日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

処方薬剤師免許取得への道(2)順番待ち

 

このエントリはシリーズ化で、前回(リンク⬇︎)からの続きとなっています。


英国の国営医療サービス (NHS) 病院勤務の薬剤師たちは、前回のエントリで説明をした「卒後教育課程の臨床薬学ディプロマ」にしても「処方薬剤師免許」の取得にしても、自己負担金ゼロ(=無償)で行うのが普通です。医療が国家事業の最たるものとして運営されているため、医療従事者を育成し、その職能を向上させ、それを維持することは「国家財産」と見なされているからです。そのため、国の医療教育機構が(=詰まるところ、国民の税金から)、返済無用の奨学金を出しているのです。

英国の国営医療サービス (NHS) についての基本的な解説については、まずはこちら(⬇︎)をどうぞ

 

ただし、各国営医療 (NHS) 病院へ割り当てられる奨学金額に、毎年上限があることから、これらの卒後教育資格を取得したい薬剤師たちの間で、常に「順番待ち」が生じています。私が英国で新卒薬剤師として働き始めた時、「ディプロマ」の履修を辞退した(→それ以上の学位である臨床薬学修士号を取得していたため、その必要がなかった)ため、勤務先の病院薬局は「マイコの分の奨学金の割り当てを、他の新卒薬剤師に渡せる!」と、喜んでいました。

英国の薬剤師市場では、新卒薬剤師の就職が最も難しく、キャリア年数を経るほどに、条件の良い転職がしやすくなります。国全体で統一した卒後教育が確立され、業務のやり方も全国どこでもほぼ同じ。よって、職経験のある者ということは、前述のような臨床薬学ディプロマもしくは修士号、処方免許をすでに取得している人ということ。雇用者側は自分たちの割り当て分の奨学金から新人に投資しなくても良く、即戦力のあるスタッフを確保できるからです。

ちなみに、このディプロマや処方薬剤師免許の取得を自費で行う者も、中には(少数ではありますが)一定数存在します。結婚や出産などを計画的に控えており、奨学金が給付されるまでの期間待てないとか、近々、転職や移転を考えている者(→奨学金を貰う以上、資格・免許取得後、一定期間はその病院に継続勤務することが求められる。暗黙の了解でだけど。。。)、正規の定職に就いていない派遣薬剤師などが該当します。

 

で、前置きが長くなりましたが、

 

私が英国で薬剤師となり、数年が経ち、シニア薬剤師へと昇格し、日々、臨床現場で実務経験を積んでいた2016年頃のこと。

英国政府が、国営医療 (NHS) 病院の、今後の将来への指針を示した、重要な白書(リンク下⬇︎)を発表しました。

現時点でこの白書は、英国の国営医療 (NHS) 病院薬剤師の間では、礎石のようなものとなっています。プロジェクトの責任者であった貴族院議員 (Sir Patrick Carter) の名を冠して、俗に「カーター・レポート」とも呼ばれています。

その中で、最大の注目点となったのは、

「薬剤師をもっと活用すべきだ」

という提言でした。

 

具体的な推奨としては、

「病院薬剤師はこれまで以上に、病棟を拠点として働くべき」

「緊急医療に対応できる高度臨床薬剤師を育成するのが、次世代の目標」

「そのためには、まず、処方薬剤師の数を増やせ」

といったことが挙げられていました。

 

これを期に、それまでは限られた者しか取得していなかった「処方免許を持つ薬剤師」を、英国中の病院が、その増員を行うことに本腰を入れ始めました。

私の勤務先の病院でも「まだ取得していなかった主任(=プリンシパル)薬剤師から順番に奨学金を給付し、取得させる」といことになりました。

英国の病院薬剤師の間には「プリンシパル」や「シニア」といった呼称の、歴然とした階級制があります。その概要は、以前のこちらのエントリ(⬇︎)をどうぞ

一方で、この風潮を受け、卒後教育ディプロマコースのカリキュラムも、最終年の3年目を「処方免許取得コース」に切り替える薬科大学が増えていきました。その流れに乗ることができた、私より後に入局した若手の後輩たちも、処方免許を取得でき、次々とキャリアアップさせていきました。

中堅薬剤師の私は、処方薬剤師免許取得の機会から(完全に)取り残された状態になってしまっていたのです。

こちらのエントリ(⬇︎)に、3年間のディプロマコースの最終学年で処方薬剤師免許を取得した、後輩(ザヒール君)の好例が挙げられています。合わせてどうぞ

 

まずは、私の直属の上司の「ドナさん(=感染症専門主任薬剤師)」が、処方薬剤師免許取得コースに入学しました。勤務先病院内の奨学金給付順位では、ドナさんが免許を取得したら、私が大学院への入学手続きを開始する、という手はずでした。

このブログでたびたび登場する、私の現在の上司「ドナさん」についての紹介は、こちら(リンク⬇︎)の一例をどうぞ

 

しかし。。。

ドナさんが、処方免許を取得するのと前後して、新型コロナウイルス (COVID-19) の世界的パンデミックが勃発。

英国内のほとんどの大学院が「処方薬剤師免許コース」の入学者受け入れを(一時的に)停止してしまいました。開講されていた学校も一部ありましたが、カリキュラムの肝である実地訓練は、大幅に縮小されたようでした。

 

万事休す。

 

でも、私は、自分なりの準備を(静かに)行っていました。

いつの日か「その機会」が来た時に、すぐに行動に移せるよう、可能性の種はあらゆる所に蒔いておくべきだ、と。

 

巷で出版されている処方免許の教科書をいくつか(一例⬇︎)読んでみたり

こちら、私のロンドン大学薬学校時代の恩師 (Prof. Soraya Dhillon) が編纂した「処方薬剤師」についての一般入門教科書。前回のエントリで紹介した、英国処方薬剤師第一号の一人であり、私のファーマシーテクニシャン時代の勤務先の副薬局長であった Mrs Jo Noble-Gresty さんも一章を担当しています。英国の薬剤師の世界は(信じられないほど)狭く、特に、実践的な教科書は、大抵、こういった「知り合いの知り合いたち(=友達の輪!)のネットワーク」で、編纂されています(笑)。

Non-medical Prescribing

Non-medical Prescribing

  • Pharmaceutical Press
Amazon

 

英国王立薬学協会 (Royal Pharmaceutical Sosiety of Great Britain) が発行している「処方者指針(コンピテンシーフレームワーク)」(リンク&写真⬇︎)に目を通したり

英国内の数ある医療系王立学会の中で、王立薬学協会が、英国中の全処方者の模範指針を構築しています。私が現在履修している「処方免許取得コース」も、大原則として、ここに羅列してあることができているか否かで、採点が行われています。

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英国王立薬学協会が5年毎に改定している「全処方者のためのコンピテンシーフレームワーク」。昨年9月に新バージョン(右)が刊行されたばかり。ちょうど私が今年1月に大学院へ入学した時期から、この「新バージョン」への使用に切り替わったため、講師陣も学生たちも、目下、暗中模索中

 

休暇がてら、入学したいと考える薬科大学を訪ね、それらの大学院のコースを実際に履修した先輩・知り合いの薬剤師たちに、実情報を聞いてみる

 

といったことを、この1−2年、コツコツと続けていました。

 

次号では、英国内で開講されている数ある「処方薬剤師免許取得コース」の中で、私が出願・入学を決めた大学院と、なぜそこにしたのかという理由について書く予定です。

 

では、また。