日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

処方薬剤師免許取得への道(7)大学院コース開始

 

このエントリはシリーズ化で、前回の話はこちら(⬇︎)になっています。


昨年末、ほぼ一年がかりで準備をしてきた「処方薬剤師免許取得コース」の合格通知が届いた。そしてなんと、そのわずか2−3週間後には、大学院生となることになった。

英国では、クリスマスイブの午後あたりから翌年の1月上旬までを、クリスマス休暇期間としている。大部分の者は、いつもは離れて暮らす家族と一緒に時間を過ごすため、長期の休みを取る。よってこの期間は、社会全体が(ほぼ)機能していない。

そんな中、私は、入学を許可されたロンドン大学キングスカレッジの ITアカウントを開設する手続きをバタバタと行なった。そして、職場でスタッフ全員のスケジュール管理をしている副薬局長を捕まえ、今後9ヶ月の「学習日」を申請した。

学校へ通う日(=計 11 日間)と、職場内での実地訓練に要する110時間(=15 日分相当の勤務時間)が「有給学習日」と認められた。給与は現状の額のまま支払われ、有給休暇日数も相変わらず年間33日。

英国国営医療サービス(NHS) は英国最大の公務員団体であり、従業員は有給休暇100%消化が当たり前です。そんな事情は、過去のこちら(⬇︎)のエントリもどうぞ

英国の国営医療サービス (NHS) の「従業員に投資する」というカルチャーを、これほど有り難く思ったことはない。数年前「サバティカル休暇を取ろうかな?」と漠然と抱いていた想いが、ここで(思いがけず)実現することになった。

英国の大学教員と同様、国営医療サービス(NHS) 勤務者の中には、7年に一度、自分のそれまでの仕事とは(ちょっと)違うことをしてみる「サバティカル休暇」を取る人がいます。そんな話は、以前、こちらのエントリにも書きました

ただしその分、職場の上司には多大な仕事量の負担がかかることになった。その「ツケ」は今後、自らが払うことになるであろうということが、つい最近、明白になったのだが。。。(この話は、また後々に)。

 

ところで、今回、大学院の学生 IT アカウント(例:スクリーンショット下⬇︎)を開設してみて分かったのですが、現代の大学教育って「全て」がオンライン化されているんですね。

お知らせや、講義自体のみならず、学生便覧や、時間割、その他の教材も全て専用アカウントからダウンロードできる。ライブ式の授業であったものもほとんどが録画され、後で何度も見直して復習することができる。医療技術の手技などを学ぶ参考動画もふんだんにアップロードされており、都合の良い時間に自分のペースで学べる。課題も全てウェブ上からの提出。

大学内の複数の図書館の文献も、ほぼ全て電子書籍として閲覧可能。キャリア相談とか履歴書添削サービスもオンライン上から利用可能。

現代の教育法って革命的にIT進化しているんだな、と、10年ぶりに学生に戻った私は、衝撃を受けました。

ロンドン大学キングスカレッジの学生用 IT システムは「KEATS (King's E-learning and Teaching Sytem の略)」と呼ばれている。著名な卒業生の一人、19世紀の英国詩人ジョン・キーツの名を冠した絶妙なネーミング。ちなみにキーツは、短い生涯の中で、医学生としてこの大学で学び、薬剤師の免許も有していた

 

だが、そんなこんなしているうちに。。。

英国では、新型コロナウイルスのオミクロン株の流行が始まった。

政府からは「不要不急の外出は避けるように」と発表されたが、それが大学教育に関して何を意味するのか、注意を払っていなかった。

で、コース開始日前夜に「明日、どのキャンパスのどの建物に行けばいいんだったっけ?」と、大学 ITアカウント上の時間割を再確認してみると;

それまで集合場所として表示されていた講義室の番号が消えていた。

(え。。。?!?!)

大学のサポートデスクへ問い合わせると、

「現在、当大学では、ほぼ全てのセッションがオンラインに切り替わっています」とのこと。

「でも、オンライン授業の招待 URL が来ていません(泣)!」

といったやり取りをしているうちに、私の大学専用メールボックスが(完全には)開通されていなかったことが判明(がーん。。。。)。

真夜中(午前2−3時頃)に、大学の IT センターのスタッフと「突貫工事」をすることになった。幸いにも、ロンドン大学キングスカレッジの IT ヘルプラインは24時間営業。ありがたや、ありがたや。。。。

 

そして、数時間の睡眠の後、長年、待ちに待った大学院初日が開始だー!

のはずだったのであるが。。。。

私は、オンライン授業への接続に失敗した。その日、運悪く、自宅エリア周辺は、インターネットの回線が途切れがちになっていたのだ(→これ、私の居住地ではかなり頻繁に起こる)。

だから、私、他の学生よりかなり遅れて、初日のオリエンテーションに参加することになってしまったの。実際の通学であれば「大幅に遅刻しました」っていう状況(汗)。

で、ようやくネット内に入り込むと、コンピューター画面上には、コース長と私以外、学生は誰一人、顔出しをしていなかった。スクリーン上に、2人(だけ)の顔がバーンと2分割で映し出され、何っ、何っ、何これ。。。? と状況が把握できないでいたら、早速、コース長から

「今入ってきたそこのあなた! 顔出ししないで!! この講義のスライド表示の邪魔になるから!!!」

と怒られた。

赤面モノでした。。。。(爆笑)

 

その時すでに、コース長から、このコースの概要と今後9ヶ月の流れが具体的に説明されていた。

1)最初の3ヶ月は、大学院での講義が毎週火曜日に行われる。新型コロナウィルスのパンデミックの影響で、大部分が、オンライン形式に切り替わる予定。

2)臨床診断技術実習には、通学が必要。患者さんへの問診と心臓・呼吸器・胃腸系の基本診断技術を習得するのが学習到達目標。3ヶ月目の終わりに実地試験 OSCE にて合否を決めるが、これは、ロンドン大学キングスカレッジ医学部4年生の進級試験と全く同じ内容である。

3)コース履修中の9ヶ月を通じて、各自の職場で、自分の専門領域内での処方実地訓練を110時間行う。そのうちの20時間は臨床診断スキルの習得に注力すること。

4)学術試験は5月。大学内の試験場で行うか、オンライン上で自宅から行えるようにするのか、現在、協議中(この過去2年は、新型コロナウイルスのパンデミックの影響で、オンラインで行われてきていた)

5)主な採点課題は、自分が専門とする病態と処方予定の薬剤についての理解、そして、将来自分が、実際に処方を行うようになった際に起こりうるリスクを回避・管理できる能力を提示するプロファイルの提出。ケーススタディ(=実際に診た患者さんたちのモデル症例レポート)を3つ。各自の職場で、患者さんを診察し処方する様子を、監督医師などに評価・採点される実務試験とそのレポートを(最低)5つ。

6)一緒に働いている同僚たちからのフィードバック(査定)を最低5通

7)9ヶ月を通じて学んだこと全般の要約や以上の採点課題提出の逐一を一つのファイルにまとめた「ポートフォリオ」を最終提出。そしてその各自が提出したポートフォリオの内容を元に、口頭試験を行う。

ということだった。

 

それからこのコースを運営している4人の先生たちも紹介された。

1人目は、コース長のレベッカ先生(スクリーンショット下⬇︎)

ロンドン随一の大学病院「ガイズ&聖トーマス病院」の血液抗凝固薬専門薬剤師をしながらパートタイムで、大学に勤務している。

長年、このコースに携わってこられた名物先生とのことでしたが、レベッカ先生は、私が入学してすぐに「親族に不幸があった」とのことで、長期休職することになった。その結果、私が入学した回は、その後「特例」の事態が相次ぐことになった。

レベッカ先生の現在の勤務先であり、私も渡英1年目に実習をした「ガイズ&聖トーマス病院」については、これら(⬇︎)のエントリをどうぞ

2人目は、グレアム教授(スクリーンショット下⬇︎)

この先生、私、だいぶ昔に一度、お会いしたことがあった。私がロンドン大学薬学校に留学生として在籍していた時、外部講師として来校して下さった。当時は英国南部のブライトン大学にて、国内初とも言える実践的な臨床薬学教育を創り上げたパイオニアとして知られていた。その後、ロンドン大学キングスカレッジへ移籍し、臨床薬学の教授となっていることを風の便りで聞いていたが、今回20 年の歳月を経て、またお目にかかった。でも、今季限りで、定年退官されるとのこと。

大学の学生アカウント上で紹介されているレベッカ先生とグレアム先生

私が英国へ移り住むきっかけとなった「ロンドン大学薬学校・臨床薬学・国際薬局実務&政策コース」についての紹介は、こちら(⬇︎)から。このコースでは当時、全国津々浦々の臨床薬剤師の第一人者を呼んで講義が行われていました。グレアム先生もその一人だったのです。

3人目は、ロリー先生

レベッカ先生が突然いなくなってしまってから、ロリー先生(写真下⬇︎)を中心に、このコースが運営されることになった。

で、ロリー先生も、私にとって、全く見知らぬ人ではなかったの。

かれこれ 10 年ちょっと前、私自身、英国で薬剤師になろうと準備していた頃、西ロンドンの大型大学病院で夏季実習をしたことがあった。その時、ロリー先生は、そこの「若手スター薬剤師」として知られていた人だった。キラキラした若者だったので、私の記憶にも残っていた。

そして今回、先生と学生と言う立場で再会した。アイドル然とした面影は薄れ、精悍な顔つきの一児の父となっていた。奥さまと平等に分担して育児をされているようで、激務の大学病院薬剤師職を去り、西ロンドンの家庭(かかりつけ)医院勤務内で自分の処方免許を活かした「喘息クリニック」を運営しつつ、大学教員としても働いている様子。

新型コロナウイルスのパンデミックの影響で、ほぼ全ての講義がオンラインに切り替わった。でも、いくつかがキャンパス内の教室で行われ、この写真はその時の一コマ。右端に写っているのがロリー先生

最後の4人目は、ジリアン先生

この先生(写真下⬇︎)、外見からは想像しがたいけど、長年、外科専門の敏腕臨床薬剤師として働き、現在は英国麻酔学会の権威だとのこと。

ロンドン大学キングスカレッジ処方薬剤師免許取得コースの講師陣の一人「ジリアン先生」。彼女は自身が担当する授業やセッションを、いつも自宅から行なっていた。よく見ると、背後には日本のウイスキー「山崎」が(笑)。ジリアン先生はスコットランド人。ウイスキーの銘柄がしのぎを削る国出身の者にも選ばれるサントリーの品質に恐れ入った次第

教え方がすば抜けて上手だった。難しいことをシンプルに説明できる、天才肌なのだと思う。私自身、日本の薬科大学時代から苦手だった薬物動態学も、彼女の講義によって(ようやく)理解できた感があった。やはり、良い先生との出会いは、薬剤師の人生を変える。

英国の薬学教育の魅力は、意欲があればいつでも学生に戻れ、学業と仕事を両立でき、国内外で著名な先生方とも気軽にネットワークを築けることだと思う。あと、大学の講師の大半が現役の実務薬剤師でもあるので、その経験に基づく教育法が極めて実践的であることも挙げられる。

 

で、盛りだくさんであった、大学院1日目のオンラインセッションが全て終了したわずか5分後、私の携帯電話が鳴った。

その見知らぬ番号に恐る恐る受話器を取ると;

「マイコ?」

「はい、そうです」

「ヤスミンだよ、以前一緒に働いた。マイコ、今日、キングスカレッジの処方薬剤師免許取得コースに出席してたでしょ。私もこのコースに入学したんだよ!」と。

「えーーーっつ!!!!!」

今回、総勢38名の入学者がいるこのコースのオンライン授業で、学生は顔出しを止められていたためバーチャル感が強く、私自身、コースメイトとなった者たち一人一人の名前に気を留めていなかった。でもヤスミンは、私が遅刻して不意に「顔出し」した時に、即座に、私に気づいたそう。

ヤスミンは、私が今なお勤務している大学病院に、私より2−3年遅れて新卒臨床薬剤師として入局したガーナ人だった。そして、基礎ローテーションを終了後、ロンドン南東部のキングスカレッジ大学病院へ転職した。最近、そこでの高度ローテーションも修了し、HIV 専門薬剤師に昇格したばかりだと言う。

コース初日に遅刻し、その結果、ヤスミンと邂逅できたことは、神からの手助けだったのでは、と今振り返っている。ヤスミンの現在の勤務先では、毎回なんと5名の臨床薬剤師たちがこのコースを履修しているという。だから、試験の過去問の傾向とかも、彼女の同僚・先輩たちからの口コミやネットワークを通して、私も知ることができるようになった。

しかもヤスミンは、その後、このコースでの臨床実習のたびに、いつも私とペアになりたがった。昼食も大学の学食で一緒に食べ、OSCE 試験前は、その練習を2人で数えきれないほどした。

自分の職場内に5名もコースメイトがいるのに、なぜ私? と思ったが;

「ウチの病院薬局って、大部署で、薬局の建物も複数階に分かれているから、同僚同士で親しく話すことって、ほとんどないんだよね」と。

ちなみに、ヤスミンが現在勤務する「キングスカレッジ大学病院」は、私が英国で最初の就職活動をしていた時、応募した病院の一つでもあります。その時の模様は、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ。

ヤスミンは、SNSに疎い私を説き伏せ、WhatsApp (日本の「ライン」に相当する英国版のようなもの)のアカウントも作らせた。そのお陰で私は、この処方薬剤師免許取得コースで、感染症を専門にしている学生たちとも繋がれ、色々な情報交換ができるようになった。

ヤスミンには、感謝してもしきれない。

 

何だかんだで、ヤスミンとは今回、処方薬剤師免許取得コースで最も親しいコースメイトとなった。

色々聞くと、薬科大学生の頃は、WHOでインターンをしたり、英国の医療ガイドラインを作成しているNICEの学生代表として活動していたそう。最近は英国王立薬学協会の倫理委員会に所属していたり、高校生へ向けて「薬剤師」の仕事をアピールする講演もしている。

ヤスミンが、自分が今、HIV 専門薬剤師として働いているのは、自身の祖国やバックグランドが大きく影響している、と語った英国の薬学雑誌の記事

 

今回、数年のブランクを経て再会し、彼女の温かい人柄と薬学に対する情熱に、尊敬の念を新たにしました。

 

そんなこんなで、2022年1月、私は処方薬剤師免許取得への第一歩を踏み出したのであった。

 

この「処方薬剤師免許取得への道」はシリーズ化で、続きは次回へ続きます。

 

では、また。