日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

最近の英国国営医療サービス (NHS) ストライキ中に起こったこと、考えたこと(上)

 

日本でも報道されているはずなので、ご存知かも知れませんが;

最近、英国では、どこもかしこもストライキの嵐が吹き荒れている。

代表的なところでは、鉄道、地下鉄、バス、郵便局、小学校教師、などなど。

 

私が勤務する英国国営医療サービス (= National Helath Service, 通称 NHS。英国最大の公務員団体)も昨年末から、看護師が断片的にストライキをしていた。さらには、先々月と先月、研修医たちが2度ほどストライキを敢行。そして、先月末には、看護師たちが再び、ストライキに突入。

今回のエントリでは、そんな中、私自身が医療現場の最前線で目の当たりにしたことや、そこで考えたことについて「薬剤師目線」で書いてみたい。

将来、振り返った時の忘備録として。

英国国営医療サービス (NHS) については、こちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

 

1)入院患者さんはさほど影響を受けていない

今回、研修医たちのストライキが予告 (初回:2023年3月16日と17日) されると、私が勤務する大学病院の経営上層部は対策を練った。

最大の懸念は、ご年配の医局長の中に、院内の電子医療コンピューターの使い方を熟知されていない方がいるということだった。通常、日々の病棟回診というのは、こういった大先生が研修医や薬剤師、看護師を引き連れて患者さんのベッドサイドを廻りながら診察をし、治療方針を決定。その指示の元に、研修医が、電子医療コンピューターを用いて薬の処方をしたり、検査オーダーを出したりするという流れ。

ということで、ストライキ中、薬剤師は研修医の仕事の一部(=薬の処方)を請け負う、もしくは、処方コンピューターシステムの IT サポート役となる、ということになった。それに合わせて、私たち臨床薬剤師たちの病棟配置も大幅に変更された。私は、病院内でも「全く処方コンピューターの使い方を知らない」高齢者ケア専門の大御所の先生2人の病棟で働くことになった。

で、このストライキ中は。。。

いつもは素っ気ない大先生たちに、ここぞとばかりに「薬剤師さんっ! 薬剤師さんっ!」って頼りにされましたよ。

そして、高齢者病棟の薬剤師の仕事って楽だなあ、と改めて感動もしました。私は普段、急性一般内科を担当している。忙しさのレベルも、患者さんが生死を争う状況も、全く異なる環境だからね。

それでも私は、高齢者病棟より急性期内科で働く方が好きです、という話は、以前、こちらのエントリ(⬇︎)で書いています

あと、人手(=研修医)がいないと、IT を使いこなせない大先生方は面倒臭いのか、薬がやたらめったらに処方されないということにも気づいた。現代の医療は「患者さんのため」と言いつつ、医療従事者の私たちは、患者さんを不必要に薬漬けにしているのでは。。。? という考えに至りました。

これはほんの一例ですが、英国の病院では、入院患者さんが「気分が落ち込んでいます」と一言呟くだけで、 即座に抗うつ剤の SSRI が処方され、とっとと出ていってくれと言わんばかりに退院させられる。それが、国の医療ガイドラインが奨励する「最も経済効果のある治療」であり「最も効率の良い病院運営」だから。患者さんの問題を根本から解決しているとは言い難いのだが。。。でも、医療現場はあまりに忙しすぎて「患者さんの話をじっくり聞き、薬剤に頼らない治療を提供する」といったことが、実行しにくい環境にある。ちなみに現在、英国で最も頻用され廉価な SSRI である「シタロプラム (Citalopram)(日本未発売) 」のジェネリック薬の1ヶ月分の原価は、日本円換算わずか 40 円程度です。

 

でもね、この研修医たちのストライキで、実際に最も被害を被ったのは、間違いなく、外来患者さんであったはず。医局長レベルの大先生方が四六時中、病棟で働かなければならない状況となり、英国中の病院のほぼ全ての外来診療がキャンセルされたから(注:医局長レベルの先生たちは、通常、朝一番で病棟の回診を行い、午後に自分の専門分野での外来患者さんを診察をするというスケジュールになっています)。

英国では、患者さんが専門医に診てもらえるのは、普通、数ヶ月待ち。それが、今回のストライキでさらに延期されることになった。ということで、この研修医たちのストライキは、英国の医療サービスに、確かに大きな打撃を与えたはずです。

 

2)派遣医師と働くということ

研修医たちの2回目のストライキは、約一週間続いた (2023年4月11日 - 4月16日) 。その期間は、ちょうど「イースター(キリスト教の復活祭 = 英国では『春休み』を指す。本年度は4月7日 - 10日でした)」の直後に行われたため「研修医の先生たち、賃金の値上げのみならず、長めの休暇が欲しかったんだな」という意図があからさまだった(写真下⬇︎)

こちら、英国の研修医が今年2回目のストライキを起こした時 (2023年4月中旬) に、私が勤務する病院の正門でデモ示威をしていた医師たちの写真。世間の春休みの時期と重なり、このストにより棚ぼた的に得られた休日と併せて海外へ休暇に出掛けてしまう者も多く、実際のデモに参加している研修医は 10 名にも満たない人数でした

 

この時は、薬局のスタッフも多くが休暇を取っていたため、私は、通常担当している急性内科病棟に加えて、入退院患者さんの入れ替わりが激しい整形外科病棟も担当した。

で。。。

もんのすごく、忙しかったです。。。。 あまりのプレッシャーに、私自身、毎日、偏頭痛が止まらなくなった。

この期間、私が担当した病棟で働いていたのは、ほぼ全員「ローカム (Locum) 」と呼ばれる非常勤医師たちだった。人材派遣会社に登録し、病院内で人材が不足している時だけ働く先生たち。研修医から専門医へ昇格したくてもそのポストが得れず、時機を待っている「浪人医師」であることが多い。日雇いの場合もある。

正規の研修医たちの代わりとして急遽手配された、寄せ集め集団のような医師たちであったが、案の定、処方コンピューターシステムの使い方に精通していないとか、患者さんの病状に熟知していないが故の危険なミスが多く、薬剤師の私は、その対応と後始末に、毎日、膨大な時間を費やすことになった。

ああ、これが「研修医のストライキ」ってもんなんだな、と、現場で切に実感しました。

 

3)思いがけない再会

でもそんな最中、ものすごく嬉しいこともあった。

以前一緒に働いたシニア研修医「スティーブン先生」(写真下⬇︎)との再会だった。

こちらの通称「地獄病棟」(⬇︎)にて長期に渡って一緒に働いた先生の一人です。

アイルランドのトリニティカレッジ(→首都ダブリンに所在するアイルランド No. 1 の医学校のはず)を卒業してから、どういう訳だか英国へやってきて、このロンドン郊外の病院で働いていた医師だった。

英国の医学校卒業の研修医たちと比べても遥かに優秀で、人柄も素晴らしかったため、病棟スタッフの誰からも頼りにされていた。英国で働く外国出身の医療従事者の多く(→私も含む)は、無意識ながらも「自分の母国の医療分野での大使」となり得るような心持ちで、日々働いているんじゃないかな。私も、スティーブン先生と出会うまで、アイルランド出身の医師と働いたことがなかったけど、彼の働きぶりを見て「アイルランド人医師って、きちんとした医学教育・訓練を受けていて、ものすごく優秀で、患者さん一人一人と温かく接しているな」という見方を持った、という具合に。

ありがたいことに、スティーブン先生も、英国国営医療サービス (NHS) で働く稀有な日本人薬剤師の私のことを信用して下さり、一緒に働いていた頃は毎日「マイコ〜、教えて!」と患者さん一人一人の薬剤治療についての助言を求められた。冗談混じりながらも「マイコ以外の薬剤師は要らないよ(=他の薬剤師のアドバイスは聞きたくない)」といった、身に余るような言葉を頂いたこともある。

他にも、忙しい病棟での仕事の合間に、互いの心の琴線に響くような話をすることがあったり、週末のプライベートな時間に、ロンドン市内の公共バスの中でばったりと出くわしたりしたこととかもあったため、あれ? 何か(不思議な)縁のある人なのかな。。。 と思っていた。

でも所詮、研修医というのは、一定の訓練期間を経ると、皆、去っていく人たちだ。スティーブン先生は、その後、関連病院の入院トリアージ病棟へ移っていったが、いつの間にか、消息が途絶えていた。

来ては去っていく研修医の先生たちとの出会いと別れについては、過去にこちらのエントリ(⬇︎)でも書いています。

 

で、今回の研修医ストライキ中のある朝、担当の急性期内科病棟へ行くと、

「マイコ!」

と呼び止める人がいた。聞き覚えのあるアイリッシュアクセントの声に振り向くと、何とそこに、スティーブン先生がいたのだ。

近況を聞くと「この一年間、休みを取っていたんだ。世界を旅しながら、時々、英国へ戻って、派遣医師として働きつつね」と話してくれた。そして「今日1日だけ、この病院で働く」と。

しかも、

「実は、ボク、日本での休暇から帰ってきたばかりなんだよ。いつも日本へ行ってみたいと思っていた。で、マイコと働いた後、さらに日本に興味を持ってね」と口にしたのだ。

もうね、あり得ないこの再会に、びっくりでした。

スティーブン先生は、その日「日雇い医師」ながらも、その病棟の全ての患者さんの病状の詳細を完璧に把握していた。通常、病棟に何人かの医師が働いている場合、そして派遣医師である場合は特に、「私の担当患者じゃないから」と言って、必要最小限の仕事以外やりたがらない人が多い。でも、スティーブン先生は、どんなスタッフからのどんなリクエストも笑顔で引き受け、即対応していた。本当に優秀な医師というのは、いつ、どこで、どんな条件で働こうと実力を発揮できるんだな、ということを目の当たりにし、私自身、自分の薬剤師としてのあり方を顧みて、襟を正すような思いだった。

しかもスティーブン先生は、忙しかったその日の終わりに、他の医師たちが帰宅してしまった後も病棟に居残って残業をしていた私を見つけ、そこで、長々とおしゃべりをすることになった。

そして、

「多分、今年の秋から、オーストラリアで働くことになると思う」

と打ち明けてくれた。

その言葉で(なるほど)と全てが繋がった。恐らく、日本での休暇がてら、オーストラリアにも行き、就職面接を受けたのだろう。一年間の休みと言いつつ、世界中を旅しながら、人生の次のステップ、すなわち、英国外への移住を計画し、準備した年だったのだ、と。

英国で研修医がさらなる上のポスト、すなわち、専門医→医局長を目指すのは狭き道だ。でも、英国で訓練を受けた医師がオーストラリアで働くと優遇され、それまでの3倍の収入になると聞いたことがある。

「今度はいつこの病院で、派遣医師をする予定?」

と聞くと

「今週末からまた休暇で、アメリカへ行くんだよね。次にもし働くとしたら、5月かなー」

と言いながら、別れた。

 

その日以来、彼の姿を、病院内で見かけていない。

また会えるかどうか分からないけど、将来、この地球上のどの国で働こうと、この先生の輝かしい未来と成功を祈っている。

 

こういった誠実な先生に診てもらえる患者さんは、世界広しと言えど、本当にラッキーだよ。

 

私がこれまで最も長期かつ密に働いた研修医だったのに、スティーブン先生の写真はこれしか残されていなかった。新型コロナウイルスのパンデミックの最中に、複雑な退院の手配が必要であった患者さんについて、事務スタッフと真剣に話し合っていた時の様子 (2021年夏頃撮影)

 

「最近の英国医療サービス (NHS) ストライキ中に起こったこと、考えたこと」は、この他にもまだ書ききれない話があるので、次回へ続きます。

 

ちなみに、英国国営医療サービスの「研修医ストライキ」は、来月中旬にも再々度、予定されています。

 

では、また。