日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

処方薬剤師免許取得への道(12)OSCE 実技試験

 

このエントリはシリーズ化で、前回の話はこちら(⬇︎)になっています。

2022年1月から9月まで、ロンドン大学キングスカレッジにて大学院のコースを履修し、処方薬剤師免許を取得した課程を振り返るシリーズとなっています。


処方薬剤師免許取得の一環として、大学院の理論的な講義と並行し、問診やフィジカルアセスメントの基本技術を駆け足的に習得していかなければならなかった。

例えば、これ、ほんの数例なのですが;

「Malar flush」「Koilonychia」「Splinter haemorrhage」「Schamroth's window test」「Capillary refill time」「Osler's nodes」「Janeway lesions」「Radio radial delay」「Xanthelasma」「Corneal arcus」....

などなど、これまでおよそ聞いたことのなかった医学用語の意味を理解し、それをネイティブ並みにスラスラと発音し、診断技術も正確に習得し、その上で、的確なコミュニケーション方法を用いて、目の前の未知の患者さんへ実際に初期診断を下していくのは、私にとって、近年稀に見る、苦行のような体験となった。何よりまず 50代(*注釈下⬇︎)となり、明らかに記憶力の衰えが。。。(苦笑)。必要な医療用語を何度も何度も復唱し、頭の中では理解したつもりでも、いざ実践的に練習してみると、その覚えたはずのことが全く口から出てこない、ということが起こり、大ピンチに陥った。

(*)ちなみに私は、20代後半に英国へやってきて臨床薬学を学び、30代後半で英国の薬剤師免許を取得すべく再び大学院へ行き、そして50代になってから処方薬剤師を目指し、再々度大学院へ戻りました。毎回苦しい思いをしながらも、懲りずに「薬剤師生涯学習」を実践している者です(大爆笑)。これらの過程で入学した大学院にご興味のある方は、過去のエントリ(⬇︎)もどうぞ。

でも幸い、この処方免許の取得をその年の最優先目標とし、2021/22年度の有給休暇をほとんど使っていなかった私は、昨年3月、ほぼ全ての日が休みとなった。よって、そのほぼ全ての時間を、このフィジカルアセスメントの自主練習に当てた(→英国国営医療サービス (NHS) から与えられる有給休暇 33 日/年と、そんな極端な使い方を許して下さった当時の上司には、本当に感謝デス)。この期間、短期の休暇も取ったのですが、旅先にも OSCE 試験用の教材と聴診器を持っていくような有様でした。私、小心者だからねえ。。。(苦笑)。

その時の休暇であった英国最南西のコーンウォール州での旅の記録は、こちら(⬇︎)のエントリもどうぞ


ただ、その未だかつてないプレッシャーに苛まれていた中、本当に有難かったことがあります。

私のパートナーからのサポートでした。

 

生来好奇心の強い彼は、私が何かに挑戦しようとすると、いつも傍目で見ており、興味が沸くとそれを自分でもやりたがる。そして、一旦始めると、私より熱中し、はるかに上手にできてしまう人なのだ。悔しいほどに。

そんな訳で、今回も、このフィジカルアセスメントの習得に悪戦苦闘している私を横目に、自分もそれを学び始めたのだった。

休暇先のホテルの部屋で、私がぐうぐうと寝ている間に、毎朝早く起き、私の大学院の教材にパラパラと目を通していた(らしい)。そしてある朝、私が目を覚ますと、寝ぼけ眼の私を前に、OSCE 実技試験を想定したフィジカルアセスメントを、私を患者役にしてやってみたいと言い出した。そして、実際にやらせてみると、それは「ほぼ完璧の出来」であったのだ。。。😵!

それからはすっかり頼りにし、休暇中の行く先々の観光名所やカフェ・レストラン、ホテルの部屋内、そしてロンドンに戻ってからも、OSCE に向けた練習を2人で数えきれないほどした。

他の学生たちも、それこそ家族や親戚や友人の助けを借り、この OSCE 実技試験に備えたはずだ。私もコースメイトのヤスミン(リンク下⬇︎)とも何度も練習を重ねたが、私とパートナーとの練習中の彼からの「ダメ出し」は毎度、情け容赦がなかった。

私の処方薬剤師免許取得課程で一番親しかったコースメイト「ヤスミン」については、以前のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ。

OSCE 本番では、制限時間内に、採点基準となるポイントを如何に確実に・完璧に盛り込むことが重要となる。私は練習中、試験で網羅すべき点をいくつか忘れてしまったり、一度言葉をつっかえてしまうと口調がしどろもどろになり、制限時間内に終わらなかったりと「このままでは、合格レベルに達せない」という状態が長く続いていた。

そんな中、ついに、私としては「これで、完璧だ!」と思える練習回があった。

でも(やったーーーー!!!)と満面の笑顔でいたら、パートナーは、いつになくドスのきいた声で

「おい、お前。大切なことを、一つ忘れてないか?」と。

(え。。。? 私、全部、網羅したはずなんだけど。。。。)

とキョトンとしていると、

「患者に、ありがとうございましたって言えよっつ 😡💢⚡️😡💢⚡️😡💢⚡️😡💢⚡️!!!」

と怒鳴られた。

その言葉で、ポロリと涙が出た。OSCE に合格するのに必要な技術面の習得だけで頭が一杯一杯で、私、目の前にいる患者さんのことを、すっかり忘れてしまっていたんだよね。。。。

で、この教えが、後になって、どんなにありがたかったかを、知ることになるのだった。

 

私のパートナーは、これ以外にも、OSCE 実技試験のもう一つの重要分野である、病歴聴取・問診についての準備が全くできていなかった私に「これを頭に叩き込むんだ」と言いつつ、大学院から配布されていた膨大な教材から、その要点を A4 サイズの紙2ページにまとめたものも作成してくれた(写真下⬇︎)。フィジカルアセスメントの実技の練習に時間を取られ過ぎていた私は、病歴聴取・問診に関しては、実際、これ(だけ)しか準備しなかった。

私のパートナーが作成してくれた「病歴聴取・問診」の虎の巻(笑)

 

そして迎えた、OSCE 実技試験日。

現履修生 38 名と、過去に OSCE 不合格もしくは、昨今の新型コロナウイルス (COVID-19) の感染などにより運悪く受験できず卒業が延期されていた追試学生 12 名の合計50名が、1グループ4名ずつに分けられ、指定された時間に、試験会場に呼ばれていった。

私の試験時間の前の時間帯で試験に臨んだグループのうち2名が「試験場内に時計がなく、時間の感覚を失ってしまい、制限時間内に終わらなかった」と失望した様子でドアから出てきた。このような場合、当たり前であるが、得点は大幅に失なわれる。

試験場に時計がないなんて、日本だったらあり得ない状況であるが、実は英国では、こういったことは日常茶飯事。それで不合格になり、学生が後で抗議しても「用意してこなかったあなたの自己責任」といった一言で片付けられてしまう。

何だかそういうこと起こりそうだなあ。。。という予感がしていた私は、看護師が医療現場で使う時計を Amazon で購入していた(写真下⬇︎)。そして、それを胸元につけ、試験場へ入室した。

こちら、私が OSCE 試験場に持ち込んだもの一式。学生証とボールペン(必須)、聴診器(→試験場にも用意されていたが、結局、私も含めたほぼ全ての学生が各自で購入し、自分で使い慣れたものを持参した)。そして、看護師さんが医療現場でよく使っている時計(→これは試験の一つとして、患者さんの脈拍数・呼吸数を測る実技があったことと、試験全体の時間配分に工夫するため、自己判断で購入し、胸元に付けた)と消毒用アルコールジェル(→OSCE 試験開始時に、患者さんに自己紹介しつつ、まずは手を消毒することになっていたため、それをうっかり忘れて減点されないよう、自分で携帯用のものを用意した)。患者さんへの問診の際、立ったままでも書けるクリップボードと A4サイズの白紙は、講師陣から「試験当日、各自で準備して持ってくるように」と言われていたが、それがうまく伝わっていなかった学生たちも一部おり、後日、試験場に時計がなかったという不備と共に、不合格者たちからの抗議の的となった

そして、ものすごい緊張の中、私の OSCE 実技試験が開始された。

ロンドン大学キングスカレッジ医学校内の OSCE 実技試験室。英国の国営医療 (NHS) 病院の典型的な病棟の造りにほぼ擬似したものとなっています

 

で、結論はと言うとですね。。。

努力した分の成果は十分発揮できたものでした。ただ、初対面の患者さん役の方を前に、想定外のシナリオには臨機応変に受け答えをしつつ、無我夢中で実技をしていくうちに、私自身も、自分で用意した時計を見る余裕がなくなってしまっており、試験官から「制限時間、残りあと10分!」と言われた時は一瞬「え?!」と冷や汗が出た。

でも慌てず、時間制限内にほぼ全ての要素を盛り込み、試験を終了することができた。そして最後に、患者さん役の方へ向かって心から、

「今日は、本当にありがとうございました!」

と申し上げると、試験官が採点用紙に何やら書き込む様子が、横から伺えた。

そうなんです。英国の医療系 OSCE 試験では、最後に、患者さん役の方にお礼を申し上げることがボーナス得点となることを、私のパートナーは知っていたのだ。。。

 

さて、このロンドン大学キングスカレッジ処方薬剤師免許取得コースの OSCE 実技試験ですが;

私が受けた回は、50名の受験者数中、合格者は34名でした。

そして私は、その中で6位の成績だったそうです。

勤務先の病院から奨学金をもらっている以上(リンク下⬇︎)、不合格だけは避けたという一心で頑張りました。聞いたこともない医療用語や解剖学用語をほぼゼロから学ぶというスタートであったことを思えば、予想以上の出来であったと言えます。兎にも角にも、安堵の胸を撫で下ろしました。

英国の薬剤師の卒後教育は、原則、国や勤務先から奨学金が給付され、本人負担無料で行うのが普通です。そのことについては、以前のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ。

 

でも。。。 そんな初白星に喜ぶ暇もなく、このコースでは、その後、次から次へと無理難題な課題が待ち受けていたのです。

 

このシリーズは、次回へ続きます。

 

では、また。