今回のエントリは、前回(⬇︎)からの続きになっています。
6)普通の患者さんが忘れられた。そして、大惨事にな(りかけ)た。
病棟のスタッフは皆、毎日、次から次へと運ばれてくる新型コロナウイルス (COVID-19) 感染患者さんたちの死活に懸命だったけど、中には「感染していない、単に既往症の悪化で入院してきた患者さん」も少数だがおられた。
そんな一人、生まれつきの脳性麻痺で、普段は特別ケアホームで介護されている患者さんが、嚥下性肺炎で入院してきた。
常用薬として、抗てんかん薬のバルプロ酸の液剤を服用していたのだけど、いつも介護している者ではない、慣れぬ看護師が投与する場合「イヤイヤ」をすることが多かった。でも、薬が薬ゆえ、時間をかけ、うまくなだめすかせると、服用してくれるという状況であった。
とある夜間と早朝、この患者さんの詳細に精通していなかった看護師が担当し、バルプロ酸の投薬簿には「患者が服用を拒否した」と記載。当直医にも連絡せず、引き継いだ看護師への申し送りもなく帰宅してしまった。非常勤の方で、恐らくバルプロ酸がこの患者さんにとってどんなに重要な薬であるかを理解していなかったのであろう。
ロンドンの病院で夜勤で働く看護師さんは、人材派遣会社から手配された非常勤の方が多く、職能や仕事に対する熱意がまちまちです。そんな事情は、過去のこちら(⬇︎)のエントリもどうぞ
その翌日、病棟薬剤師の私も、新しく入院してきた新型コロナウイルス (COVID-19) 感染患者さんや、急ぎの退院薬の対応に追われた。で、この患者さんがバルプロ酸を2回分服用していないことに「第一発見者」として気づいたのは、午前10時半頃だった。
すぐに「静注に切り替えた方が良いのでは?」と、担当医師に助言。その処方をしている、まさにその時だった。
この患者さん、てんかんを起こしてしまったのだ。
幸い、短時間で、発作は収まった。
私は、即座に薬局調剤室へ電話をし、バルプロ酸の注射薬を「今すぐ」、この病棟へ届けてもらうよう頼んだ。
でも、30-45分経っても、薬は一向に届かなかったのです。。。(号泣)。英国の病院で10-11時は「お茶の時間」になっている。調剤室のスタッフは、恐らくその時、ほぼ全員、休憩を取っていたのであろう。
英国国営医療サービス (NHS) で働く者には、一日一回の「お茶の時間」が義務づけられています。そんな事情は、過去のエントリのこちら(⬇︎)もどうぞ。でも、実際のところは、役職が上になればなるほど、その時間は確保できないのが現実。ちなみに、薬局スタッフの階級が明確であるものの、テクニシャンやアシスタントの方が往々にして声の強い英国では、いかに彼らに「働いてもらうか」が、薬剤師にとって必須の人材管理スキルとなっています(苦笑)。
で、この患者さん、バルプロ酸注射を待っている間に2回目の発作を(立て続けに)起こしてしまったのだ。
2回目は意識消失の時間が長く、緊急治療室の医局長なども駆けつける非常事態となった。
担当の若い研修医は舌打ちした。「マイコ、何で薬局からバルプロ酸が届くのが、こんなに遅いんだよっつ。だから2回目の発作が起きてしまったんだ!」と。
薬局スタッフの一人として、弁明ができませんでした。
でも、先生、こんな重積発作の時は、もはやバルプロ酸ではなくて、ベンゾジアゼピンでしょ。。。とも思った。
前日、この先生に「この患者さん、屯用のミダゾラムも発作が起きた時の常用薬なので、万が一のために処方しておいて下さい」とお願いしたのだけど、無視していたしね(→新型コロナウイルス患者さんに忙しすぎて、手が廻らなかった様子)。。。。
7)高額医薬品を湯水のごとく使う
新型コロナウイルス (COVID-19) の治療には、世界中で様々な薬剤が使われてきたと思う。中には、目を剥くほど高額なものも含めて。
英国では、新型コロナウイルス関連で使用される医薬品やワクチンはほぼ全て、国の「特別基金」から支払われることになった。
だから現場の医師たちは、明らかに助かる見込みのない患者さんにも、どんどん使用した。英国の医療の真骨頂でもある「費用対効果」や「薬剤フォーミュラリー」、もはや、何それ? って次元だった。
英オックスフォード大学の治験 (RECOVERY Trial) 結果により、ある時期から、ほぼ全ての感染患者さんにレムデシビアが使用されるようになった。患者一人当たりの治療額は5日間投与で日本円換算 28万円。その「使用不可」の基準の一つが、発症後 10 日を経過した患者さんには(時間が経過しすぎて、効果が期待できないので)投与すべきできない、というものだった。
ある日、この病棟の医局長補佐である医師が、申請書類に偽りの発症日を記入し、私にその供給をさせようとした。すかさず;
「先生。。。この患者さん、カルテには発症からもう15日も経っているとあります。無理です」と言うと、
「あーあ。薬剤師さん、分かってたんだな。。。」と嘘がバレた子供のような顔。どうやら、私を騙し通せるかな? と(ダメ元で)申請してみた様子。
私の目は、節穴ではありませんよっつつ😡💢😡💢😡💢😡💢😡💢!!!
しばらくすると、今度はこれまたオックスフォード大学の治験で、トシリズマブの効果が証明されたとのこと。
ちょうどその頃、私は夜間当直薬剤師当番になった。この期間中、集中治療室からの電話で、この薬の請求に、何度叩き起こされたか知れない。高額かつ冷蔵庫保存の薬でもあったので、薬局以外に在庫を置くことができず、その度に「真夜中の出動」となった。
今は国じゅうが必死で、採算度外視で、高額医薬品も湯水のごとく使っているけど、英国の医療は、このままでは数年後に財政破綻するであろうと、今から心配しています。
8)ジゴキシン中毒で再入院した、奥さまに先立たれた患者さん
今まで見てきた数多くのパーキンソン病患者さんの中でも「超最難度の高い服用法」をしている方が、新型コロナウイルス (COVID-19) に感染し入院してきた。聞けば、奥さまがこれらの薬の全ての管理を行ってきたけど、昨年、新型コロナウイルス感染が元で亡くなられたと。
薬剤師の私でも、すぐには理解できないような複雑な処方だった。この患者さんの山のような持参薬を整理しながら、今まで奥さまに頼りきりだったこの方が、薬の服用を、今後自分一人で行っていくことは「絶対に無理」、全てを一包化(写真下⬇︎例)にすべきだ、と確信した。
でも、英国で薬を一包化にするのは、かなり難しいプロセスを経なければならない。通常、病院の医師と家庭医が合意し、患者さんのかかりつけの薬局も「やります」と請け負わなければ、開始できないことになっている。英国の街の薬局には、日本では当たり前のように設置されている自動分包機もない。全てを手作業でやるため、時間がかかる割に利益にならないと、一包化調剤業務をやりたがらない薬局も多い。
そして、このパンデミックで、病院内にはもっと重症な患者さんたちが溢れており、新型コロナウイルスの感染自体からは回復したこのパーキンソン病の患者さんを、病院の経営部は一刻も早く退院させたがった。
多職種連携回診の度に、薬剤師の私は「この患者さん、薬剤的に本当に危ない方ですよ。一包化の手配を整えてから退院させるべきです」と訴え続けたが「そんな悠長なこと、このパンデミックで言ってられないわよ!」と一喝する病床管理マネージャーさんのプレッシャーに逆らえず、病棟スタッフは、結局、この患者さんを(追い出すように)退院せざるを得なくなった。
退院日は、とある金曜日の夕方と決まった。私はその日の正午までに(一包化の実現はできなかったものの)この患者さんの退院薬を完璧に用意した。
でもですね。。。
この患者さん、金曜日の午後から心房細動のコントロールが取れず、その日の退院は延期され、ジゴキシンの用量も急遽変え、日曜日の晩に(無理やり)退院させたとのこと。
で、最後の最後で週末勤務の薬局スタッフが退院薬処方の調剤を変更しなければならず、なぜか行き違いでそれまでの量の 125マイクログラム と新しい量 250マイクログラム の両方の錠剤を渡してしまったよう。
その結果、この患者さん、退院後はなんと毎日 375マイクログラム のジゴキシンを服用し、1週間後、再び緊急治療室に運ばれてきた。ジゴキシン特異抗体(写真下⬇︎)を使用しなければならないほどの重篤中毒だった。
幸い、一命は取り留めたけど、また巡り巡って、私の担当患者になった。
あれほど(服用の安全のため)一包化にすべきですって言ったのになあ。。。
やれやれ。。。。
9)「私は、良くなるのでしょうか?」
とても品の良いおばあさんが入院していた。お年なんと95歳。英国のとある地方に特有の苗字であったため、私の記憶にも残りやすい方だった。新型コロナウイルス症状の悪化で個室(写真例⬇︎)にいたので「長くないだろうな」と思っていた。
英国の医療用語で「積極的治療の打ち切り」は「Ceiling of Care」と言う。「どこを治療の『天井 (=限界) 』にするか」の意で。
おばあさんの家族は「もうそろそろ緩和ケアを」と話し合っていた。
とある日、おばあさんが、たまたま病室の前を通りがかった私を呼び止めた。ナースコールを押しても誰も来てくれないのだと言う。看護師さんたちは、今、本当に激務だ。皆、目先のことで手一杯。
「水を飲ませて下さい」とお願いされた。
よく見ると、ベッドサイドのテーブルが、おばあさんの手の届かない場所に退けられていた。これでは、私たち医療従事者がいくら「水分をたくさん摂ってね」と言っても、何も飲めないよねえ。。。。
ピッチャーからグラスに注ぎ、手渡した水を美味しそうに飲んだ後、このおばあさん、私の腕を、ぐっと掴んできた。
その華奢な身体では想像もできないほど、それは、それは、強い力で。
そして、澄んだ目でこう聞いてきた。
「私は、良くなるのでしょうか。。。? ('Will I be getting better....?') 」と。
坂道を転げ落ちているような状態で、家族の者は(もういいんじゃない)と言っているけど、この人は、まだ生きたいと訴えている。
医師の先生たちも、口々に言っていた。
「あのおばあさんは(まだ)死ぬ用意ができていないね」と。
このおばあさん、それから何度も何度も危なくなりながらも、この病棟の新型コロナウイルス(COVID-19) 感染患者さんの中では、記録的に生き長らえた。感染のピークが去った大分後、数日の緩和ケアの後、旅立っていった。
95歳という、私の人生のほぼ2倍の長さを生きてきた人にとっても、この世はまだ生きるに値する楽しい場所なんだよ、ということを教えてくれた方だった。
10)果敢なる同僚たち
英国の新型コロナウイルスのパンデミックは、2020年3月頃から始まった。聞けば、この病棟のスタッフは、第一波 (2020年3-6月頃) の時、ほぼ全員が羅患したという。
適切な物言いでないのは十分承知であるが、私も去年の年末に感染し、回復した直後からこの「コロナ・セントラル」とも言うべき病棟で働き始め、「前もって感染したのは、神の采配だったのかも」と思わざるを得なかった。あまりに戦場的な病棟環境で、もしまだ感染していなかったとしたら、何れにしてもここで感染したであろうというのが、正直な見方である。
この病棟のスタッフは「私たちは全員(すでに感染したので)免疫を獲得している」と、皆、臆することなく、患者さんのケアに当たっていた。人類の未だかつてないパンデミックですらものともしない果敢な同僚たちと共に働けたことを、誇りに思いました。
そして、今回のコロナ禍のなかで、一つ気づいたことがあります。
私は、こういった「ジャングル」のような職環境でこそ本領を発揮する、とことん前線向きの臨床薬剤師なのだということ。
この「地獄の一般内科病棟」に1年ぶりに戻ってきて、何物にも代え難い職業的充実感が、一日目にして感じられました。
「いい仕事」って何なのかな? と色々と考える機会にもなりました。
この点については、後々のエントリで、深く掘り下げてみたいと思っています。
最後に;
英国の新型コロナウイルス (COVID-19) の状況、一時期に比べ、かなり落ち着いてきました。先週、英ジョンソン首相による、ロックダウン段階解除に向けての指針も発表されました。
私が勤務する病院群でも、感染患者の入院数が減ってきたことから、数日前、仮設集中治療室であった場所(リンク下⬇︎)を閉鎖しました。まだまだ油断できませんが、気候の良い春に近づいてきているということもあり、このまま事態が良好となっていくことを、切に願っています。
私が勤務する病院では、このパンデミック中、全国テレビで放映されたほどの施設を誇る集中治療室(⬇︎)を仮設置していました
では、また。