去年の年末から新年の初めにかけて、新型コロナウイルス (COVID-19) に感染・発症し、数週間欠勤した。
その時の記録は、こちら(⬇︎)から。計3話のシリーズとなっています
で、復職後の1月中旬から関連病院内を異動。担当になった古巣の一般内科病棟は「コロナ・セントラル」とも呼ぶべき、院内最悪の激戦地(写真下⬇︎)と化していた。
英国内での感染・死亡者がピークを記録していた頃でもあり「これ、いつの日か人類の医療史を振り返った時の『決定的瞬間』となり得るのでは?」という光景を目の当たりにする毎日。
そんな日々の中、特に個人的に記憶に残ったことを、今回のエントリでは、忘備録として書き記したいと思います。
ちなみに、私が以前この病棟で働いていた時のことにご興味のある方は、これらのエントリ(⬇︎)もどうぞ。わずか1年の不在期間に、一緒に働いた医師は誰一人として、そして看護師さんも半数ほどしか残っていなかった。これぞ教育病院の宿命。
1)患者トリアージ
復職第一日目、薬局に足を踏み入れたとたんに、副薬局長に呼び止められた。「ちょっと、私のオフィスに来て欲しいんだけと」と。
(私、何かしでかしたんだろうか。。。。)と恐る恐る、ドアをノックすると、こう告げられた。
「まだ公式には発表されていないんだけど、恐らくあと1−2週間後、英国国営医療サービス (NHS) は史上最大の危機を迎えることになる。で、あなたに、うちの病院の臨床薬剤師チームの代表として『患者トリアージ』の構築と試行をやってもらいたいんだけど」と。
このままだと「医療崩壊」も起こりうる。その対策として、このところ際限なく膨れ上がっている入院者数に対し、限られた人数の医療従事者を有効に活用すべく「どの患者さんを優先させるか」を、現場臨床薬剤師の観点から選別して欲しい;
要するに「ふるい分けの実際の方法を考えてくれ」との命であった。
英国の病院では、チーム医療が発達しているため、最悪の状況下では、臨床薬剤師が毎日見なくてもいい患者さんもいらっしゃる。
例えば、新型コロナウイルスで入院してきた、普段は健康で若い患者さんの場合は(→大抵の場合、常用薬なし)、最初はほぼ「酸素 +/- 気管支拡張吸入薬・デキサメサゾン・プロトンポンプ阻害薬 ・2次性細菌感染としての肺炎への抗生物質」での治療となるので、医師たちのみで対応できるであろう。臨床薬剤師としては2−3日毎の見直しで可、とか、
一方で、既往症がたくさんあり、例えば、入院後、ある時点から絶食・絶水している患者さんへは、いつ回復するかを注意深く観察し、重要な常用薬(例:抗凝固薬、パーキンソン病薬など)は、元通りに戻すタイミングを見極める、そして、それらがきちんと投与されているかなども、毎日チェックすることが必要;
といった具合。
そんな、実際の病棟現場の状況を数日間、次から次からへと運ばれてきた患者さんのケースを具体的に熟考しながら、急遽作り上げたのが、こちら(⬇︎)
ちなみに、私の病院は(幸い)持ちこたえ、この「ふるい分け表」は使わずに済みました。
2)助かる見込みは 50:50
英国内の新型コロナウイルス (COVID-19) による死亡者数が史上最悪のピークを記録した週、全33病床のこの病棟では、ほぼ毎日「3分の1が死亡、3分の1が集中治療室 (ICU) へ移動、そして、残りの3分の1を無理やり退院・転院させる(→もっと重症な患者さんが、院内の緊急医療室に押し寄せていたので)」という状態だった。集中治療室へ移動した者の生還率は約1/2だったから、私がこの時期に関わった患者さんの実に半分が亡くなった概算となる。
どんなに頑張って働いても、一日中息をつく暇がなく、残業もたくさんし、くたくたになって帰宅して、バタンキューで寝て、翌日起きてすぐ出勤すると、前日以上の患者さんが膨れ上がっているというやるせない状況。
この頃は、ほぼ毎時間、病棟に「棺桶」がやってきた。
英国の病院では、人が亡くなると、霊安室からむき出しの簡易的な棺桶がやってきて、病棟から運び出されるのが常です。それを初めて目にした時の衝撃は、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ
一刻も早く集中治療室に移動させなければならない患者さんと、亡くなった患者さんを迎えにきた棺桶と、緊急医療室からストレッチャーで運び込まれてくる新しい患者さんが病棟内で入り乱れ、各搬送者たちが口々に「どけ、どけ、どけ!!!」と言う轟声が響く中、
「これほどの生き地獄を、かつて見たことがあっただろうか?」
と、私は心の中で泣いていた。自身が生還したばかりの時でもあったので、このような光景がデジャヴのように感じられ、正直、心的外傷後ストレス障害になるのではないかと懸念した。
今、世界中の人が目の前のことに必死に戦ってるので、あまり注目されていないけど、新型コロナウイルス (COVID-19) に関わった医療従事者たちの心の健康って、後年、色々と問題が出てくるのではないかと思います。
3)暴言を吐く患者さん
新型コロナウイルス (COVID-19) は間違いなく、患者さんの精神状態を変化させます。
私自身もそうでしたし、今回、入院患者さんの色々なケースも見ました。その一例を、ここに紹介しましょう。
今までは全く精神障害の既往がない方だったのに、
「ナース!、ナーース!!、ナーーース!!!、ナーーーース!!!! カモーン、何で来ないんだよ。。。💢 コノヤローーーー💢💢!!!!!、おい、誰か来いよ。。。💢💢💢!!!!!! ナース!、ナーース!!、ナーーース!!!、ナーーーース!!!! カモーン、何で来ないんだよ。。。💢 コノヤローーーー💢💢!!!!!、おい、誰か来いよ。。。💢💢💢!!!!!! ナース!、ナーース!!、ナーーース!!!、ナーーーース!!!! カモーン、何で来ないんだよ。。。💢 コノヤローーーー💢💢!!!!!、おい、誰か来いよ。。。💢💢💢!!!!!! ナース!、ナーース!!、ナーーース!!!、ナーーーース!!!! カモーン、何で来ないんだよ。。。💢 コノヤローーーー💢💢!!!!!、おい。誰か来いよ。。。💢💢💢!!!!!! ナース!、ナーース!!、ナーーース!!!、ナーーーース!!!! カモーン、何で来ないんだよ。。。💢 コノヤローーーー💢💢!!!!!、おい、誰か来いよ。。。💢💢💢!!!!!! 」
といった口調で、一日中、叫んでいた。
かなりご年配の方で、私自身、新型コロナウイルス感染中は、声を出すことすら無理な状態だったため「よく、叫ぶ体力があるなあ。この人は絶対大丈夫。生還する」と確信しました。ちなみにこの患者さん、その時 40 度近くまで発熱していたんですよ。
で、実際に看護師が彼の病室に入ると、その叫びはピタリと止むのでした。やはり、人恋しかったのでしょうね。。。。でも、このパンデミックで、病棟スタッフの誰もが、未だかつてないほどの激務。この患者さんだけに構ってはいられませんでした。私も「ナース」ではなかったものの、あまりの断末魔的な叫び声に、何回かは「大丈夫ですか?」と声をかけたものの、やはり、この方へ四六時中対応していると、当然、やらねばならぬ仕事ががどんどん滞っていき。。。。
で、この患者さん、叫び声が枯れてくると、病人食が供された際の金属製のカバー(写真下⬇︎)を、フォークで楽器のごとくガンガン叩き始めた。金属の軋むキンキンとした音が、病棟中に鳴り響きました。
このような患者さんの「暴言」と「金属音」を絶え間なく聞かされれば、業務への集中力は薄れるというものです。その日の終わりに、この病棟のスタッフの誰もが、体力的にも精神的にも限界となった。さらには私の場合、その後の数日間も「ナース、カモーーン、コノヤローーー💢!!!」の叫び声と「金属のキンキン音」が、耳の鼓膜にこびりついて離れなくなってしまった。。。。
幸いにこの患者さん、後日、精神的にはすっかり正常に戻った。新型コロナウイルス感染からも見事に回復したけど、入院で寝たきりとなり筋力が衰え、多少歩行障害が起きてしまったため、療養型病院への転院が決まった。
普段はとても上品な英国人紳士なのであろう。別れ際、スタッフ皆に、
「すみませんでしたねえ。ご迷惑をお掛けしました」と深々と謝罪をしていた。
自分の言動を(うろ)覚えていたのであろうか。。。?!
4)死にゆく人への薬歴確認と持参薬の整理
普段から「地獄病棟」という別名がつけられていた場所であるが、正真正銘の「地獄絵」ともいうべき状態になっていった。
運び込まれてきた患者さんの中にはすでに息も絶え絶えで、医師でない私が一目見ただけでも「あ、死相が現れている。明日の朝までもたないだろうな。。。」という方も多くおられた。
そのような患者さんに対しては、もう薬歴確認なんてしなくてもいいのでは、と思う。でも、そういう方に限って、危険度の高い薬剤を服用していたり、品目数も多かったり、緩和ケアチームの手配も(まだ)されていなかった。すると(もし)患者さんが生き延びた場合、「あの薬も、この薬も足りない!」と当直薬剤師が呼び出され、最悪の場合、真夜中の出動にもなり、私は翌朝、非難されるであろうという悩ましい状況になるのであった。
だから、小心者の私はほぼ例外なく、その日のうちの業務は、その日のうちに片付けて帰宅した。当然、残業量が半端なく膨れ上がっていった。
ある日の終業時間直前に、一人の患者さんが高齢者ホームから入院してきた。山のような持参薬と共に。医師たちもすでに帰宅しており、緩和ケアチームの介入もなかったため、一人で薬歴を一から確認し、持参薬の整理をし、全てを片付けたら、小1時間があっという間に過ぎ去っていた。
で、翌朝出勤すると、私が昨晩、ひとつひとつ片付けた薬の山が、病棟内の医療用廃棄ゴミ箱に入りきれず、ずさんに放置されている(写真下⬇︎)のが目に入った。
一瞬にして(ああ、あの患者さん、天に召されたんだな)と。
薬剤師として、そんな「不毛な業務」を毎日、毎日、繰り返す日々だった。
5)死への準備
本来であれば、英国の医療史上最悪の日となるであろうと警告されていた日(2021年1月18-19日頃)。その予測は(ある意味)外れ、私の病棟では、緩和ケア患者さんの数がピークに達した。半数ほどの方が積極的治療を打ち切り、「最期の薬」のシリンジドライバー(写真下⬇︎)に切り換えたのであった。
突如として大量の麻薬が必要となった。病棟麻薬庫に入り切れないほどの在庫を、大急ぎで用意した。
病棟は一気に、遺体安置所前室とも言うべき、静まり返った空気となった。
英国の緩和ケアとこの分野で使用される薬剤にご興味のある方は、以前のこちら(⬇︎)のエントリもどうぞ
そんな中、婦長さんが「新しく作成されたパンフレット」(写真下⬇︎)だというものを山ほど抱えてやってきた。
亡くなられた患者さんの近親者に配布する「死別ガイド」とも言うべきもの。病院周辺の葬儀社数軒からの寄付金によって製本されたらしい。
あまりに現実的な事象を目の辺りにし、病棟のスタッフは皆、一瞬仕事の手を止め、このパンフレットを読み入った。
そして「そうだなあ。。。もし私たちが死んだら、臓器提供、どうする?」などと、真剣に話し合った。
はなはだ「究極」を行く毎日だった。
この「コロナ・セントラル」病棟で働く日々のことは、次回へ続きます。