日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

処方薬剤師免許取得への道(11)フィジカルアセスメント実習

 

このエントリはシリーズ化で、前回の話はこちら(⬇︎)になっています。

 

2022年1月から9月まで、ロンドン大学キングスカレッジにて大学院のコースを履修し、処方薬剤師免許を取得した課程を振り返るシリーズとなっています。

 

大学院での理論的な講義と並行し、2022年2月から3月にかけて、臨床診断の基本を学ぶ実習も行われていった。

俗に言う「フィジカルアセスメント」というもの。問診・視診・触診・打診・聴診などを通して、患者さんの症状の初期判断が行えるようになるというのが、学習到達目標だった。

学生一人一人が、それぞれの処方専門分野に特化した診断技術を、自身のラーニング・コントラクトを通して提案したが、それは各自の職場で、指導医師などから学んでいく(例えば、私の場合、足の潰瘍の視診とか)。一方、大学院での実習は、フィジカルアセスメントの基本中の基本とも言える「心臓血管系」「呼吸器系」「消化器系」の手技を学生全員で学び、それをOSCE で合否判定されるという仕組みだった。

ラーニング・コントラクトって何? という疑問のある方は、過去のこちらのエントリ(⬇︎)をどうぞ。

現在、英国では、病院薬剤師の緊急医療室への進出の可能性が議論されている。そのため、ナースプラクティショナーと同様な役割を薬剤師も担えないかということで、ロンドン大学キングスカッレジは、英国内の数ある処方薬剤師免許取得コースの中でも全国に先駆けて、この「フィジカルアセスメント」の実習を、数年前からそのカリキュラムに取り入れ始めていた。

ちなみにこの処方薬剤師免許取得コースで実施された OSCE のフィジカルアセスメントは、この大学の医学校の3→4年生の進級試験と全く同じ内容であるとのこと。医学生が恐らく1年間かけて習得する内容を、現役の薬剤師である私たちはパートタイムの学生として、わずか2ヶ月弱でマスターするという密度の濃い時間となった。

このフィジカルアセスメント実習は、ロンドン大学キングスカレッジ医学校キャンパス(写真下⬇︎)で行われた。私が渡英した最初の年に、海外薬剤師/大学院生として実習をしたガイズ病院という所に隣接しており、20年以上の時を経て、自分の原点であるこの場所に、再び学生として戻ってきたことを、とても感慨深く思えた。

ロンドン大学キングスカレッジ医学校・ガイズキャンパスの臨床実習室棟

私のこれまでの道のりで欠かすことのできない「ロンドン・ガイズ病院」についてご興味のある方は、こちらの過去のエントリ(⬇︎)もどうぞ

私が23年前、英国へ移り住むきっかけとなった、ロンドン大学薬学校の臨床薬学・国際薬局実務&政策修士コースについては、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ


さて、このフィジカルアセスメントの講義・実習の教官は、オウレリア先生という、スコットランド人医師だった(写真下⬇︎)。現役時代は外科医をしていたが、引退後は大学の教員となり、学生にフィジカルアセスメントを教えているとのこと。

オウレリア先生は、ロンドン大学キングスカレッジ医学校の名物先生。英語もスコットランド訛りが強く、日本人で例えるとすれば、関西系のおばちゃんを彷彿とさせる言動と風貌。教え方も豪快でした(笑)。

 

最初は、問診の際の質問の仕方や、さまざまな症状のシナリオに沿ったロールプレイ練習、そして身体の機能や解剖学、フィジカルアセスメントの基礎などを講義で学んだ。

ちなみに、英国の医療現場で問診を行う際は「SOCRATES(ソクラテス)」がキーワードだということを、私はこの実習を通して初めて知った。

 

これ、どういう意味だと思います?

 

S (Site) - 身体の部位:「どこが痛むのか?」

O (Onset) - 始まり:「いつ頃から始まったのか?  急に始まったのか? それとも徐々に起こってきたのか?」

C (Character) - 性質:「どんな痛み・症状だと言い表せるか? チクチク痛むとか、鈍痛とか」

R (Radiation) - 放散・広がり:「その痛みや症状は、他の部位にも広がっていくような感じがするか? 例えば、狭心症や心筋梗塞を疑うのであれば、胸部以外にも首の方に痛みが広がっていっているようなことがあるか否かとか」

A (Associated symptoms) - 「他にも症状はあるか? 息切れとか吐き気とか」

T (Time) - 時間経過:「その痛みは、時間が経つにつれ、変化してきているか?」

E (Exacerbating/Relieving factors) - 悪化・軽減する要素:「何か、自分で症状を軽くできたか? 例えば、鎮痛剤やニトログリセリン舌下剤を使用して症状が改善したとか、横になると痛みが悪化するとか」

S (Severity) - 度合い:「痛みを1(弱) −10(強) 段階化するとすれば、今、どれほどの痛みであるか?」

 

を明らかにするように、患者さんへ問うていくのが鉄則だ、と。

 

これらのポイントと質問の順番を覚えやすくするために、ギリシャ人哲学者「ソクラテス (SOCRATES) 」(写真下⬇︎)をもじっているのでした。

こちら、ロンドンの中心地にある大英博物館に展示されている「ソクラテス像」。このコースが無事終了した後、合格のお礼を言いに(笑)、この博物館を 7-8 年ぶりに訪れました

 

ところで、フィジカルアセスメントを学ぶにあたり、オウレリア先生から勧められたのは、以下の2つの教材だった。

まず一つ目は「MacLeod's Clinical Examination」。フィジカルアセスメントの教科書としての英国内でのバイブル本(リンク下⬇︎)。でも高価な本だし、各自で購入する必要はないと断言された。各臓器別にフィジカルアセスメントに必要な医療用語が要約されているページがあり、その箇所だけを大学の図書館でコピーし、本番の OSCE ではそのポイントを網羅し、点数を確実に取るため(だけ)に使用しなさいとの助言だった。

 

もう一つ、MacLeord より遥かに有用であったものは、こちらの 「Geeky Medics(リンク下⬇︎)」。現在もなお現役の家庭医として働いている英国人医師が、自身の医学生時代に立ち上げたこのサイト、世界中の医療を学ぶ者へ向けて、特に OSCE 試験に対応した実用的な教材を提供している(一部有料ですが、大半は無料で利用可)。このサイトのクオリティの高さは、本当に驚愕モノ。このサイトを知れただけでも、こちらの大学院の処方薬剤師免許コースに入学してよかったな、と思えたほど。

ロンドン大学キングスカレッジは、この Geeky Medics の「心臓血管系」と「呼吸器系」のフィジカルアセスメント実技を学べる動画を公式教材としている。実際に大学院内で行われたフィジカルアセスメント実習では、実習室内の大型スクリーンで、学生全員で以下の実技ビデオを観てから、「じゃあ、学生同士でペアかグループになり、同じことを練習をしてみましょう!」という流れだったから。

 

ただし、本番の OSCE 試験では、自分が患者さんに行っているフィジカルアセスメントを、一言一句、きちんと言語化して患者さんや試験官に説明することにより、採点されるとのことだった。その点では、Geeky Medics の実演ビデオは、演者が無言でフィジカルアセスメントをしている箇所が多く、あまり参考にならなかった。

それで、私自身「どうやったら医療現場特有の言い回しを学びつつ、患者さんと明確にコミュニケーションを取って、フィジカルアセスメントができるかな?」ということを徹底すべく、自分で YouTube から探し出し、繰り返し観て学んだのが、こちらのオックスフォード大学医学部の学生たちが作成していた動画シリーズ(リンク下⬇︎)。ぶっちゃけ、私の OSCE 本番でのパフォーマンスは、ほぼこちらのビデオの女性そっくりの物真似だったと言えます(笑)

 

で、学生たちがペアやグループになり(写真下⬇︎)、フィジカルアセスメントの実習練習が始まったのであるが。。。

色々なコースメイトの方々と話しているうちに、このコースを履修している半分以上の学生が、直近の家族の中に誰か一人は医師がいることを知った。そのような者たちは基礎知識があるのか、皆、自信を持ってフィジカルアセスメントの練習に臨んでいた。親戚中を見渡しても医療従事者がほぼ皆無の私は、初っ端からオタオタとまごつき、劣等感を持ったというのが正直なところだった。

私といつもペアになったヤスミンも、お姉さまが外科医だ。彼女は用意周到で、このフィジカルアセスメントの実習初日に「家にあったお姉さんのスペア」という聴診器すら持参していた。その聴診器を貸してもらうと、実習室内で学生用に共有されていたものより、格段に性能が良い。常々、他の人より聴力が劣っていて、勘違いを引き起こしやすい私(→と勝手に思い込んでいる。笑)は、その日の帰宅後、すぐにAmazonで、ヤスミンが使っていた聴診器と同じもの(リンク下⬇︎)を、自分用にとポチった。

医師の必需品であるはずの聴診器、英国ではほぼ100%の医師たちがこちらのブランドのものを使用しています。さまざまな色違いのものを取り揃えているけど、黒が一番人気。

元同僚、そして、この処方薬剤師免許取得コースで劇的に再会した「ヤスミン」については、以前のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

 

ところで聴診器を使う時って、その「向き」に気をつけなければならなかったのですね。耳に当てる部分の裏表を間違えると、外耳にグサリと突き刺さり、めちゃ痛いっ!(泣)

 

そんなことも分かっていなかった、私のフィジカルアセスメント実習の「初歩」だった。

 

このフィジカルアセスメント実習の続きは、その成果を評価された OSCE 実地試験の話として、次回へ続きます。

 

では、また。