日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

ロイヤルバレエ団ダンサーと英国国営医療 (NHS) 薬剤師の類似点

 

今回のエントリは、前回(リンク⬇︎)からの続きとなっています。

 

先日「くるみ割り人形」の公演を観て考えた、ロイヤルバレエ団のダンサーたちと、英国薬剤師との類似点について、さらに具体的に紹介していきたいと思います。

 

1)トップに上り詰めるのは、ごく限られた人たち

前回のエントリでも紹介しましたが、階級の頂点であるプリンシパルになれるのは、バレエダンサーにしても、薬剤師にしても、ほんの一握り。

でも、誰もかれもが「王子様とお姫様役を踊る」ポジションを狙っている訳でもない(らしい)。ロイヤルバレエ団の中でも、才能に限界を感じた者や、年齢・家庭環境の変化に応じて「群舞専門」に徹している人たちもいると聞いたことがある。「職業ダンサー」として名門バレエ団で踊り、安定した収入が保証される立ち位置である。

バレエの経験を活かし、女優やモデルに転向する者もいる。ハリウッド女優ダイアン・クルーガーは、10代の頃、ロイヤルバレエ団の附属学校で学んでいたが、怪我で中退。その挫折があったから女優になれたと、後に語っている。

薬剤師の実例を挙げると;

私自身、今年で、英国で薬剤師になって 10 年を迎える。現在の職場では、直上の先輩が5年上、直下の後輩が2年半下。その間、恐らく350名ほどのさまざまなバックグラウンドを持つ薬剤師が入局し共に働いたが、ほぼ全員去っていった。より良い病院へ転職した者もいるけれど、大学病院の急性期分野での臨床薬剤師として働き続けている者は、非常に稀。

特に女性の場合、ある時点までは医療の最前線でバリバリ働く(きたがる)けど、結婚・出産を機に、定刻通りに帰宅できる業種(→典型例:調剤室や人材管理マネージャー)へ自ら移行する者も多い。バレエの世界で群舞チームや裏方に徹する、という働き方と同様であろう。

そういえば、ロンドン郊外の病院で長年薬剤師をされている、 Tomoko さんという古くからの知人がいる。私が知る限り、英国国営医療サービス (NHS) に勤務している日本人薬剤師の中で、最長のキャリアをお持ちの方。ロンドンの病院薬剤師たちの間でも、知る人ぞ知る方なのであるが「責任の重いプリンシパル、しかも英国人たちをマネジメントする仕事なんて、私には無理」とおっしゃり、過去 20 年近く一度も転職をせず、同じ病院でシニア薬剤師(治験業務専門)をされている。周りの誰もが、主任レベルの人だと認めているのに、本人が昇格を固辞しているという非常に珍しいケースであるが、それも一つの働き方なのである。

キャリアの選択は、バレエも薬剤師も、さまざまだと言えます。

 

2)「トウシューズ」と「緑色のペン」は職業的必須アイテム

ロイヤルバレエ団の至宝と称えられた吉田都さんが、NHK のドキュメンタリー番組の中で「衣装は(他人のものを)借用できるけど、トウシューズは自分のものでないと(踊れない)」と語っておられた。自らの手で細部に渡るまで、トウシューズをカスタマイズしているシーンがとても印象的だった。

英国の薬剤師にとっての職業的必須アイテムは「緑色のペン」。医療現場で何かを記載し自分のサインをするのに、緑色のペンを使用するのが通例で、皆それぞれ、自分が使用するペンには、相当なこだわりを持っている。

この話、私がこのブログの初エントリとして書いた内容でもあります。宜しければ、こちら(⬇︎)も合わせてお読み下さい。

私が使用しているのは、フランス BiC社 の4色ボールペン。この会社のもので英国で売られている製品は大抵、胴体が水色のもの(リンク下⬇︎)なのだけど、私は日本人としてのアイデンティティからなのか「ハローキティ」の模様のついた特別仕様のものを愛用している(写真下⬇︎)。大袈裟な言い方だけど、これ以外のペンを使用すると、自らの臨床薬剤師としての思考回路が途切れてしまうというか、勘が冴えなくなる気がして、いつも肌身離さず持ち歩いている。紛失した時に慌てないよう、予備の同一ペンも必ず仕事用バッグに入れて、常に持ち歩いている。

f:id:JapaneseUKpharmacist:20220211064648j:plain

私の職業的必需品「緑色のペン」。このハローキティのペン、毎日使っていくうちに、絵柄が取れてしまうのが残念なのだけど。。。バレリーナのトウシューズと同様、私も英国で薬剤師になって以来、このペンを数え切れないほど買い換えています

英国の全国津々浦々の文房具屋に必ず在庫している「BiC 4色ボールペン」の標準仕様のものは、こちら(⬇︎)です。

 

3)怪我・病欠によるキャスト、臨床薬剤師の病棟担当変更は日常茶飯事

バレエダンサーに怪我はつきものだという。観客がチケットを購入する際に「この主演ダンサーの踊りが観たいから!」と楽しみに購入したものでも、突然の怪我により、その公演は代役になったりする。

薬剤師も一緒。医療現場にいる以上、市井で普通に暮らす人よりは、感染症などの危険により晒されている。

私が毎朝出勤すると、まずチェックするのが、薬局内のコミュニケーションボードに張り出された「シフト表」だ(写真下⬇︎)。毎日ほぼ必ず病欠の人がおり、割り当てられていた仕事が変更されているから。

f:id:JapaneseUKpharmacist:20220124034626j:plain

シフト表の変更を見て、内心「あ〜あ」とため息をついている同僚たち。でもこういった突発的な事態にどう冷静に対応していくかで、各薬剤師の人となりやプロフェッショナリズムといったものが問われたりもする

実は私、先月「シフト表作成当番月」だった。「リーダーシップ訓練」という名目で、病院内の臨床薬剤師たち全員のスケジュールを管理する役。各薬剤師のローテーション業務や職能レベルと専門、それぞれの有給休暇日や当直明けの代休、ミーティングや勉強会の時間などの予定を考慮しながら、誰がどの病棟を担当するかの割り振りをしていく。どんなにぬかりなく予定を組んでも、当日誰かが突然病欠となれば(=事実、オミクロン株の流行で、自主隔離しなければならない同僚が相次いだ)、シフト責任者である以上、自らがその「穴埋め役」の筆頭になるという、つらい任務だ。

実際、2週間連続で金曜日に、通常2人が常駐している外科入院(トリアージ)病棟の臨床薬剤師たちが両者とも突然欠勤となり、私一人でその業務を急遽引き受けることになった。朝9時からスタートし、昼食15分を挟んだだけで、終わったのは夜の8ー9時。地獄の沙汰以外の何ものでもなかったな。。。

でもこれ、考えてみたら、ロイヤルバレエ団員も同じような労働スケジュールなんだよね。ダンサーたちは、朝から練習をスタートし、数々のリハーサルをし、公演が終わるのは9−10時頃。にも関わらず、その疲れを微塵も見せずに、観客を夢の世界に引き込ませるあの舞台には驚嘆以外の言葉が見つからない。

だから「このプロフェッショナリズム、薬剤師の仕事にも応用できるのでは?」ということで、私、最近突然、バレエにはまりだしたのだと思います。

 

4)ダンサー同士、薬剤師同士、カップルになりやすい

この度、ロイヤルバレエ団のダンサーたちについても色々と調べてみたのだけど。。。

プリンシパルダンサーの多くが、同じバレエ団内の元・現団員たちとカップルであることが判明!!!

朝から晩まで、ほぼ同じ人たちとレッスンを受け、リハーサルをし、一緒にいるので、他の場所での出会いは、ほぼないのではないかと思う。しかも、バレエの演目って、恋愛もののストーリーが多いし、感情移入しやすいのでは、と(ムフフフフ💞)。

かく言う英国の薬剤師同士も、非常にカップルになりやすい職環境です。

薬局の調剤室とかで大勢で一丸(=バレエでいうと群舞)となって働くことも多いけれど、遅番とか、週末勤務とかでは、特定の限られた人と働く(=バレエでいうとペアや少人数で踊る)ことも多く、気になる人と親密になれるチャンスにも溢れている。ジュニア薬剤師たちの卒後教育の院内担当チューターは、ちょっと上の先輩薬剤師であることが多い。教えを請うていくうちに、あれ? この人、いい人ぢゃない。。。?! って感じで、恋愛感情に発展していくこと多いからなあ。。。。(キャーーー😍😍😍!!!)

そんな実例は、以前、こちらのエントリ(⬇︎)でも紹介しています。

 

5)華やかな舞台の裏での過酷な訓練

ダンサーたちは天から授かった才能に加えて、常人が想像だにしないレベルの努力をしている。

小さい頃憧れだった森下洋子さん(→1977年の現英君主エリザベス女王即位25周年記念ガラに、ヌレエフの相手役として客演。よって、英国ロイヤルオペラハウスの舞台で踊った最初の日本人バレリーナのはず)が、こう言っておられたのを覚えている;

「クラスの中で一人だけできないということが多々あった。でも家で何度も何度も練習したらできるということが分かって、ここまでやってきた」と。

大変僭越ながら、私自身も、臨床薬剤師としては全く同じスタイル。元々、頭の良い方では決してない。でも、浮き沈みが激しい英国の病院薬剤師の世界で、どうしてこれまでやり続けてきたのか? と聞かれたら;

「人より桁はずれの数の症例や処方を日夜なく見てきて、その一つ一つをその時の自分が持てる限りの力を尽くして考え抜いてきたから」

としか答えようがないです。

f:id:JapaneseUKpharmacist:20220212013359j:plain

努力の跡を微塵も感じさせない華やかな舞台の裏には、凄まじい練習量がある

私、これまで色々な人から「才能がない」と言われ続けてきました。でも相変わらず「練習と努力」をしぶとく積み重ねています。そんなエピソードの一つは、こちら(⬇︎)のエントリにも記しています。

 

6)精度が命

吉田都さんが、リフト後の着地をミリ単位の正確さで行なっているという話を聞いた。そうしなければ、次の動きにスムーズに移れず、お客様をファンタジーの世界に誘い込めない。それより何より自身が怪我をし、ダンサーとしての生命を絶たれると言って。

これまた大変僭越ながら、私も似たところがある。こと仕事に関しては、自分でも「偏執狂」と言えるほど。一人一人の患者さんの薬剤治療の可能性をとことん考え、抜かりなく回診の準備し、そして「執念」とも言える姿勢で実践している。私生活は打って変わってぐうたらな人なんだけど(笑)。

職場の上司・先輩薬剤師たちは、たとえ私が欠勤してもそのカバーは「他の人と比べて半分の労力で済む」と言って下さっている。薬剤治療上の問題は、前もってほぼ解決されているし、不在中にやっていただきたいことを「誤解が生じる余地のないほどクリア」に伝言してくれているから、と。

私、先月から週1日、大学院へ通い始めました(リンク⬇︎)。そのため通学日には、自分が通常担当している病棟は、上司もしくは他のプリンシパル薬剤師に代理をお願いしてもらっています。

 

7)完璧でない環境で最善を尽くし、失敗やアクシデントから立ち直る精神力

実は、私が今回観た公演の日の前夜、ロイヤルオペラハウス全体が停電になり、舞台に大きな影響が出たとのこと。

また、オミクロン株の影響で、この公演自体も、なんと半分の日程が中止に追い込まれ、リハーサルを重ねていたにもかかわらず踊れなくなったダンサーたちが続出したそう。

そのため、私が観た千秋楽の日は、大幅なキャスト変更が行われ、フィナーレにはロイヤルバレエ団のプリンシパルダンサーたちが総出演するという豪華絢爛なものとなった。

でも、その最中のことであった。

主要ダンサーの一人が、最終幕で、転倒してしまったのだ。

全く予想外の出来事で、転んだ際の

「ドッスーーーーーーン!!!!!」

という大きな衝撃音が劇場中に響き渡り、観客全員が

「あっ!」

と悲鳴を上げた。舞台は生ものであるということを、目の当たりにした瞬間だった。

でも、そのダンサーは瞬時に立ち上がり、何事もなかったかのように踊り続けた。

そして、その後の彼女の踊りの素晴らしさと、作り物とは到底思ぬ満面の笑顔(→実際には、負傷と言えるほどの状態であったはずです)に、私は「あれ? さっき、このダンサーが転倒したのは、夢の中での出来事だったのかな?」と錯覚してしまったほど。

彼女は、自分の失敗を逆手に取り、観客にマジックをかけたのだった。

 

薬剤師の私も、時にミスをする。新人の頃に比べれば、その頻度は稀と言えるけど、それ故に、起こった時のショックはより一層大きい。

以前は、そんな失敗をする度にこの世の終わりであるかのごとく悩み、その事象を反芻しては後悔していた。

でも、この世に完璧なものなんてない。人間だし、間違える。臨床現場にいる以上、医療事故とは常に隣り合わせだ。中には不可抗力的に起こるケースだって、山ほどある。

大切なのは、患者さんへ(さらなる)被害が及ばぬよう、即、アクションが取れること。そして、そこから何を学び、未来へ活かしていくかなのよね。

 

今回、ロイヤルバレエ団の公演を観て、いろんなことを考えた。

 

では、また。

 

f:id:JapaneseUKpharmacist:20220211031933j:plain

英国ロイヤルオペラハウス・メインステージ入り口。今回の公演にあまりに感動し、これからもいろいろな演目を観てみたく、ロイヤルバレエ団のスケジュールを公式ウェブサイトでちょくちょく覗くのが癖になってしまいました(笑)