、6−9ヶ月の大学院のパートタイムのコースを履修することで取得することができます。大学で理論的な講義や実習を受けながら、同時に、各自の職場で、監督者(=大概、医療教育経験のある医師)の元で実務訓練を重ねることにより「処方免許」が授与されます。

 

私は、先月 (2022年1月) から、この「処方薬剤師免許」の取得を目指すべく、10年ぶりに学生に戻ることになりました。目下、勤務先病院からのサポートの元、週1日、大学院へ通っています。

今回のエントリから、その模様を実況中継でお伝えしたく、私の「処方薬剤師免許取得への道」と題してシリーズ化にしていく予定です。

日本ではあまり知られていないであろう「英国薬剤師の処方権の歴史」「大学院選びと入学出願手続き」「履修コース内容」「授業形態」「実習の様子」「提出すべき課題物」「試験と評価法」「その他あれこれ」などを、自身の経験の実例と共に、詳細にご紹介できればと思っております。

日々の出来事の記録も入った、脱線しがちなシリーズになるかも知れませんが。。。。

 

英国の医師・歯科医師以外の者の「処方権・処方免許」の歴史は、少なくとも20-25年前まで遡れます。提唱自体は、すでに1980年代の中盤からされていたとの記録もありますので、35年以上前からとも言えるかも知れません。

まず手始めは1990年代に、在宅医療に従事する看護師へ、一定の医薬品を処方することが認められました。鎮痛剤や下剤、創傷覆被剤といった(極めて)シンプルな医薬品が主でした。英国国家医薬品集 (BNF) の最後のページは「処方看護師フォーミュラリー (Nurse Prescribers' Formulary) 」(写真下⬇︎)というものになっており、その処方可能な限定薬がリスト化されています。

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英国国家医薬品集 (British National Formulary, 通称 BNF) の巻末にある「処方看護師フォーミュラリー」。このページを参照し、どの薬が処方可能であり、どれが不可であるか? を答える問題が、私が受験した時代の英国薬剤師免許試験では頻出されていた。そのため、自身が試験場に実際に持ち込んだ BNF(右側)にも、試験準備勉強中に色鉛筆で印をつけたり、書き込みをした跡が残されている 

英国国家医薬品集 (British National Formulary, 通称BNF) にご興味のある方は、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ


私が最初に英国の「処方薬剤師免許」の存在を知ったのは、確か2004年頃。2003年に薬剤師の処方権が法令化され、当時、ファーマシーテクニシャンとして勤務していた病院の副薬局長さん (Mrs Jocelyn Noble-Gresty, ツイッター⬇︎) が、英国初の「処方薬剤師」を目指し、国内で最初に開講されたロンドン大学キングスカレッジのコースの第1期生の一人となったことからでした。

現在は定年を迎え引退されておられますが、緩和ケアの分野で、国内トップ 10 に入るほど著名であった臨床薬剤師です。英国で働きはじめたばかりであった頃の私に色々なことを教えて下さいました。余談になりますが、互いにフレディ・マーキュリーの大ファン😍 という共通点もあり、勤務先病院の近くの火葬場で行われた彼の葬儀の日の模様(リンク下⬇︎)を、後年、私に話してくれた方でもあります。

 

ただし、その当時の免許は「補足的処方 (Supplementary Prescribing) 」というものでした。英国の医療は、多職種連携が発達しています。「補足的処方」というのは、医師もしくはそのチーム医療内で取り決めた範囲内で、薬剤師が薬の処方をできる、という形態。医師から完全に独立した形での処方権というものではありませんでした。

しかし、この処方免許を得た薬剤師たちの有用性が明らかになるにつれ、早くも2006年に薬剤師へ「独立処方権 (Independent Prescribing) 」が与えられることになりました。最後の制限であった「麻薬処方」をも可能となったのが 2012年。これ以後、処方免許を取得した薬剤師は、自分の職務責任において、どのような薬も処方できるようになったのです。

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現在、英国の薬剤師の処方権は、医師と全く同じ権限のものとなっています。通常の要処方せん薬に限らず、麻薬(写真上⬆︎)や適応外の薬の処方さえも可能

 

私自身が「処方薬剤師」を目指すことを現実的な視野に入れ出したのは、今から数年前。

 

英国国営医療サービス (NHS) 病院勤務の臨床薬剤師の標準的なキャリアパスは、近年、以下のような流れとなっています(→注:私自身の実例も含め、例外もたくさんありますが。後述⬇︎)。

新卒薬剤師(バンド6)として入局し、働きながら「ディプロマ (Diploma)」と呼ばれる、全国のほぼ全ての薬科大学院で提供されている、実務・臨床薬学分野での系統立った2ー3年間の卒後実務教育課程をパートタイムコースで履修。

ディプロマ取得中に、中堅・専門薬剤師(バンド7)へ昇格。そのからくりは、ディプロマ課程の前半の18ヶ月が「基礎科目」、後半の18ヶ月が自分の専攻分野に合わせた「選択科目」となっているため(→注:ただし、このカリキュラムは、最近、変わりつつある。後述⬇︎)

ディプロマを取得後、さらに職務経験を積んだ後、再び大学院へ戻り、一昔前は臨床薬学修士号 (通称MSc = Master of Science)、近年では処方薬剤師免許 (通称 IP = Independent Prescriber) を取得することにより、主任薬剤師(バンド8)へと昇格。

英国の国営医療 (NHS) 病院に勤務する薬剤師には、「バンド制」と呼ばれる厳格な階級が敷かれており、それが給与額へも直に反映されています。その詳細は、こちら(⬇︎)のエントリと合わせてお読み下さい。

 

ちなみに私が約 20 年前、英国へ最初にやってきた目的は、この「ディプロマ (Diploma)」よりも高学位の「臨床薬学修士号 (MSc)」の取得を目指してでした。大学院を卒業後、英国の永住権を得たいばかりにファーマシーテクニシャンとして6年半働き、それから英国薬剤師免許を日本の免許を変換する形で取得したため、私は、英国薬剤師たちの「一般ルート」とはおよそ異なる道を歩んできた「異色の海外出身薬剤師」です(→そんな者でも、能力と経験と運次第で対等に雇用してもらえる「門戸の広さ」が、英国の薬局業界の魅力でもあります)。

そのため、ついに英国で新卒臨床薬剤師として雇用された時に、私の経歴をよく知らなかった職場の教育担当薬剤師から「ディプロマをやりたい?」と、聞かれたのですが「(すでに)修士号を持っているので、辞退します」と答えました。その代り「時期がきたら、処方薬剤師の免許を取得したいので、その際はサポートをお願いします」と申し出ました。

私のこれまでの道のりにご興味のある方は、こちら(⬇︎)のエントリもご覧下さいませ。

私が約20年前、英国に最初に来て取得した「ロンドン大学薬学校臨床薬学・国際薬局実務・政策修士号」についての詳細は、こちら(⬇︎)をどうぞ。このコースは世界中からやってきた海外薬剤師たちを対象としたものでしたが、実際の講義や選択科目の半分以上を「ディプロマ」取得を目指す英国人薬剤師さんたちと一緒に受けるという、実利的な構成になっていました。

 

私が英国で臨床薬剤師として働き始めた当時 (2014-15年) 、処方薬剤師免許の取得は、実際のところ、まだそれほど一般に普及しておらず、入局したロンドンの大学病院でも、この免許を所有していた薬剤師は、わずか2人(写真下⬇︎)しかいませんでした。

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私が現在勤務する病院薬局の中で、誰よりも早く (2007年頃)に「処方薬剤師免許」を取得した、サイモンさん(写真中央)の当時の様子。現在、英国では、医師も薬剤師も、滅多に白衣を着ない。時代が感じ取れる貴重な一枚の写真(笑)

サイモンさんの現在の姿形にご興味のある方は、こちらのエントリ(⬇︎)の写真の一つもご覧下さい。髪は、すっかりグレー色となり、2人のティーンエージャーの娘さんの良きお父さんでもあります。それだけ、英国の処方薬剤師免許の歴史も、年月を経てきているのが分かります。

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私が勤務する病院で、2番目に処方薬剤師免許を取得 (2011年頃) したエリカさん。病院内に隣接する南西ロンドン整形外科センター (South West London Elective Orthopaedic Centre) の主任薬剤師でした(現在は、地域のプライマリーケアを画策する医療機構へ転職されています)

 

当時は「よほど自分の専門を極め、真に医師と対等に働くことができているエリート臨床薬剤師」でなければ、処方薬剤師免許を取得する機会が与えられにくい風潮にありました。

 

次号では、私がこの処方薬剤師免許取得のスタートラインに立つまでの背景と準備について、書く予定です。

 

では、また。