日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

病院内サービス全稼働週間 (All Systems Go Week)

 

先々週末のことだったのですが。。。。

すごいことが起きた。

 

それは、その数日前、私の元へ突然、ポケベル(写真下⬇︎)が鳴ったことから始まった。

普段は滅多に呼び出されない内線番号からだった。

(あれ? これ、副薬局長室からだ。私、何かしでかしたんだろうか。。。?)

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見慣れない内線番号からのポケベルでの呼び出しは、いつも恐怖です。。。(笑)

 

恐る恐る、電話をかけるとこうであった。

「ああ、マイコ、あなた、今週末、当直担当よね?」

「はい」

「あのね、今週、病院内で『サービス全稼働週間 'All Systems Go Week'』をやっているの、知っているわよね」

「はい」

「でね、突然なんだけど、今、病院経営陣からの通達で、この『サービス全稼働週間 'All Systems Go Week'』を月曜日から金曜日のみならず、週末も含めてやってみようという話になっているのよ」

「え?!」

「それを受け、薬局は、今週末に限り、土曜日は午前9時から午後5時半まで開局することにする。日曜日も午前10時から午後5時まで開局することにする。スタッフの人員も増やして、そのうちの数人は、入院(トライアージ)病棟で働くことにもする」

「うわああああああああーーーーー(待ってました。この時をーーーーーっつ)!!!」

 

この状況を説明すると;

現在、英国国営医療 (NHS) 病院の薬局の多くが、週7日開局に移行している。そうしなければ、病院全体のサービスが廻っていかないほど、薬局の需要が増え続けているから。

でも、私が現在勤務する病院薬局は、未だに土曜日は半日(午前10時から午後2時半)、そして日曜日は(公には)開局していない。

なぜ、週7日開局が実現できていないのかって? 

それは;

「薬局に、土日分のスタッフが十分雇えるほどの予算がない」から。

 

で、その開局していない時間に薬が必要になった患者さんにはどうしているかというと、全て(の苦情が)、当直薬剤師に降りかかってくる。

だから、夜間や週末は、ポケベルが鳴り止まない。一般的な対応としては、入院患者さんへの薬が必要で、病院内のどこかに在庫がある場合は、そこから使ってもらう。退院薬の場合は、患者さんは入院時、持参薬を持ってくるので、薬の変更がなければ、そのまま退院させる。でも、薬の変更があった場合(→大抵の場合は、変更される。そうでなければ、入院は必要なかったであろう)で、PGD (ペイシェント・グループ・ダイレクション) と呼ばれる予製された退院薬が病院内にない場合は、薬剤師による調剤が必要。

PGD (ペイシェント・グループ・ダイレクション) についての詳細は、過去のエントリのこちら(⬇︎)もどうぞ

でも、薬局の上層部からは「当直薬剤師はできるだけ、時間外に薬局へ来るな」と言い渡されている。というのは、実際に「出動」すると、その仕事に費やされた時間を代休として与えなければならず、ただでさえ人員不足の組織がさらに苦しくなってしまうし、当直薬剤師としても、睡眠時間が削られ疲労困憊し、翌日の仕事のパフォーマンスにも響くので(もちろん、患者さんが本当に生死を争うような状況で、緊急に薬が必要な場合は、出動します!)。

だから、各病棟から「退院薬が必要」と連絡が来ても、当直薬剤師が臨床的に判断し、1−2回分(下手をすれば丸一日分)の薬を服用しなくても大丈夫そうであれば「月曜日の朝一番で退院薬を用意しますので、取りに戻ってきて下さい」と言い渡し、調剤を断ることが多かった。でもこれ、明らかに患者さんの薬剤治療としてベストではなく、当直薬剤師たちも、良心の呵責に苛まれること多々。

そして、月曜日の朝に、通常のスタッフが出勤すると、皆、当直薬剤師が残した仕事の山に仰天し、憂鬱、時に、怒り心頭になる。これ、週7日開局すれば、容易に回避できる状況なのに。。。

でも「予算がない」ばかりに、私が現在勤務する大学病院では、約800病床+緊急医療室へ来る患者さんを、時間外は当直薬剤師がたった一人で対応してきた。

この状況、もうとっくの前から、限界状態であった。

 

で、今回、病院経営側で「『予算』を度外視し、病院内のサービスが『全て理想的に 'All Systems Go' 』に稼働したら、どんな効果が現れるか? そして、そこで好評だった部署に、実際に予算を与える」というコンテストをすることになったのだ。

薬局としては「病院内の限られた数の病床を有効に回転させるためには、退院薬を速やかに、安全に供給して、一刻も早く患者さんを退院させることが不可欠。だから今回、週末も普段の平日と同様に薬局を開局し、全ての患者さんに退院薬を定刻通り用意し、入院中の患者さんの薬も全て薬局内から直接供給する。そして、それがどんなに病院全体にとって(有難い)ことなのかを他の部署に知らしめ、今後は週7日開局できるように、病院内の限られた予算を、ウチに廻してもらおう!」ということになったのだ。

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英国の特にご高齢の患者さんの退院の際は、この写真(⬆︎)にあるような病院の簡易救急車で、自宅まで無料で送り届けます。その予約・発車時刻に間に合うよう、医師と薬局スタッフが協働して退院薬を準備することが、病院全体のサービスを効率よく廻していく上で欠かせません

で、副薬局長からは;

「でね、マイコ。今週末のために、すでに、私、10名以上の臨時薬局スタッフを確保した。最も重要なのは、土曜日は、あなたが現場総司令官よ。日曜日は、私が指揮をするから、日中は、あなたは自宅待機で身体を休めていい。午後5時の閉局後から、当直勤務を再開してね」

(ええええええ?!。。。。ってことは。。。。私、土曜日の晩、どんなにポケベルで叩き起こされても、日曜日に昼寝できるんだ。。。。。。やったーあ!!! 💖)

「あの。。。。これって、ひょっとして。。。事実上の、週7日開局に向けての『リハーサル』ってことですよね?」

電話の向こう側での、一瞬の沈黙の後、

「その予算がもらえるかどうかは、今週末のあなたと私の腕にかかっている。任せたわよ。うまくやりなさい」

と。

(ひょえー。私、責任重大ぢゃん。。。。(汗))

  

で、土曜日、出勤すると;

通常、土曜日勤務は5ー6名程度の少数メンバーで働くのに、この日はなんと「チーム麻衣子」のために、16人の薬局スタッフが到着していた。

副薬局長が、あらかじめ、このように(⬇︎)毎時間ごとの各人の仕事の担当を決めていたので、私は、処方せんの臨床監査をしながら、皆がその時間表に従いスムーズに仕事をしているかをまとめる役だった。

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軍隊のごとくきちんと役割分担が決められた時間割。ちなみに、英国の病院薬局用語で「Screen」は臨床処方せん監査、「Dispense」は調剤、「Check」は最終監査、「Hatch」は薬局受付、「Stores」は医薬品倉庫、そして「Escalation ward」は冬場などに病院が患者さんで膨れ上がると臨時的に病床数を増やすべく開設される特別病棟を指します

でですね;

この「薬局の7日無休開局」の試み、私も想像だにしていなかったほどの抜群の効果をもたらしたのです。

 通常の土曜日勤務って、こんな感じなのですが(⬇︎)

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人員不足のため、調剤されても、最終確認できる人がおらず、ぐちゃぐちゃに放り投げ出された監査台

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今回は、最終監査する人を常在させたので、監査台もスッキリ!

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病院内のいたる所から次々と発行される退院処方せんも。。。

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臨床処方せん監査ができる薬剤師が複数いるから安心

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臨床監査が済んだら、後は、アシスタントとテクニシャンに全て任せる。調剤ラベルをひたすら作成するアシスタントと

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それを引き継ぎ、正確に調剤をしていくファーマシーテクニシャン


それぞれに、役割が明確に分担されたため、プレッシャーが軽減され、とても助かりました。

調剤室業務って、結局は、マンパワーなんだよな、と再確認した次第。

しかも、今回は、史上初の試みで、週末に、薬剤師とファーマシーテクニシャン数人が、入院(トライアージ)病棟でも働いた(写真下⬇︎)。新患の薬歴聴取や、突然退院が決まった患者さんの退院薬の準備も、病棟内で片付けてくれたので、患者さんの薬剤治療の安全性がより確実なものになりました。

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週末も、病棟薬局サービスを提供した

でもね;

今回、自分で「総指揮官」を務めてみてつくづく感じたのですが、リーダーシップとか、マネジメント力を発揮するって、難しいですね。特に、英国の職場では、ルールを守る人、言った事をきちんとやる人、ほとんどいないからね(爆笑)

実は、この土曜日の夕方、ほぼうまくいった日だったなあと安心しきって、皆が帰宅した後、薬局の施錠を始めたら、最後の最後になって。。。

誰も「本日の麻薬在庫請求」の最終監査をせず(写真下⬇︎)、病棟に配送していなかったことを発見。。。!!!(号泣)

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麻薬庫室の中で、すっかり忘れ去られて放置されていた本日のオーダー(泣)

何で、麻薬の調剤を放り投げて、スタッフ同士申し送りもせず(平気で)帰宅してしまえるのか。。。? その神経、本当に理解できない(激怒)。でもね、これぞ英国らしい働き方の典型とも言える。皆、残業が大嫌いで、「報連相」ゼロの国だからね。。。ここ(苦笑)。

 

結局、この後始末を、当直薬剤師である私が一人でやらねばならなくなった。そのお陰で、この日は(ほぼ)12時間連続立ちっぱなしの勤務になりました。。。とほほほほ

 

でも、翌日の日曜日の開局中は、日中からバスタブに浸かり、ゆっくりと過ごせたので、言葉にできないほど至福な時を過ごせました。私、いつも当直中は、シャワーは10分以内、髪は洗わないと決めている。その最中・直後に出動命令が入り、湯冷めした身体と濡れた髪で外出することになると、確実に風邪を引くから。当直業務は、クオリティ・オブ・ライフとは、まるで無縁の世界だ。

それに、今回の当直中は、なんと夜中に一度も起こされず、3晩連続7時間以上の睡眠が確保できたのでした。これ、私自身、当直チームに加わるようになって以来3年半の間で、初めてのことだったのです。

 

で、無事終わったこの週末当直業務の後の月曜日の朝、いつになくすがすがしい顔で出勤すると、ポケベルが鳴った。再び副薬局長からだった。

「マイコ、結局、あなた、先週末、いくつ呼び出しがあった?」

「3日間で、計9件でした」

「えーーーっつ(嬉々)!!!!!」

副薬局長も感嘆の声を上げたほどの劇的な状況好転だったのです。昨年の今頃の統計では、当直薬剤師たちは週末、平均50-60件呼び出され、皆、毎晩2ー3時間の睡眠だったので。

一年前は、こんな感じ(⬇︎)でした 

 

言うべき時が来たな、私、この時を逃したら、絶対後悔すると思って、敢えて口にした。

「あの。。。副薬局長、私たち、絶対、週7日開局にすべきです。病院内全体のサービスの向上、患者さんの薬剤治療の安全性、そして、私たち当直薬剤師たちの労働条件も、これで劇的に改善されます。

そうすれば、ここ数年ずっと揉めている『薬剤師全員参加型の当直システム』に変更しなくても、現行の当直薬剤師の人数でも廻していけるとも思います。その方が、薬局全体の経費としても、安く抑えられるはずです」 

「。。。分かった。来週、来年度の病院予算委員会があるのだけど、今回の成果を全面に押し出し、是非予算を確保し、実現するようにしましょう。まだまだ、道は長いけど」

と。

私が勤務する病院で、長年話し合われている「当直業務問題」については、過去のこちらのエントリ(⬇︎)も合わせてどうぞ

 

この副薬局長、「やる時は、とことんパワーを出す人」。

新卒薬剤師で入局した頃は、とても怖くて「物申す」ことができるような人ではなかった。でも、最近は、彼女の方から事あるごとに、私に「率直な意見」を聞いてくる。

というのは、数年前、やはり病棟薬局サービスを改善しようとした際、その調査・実行チームの一員に私を選んでくれ、私が草稿したレポート(写真下⬇︎)で、見事、病院内の予算を獲得できたから。それ以後、この副薬局長さん、私の考えを「現場の声」として尊重してくれているのだ。

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数年前に私がチームの中心になり作成したレポート。病棟に薬剤師・テクニシャン・アシスタントを完備すると、どのような効果が得られるかを調査した。医薬品の無駄な廃棄が抑えられ、患者さんの薬剤治療の質が向上し、退院薬調剤にかかる時間も短縮され、病院スタッフ全体の負担も軽減されることが分かり、薬局スタッフの人数を増やす資金調達に成功した

私にとっても、今回の経験は、自分がチームを先導していく立場となり、16名の者たちでさえまとめるのがどんなに大変なことかも痛切した。私が現在勤務する病院薬局には、約120名のスタッフがいる。その全員を日々動かしている副薬局長への尊敬の念を新たにした機会でもあった。

 

もうすぐこの病院で働き始めて丸6年。

 

カタツムリの前進のような速度だけど、状況は、確実に良い方向に向かっている。そして、その向上に直接関われているのが、楽しい。

 

いつか、この病院薬局が一流となるのを見届けたい。

 

では、また。

 

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今回の週7日開局で、薬局がどれだけ病院全体に好影響を与えたかを示すグラフ