日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

最近の英国国営医療サービス (NHS) ストライキ中に起こったこと、考えたこと(下)

 

このエントリは、前回(リンク下⬇︎)からの続きとなっています。

数ヶ月前から英国国営医療サービス (NHS) で起こっている、研修医や看護師のストライキの中、私が実際に目の当たりにしたことの記録です。

 

4)当直勤務中に起こった大惨事

今年の4月、平日の夜間当直薬剤師業務を担当し、あり得ない事態に対処することになった。

午後8時頃ポケベルが鳴った。表示された内線番号から「緊急医療室」だなと、即、応答すると、電話口の看護師さんから開口一番、

「緊急医療室内で、解熱鎮痛剤のパラセタモール(=アセトアミノフェン)の静注剤(写真下⬇︎)の在庫がゼロよっつ💢💢💢!!! 今すぐ持ってきて!!!」とものすごい剣幕で怒鳴られた。

パラセタモール静脈点滴剤。日本でアセトアミノフェンと呼ばれる解熱鎮痛剤は、英国ではパラセタモールという一般名になっています

普段、当直薬剤師は、薬局上層部から「当直業務はできるだけ自宅にて電話対応し、『出動(=解決のために病院へ出向き、時間外に働くこと)』はするな」と言われている。『出動』すると、その当直薬剤師へ、時間外勤務手当を支払わなければならなくなるからだ。でもそれで『出動』せず、後で苦情が来てトラブルになったりすると、当直薬剤師は責められる。「どうして、出動しなかったの?」と言われてね。その線引きが、本当に悩ましいところ。

遡ることその数週間前、やはり緊急医療室で夜間に、パラセタモールの錠剤の在庫がゼロになってしまったということがあった。その対応に、その日の当直薬剤師が電話口で「今晩だけ、外科病棟の在庫を借りてください」と返答したところ、そこで働く看護師さんたちの怒りが爆発。大問題に発展したため、今回、私は「出動」することにした。

で、自宅から病院に駆けつけ、薬局内の医薬品倉庫を開け、大量のパラセタモール静注液剤を荷台に載せ配達すると。。。。

 

そこで働く看護師さんたちから、さらなる苦情の嵐を、面と向かって受けることと相なった。

なんと、緊急医療室の備蓄薬庫の品目のほぼ全てが品薄になっていたのだ。

 

ちなみに、英国の薬局スタッフは「薬剤師」「テクニシャン」「アシスタント」と階級化されている。それぞれの役職で業務がきちんと定められており、こういった医薬品の大量供給(=払い出し)は、通常、アシスタントたちが行なっている。しかしながら、そのアシスタントたちが週3回行うべきはずの「緊急医療室への医薬品補充」が、日中に行われていなかったのだった。

余談になりますが、私が 20 年前、英国で最初の就職活動をした際、薬局の仕事であればどんな職種でも構わないと医薬品倉庫専属ファーマシーアシスタントの職に応募したところ「あなたには、不相応な仕事です」という理由で不合格になりました。その時のエピソードにご興味のある方は、こちら(リンク⬇︎)のエントリもどうぞ。

夜間に病院内でたった一人の薬剤師として当直業務をしていた私には、その時点では、なぜそんな事態になってしまったかの理由が(全く)分からなかった。でも、看護師さんたちの怒りを目の当たりにし、やむを得ず、夜中に一人、病院の薬局の倉庫を駆けずりまわり、大量の医薬品の補充をすることになった。本来の当直業務である、病院中の各部門の当直医師からの臨床的な質問や、病棟勤務の看護師さんからの個々の入院患者さんの医薬品請求にもポケベルで対応しながらね(号泣)。

私は、英国で薬剤師になる前は、ファーマシーテクニシャンとして働いていたので、こういった「供給・払い出し作業」も、他の薬剤師よりは迅速に行なえる。それでも結局その日は、朝の9時から休みなく働き、この緊急医療室への「医薬品充填」作業が終わったのは午後11時でした。

夜間に一人、薬局倉庫に入り。。。

大量のパラセタモール(=アセトアミノフェン)静脈注射剤箱が、配達されずに、倉庫の片隅に置き去りにされているのを発見。。。

その晩は、この他にも、在庫がなくなりかけていた重い点滴輸液とかを、緊急医療室と薬局を何度も往復しながら配達しました。病院中からの絶え間ないポケベルの呼び出しに同時対応しながらね(泣)

 

で、なぜこんな(あり得ない)ことが起きたのかと言えば。。。

私の病院の薬局倉庫で働くスタッフ(=主にアシスタント)は、現在、人手不足。人員を増やしてくれと要求し、もし、それが不可能であれば「緊急医療室をはじめとする各病棟への医薬品補充は、これ以上できませんし、やりません」と訴えていたのであった。そして今回、彼らの上司であるテクニシャンが休暇中で、監督者不在ということもあり、ついに業務を放棄。いわば、薬局内でのストライキであったと言えよう(→予告せず「業務放棄」したため、当直薬剤師の私はおろか、薬局上層部もこの件に関し、何も知らされていなかった)。

繰り返しになるが、英国の薬局スタッフは「薬剤師」「テクニシャン」「アシスタント」と階級化されており、仕事の権限や給与額の点では、薬剤師が最も上の地位にいる。でも意見や要求の強さという点では、立場が真逆となるのが常。これは、英国の階級社会に深く根づく普遍的な傾向だと見受けている。

テクニシャンやアシスタントたちは大抵、定刻通りに帰宅できる。大概の者は、残業はほぼせず「どうせ、薬剤師が、後始末をやるでしょ」と、終業時間になれば何もかもほっぽり投げて立ち去るというスタンス。一方、薬剤師たちは、彼らがやり残した業務を最後まで片付け、サービス残業も多く、夜間・週末の当直もし、プライベートな時間もキャリアアップのため、さらなる資格の取得を目指し卒後教育の勉強に費やしているのが現状。

薬剤師は確かにテクニシャンやアシスタントよりはるかに高額の給与ではあるけれど、時間外勤務や仕事全般に伴うストレス、そしてその私生活への影響を考慮すると、時間給換算では、テクニシャンやアシスタントとほぼ同じかそれ以下なのでは。。。? と思うこともあります。

 

でも、この危機を、当直薬剤師としてうまく乗り切ったことで、私は、翌朝、薬局長と副薬局長から「本当によくやった」とのお褒めの言葉を頂いた。

「災い転じて福となす」。私自身、自分のこれからのキャリアの方向性で重大な局面を迎えていた最中での出来事だったので、本当に嬉しかったです。

 

5)救命の遅れ

その後も、看護師たちが2日間連続でストライキをした4月の最後の週末に、私は当直勤務を担当した。

病院の当直業務に従事している方々には、理解してもらえると思うのだが、当直中は神経が昂っていて、不眠症になりがち。夜中に何度も何度も呼び出されると、ようやくそれが落ち着いていざベッドに横になっても「次は、いつ呼び出されるんだろう。。」という不安から、なかなか寝付けなくなる。

で、その日、ようやくうつらうつら眠りだした午前3時15分、再度、けたたましいポケベルの音に叩き起こされた。

「『アセチルシステイン注射』の処方と投与について確認したい。助けて!!!」と。

その緊迫した声に、ああ、自殺未遂者が運び込まれたな、と一瞬で目が覚めた。

パラセタモール(=アセトアミノフェン)の大量服用への解毒に用いられるアセチルシステイン注射については、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

でも、電話口の向こう側の看護師さん、明らかに英語が母国語ではない方で、話していることを聞き取るのに苦労した。恐らく「ストライキに参加しない、非英国人の良心的な方」であったのだろう。

その看護師さんの話を要約すると、解毒のためにアセチルシステインの連続静脈注射をしなければならなかったところ、ストライキ中の看護師人員不足から2回目と3回目の間に 、何と10 時間の間隔が空いてしまった。それで、

「どうしたらいい?」

という質問であった。

 

どうしたらいいも何も。。。

失った時間は取り戻せない。

しかも、コンピューター上の電子処方箋も明確に処方されておらず、なるほど、電話口の看護師さんが困惑して、私の元に連絡が来たのも頷けた。

 

兎にも角にも、誰か、その処方箋の書き換えをお願いできる当直医師がいないかとその看護師さんに探してもらうと、電話口に出てくれたのは、なんと、私がいつも日中、一般内科病棟で一緒に働いている先生の一人だった。目下、家庭医になるための研修の一環として、病院での訓練を1年間限定で行なっている、この国では珍しいほどに仕事熱心で心優しい女医さん。

電話口で、互いに「先生、こんな時間に何やってるんですか?!」「マイコこそ、何やってるの?!」と。

処方も、即座に、正確に書き換えてくれた。

本当に感謝だった。

 

幸いにもその患者さん、パラセタモール(=アセトアミノフェン)の血中濃度は安全値に戻っていたことが確認できたため、私は電話口の看護師さんに「とにかく今すぐ、アセチルシステイン静脈注射を再開して下さい」と伝えた。後は、肝機能不全に陥らないことを祈るしかなかった。

 

なるほど。。。ストライキで病院に十分な人数の看護師が居なくなると、救命医療行為もこういう具合に遅れるんだな、と思い知らされたケース。

 

<最後に>

前回の研修医ストライキ中 (2023年6月 14 日ー17 日) に配られた「無料ランチ」(写真下⬇︎)。

ストライキに参加しない者への労いというものなのでしょうか。研修医が毎度ストライキをするたびに、私が勤務する病院ではこのような「昼食」がスタッフ全員に配られる。

ベーシックなサンドイッチとミネラルウォーターのみだけど(笑)

 

では、また。