日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

新型コロナウイルス再感染?(下)患者として英国医療サービス (NHS) の「今」を実体験した話

 

このエントリは、前回(⬇︎)からの続きとなっています。

先月、新型コロナウイルスに再感染した(?)時の出来事を綴ったものです。

 

9月17日(火)

英国国営医療サービス (NHS) に勤務している者は、1回につき5日までの病気欠勤であれば、かかりつけ医による診断書はいらない。

でも私の欠勤は、この日の時点で6日目となってしまった。すると、かかりつけ医による診断証明書を提出しないと、病欠した期間の給与は支払われない。それより何より、自らの病状の回復の見通しがつかず、不安になってきたため、医師の診察を受けることにした。

英国では「風邪ごとき」で最初から医師のところへは行きません、という話は、以前、これらのエントリ(リンク下⬇︎)でも書きました。

予約を取るべく、朝一番でかかりつけ医院の受付に電話をし、

「インフルエンザか新型コロナウイルス (COVID-19) 感染か分かりませんが、ここ2週間ほど、発熱や咳、体調不良を繰り返しています。昨日から胃腸症状も出てきたため、診察を希望します。勤務先の病気欠勤が5日を超えたので、病欠証明書の発行も必要です」と述べると、

「電話診察であれば、今日の午後可能」とのこと。

ただし、時間指定は不可。対面診療をしているかかりつけ医の空いた時間に、電話診療を割り込む形にしているからなのだそう。

なるほど。。。英国のかかりつけ医は、現在「対面診療」と「電話(など)による遠隔診療」を半々にしているんだな。恐らく、新型コロナウイルス (COVID-19) のパンデミックを境に「遠隔診療」というものが、ごく当たり前のように行われるようになってきたんだ、ということが、患者として理解できた。

ということで、この日は、いつやってくるか分からない電話診療を待つべく、携帯電話を枕元に置いて、自宅のベッドでうつらうつらと寝ていた。

午後3時10分後頃、ようやく電話が鳴った。

「もしもし。。。」と、寝ぼけた状態で応答すると、男性の声で、

「 薬剤師の xxx です。何か御用ですか?」と。

その瞬間、

(え。。。。?!?! かかりつけ医の予約をしたのに、なぜ薬剤師。。。???)

と、頭が混乱し、

「あの。。。 私、今朝、かかりつけ医の予約を取ったのですが。。。」と答えると

「ああ、そうですか。じゃあ、受付にもう一度連絡をして、かかりつけ医の予約を取って下さい」と告げられ、電話は即、切られた。

何かの手違いだったのかな。。。? と思い、すぐ、かかりつけ医の受付に電話をすると、

「現在、当院では、タスクシフトを行なっています。医師以外でも診断できると見なされた症状は、薬剤師や看護師が診察しています」

とのことだった。

「でも、私の今回の症状の場合、2週間ほど続いて長期化していますし、胃腸障害も併発しています。病欠証明も要るので、かかりつけ医でなければダメだと思いますが。。。」

と答えると、その電話口の受付の方の声色が豹変した。

「ウチで雇っている薬剤師は、とても優秀です。そこんじょそこらの薬剤師ではなく『臨床薬剤師』なんですよ! 何で彼の診察を拒否したんですか?!」と。その後は「薬剤師を侮辱しないで下さい」という主旨の、金切声トーンの機関銃のようなお説教が延々と続いた。

その気迫に負け「電話口の薬剤師さんからは、御院で実施している『タスクシフト』の説明は一切ありませんでした。それと知っていれば、私、薬剤師の診察を受けたはずです。それに私自身も薬剤師で、近隣の大学病院の呼吸器内科で働いている臨床薬剤師なんですが。。。」といったことを、すっかり言いそびれてしまった。

挙句の果てに、その受付の方からは「かかりつけ医の予約は今日はもう一杯です。明日また朝一番で電話をかけ直して予約を取って下さい」と言われ、電話は一方的に切られた。

発熱しており、体調がどん底の状態で怒鳴られ、医療を受けることができなかったという状況は、とても辛かった。

 

9月18日(水)

翌朝、再度、かかりつけ医院に受診の予約の電話をすると、昨日とは異なる優しい声の受付の人だった。

昨日のトラブルに懲り懲りし、かかりつけ医の予約を取るのはテクニックが必要なんだなということを心得た私は、

「私の職業は臨床薬剤師です。現在、当かかりつけ医院から最寄りの大学病院の呼吸器内科病棟で働いています。ほぼ間違いなく、院内感染によるインフルエンザか、COVID-19 かで、2週間経っても発熱を繰り返し、胃腸障害も出始め、回復の兆しが見えていません。昨日、かかりつけ医の診察をお願いしたら、説明なしに薬剤師の対応となり、丸一日無駄にしてしまいました。私個人の見解ですが、この地域の薬剤師のネットワークはとても密で、電話診療の場合、知り合いである可能性が高いです。患者情報機密保護という点から、できれば、かかりつけ医かナースプラクティショナーの診察をお願いします」と希望を述べた。

すると、その受付の方は即座に、

「症状が2週間も続いているなら(薬剤師やナースプラクティショナーではなく)かかりつけ医に診てもらうべきね。。。でも発熱しているなら、対面式の診療は受つけられないわ。電話診療に限る」と。

昨日とは全く異なる対応に、拍子抜けした(→まあ、これ、英国のかかりつけ医院の受付ではよくあることなんだけど。注釈*リンク下⬇︎参照)。そして、このやりとりから「英国では、医院内の感染防止から、日本でいう『発熱外来』というものは存在しないのだな」ということも理解できた。

(*)英国の医療現場の、特に受付では、スタッフによって対応が全く異なることによく遭遇します。そんな話は、以前、こちらのエントリにも書きました。

その日は、1時間もしないうちに、電話がかかってきた。

女性の声で「かかりつけ医 oo プラクティショナーの xx です(→明らかにネイティブではない訛りのある英語を話す人の声であったため、私自身、彼女の言っていることが、一部、はっきりと聞き取れなかった)」との紹介の後、開口一番;

「あなた、最寄りの大学病院の呼吸器系内科病棟で働いていると聞いたわ。ローテーション薬剤師なの? 専門薬剤師なの?」と。

「ローテーションでも専門薬剤師でもありません」と答えると、

「じゃあ、どのポジションにいるのよ?」と質問してきた。

(随分と、込み入ったことを聞いてくるなあ。。。薬剤師の階級制に詳しい医師なのかな?)と思いつつも、

「プリンシパル薬剤師です」と答えると

電話口の向こうで、一瞬(えっ!?)と、息を呑んだ空気が感じとれた。

英国の病院薬剤師は、非常に厳密な階級制になっており、それが各人の仕事の権限や給与にダイレクトに反映されています。これらの階級と役職名についての解説は、こちらのエントリ(⬇︎)をどうぞ

でも、それからのこの人の診察と言えば、私が受話器を通して逐一話す病状の経過を、コンピューター上のキーボードをカタカタと叩いてタイプしているだけで、相槌もなければ、一言も発しなかった。普通、診察って、もっと対話形式で行われるはずだけど。。。?

そして私が、それまでの経緯を全て話し終わると、まるで、録音された音声が自動的に流れてきているように質問してきた。たった3つの問いだった。

「今、呼吸困難になっていますか?」

「いいえ」

「今、吐血していますか?」

「いいえ」

「今、意識を失っていますか?」

(意識を失っていたら、これらの質問に答えられないはずだけど。。。と思いつつも)「いいえ」

と答えると、受話器の向こうからは、

「新型コロナウイルス(COVID-19) の再感染ってことにしておきます。あと5日間、すなわち9月23日までの病気欠勤証明書を発行しますので、自宅で十分療養して下さい」と。

それを告げられた瞬間、

(え。。。?!?!?! 何で、COVID-19 の検査もしていないのに、新型コロナウイルスの感染だと診断できるの。。。?!?!?!?!) と。

でも、そんなことを口にする間もなく、彼女はこう言ってきた。

「ところでね、あなたにお願いがあるんだけど。私、今はこのかかりつけ医勤務の薬剤師として働いているけど、実はちょうど、あなたの勤務先の大学病院へ転職したいと思っていた矢先だったの。内部情報とか就職面接試験のコツとか教えてくれないかしら?」

(。。。。。。え!!!!) 

結局、私は、医師ではなく、薬剤師の診察を受けていたのだった。

 

で、それからこの「かかりつけ医勤務の薬剤師」さんと、受話器越しに色々と話すことになったのであるが、彼女による英国医療サービス (NHS) の1次医療の「今」の解説は、以下の通りであった。

目下、英国では、空前のかかりつけ医不足となっている。かかりつけ医を受診をしようとすると、10日ぐらいは待たされる。

だから、シンプルそうな症状であれば、かかりつけ医院内に勤務している薬剤師が、できるだけ初診している。それでもし「埒が開かなければ」かかりつけ医にバトンタッチするというシステムに移行しているのだそう。そのため最近では、風邪はおろか、インフルエンザ、そして COVID-19 ですら、英国のかかりつけ医院では、ほぼ全て、薬剤師が対応しているとのことだった。しかも今、かかりつけ医院に勤務する薬剤師の大半は、処方免許も持っているので、必要とあれば薬も処方できるし、とても重宝されている。

そして、薬剤師でも対応できるとされた、ありふれた疾患の場合は、地域の医療を総括する機構が「フローチャート式の標準質問リスト」も作り上げていて、それが業務用コンピューターにインストールされているのだそう。だから今回、私が自分の症状を説明した後、彼女が機械的にいくつか質問をしてきたのも「用意されたチェックリストをただ読み上げただけだったのだな」と解せた。そして、今回の私のケースは「(まだ)命に関わる段階じゃない」と判断され「十分な病欠日数」をくれることで解決しようとしたのだった。今後、さらに症状が悪化すれば、今度こそはかかりつけ医の番になるけど、今回は、薬剤師による診察止まりで「様子見」となったのだ。

英国では、昨今の医師不足から「将来は、薬剤師がかかりつけ医のゲートキーパー(門番)の役割を担う」という展望が話し合われていたのを、私自身も聞き知ってはいた。でもそれは、決して机上の空論でも遠い未来でもなく、すでに巷で実施されているのだということを、今回私は、患者として目の当たりにしたのであった。

病気欠勤証明書も、数年前まではかかりつけ医の手書きのサインが必要であったものが、いつの間にか電子化されていた。そしてなんと、薬剤師でも発行できるようになっているとのことだった。

今回の薬剤師による電話診察後、ものの数分もしないうちに、私の携帯電話のメッセージにこのようなリンクが送られてきて。。。

リンクをクリックし、本人確認のため、自身の生年月日を入力すると、このような PDF バージョンの文書が添付されており。。。。

英国内で統一された診断・病気欠勤証明書が、即入手できるシステムに変革していました!

 

結論から言えば、かかりつけ医院勤務の薬剤師による遠隔診察「悪くなかった」です。

でも、私個人としては、確かに「(多少の)問題」もありました。

英国薬剤師の世界はとても狭い。私が当初懸念した通り、体調絶不調での診察中に「あなたの勤務する大学病院の内部事情を教えてくれない?」といった、センシティブな質問にも対応しなければならなかったのだからね。。。😅

 

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<追記>

この新型コロナウイルス再感染(?)から回復した直後の先月9月末から、日本での2週間の休暇に出かけました。とても楽しみにしていた里帰りでしたが、日本に到着した数日後に、体調不良がぶり返してしまいました。ひどい咳が出てきて止まらず、実家へ到着した途端に寝込み、親孝行どころか、80代の母親につきっきりで介護されるという日々となってしまいました。親の愛って、偉大であることを、再確認した次第です。

今回の体調不良はこれまでになく長期化し、その期間、今まで何の苦もなくできていたことが突然できなくなるといった事態にも遭遇し狼狽えました。気分もすっかり落ち込み「年齢的な衰えなのかな? この歳でこんな状態じゃ、老後は絶望的だな」とか「これで、私の薬剤師のキャリアは終わりなのかな?」とまで思い詰めるまでにもなりました。でも、本当に幸いなことに、今ではすっかり回復しています。有り難いことです。

 

最後まで、非常にたちの悪い風邪だったのか、インフルエンザだったのか、新型コロナウイルス (COVID-19) だったのか分からず終いでしたが。。。

 

本当に健康第一ですね。改めて、これからの人生の大切な教訓にしていきたいです。

 

では、また。