日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

新型コロナウイルス (COVID-19) 感染記録(中)

 

今回のエントリは、シリーズ化で、前回はこちら(⬇︎)になっています。 

 

12月30日(水)

朝起きると、鼻づまりがすごい。

昨夜からずーっと寝ていたが、ふと、これ以上眠れないという状態になった。「現状では、一日の間で、体調の良い時間はほんの少ししかないはず。こういった時にこそ集中して色々なことを片付けよう。ひょっとしたら容態が急変し、今日明日にでも入院、もしくは最悪の場合、死ぬ可能性だって無きにしもあらずだらかね。。。」と達観し、意を決して起きた。

朝食(写真下⬇︎)を食べ始めると、

「あれ? 嗅覚と味覚、ほんの少しだけど、感じられる」

嬉しかった。

f:id:JapaneseUKpharmacist:20210124021505j:plain

今回の新型コロナウイルス (COVID-19) 感染中は、普段は決して好物でない「ホットチョコレート」を、毎日、欲するように飲んでいた。味覚の喪失・誤作動により、ほぼ全ての食べ物の味が変わってしまい、頭がひどく混乱する日々の中、これだけは味が変化せず、安心して口にできたから

昼過ぎから、再び止めどない鼻水。これ以上放っておくと、鼻水で窒息死しそうなほどだったため、ピリトンを1錠服用してから、ベッドに潜り込むように就寝。

ピリトン (Piriton) とは、英国内のクロルフェナミンのブランド商標名です。英国の代表的な OTC 薬にご興味のある方は、過去のこちらのエントリ(⬇︎)をどうぞ 

 

夕方、気分的にはスッキリして起きたものの、その後、夕食を食べている間、皿を丸ごと全てひっくり返してしまった。普段の私ではほぼやらない、注意散漫が引き起こしたハプニング。

そして食後すぐ、再び気分が悪くなり、即、就寝。ということで、結局、この日の実質稼働時間は朝の1−2時間のみでした。

そして今振り返ると、この晩が、感染判明後、自宅療養した日々の中で、一番苦しかったです。

寒気と高熱を交互に繰り返し、咳が毎秒のように持続的に出ました。意識が朦朧とし、身体が重力にずっしりと吸い寄せられるようでベッドから身動きが取れず、長い、長い夜を過ごしました。

それでも、ある時点で、異常なほど喉が乾き、何か飲み物をと切望しました。満身の力を振り絞ってベッドから起き出し立ち上がると、歩調がおぼつかず、冷蔵庫のドアに頭を激突。。。。

痛いよお。。。(泣)と頭にできたたんこぶをさすりながら、味覚の誤作動のため、異様に苦い味のする(よって、ちっとも美味しくない)オレンジジュースをすすりました。

目の前の事が認識できない、お皿をひっくり返す、そして、冷蔵庫の角に頭をぶつける、などなど、普段はやならいような奇行を次から次へと起こしていました。この後、私は無事回復し、現在、コロナウイルス感染患者収容病棟の大前線で働いていますが、患者さんを見ていると、私と似たような「珍行動」がかなりの頻度で起こっています。新型コロナウイルス (COVID-19) は、人間の認知能力に大いに影響すると、確信しています。

 

再びベッドに戻りました。カーテンを閉める体力すらなく、真っ暗な中にも月明かりが感じ取れる寝室で独り、

「これで、この世の生の終わりになるのかな。。。」

まさに死を覚悟した、そんな心理状態に近いものがありました。

 

12月31日(木)

午前8時15分、携帯電話が鳴った。勤務先病院の「労働安全衛生課」からだった。

英国の各国営医療 (NHS) 病院内に必ず設置されているこの部署については、以前のこちらのエントリ(⬇︎)をどうぞ

第一声は、

「うわー、起きてましたか!」と。

私と同日に PCR 検査を受けた者たちへ順々に、結果を伝える連絡をしているのだが、電話に応答したのは今のところあなた(=私)だけだと、びっくりされたのだった。他の人は、あまりに具合が悪くて寝ているのでしょうねえ、と。

(昨晩、死を覚悟したぐらいだったのに、それでも私は、まだ軽度のほうなんだ。。。)

嬉しいのやら、悲しいのやら。

 

で、「PCR 検査の結果、あなたの新型コロナウイルス (COVID-19) の感染が確定されました」と告げられた。

いや、もう、分かっていましたよ。ここ数日、人生最悪と言える体調だもの。。。。

そして「今後10日間の自宅強制隔離」を言い渡された。一応、情報収集のため、病院内のどの病棟で働いていたのかを聞かれた。でもその口ぶりから、病院としては、感染経路追跡は行わないようであった。

その理由、分かる。

現時点で、私が勤務する病院内では、患者さんにしても、医療スタッフにしても、もうあまりに感染者が激増し、もはや各人がどこで感染したかを追跡しても(全く)意味のない行為になっている。私のケースは、ほぼ確実に、院内感染だ。私の濃厚接触者を割り出しその人(=同僚)たちに自主隔離を求めると、勤務可能なスタッフの数はさらに激減し、自分たちで自らの首を絞めることになる。それがまさしく医療崩壊に繋がることになり、国も地域の住民たちもそれを(決して)望んでいない。

患者情報機密のため、はっきりとは伝えられなかったが、薬局のスタッフも、ここ数日でかなりの人数罹患したらしい口ぶりだった。

「法的な自宅隔離は10日間だけど、それで回復しなかったら気にせず、十分休んでから職場復帰してね」という温かい言葉で、労働安全衛生課の方との会話が終わった。病人に寄り添う、心ある人の声だった。

 

続いて、直属の上司のドナさんへ電話。「陽性でした」と報告。でも、上司は、いつになく焦った口調で、

「いつ、職場復帰できそう?」と。

先ほどの労働安全衛生課の方との会話とも合わせて、今、薬局スタッフは次々と感染し、相当人員不足になっているのであろう。ドナさんの肩には、ありとあらゆる代理の仕事が降りかかってきているのが、容易に想像できた。

でも私自身、その時点では、回復の兆しが全く見えず、とても職場復帰予定日なんて明言できなかった。ごめんなさい。。。

私の上司の「ドナさん」にご興味のある方は、以前のこちらのエントリ(⬇︎)も一例としてどうぞ

 

しばらく寝ていたが、便意を催しトイレへ。新型コロナウイルス (COVID-19) に感染以後、食欲がめっきり減った。でも毎日、例外なく快腸。腸全体が根こそぎ掃除されているような爽快感があった。この状態は回復後も数週間続いた。間違いなく、新型コロナウイルスウイルス (COVID-19) の作用の一つだったと言える。ちなみに私の体重は、感染前後で3キロ減りました。

 

そしてこの日以来、私の携帯電話へ、国営医療サービス (NHS) 機構や登録先の家庭医から、テキストメッセージが次々と送られてくるようになった(例 ⬇︎)。さすが、医療がほぼ国営で統率運営されている強み。情報が共有化されている。

f:id:JapaneseUKpharmacist:20210125023723j:plain

英国国営医療サービス (NHS) 新型コロナウイルス感染追跡調査部から、私の携帯電話へ送られてきたテキストメッセージ:「最近受けた COVID-19 検査結果は陽性でした。最低10日間の自宅隔離を命じます」との内容

この日も一日中寝ていたが、夕方、ロンドン近郊の国営病院に勤務する日本人薬剤師(→私の弟分のような人)から、テキストメッセージが来た。

「良いお年をお迎え下さい」と。そうか、今日は大晦日だったんだ。すっかり忘れていた。

「あのね、私、新型コロナウイルスに感染した」と返信すると、びっくりされ、それから小一時間、卓球の球を互いに矢継ぎ早に打ち返すかのごとく、テキストメッセージを交換し合うことに。彼、その時、当直勤務中だったらしいんだけど。。。(笑)

英国の病院薬剤師の当直業務についてご興味のある方は、以前のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

 

で、この人、実はものすごく博学。英オックスフォード大学の新型コロナウイルス (COVID-19) 治験の『超』最新情報の詳細を、色々と教えてくれた。

RECOVERY Trial と呼ばれるこの治験が開始された時のことは、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

そんな会話の中で、

「新型コロナウイルス (COVID-19) で一番怖いのは、免疫反応で血栓ができることですよ」と。

そう言われれば、この一週間、立ち上がる体力すらなく、ほぼ寝たきりだなあ。そもそも自宅隔離しているから歩き回れないし。しかも、私、日頃から慢性的な頭痛持ちだ。

ということで、この日から低ー中用量のアスピリン(写真下中央⬇︎)を服用することにした。血栓予防と偏頭痛の治療も兼ねて。

f:id:JapaneseUKpharmacist:20210128083535j:plain

新型コロナウイルス (COVID-19) のパンデミックが始まって以来、英国の多くの病院で血栓症防止のガイドラインが見直されました

そしてこの弟分、ベートーベンの交響曲第9番の YouTube までテキストメッセージに添付してくれた。「これで日本の年末を思い出して下さい」という一言と共に。

良き友よ、ありがとう。

私の英国薬剤師としての弟分である、こちらの日本人薬剤師についての紹介エントリ(⬇︎)はこちらからどうぞ

 

この夜、シャワーを浴びている最中、突然ひどい息切れが起こった。危うく倒れるかと思ったほどで、浴槽の中でゼイゼイ言いながら長いこと疼くまり、呼吸を整えなければならなかった。新型コロナウイルスの症状悪化の特徴って「呼吸困難」って言われているよね。。。。

 

浴室からヨロヨロと出てきたら、ちょうど、花火の音が鳴った。 

2021年の幕開け、そして、EU 離脱の合図?

コロナ禍のロックダウン中ということで、国会議事堂(ビックベン)前で毎年恒例で行われていた、大規模な新年カウントダウンと花火大会は中止された。でも、自宅の窓越しに見える近所の公園では、花火が次々と打ち上げられていた。そのお祝いのイメージとはおよそかけ離れた、今の自分のボロボロな姿に、我ながら言葉がなかった。

花火の音に背を向け、心身ともに崩れ落ちるように就寝。

 

1月1日(金)

明けまして、おめでとうございます。

でも、こんなにも体調悪く新年を迎えたことは、未だかつてなかったな。

 

正午きっかりに、見慣れない番号から電話が来た。

「英国新型コロナウイルス (COVID-19) 追跡調査部です。今回の感染に関して、ご協力願えませんでしょうか?」と。

約20分間ほどのインタビューで、色々なことを聞かれた。

まずは、症状の確認;

咳は出ましたか?「はい」。

味覚・嗅覚障害は起こりましたか?「はい」。

胃腸障害、特に下痢などはありますか?「うーん、下痢じゃないけど、感染以来、すっごく快腸💩です」。

精神状態の変化はありましたか?「はい」。

この質問に答えている時に、私って、ホント、典型的な新型コロナウイルス (COVID-19) 感染患者なんだなと実感。

 

で、実はこの電話を受け取った時、恐れていたことがあった。

徹底的な「感染経路」を聞き出されるのでは? ということ。

というのは数週間前、勤務先薬局内の同僚の一人が感染した。その際に(恐らく)このような調査での電話口で、彼女は問われるがままに、自分が働いていた部署の同僚全ての名前を挙げた。その結果、その全員が濃厚接触者として「自宅待機」となり、その部署は閉鎖せざるを得ず、病院は大窮地に陥ったのだ。それ以来、薬局の上層部からは;

「私たちは、医療用マスクを常時着用して仕事をしているので、感染対策はできている。追跡調査が来た際は、同僚の名前は挙げないで」という申し送りがあったのだ。

でもこの日、その類(たぐい)の質問として、私に聞かれたのは;

「12月19日以降、どこかへ出歩きましたか?」だけだった。

「すでにロックダウン中だったので、職場と自宅の往復だけです」と答えた。

それ以上は、何も問われなかった。電話口の質問者も分かっていたのだろう。今や、英国国営医療サービス (NHS) 内は患者もスタッフも感染者だらけで、追跡調査をすればするほど、医療崩壊を促進することになりかねないということを。

最後に「生活保護をはじめとする社会保障が必要ですか?」と。英国内には、このパンデミックで失業したり、給料減となったり、住宅ローンなどを払えなくなってしまった人たちがたくさんいる。そういう人たちの救済しようとしているのだろうなと解釈。私は、医療現場の前線で働くエッセンシャルワーカーなので「結構です」と答えた。

それで、「電話調査」とやらは終了した。

それにしても。。。。元旦からご苦労さまです。

 

この日は特に、体温の調節が取れなかった。数日前のように、足の指先が凍えるように寒くて、布団を2重にして横になるのだけど、数時間後、汗びっしょりになって目を覚ますということを、幾度となく繰り返した。

そして、いくらでも眠れた。これはもう不思議としか言いようがなかった。かれこれ1週間、一日のほぼ全ての時間を生きる屍のように寝ている。それでも体力が回復する兆しがなく、底なしに眠れるという状態が続いていた。

この日の夜間、突然、今までにない、後頭部をハンマーで打撃されたような頭痛が起こった。急いでアスピリンをのむと、1時間もしないうちに消失。でもその後は、また急に体温が上がり出し、一瞬ではあったが「あれ、これって発熱性痙攣?」といったものも経験した。

 

「明けぬ夜はない」という言葉があるけれど、回復の目処が一向に見えず、予測できないことが次々と起き、明日の我が身もどうなるか知れなかったこの2−3日が、筆舌に尽くしがたいほど辛かったです。

 

でも、この日の終わりにシャワーを浴びていた時だった。

あれ?

ここ数日、全く嗅ぎ取れていなかったシャワージェルの香りが、鼻の奥で、かすかだったけど感じ取れたのだ。

。。。。嗅覚が戻ってきているんだ!!!

そしてそういえば、ここ数日、常にぼーっとしていた意識もクリアになってきたような。。。気がする。

 

病状がまさに一進一退を繰り返した、2021年の元日でした。

 

この新型コロナウイルス (COVID-19) 感染記録の続編は、次回へ続きます。