日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

緊急手術を受けた。そして、入院患者になった(3)外科手術アセスメント室編

 

今回のエントリは、シリーズ化で、前回はこちら(⬇︎)になっています。 

 

緊急医療室での診察を終え、午前2時頃、自宅へ戻り、スコーンを頬張り、就寝。

 

午前8時過ぎ、家庭医(=かかりつけ医)からの電話で起こされた。昨日電子送信した診察願いへの応答であった。

「残念ながら、病状が悪化し、昨夜、最寄りの病院の緊急医療室へ行きました。切除が必要とのことで、今朝、再度、病院へ向かいます」と答えた。

家庭医は、とても誠実そうな声で「お気の毒です。お大事に」と。それで、私が昨日1時間をかけて書いた「診察願い」は終了だった。

 

それから、上司のドナさんへ連絡。その時点では;

「今から、病院内の外科手術アセスメント室へ行きます。ドレナージ処置か局所麻酔での切除だったら、午後、職場へ戻って来れるかもしれませんが、とりあえず午前中、私の病棟で働いてくれる代理の薬剤師を手配して欲しいです」とお願いした。私は現在、呼吸器系内科病棟で働いている。新型コロナウイルス前線地で、臨床薬剤師として「穴を開けられない」病棟であった。

ドナさんは一言「任せとき」と。本当にいい上司だ。。。

実際には、そんな「軽度」なものではなく、私は、この日を境に、約10日間の病欠となってしまった。でもその時は、そんな事になるなど、つゆ知らずであった。

私の上司の「ドナさん」にご興味のある方は、こちら(⬇︎)からどうぞ

英国国営医療サービス (NHS) 従業員の病気欠勤事情についてご興味のある方は、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ 

 

午前9時、勤務先病院内の「外科アセスメント室」へ向かった。

当院のスタッフである以上、この部署の業務をある程度は知っているつもりではあったが、そこには実に色々な患者さんたちが来ていた。手術室へ運ばれるのを待機している人、長期抗生物質投与が必要なため、毎日決まった時間に来る人、泌尿器科処置の一貫としてカテーテル挿入・除去に来た人、それから術後の創傷の被覆材交換に来た人、などなどなど。。。。

受付の机(写真下⬇︎)をちょこっと覗くと、恐らく、昨夜の外科当直の先生が手書きで提出したのであろう「本日の患者さんリスト」のコピーが置かれていた。私の名前は、その最後になっていた。

f:id:JapaneseUKpharmacist:20201108065356j:plain

外科手術アセスメント室受付

で、ここでも「長い、長い待ち時間」が始まった。

それも想定内で、この時も、ずっと読みたかった本を色々と持っていったのだけど、それも全て読破。

 

そして、11時半頃、エリー先生という、これまた研修医1年目の女医さんに呼ばれた。「大変、お待たせ致しました」と言って。

カーテン越しで仕切られた診察椅子(写真下⬇︎)に座らされ、

「今日は、どうしましたか?」と。

f:id:JapaneseUKpharmacist:20201108070028j:plain

外科手術アセスメント室診察椅子。結局この日は、ここに5時間以上座って過ごすことになった

英国国営医療サービス (NHS) を、患者として利用すると気づかされるのだが、情報伝達というものが(まるで)ない。よって、自分にとっては「すでに『何回も』説明した」内容を、その都度、異なった医師に「何度も、何度も、何度も」繰り返しすることになる。各先生はそれぞれ、私が説明したことを、カルテに記載しているはずなのだが。。。?

で、また;

「いつの間にか出来ていたこぶでした。『脂肪腫』だと思って、かなりの期間、放っていました。でも、1−2日前から異常なほど大きくなり、熱を帯び、異臭を伴う微量の排出液と共に痛みが出てきました。昨夜、緊急医療室に行ったら、当直外科医から『嚢胞で、外科的処置が必要』と言われ、今日、ここへ来るように指示されました」と説明。

「うん。これ、切除が必要ね。。。でも、局所麻酔でやるか、全身麻酔でやるかは、私には決められなくて、上司の判断となる。でもボスは今、忙しくてね、恐らく、あなたの元へ来るのは、お昼過ぎになると思うわ。で。。。(カルテを見ながら)あなた、血液検査を、まだしていないようね。早速、手配しましょう」と。

 

で、しばらくすると、一人のアフリカ系看護師が採血セット一式(写真下⬇︎)を持って現れた。怒っていた。

「これ(=血液検査)ね、私の仕事じゃないの!」と言って。

f:id:JapaneseUKpharmacist:20201111074059j:plain

採血セット一式。英国の採血菅は、生化学が黄、血算が紫、凝固が水色で統一されている

ここ外科手術アセスメント室へ来る患者さんは、事前に、緊急医療室内にて血液検査を行うのが「病院内での決まりごと」なのだと言う。患者さんの「手術への待ち時間」を短縮する上でも、これは真っ当なことであろう。

あー、これも、英国国営医療 (NHS) の「あるある」だな😞、と思った。今回の私のケースは、緊急医療室で研修医が初診した後、外科の当直医にも廻されることになったため、両医師とも「あなたが手配をした」と思い込み、互いに確認もせず、忘れ去られてしまったんだろうなあ。。。

ところで、この看護師さん、採血がものすごく上手でした。私ね、極度のびびり屋だから、こういった状況の時、いつも怯える。そんな中、この看護師さんの腕は、最高峰とも言えるものでした。

英国の国営医療サービス (NHS) では、世界中から来た看護師さんたちが働いている。で、これ、あまり知れてない話だ(と思う)けど、特に発展途上国で免許を取得した看護師さんは「注射針やカテーテルは一回で入れないと、貴重な医療資源を無駄にするので、ご法度」という姿勢でエリート訓練を受けていると聞いたことがある。だから彼らの腕は、往々にして、先進国で訓練を受けた者たちより、遥かに素晴らしいのです。

 

で、研修医への説明と採血だけに半日を費やすことになったが、そのうちお腹が空いてきた。だって、最後の「食事」は、今日午前2時のスコーン2個だけだったし。

でもね、「今日(もしかしたら)全身麻酔による手術をするかもしれない」という不確実性の元に、絶食が続いた。

待つ身はつらい。。。

 

で、午後2時半頃、ついに、この外科手術アセスメント室長の「モハメド先生」(写真下⬇︎)がやってきた。

f:id:JapaneseUKpharmacist:20201030222006j:plain

外科手術アセスメント室長の「モハメド先生」

人懐こい先生だった。

「あー、君! 全身麻酔に耐えうるぐらいの体力、あるかね? 僕の手を握って、ちょっと引っ張ってみて。ワッハッハ」と笑いながら、さり気なく、私の握力や神経反応をチェックをしたり、

「君、WhatsApp(日本の「ライン」に相当する、英国で主流のSNS)をやっていないのかね? あれは、便利だよ。僕のグループに入ってくれるのなら、これからいつでも君に、薬剤に関する質問ができるのになあ」とか、

「僕、祖国エジプトの病院では、外科医局長だったのだけど、もう齢だし、夜勤をやりたくないから、英国ではあえて、医局長補佐のポジションに居るんだ」などと話してくれた。

一方で、同伴した研修医のエリー先生に「脂肪腫」と「嚢胞」の診断・見分け方の違いを教えたりもし、教育病院の医師としての立場も忘れていなかった。昨晩からの若手医師は全員、私のこぶを優しく触れたり、見た目だけから「かなり小さ目」に測定していたが、モハメド先生はその患部を「的確な力」で押し(→実際には、飛び上がるほど痛かった。。。)「4.5cm x 6 cm ってところだな」と。私が予感していた通りだった。表面上の大きさでは想像できないほど、深部にまで食い込んでいたのだ。

そして「これ、5ー10年前からここにできていたはずだよ」と。

えーーーーっつ!!! ショックでした。。。。

 

で、モハメド先生の最終判断は;

「全身麻酔による切除だね。手術室の手配がつかなければ、僕が、局所麻酔でやってもいいけど、理想的ではない」と。でも、全身麻酔で切除となると「別の外科チーム」にお願いすることになり、モハメド先生の守備範囲ではなくなるとのこと。

この時点で「今日の手術室のスケジュール枠に入り込めるか、否か」という問題となった。

 

個人的には「今からバタバタと、手術室へ運ばれ切除するよりは、明日やって欲しい」と思った。その時点ですでに、午後3時だったし。

 

で、これまた、手術室からの連絡を待つ、長い待ち時間の後、モハメド先生がやってきた。

「今日はもう、手術室は一杯らしい。明日の朝、やろう。今の所、君の順番は、明日の手術予定患者リストの2番目になっているとのことだ」と教えてくれた。

それから「手術同意書」が作成された。一度切除しても再発する可能性があること。手術中、大出血の恐れもあること。術後、深部静脈血栓や肺血栓がごく稀にだが起こる可能性がある、などなど。その危険性を理解した上で、手術を受けることに合意する、といった書面に自筆でサイン。

切除手術自体は20分程度で終了すること。全身麻酔でも、何も異常がなければその日のうちに退院となること。でも、傷口が癒合するまで2ヶ月はかかること。創傷の管理に、術後当初は毎日、被覆材の交換が必要になると説明された。

それから、新型コロナウイルスに感染していないかのスクリーニングテスト。幸いなことに感染していなかった。

そして、手術前にこれ以上患部が化膿しないための抗生物質と、痛み止めのイブプロフェンが処方された(写真下⬇︎)。

モハメド先生、「君、感染症専門薬剤師なんでしょ。君が薦めるもの、何でも言ってよ。僕、その通りに処方するから」と。

すでに膿腫は爆発寸前ということで「コ・アモキシクラブ(アモキシシリンとクラブラン酸の合剤)」で合意した。

f:id:JapaneseUKpharmacist:20201108072032j:plain

今回、外科手術アセスメント室にて私に処方された薬。英国の医療用語で「お持ち帰り・退院薬」は「TTO (To Take Outの略)」と呼ばれている。特に、外科部門では、一箱単位で箱の側面に調剤ラベルがすでに貼られて製造されている「ペイシェント・グループ・ダイレクション (通称 PGD)」というものが多用されており、薬局調剤室を経ずに、病棟在庫から看護師がこの「お持ち帰り薬 'TTO'」を迅速に提供する場合が殆ど

「ペイシェント・グループ・ダイレクション (通称 PGD) 」については、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もご参照下さい。

コ・アモキシクラブは英国で最も頻用されている抗生物質の1つです(広域スペクトラムなので、くれぐれも適切に使うべきものだけど)。以前のこちらのエントリ(⬇︎)にも、そんな事情が説明されています。ご参考まで

 

手術前の準備として、今日やれることが全て済んだ時点で、すでに、午後4時を廻っていた。

気を利かせた、優しいインド人看護師さんが;

「今日は無用に絶食してしまって、お腹すいているでしょ? 何か、食事を持ってきましょう」と。

やったー💖 こういうのこそ、「ブログ映え」しそうな写真が撮れるなあ(笑)! とワクワクしながら、自分の勤務先の病院食メニュー表を、初めて眺めた。そして「白身魚のパセリソースクリーム煮と温野菜の付け合わせ」と「ストロベリームース」と「オレンジジュース」を頼んだ。

で「キッチンから、15分ぐらいで、持ってくるって」と言われ、期待に胸を高鳴らせていたのですが。。。

見よ(⬇︎)、運ばれてきたものを。

f:id:JapaneseUKpharmacist:20201030231904j:plain

あれ? 全部、ホイルで包まれている

f:id:JapaneseUKpharmacist:20201030232203j:plain

え?「白身魚」は、レトルトのものをこのままオーブンに入れて、取り出したものだ。しかも、お皿なしで、このまま食べろ。。。と?

f:id:JapaneseUKpharmacist:20201030232500j:plain

「ストロベリームース」は、カチカチに凍っていた。しかも、スプーンが用意されていなかったので、フォークでつついて食べた。ムースは凍らせると、アイスクリームになるんだって、思いがけない発見があったよ(苦笑)

でも、両方とも、美味しかったです。食べ終わってから、オレンジジュースはすっかり忘れられたことに気づいたが。。。英国国営医療サービス (NHS) は、治療・入院費を始めとし、退院薬も病院食も全て無料だ。文句は言えない。

でもね、自身の勤務先で提供された病人食にまつわる「珍現象」は、それから退院までの間、我が身に立て続けに起こることになるのであった。

 

その晩、パートナーが、遠方から駆けつけてくれた。私たちは、かれこれ10年以上一緒にいるが、互いの仕事の便宜上、2拠点生活をしている。彼も、英国国営医療サービス (NHS) 勤務で、普段から仕事が忙しく、特にこの数日間は、他の病院の同業者からの訪問(注釈下*)があったとのことで、通常に輪をかけて激務だった。それなのに、私の突然の手術に付き添うため、全てを端折って来てくれた。途中、ロンドン中心街にある日本食チェーン店へ立ち寄ったと言い、私の大好きなお寿司(写真下⬇︎)や、大福をたくさん抱えて。

(注釈*)英国国営医療 (NHS) 病院では、同職種の人たちが、各地の職場を訪問しあうことで、互いの職能を評価・向上し合っています。全国津々浦々、どこへ行っても業務のやり方がほぼ同じなのは、このような草の根的「職場訪問」により構築されたネットワークに依る。

そして、それが、私の手術前の「最後の晩餐」となった。

f:id:JapaneseUKpharmacist:20201030070856j:plain

ロンドン在住者の間で知らぬ者はいないと言えるほど有名な日本食ファストフード店「Wasabi」のお寿司弁当。スコーンより、ずっと良かったよ。私、日本人だからね(笑)

 

この後の話は、次回へ続きます。