日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

緊急手術を受けた。そして、入院患者になった(8)退院後のフォローアップ

 

今回のエントリは、シリーズ化で、前回はこちら(⬇︎)になっています。  

 

退院した翌日から、創傷のケアのため、勤務病院内の外科アセスメント室に、毎日通うことになった。

私の手術は、うなじ周辺に鍵穴のような形の切り込みを入れ、嚢胞を引っ張り出すように取り出した。そのため、表面上の傷口は比較的小さい(→2針縫った程度の)ものの、切除直後は内部が大きな空洞となり、少量ながらも血液や滲出液が常に出ているという状態であった。

ということで、まず使用したのは「アクアセル (Aquacel) 」という製品(写真下⬇︎)。英国では主流のハイドロファイバー創傷治癒外用製剤。血液や余分な滲出液を吸収しつつ、患部を乾燥させずに保てる素材のため、皮膚の損傷を防げるというものだった。切除部分に、リボン状にしたものをどれだけ「きちんと」詰めれるかで、翌日までの血液や滲出液の漏れ具合に、明らかな差が出た。

ということで、毎回、異なる看護師さんたちの「腕前」をつぶさに観察する機会となったのだ。 

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「アクアセル (Aquacel) 」。英国の外科処置では頻用されている創傷治癒保護材

皮膚が再生していくにつれて、異なる被覆材を使用した。どの性質のものを、どの時点で使用するかで、術後の感染を防止しつつ、回復に要する時間も短縮し、傷痕も最小限にできることを実体験した。

そんな訳で、今回のエントリでは、私の今回の切除部位の完治までの過程と、術後のケアに当たって下さった看護師さんたちを紹介してみたいと思います(一応、匿名でね)。

 

1)Aさん。外科アセスメント室長。フィリピン人男性

退院後の第1日目のチェックを担当。A さんは、私が現在勤務する病院で、過去に2度「最優秀看護師賞」に輝いた方。

A さんは、傷口を洗浄しながら、首を傾げて「どうしてこんな縫い方をしたのかな? アクアセルを詰めにくいし、隙間から感染してしまう危険性が高いよ」と。

そして、私の退院レターを見て「10日後の抜糸って書いてあるけど、これ、もしかしたら、タイプの打ち間違いで、1日後なんじゃない?」と。

😱😱😱😱😱😱😱😱😱😱😱

 「もし、君に不服がなければ、今日、抜糸した方がいいと思う。僕の責任で行ったということを、カルテにきちんと書き残しておくから」と。

そして、それが的確な判断であったことが、後に証明されました。

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フィリピン人看護師 A さんの手技により、抜糸中

ところで、英国国営医療サービス (NHS) 内の看護師たちの中で、最も人気があるのは、間違いなくフィリピン人です。日本人と相通じる勤勉さとホスピタリティー溢れる国民性が評価されているのでしょう。

フィリピンでは、本国で看護師として訓練を受けた後、海外へ渡って働く方が、本国で医師となるよりも高収入を得られるという事実は、よく知られた話です。だから、英国には、フィリピン人看護師が、大勢働いています。

後で知ったのですが、A さんは、ナース・プラクティショナー(注:臨床医と看護師の中間とも言える上級資格職)でした。なるほど、私の抜糸の判断も、自信を持って下していました。A さんは、もし英国で生まれていたら、きっと医者になっていた人だと思う。手術後初日に、彼に診てもらったことは、本当にラッキーでした。

 

3)B さん。免許取得中の看護師見習い。ポーランド人男性。

退院2日目に外科アセスメント室へ行くと、この人がナースステーションに居た。

B さんは、年配 (50代?)にも関わらず、看護師免許取得中の見習いだった。聞けば、祖国ポーランドではずっと、農業に従事していたと。

英国では、看護師が不足している。それに、国営医療サービス (NHS) で職を得れば、公務員にもなれると、それまでのキャリアを変更して、看護師を目指す移民がたくさんいる。B さんも、そういう考えで、英国へやってきた人だったのだろう。

B さんは(多少)語学の壁があるようで、私の言っていることが聞き取れていないのでは? と感じることが何度かあった。免許取得中の者が一人で担当するということで、私自身、当初、一抹の不安があったのも事実です。

でも、毎日ここを訪れる度に、B さんは率先して私の担当になりたがった。恐らく、彼の実地訓練上、私は「理想的な症例患者」であったのだろう。

真面目な訓練生らしく、やること全てを1から10まで説明してから施術した。「これから、生理食塩水で傷口を洗浄します」「もし良かったら、ポビドンヨード液を使って空洞を消毒してもいいですか?」「これから、アクアセルを詰めます」と言った具合に。

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外科処置室にて。傷口治癒・保護材交換前の準備の様子

術後1週間が経とうとしていたある日ふと、傷の部位ゆえ、髪の毛が思うように洗えずに困っていることを B さんに相談してみた。すると、傷口を保護する「医療用防水保護フィルム」を、病院中を駆け回って探し出してきてくれた。心ある人だった。

 

4)C さん。免許取得中の看護師見習い。英国人男性

ポーランド人の B さんが休暇に入るとのことで、担当は、英国人の C さんに交代となりました。

C さんは、ちょっと謎の方でした。B さんと同様、年配 (50代?)の方で、名札も「看護師見習い」とありながら、制服の色(写真下⬇︎)が、毎日目まぐるしく変わったからです。

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英国の看護スタッフの制服は、階級別に色分けがされている。そのため、資格・職能は一目瞭然。。。のはずが、なぜか C さんには毎日フェイントをかけられた(笑)

で。。。

被覆の交換技術は、イマイチでした。B さんとは真逆の、チャチャっとやる「最速」。私は素人判断で「傷口が治ってきたからかな?」と思い込んでいましたが、実はとんでもない大違いでした。

 

5)D さん。免許変換中の海外看護師。インド人女性。

とある時点から、手術前日に、外科手術アセスメント室で長時間待たされ空腹だった私を気にかけてくれ、食事を手配してくれた、あの優しい看護師さんが、私の術後の傷口ケアの担当になりました。

手術前日の様子は、以前のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

D さんは、引き継いだ初日、私の傷口からあまりにも滲出液が出ていることを懸念し、ガーゼ状のパッドを2重に当てて、それでどれだけ漏れるかを一晩観察しましょうと提案。

翌日、漏れはほぼ無し。そこで、前任の C さんの被覆材の交換技術自体に問題があったのだと判明(怒)。

ところで奇遇でしたが、 D さんは、私の傷口ケアの担当をしてくれていた数日の間に、英国の看護師免許試験の合格通知を受け取った。自身が英国の薬剤師免許を手にした日のことが思い起こされ、私も彼女の知らせが、とても嬉しかったです。

 

6)E くん。免許変換中の海外看護師。インド人男性。

E くんは、D さんとほぼ同じ境遇で、インドで看護師として数年働いた後に、英国に来て免許変換をしている最中の仮免許看護師。

私が現在勤務している病院では、看護師の人材確保が切実な問題で「ウチの病院で将来働いてくれるのなら、英国への免許変換課程や移住を全面サポートする」といった特典付きで、海外看護師(→注:主に EU 加盟国や、旧・現英連邦国の免許を持つ者)をリクルートする人事課の専門チームが設立されている。D さんも E くんもそれを利用し、英国へ来た若者たち。

で、実は E くん、私の現在の自宅の斜め向かいに住む「隣人」さんなの。今回突然、私の担当になり、ちょっと気恥ずかしかったです(笑)。でもね、E くん、確かな処置技術を持っていました。

私の傷口の癒合に関して、以後どのような過程を経るかということを明確に教えてくれたのが印象的でした。インドでも外科専門看護師として働いていたとのことで、同じようなケースをたくさん見てきていたのでしょう。医療は、根本的には世界共通で、海外で免許を取得した者でも職経験のある者は、訓練中の B さんや C さんとは明らかにレベルが違う、と認識させられた次第。

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手術後の創傷ケアに用いたものの数々。表面被覆材(右)については原則「滲出液の多い時点では、表面が防水加工されているもの」、そして「傷口が再生されていくにつれて、皮膚がより呼吸できるよう、通気性の良い紙素材のもの」が使用された。それから、術後すぐは、洗髪にドライシャンプー(左)を使用していたが使い心地が悪く、以後は自費で大きめの防水フィルム(中央)を購入し、シャワー時のみに使用した。

 

7)F さん。外科アセスメント室長補佐。ケニア人女性。

傷口が回復していくにつれ、外科アセスメント室へ通う頻度も3−4日おきになり、そのケアも経験豊富なベテラン看護師が担当となりました。毎回、被覆材をどのようなものにするかの「判断」が重要になってきたため。

F さんは、A さんと共に、この外科アセスメント室の中心的存在の看護師。主に、夕方のシフトで働いていたため、私が一日の終業時に駆け込んでも、いやな嫌な顔1つせずに対応して下さいました。色々と問題のある英国国営医療サービス (NHS) だけど、至宝のような看護スタッフもいる。F さんはその典型。被覆材の交換技術も、格別の素晴らしさでした。「これぞ模範」的看護を体験。

そしてある日 F さん、私の傷口を念入りにチェックした後、「マイコは普段は健康な人なので、回復が目覚ましい。好調すぎて、肉芽が形成しすぎるほどになってきた。このまま放置すると、傷跡がかなり残ることになる。次回は、外科医に診てもらいましょう」と提案してくれました。

 

で、数日後、久しぶりに再会したモハメド先生(注:モハメド先生については、D さんの記述のリンク⬆︎をご参照下さい)が私の患部を診たところ、F さんに

「硝酸銀スティック(写真下⬇︎)を持ってきてもらえないか」と。

それを用いて、急遽、傷口を人工的に焼きました。肉芽をこれ以上増殖させないようにしたのです。焼いた部分は、見事なまで焦げた、墨色のクレーター状のかさぶたとなりました。

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今回の肉芽焼灼に使用した「硝酸銀スティック」。英国では普通の薬局でも購入でき、いぼなどの治療に用いられる。

 

そして、その数日後、モハメド先生が再診し、私の傷口を消毒液で拭いていた最中に、その焼いた部分のかさぶたが「ポロり」と取れた。

時期早々だったらしく、この予期していなかった展開に、先生も「あら? 取れちゃったなあ!」とびっくり、大笑い。

という顛末で、当初は2ヶ月と言われていた傷の癒合は、5週間ほどで完全に塞がったのでした。

 

今回のエントリで、英国国営医療サービス (NHS) で働くスタッフは、如何に外国出身者が多く、老若男女を問わず働いているのが、お分かりいただけたかと思います。担当する技術を段階化させ、訓練・免許取得中の者も、現場で患者さんへの処置を一人で行い、重要な判断はシニア級の者が下しています。私自身、これこそが、英国国営医療サービス (NHS) の本質だと思っています。

英国は、医療の標準化が重視され、各種ガイドラインが整備され「誰がやっても同じ結果になる」ことを目指している国です。

でもその一方で、各医療従事者の手技やちょっとした工夫が、患者の回復に多大に影響することも、今回、目の当たりにしました。我を省み、私自身も、患者さんに対し、常にプラス α を提供できる薬剤師でありたいと自覚させられた経験でもありました。

 

以上で、8回に渡った「緊急手術を受けた。そして、入院患者になった」シリーズは終了です。

 

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手術後も5週間ほどお世話になった「外科アセスメント室外来」。スタッフの皆さま、本当にありがとうございました。


<番外編>

快気祝いに、今月の初頭、ロンドン中心地のホテルで、友人とアフタヌーンティーをした(写真下⬇︎)。

クリスマスシーズンの華やかな空気を(一瞬だけ)感じ取れた、楽しいひとときでした。残念ながら、この後すぐ、ロンドンは再々度、ロックダウンになってしまったからね。。。。

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楽しいイベントの少なかった2020年のハイライトの1つとなった。出不精な私を誘ってくれる心ある友人には、いつも感謝です。

で、現実のクリスマスと言えば;

私の勤務先病院の薬局オフィスのドアにデコレーションされていた、これ(写真下⬇︎)こそが、今年の「全て」を象徴していたと言えよう。

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新型コロナウイルス (COVID-19) のポスターを取り巻く、医療用マスクで作製された天使たち

 

Merry Christmas & Happy New Year!