日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

「The Pharmacy Show (薬局ショー) 」へ行ってきた in 英国バーミンガム(下)

 

今回のエントリは、こちら(リンク下⬇︎)からの続きとなっています。


あと、会場を色々と廻るうちに目についたものと言えば、「調剤薬の無人受け取りロッカー」の展示だった。実にさまざまな会社が出展していた。

英国では、新型コロナウイルス (COVID-19) のパンデミック以来、如何に人と人との直(じか)の接触を避け調剤サービスが提供できるか、ということが模索されている。

その対応の一つとして、薬局が開局されていない時間帯でも、患者さんや介護者の都合の良い時間に薬の受け取りができる無人ロッカーの設置が注目されている。

一具体例であるが、私が現在勤務する大学病院は、常に患者さんで溢れかえっている。外来薬局では、処方せん受け取りから投薬までの時間が最低でも一時間かかる。それゆえ待合室も常に人でぎゅうぎゅう。

でもそんな「密」な場所であれば、感染も蔓延しやすい。パンデミック前でも、あまりに長い待ち時間にくたびれ果てた患者さんが、窓口の薬局スタッフへ悪態をついたり、狭い場所で待つストレスから患者さん同士が喧嘩を始め、病院の警備員が駆けつけるといったことも日常茶飯事にあった。

という訳で、私の病院でも、時間外に薬の受け取りが可能なこの無人ロッカーの設置が、昨年から話し合われていた。残念ながら「予算がない」とのことで、現時点では保留にされているのだけど。。。(泣)

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こちら(写真上⬆︎)は、新型コロナウイルスのパンデミック対策を目的としたビジネスコンペで公的な助成金を受けたベンチャー企業の製品だそう。

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新型コロナウイルス (COVID-19) の感染防止対策のみならず、ハブ&スポークのコンセプトからも、調剤薬の無人受け取りロッカーは、次世代に不可欠のサービスとなるであろうことが予測される。

「ハブ&スポーク (Hub & Spoke)」の意味がご不明な方は、以前のこちらのエントリ(⬇︎)をどうぞ

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でもこのような調剤薬受け取りロッカー、今のところどの会社のものも、冷所保存の薬の保管は不可だそう。

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数年前 NHK の衛星放送で、現代の日本ではごくありふれた「冷たい飲み物と温かい飲み物を一緒に販売する自動販売機」が、開発当時どれだけ高度な技術を必要としたものであったかを紹介する番組を見た。そのからくり「調剤薬受け取りロッカー」にも応用できるのでは。。。?


それから、英国保健省下の国営医療サービス (NHS) や国家レベルでの薬学教育の戦略ストラジェリストたちが登壇した講演にも参加した。

目から鱗の話ばかりだったので「英国の薬局・薬剤師の最新情報」として、ここにいくつかを紹介。

1)将来、英国では薬局の紹介なしに、家庭医(かかりつけ医, 通称 GP)の診察を受けることができなくなる

英国では、健康上、医者が必要と感じれば、まずは自分が登録している家庭医院へ行く。しかしながらその中には、家庭医以外でも対応できる症例も多い。英国民にとって最もアクセスしやすい医療機関である薬局の薬剤師こそが、その「初診」の役割を担うべき。ということで、将来、英国の医療サービス利用のステップは大胆にも、皆、まずは薬局へ行き、その紹介なしには家庭医を受診できなくするシステムにするとのこと。

2)街の薬局による長期慢性疾患薬剤総合管理サービスの拡大

従来の喘息、慢性閉塞性肺疾患、高血圧、高脂血症、2型糖尿病、骨粗鬆症、痛風、心疾患、パーキンソン病、脳卒中といった疾患以外にも、最近このカテゴリーに、てんかんと緑内障が新たに加わった。

3)薬剤師の緊急医療への進出

病院の緊急医療室 (A&E) へ来た患者さんの約4割の症状が薬剤師でも対応できたであろうという統計が出ている。病院⇄その地域の薬局間で医療情報の共有がさらに強化されるべき。また、緊急医療室の前線で働くことができる高度技術を持った臨床薬剤師へ期待が寄せられている(→これ私自身も、今後のキャリアの方向性として、とても興味を持っている分野)。

4)ファーマシーテクニシャンのレベルアップ化

来年から、英国内でファーマシーテクニシャンの免許を取得した者へは「調剤薬の最終監査」と「薬歴聴取」業務が即座に行えるようになる(→注:現行では免許取得後、就職先での実地検定を経て、地域の薬学教育センターの最終試験に合格することにより付加資格として取得する必要があった)。

5)薬剤師免許に、処方免許も自動付帯

英国では、医師以外の医療従事者でも薬の処方ができる。薬剤師の場合、現時点では、薬剤師免許取得後、最低2年間現場で働き、自分の専門分野を定めた後に、大学院での6−9ヶ月のコースを履修することで取得できる。しかし近い将来、処方トレーニングを薬学部の課程や仮免許研修期間内に組み込み、薬剤師免許取得と同時に処方免許も自動付帯される予定。

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英国保健省国営医療サービス(NHS) 全体の薬局サービス改善部門のトップが語る「薬局・薬剤師の未来予測」の内容の濃さに圧倒された

ちなみに、英国の現行の医療システムの概略については、こちら(⬇︎)のエントリもご参照下さい

 

英国の街の薬局薬剤師を主に対象にした展示ショーであったけど、国内の病院薬剤師の最高峰の方々も講義を行っていたため、その一つにも参加してみた。

ロンドン大学キングスカレッジ付属病院の、パーキンソン病を専門とするコンサルタント薬剤師が演者だった。英国で「コンサルタント薬剤師」とは、その分野での最高峰・国内第一人者へ与えられる称号と役職。

パーキンソン病の薬の処方や調整は、病院の専門医やその分野の臨床薬剤師が主に行なっていく。でも一番大切なのは、薬局で間違いのない調剤が行われ、患者さんが(往々にして)複数の薬剤の複雑な服用法を理解し、街の薬剤師によりその確認や副作用のモニタリングが行われるかということ。

だから、今回その啓蒙をしたく、このショーでの講義も担当したとのこと。

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英国のパーキンソン病分野での臨床薬剤師の第一人者として知られるシェリー・ジョーンズ (Miss Shelly Jones) さん

講義が終わった後に十分なQ&Aセッションの時間を取り、それでも聞き足りない参加者には、会場外でも長々と立ち話をして下さるような気さくな方だった。私自身日々現場で「?」と感じていたパーキンソン病の薬剤治療法についても明確なアドバイスを頂けた。頂点の頂点に立つ臨床薬剤師って、こういう立ち振る舞いをするんだなあ、と感銘を受けた素敵な方だった。

そして何よりこの講義セッションでのサプライズは、座長が「英国薬局協会 (National Pharmacy Association, 通称 NPA) 」の政策マネージャーさんであったこと。

NPA とは、英国の街の特に個人薬局に特化した職業団体。数年前、日本の薬局関係者の方々が来英された際、私自身全く部外者ながらコンタクトを取り、訪問見学の手配をした機構だった。で、当日、大勢で伺うと、こちらの政策マネージャーさんの指揮の元、目を見張るような心温かい歓迎レセプションが用意されていたのだった。

その時の模様は、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

そしてよーく見渡せば、「NPA」のブースは、今回、この大きな会場の中でもまさに中央のロケーション(写真下⬇︎)に設置されていた。NPA は事実上、このショーの最大協賛団体であったのだった。

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「英国薬局協会 (National Pharmacy Association, 通称 NPA) 」のブース。ちょうど今年は創立100周年という記念すべき年であったとのこと

今回の「英国薬局ショー (The Pharmacy Show) 」、私自身とにかく楽しんだ。どうしてかな? と考えてみたんだけど、理由の一つは「匿名性」だったのではないかと感じた。

ロンドンで毎年春ー夏に開催される「臨床薬学大会 (The Clinical Pharmacy Congress) 」では、必ずと言っていいほど知り合いに会う。ロンドンの病院薬剤師の世界は、本当に狭いから。それはそれで同窓会的要素もあって有意義なのだけど、自分のことを誰も知らない場所で、好奇心のおもむくままに学べる空気をかけがえなく感じた。

今回の「薬局ショー (The Pharmacy Show)」と並び英国の2大薬学大会の一つである「臨床薬学大会 (The Clinical Pharmacy Congress)」へ以前参加した時の記録は、こちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

でも、そんな薬局ショーの閉会間近の最後の最後にね。。。。

「知り合い」に遭遇したのだ。

会場の一番端のトイレの前のブースは「Expert Clinic」とあった。ショーが開催されていた2日間、何度かそのトイレに行ったが、特に気に留めず通り過ぎていた。

でもここね、なんと私と同世代に英国薬剤師免許を取得した者たちの中で「伝説」となっているアレックス君が出展していたの。

アレックス君は、仮免許(プレレジ)研修をロンドン近郊の州の大型国営医療 (NHS) 病院で行なったが、あり得ないパフォーマンスをする人として知られていた。ほんの一例であるが、指導薬剤師が「『リン酸浣腸』って何に使うか知っている?」と質問したところ、散々考え込んだ挙句「えーっと。。。高血圧剤ですか?」と答えてしまうほどだったらしい。

仮免許(プレレジ)研修というのは、大学で理論的に学習したことをいかに実地で応用させるかの訓練。アレックス君は、その能力が並外れて欠けていたため、その研修も正規の1年以内に終了することができなかった(→これ、非常に稀なケース)。

でも消息を絶っていたその「アレックス君」がね。。。。

実務薬剤師としてではなく、なんと実業家として成功していたのだ。

薬剤師が各種ワクチンを接種するために必要な技術を習得するトレーニングセッションを開催していたり、PGD と呼ばれる予製薬剤を扱う会社を立ち上げていた。最新の事業としては、薬剤師による耳垢除去の施術に必要な機材の販売も開始したそう。

英国の独自の医薬品供給法の一つである PGD (Patient Group Direction) については、以前こちらのエントリ(⬇︎)で触れています。

尾篭な話であるが、英国では、個人で耳かきをしたり綿棒で耳の掃除をするのは禁じられている。薬局で販売されている耳垢溶解剤(オリーブオイルや重炭酸ナトリウム溶液)を使用し、自然に取り除くのが主流。それで除去不可な場合は、家庭(かかりつけ)医院へ行き、耳垢をシリンジにて吸引してもらう。

でも今後は、この除去を街の薬局が行うことになる(りそう)とのこと。そこでアレックス君は、その可能性に誰よりも早く目をつけたのだった。さすが香港系中国人、ビジネスの嗅覚に長けている。実務薬剤師だけが薬剤師の仕事じゃないよね。薬剤師のキャリア選択はさまざまだ。

頂いた彼の名刺には「王立グラスコー医学会渡航医学教育評議委員会メンバー」そして「処方薬剤師免許保有」とあった。いつの間に取得したの?

私も負けていられないと、新たなる闘志を燃やした次第(笑)。

アレックス君のベンチャー会社の概要にご興味のある方はこちら(⬇︎)からどうぞ

 

最後になりましたが、新型コロナウイルス (COVID-19) のパンデミックが終焉した暁には、英国への観光がてらこちらの「英国薬局ショー」(リンク下⬇︎)へのご参加も是非。事前登録が必要ですが参加費は無料です。以前は日本の薬科大学の教授の先生方や学生さんたちも来場されていた記憶があります。

 

<番外編>

今回、宿泊したホテルはこちら(写真下⬇︎)。

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「ヒルトン・ガーデン・イン (Hilton Garden Inn, Birmingham Airport) 」。バーミンガム空港玄関が目の前の絶好のロケーション

今回の薬局ショーの会場となった「英国国立展示場」から最寄りのホテルの一つという理由だけでこちらを選びましたが、案の定、ショーの参加者のみならず、開催関係者・裏方の方々が多く宿泊されておられました。

ショー当日の前夜から宿泊し、終了の翌日にチェックアウトという快適なステイを楽しみました。ホテル内のレストランやバーでは連日「薬局業界人」たちの非公式な会合が行われており、それを目の当たりにするというもの珍しい体験(笑)もしました

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ホテルの客室の窓からは、バーミンガム空港が一望できました

 

では、また。