このエントリはシリーズ化で、前回の話はこちら(⬇︎)になっています。
2022年1月初旬から、大学院での授業が始まった。毎週火曜日に丸一日を費やして行われ、3月末まで続いた。
通常であれば、大学キャンパス内での教室にて行われるものであったが、新型コロナウイルス (COVID-19) の影響で、ほぼ全てのセッションが、オンラインに切り替わった。
今回と次回(予定)のエントリでは、私が受けたこれらの講義(全9分野)のハイライトを振り返ってみたい。
これを読めば、ロンドン大学キングスカレッジ「英国処方薬剤師免許取得コース」の授業内容が丸分かり! というダイジェスト版です(笑)。
講義1:英国薬事法規
英国内には現在、薬剤の安全性に関するさまざまな条例が定められている。でも、最初の発端となったのは、1960年代の「サリドマイド薬害事件」からの教訓だった、ということを知り、衝撃を受けた。
それから、講師から突然「薬とは何ぞや?」という質問が投げかけられ、皆でディスカッションする時間が設けられた。
「病気を予防したり治療する物質」
「薬理学的・免疫学的・代謝的作用により、生理機能を本来の状態に限りなく正常に戻したり、修正させたりするもの」
「医学的診断に用いるもの」
といった見解が上がった。これを職業としているにも関わらず、今まであまり深く考えたことがなかったことについて改めて言語化してみることって面白いな、学生の醍醐味だよね、と実感した瞬間(とき)だった。
英国の医薬品の3分類「POM」「P」「GSL」の違いとか、「PGD」とは何か? とか、処方箋の実践的な書き方の解説もあった。この「薬事法規」の講義は、処方免許取得を目指す看護師さんたちとの合同セッションであったため、薬剤師にとっては常識中の常識的な事項も学習内容に含まれていた。
「POM」「P」「GSL」「PGD」については、過去のこれらのエントリ(⬇︎)もご参照下さい
英国の処方せんの書き方のルールにご興味のある方は、こちら「British National Formulary (通称 BNF) = 英国国家医薬品フォーミュラリー」の前章部分をご参照下さい。大学院での講義も、ここで書いてあることを要約した内容でした。
それから「処方者」とは;
「患者さんのまだ診断されていない、もしくは、既に診断された病態の診察を行い、臨床判断を下し、治療選択の一つとして、必要とあらば、処方を行う人」
と、英国保健省が(仮)定義していることも教わった。その根本には;
「ただ紙切れ(=処方箋)に薬の名前と用法を書いて、それを患者さんに渡すだけが『処方』じゃない。診察を通し、自身の知識と技術を最大限に用い、深い洞察力を通して、できる限り患者さんとの合意の上で行うものである。だから、処方自体は、医療行為のたった氷山の一角でしかない」
ということを、徹底的に叩き込まれた講義となりました。
ちなみに英国内で、医師・歯科医師以外の医療従事者でも薬の処方ができるようになる「処方免許」は、「独立型処方者 (Independent Prescriber)」か「補足型処方者 (Supplementary Prescriber)」の2種に分かれている。
というのは、2000年代中盤に英国内で初めて「処方免許」が制定された際、まずは「補足型処方者」(のみ)として発足したから。でも、そのわずか数年後「独立型処方者」が導入されたため、現在、英国で開講されているほぼ全てのコースは「独立型処方免許取得課程」となっている。だから、近年「補足型処方者」だけの免許を保有して仕事をしている人って、皆無に等しい。
じゃあ、「独立型処方者」と「補足型処方者」の違いって、何なの? と問われれば、
「クリニカル・マネジメント・プラン」を作成するか(=補足型処方)、しないか(=独立型処方)の違い
と一言で言い表すことができる(と、私は、この講義を通して理解した)。
クリニカル・マネジメント・プランとは、特定の薬剤治療を行う患者さんに対し「この用量のこんなスケジュールで行う」といった治療計画がきちんと記載された用紙。もし症状が悪化した・重篤な副作用が発現した際には「どの時点で専門医に引き継ぐか」という点についても明記される。処方者・専門医・患者さんとの間で合意し、カルテの一部として保存される(実例下⬇︎)。
大抵の場合、取り扱いの難しい薬に適用する。私の訓練中での例を挙げれば、勤務先の病院で「感染症専門医の承認なしには開始できない抗生物質」ではあるものの、処方自体と治療経過のモニタリングは、私自身が自信を持って行えるものに利用した。
ちなみにこの「クリニカル・マネジメント・プラン」、最初はどんな形式で書いていいのか分からず、途方に暮れた。でも色々と調べていくうちに、この本(リンク⬇︎)の中に、実例がいくつか掲載されていることを知り、それを参考にして作成した。
こちら、英国内の「医師・歯科医師以外の医療従事者による処方実務」について書かれた本の中で、最も簡潔で読みやすい「決定版」だと思います(出版されたのは 10 年以上前なので、内容は多少古くなってきていますが。。。)。
英国オックスフォード大学出版社から刊行されているこのポケットサイズの医療参照本(⬆︎)は、どれも実用的なものばかり。以前、このシリーズ本について書いたエントリは、こちら(⬇︎)からどうぞ。
講義2:処方者の免責問題とクリニカル・ガバナンスについて
処方者として医療事故を起こした場合、どのような罪に問われるのか? ということが解説された講義だった。
大きく分けて4つ : 「職能団体」「雇用先」「刑事法」「民法」により裁かれると。
特に、自分の専門以外の薬を処方して事故が起きた場合、裁判ではほぼ間違いなく敗訴するであろうから、「やるな」という警告が強調された。
それから「処方免許」を取得した途端に、毎年払う職業賠償責任保険料がさらに高額になることを知った。とほほほほ。。。。(苦笑)
英国の薬剤師は、免許登録・維持費、そして職業保険など、毎年多額の出費となっています。そんな話は、以前のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ
それから「クリニカル・ガナバンス (Clinical Governance) 」についての解説。
近年、日本でも導入されているとのことですが、これ、言い表すのがなかなか難しい概念だと思う。
元々は、英国国営医療サービス (NHS) が、重大な医療事故を防止しつつ、持続的なサービス向上を図るために行なっている資材投資の「全て」を総括したもの、という考えだった。
具体的に言えば、「医療安全管理」「患者さんからのアンケート結果によるサービス改善」「医療の質を向上するための調査・研究」「従業員の教育・訓練の徹底」「EBM (エビデンス・ベースド・メディシン) の実践」「人材管理」「コミュニケーション」「チームワーク」「リーダーシップ」などなど。
でも、その中で最も重要なのは「安全管理=医療事故の防止」。
英国では、ちょっとした「ニアミス」でも、皆すぐに「インシデント・レポート(事故届け)」を書く。国営医療サービス (NHS) 全体で統括された報告専用ウェブサイトがあり(スクリーンショット⬇︎)、そこで匿名で詳細を記載することにより、第三者が中立的な立場から「どうしてそのようなことが起こったのか?」を徹底的に分析・調査し、大事故に至るのを防いでいる。そしてほぼどの病院にも、薬剤師の専門職として「医薬安全管理専門薬剤師」というポストが設定されている。
ちなみに「処方ミス」は、大概;
「個々の患者さんの情報・状況に熟知していない(過去の病歴とか薬歴とか)」
「処方する薬に対しての知識不足」
そして
処方コンピューターや組織内のマニュアル不全による「システムエラー」
が3大要因である、ということも、この講義の中で学んだ。
講義3:「ポリファーマシー」
処方者というのは、患者さんに次から次へと薬を供給し「薬漬け」にする役目ではない。如何にして、薬の服用・使用を最小限に抑え、回復に向かわせることこそが、評価されるべき腕前の一つだ、ということを学んだ。
この授業の中での、最大のメッセージは;
薬を処方する際には、常に、
「いつ、次の治療の見直しをするか?」
「いつ、この薬を中止することができそうか?」
という『終わり』を想定しながら行いなさい、ということだった。
これ、特に、私の専門分野 = 抗生物質の長期投与が必要な骨髄炎(通常4−12 週間の治療期間が必要となる)では、ホントに大切。あまりに長期に処方し続けたら、耐性菌の発現や、クロストリジウム・ディフィシル腸炎の危険性が出てくる。でも、治療を早々と打ち切ったら、症状がぶり返すかも知れない。途中で、薬剤の剤型を注射から経口薬に変更し、患者さんの軽減を少なくするといったこともできるけど、その「時」を見極めることこそ「処方のプロ」である、ということを改めて認識した。
講義4:「公衆衛生」
あと、処方者として、患者さんのライフスタイルや予防医学についても積極的に介入すべき、ということも学んだ。「薬の処方以外の治療法も取り入れる」という考え。
例えば、禁煙とか、肥満防止とか、栄養バランスの取れた食事とか、適度な運動を奨励するとか、アルコールを飲み過ぎないとか、心の健康へのアドバイスとか。
私の専門の「細菌性骨髄炎」の大多数の患者さんは、糖尿病由来の足潰瘍が悪化した方々。栄養状態が悪くて傷が治りにくいとか、心疾患も抱えているのに相変わらず喫煙している人も多い。これらのアプローチは、ホリスティック・ケアとして重視すべきものであることを、改めて認識。
それから、この「公衆衛生」の講義の中では、貧富の差、人種、そして各人の生活様式も大きく異なるロンドンでは、住むエリアによって寿命も顕著に変化するという統計(⬇︎)も示された。
例えば、世界中から観光者が訪れる超高級デパート「ハロッズ」周辺(→各国の大使館が立ち並び、代々からの貴族やアラブ系の富豪が好んで住んでいる)の住民の平均寿命は、なんと 90 歳。
一方で、私が英国に来て最初に住んだ、ロンドン大学の本部並びに各カレッジが密集している、ロンドン中心部の文教エリアの平均寿命は 79 歳。10年以上の差がある。そう言えば、学生以外は、発展途上国からの移民、浮浪者、薬物中毒者、売春婦の多いエリアだったなあ。。。と、昔の記憶を、ふと思い出した。
ロンドンは、地域によって住む人々の階層や雰囲気が凄まじく異なる、という事実については、以前、こちらのエントリ(⬇︎)でも書きました。
この「ロンドン大学キングスカレッジ・処方薬剤師免許取得コースでの授業のハイライト」は、次回へ続きます。
では、また。