日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

新型コロナウイルス (COVID-19) 感染記録(下)

 

今回のエントリは、シリーズ化で、前回はこちら(⬇︎)になっています。 

 

1月2日(土)

発症以来この1週間、食欲が(ほぼ)湧かなかった。一日中寝ているから、お腹も空かない。

嗅覚も味覚も喪失(もしくは誤作動)していたから、食べ物を見ても「これは食べるもの」という認識ができなくなっていた。飲み物を口にしても、オレンジジュースが苦いネクタリンの味に感じられたり、マンゴージュースが逆に爽やかなオレンジの風味がするといった、想像を絶する味覚の変化が起きていた。

でもこの日あたりから、嗅覚の回復に引き続き(徐々にではあったが)味覚が戻ってきたようであった。

夕方頃、突如、空腹を感じ「何か食べたい!」という衝動に駆られた。それは身体の奥底から湧き出る、強烈な欲求であった。

その瞬間(とき)だ。「あ、私(とりあえず命は)助かるな」と確信したのは。

 

1月3日(日)

ものすごく咳き込むが、体力は大分回復してきている。

起床後も、机の前に座っていられるようになった。今ひとつ集中力に欠けたが、締め切りが近づいていた「日本保険薬局協会会報誌 NPhA 」(写真下⬇︎)の、次号の依頼原稿を書き始めた。

こちらの媒体の編集長さんからは、かれこれ 15 年来、ご指導を受けている。常に先見の明を持ち、その時々での日本の薬局・薬剤師さんの間で旬(もしくは旬になりそう)な話題をテーマに提案して下さり、その海外での対比情報を紹介するコーナーでの、英国のレポートを担当している。

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こちらの季刊誌は、米国在住の日本人薬剤師さんのレポートと共に掲載されるというユニークなもの。ちなみに、私がこの初稿を書いたの、なんと仮免許薬剤師研修をしていた頃 (2012年) 。かれこれ 9 年ほど続いている長期連載です

英国薬剤師の免許取得前の仮免許「プレレジ」研修にご興味のある方は、以前のこちら(⬇︎)のエントリをどうぞ

 

午後、英国保健省からテキストメッセージ(写真下⬇︎)が送られてきた。

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「自主隔離は守られていますか? あなたは一人ではありません」

何か、じーんとくるものがありました。

日本でも、ホテルなどの宿泊施設で療養されている軽症者の方へ、東京都知事さんから手紙が来るって聞きました。こういうのは、なかなか良いですね。

 

昨日に引き続き、食欲が順調に回復している。この1週間ぐらい見向きもしなかったパスタとかを突然食べたくなり、ボウル一杯平らげた。でも、食べた後ですぐ、吐き気を催した。

なるほど。。。臨床栄養学の基本:「絶食していた病人には、静脈栄養にしても食事にしても、最初は『薄いもの』から始める」というのは、意味があることだったんだな。

おまけにこの「食べすぎ」で急に眠くなり、即、就寝。

 

1月4日(月)

明け方、異常に咳き込み、眠れなくなった。喉にすごい量の痰が絡み、窒息死するかと思ったほど。結局、だるくてお昼過ぎまで眠っていた。

この日はなぜか、呼吸器系の支障が絶えず起こった。気管がストロー1本分ぐらいの幅になってしまったのではと思えるほどの息苦しさ。これが、巷でよく言われている、新型コロナウイルス感染患者の「急変」ってものなの? という恐怖に慄いた。

そしてここ数日、体力的に回復してきてはいるものの、突然眠気に襲われ、ベッドに横にならなければならない現象が続いていた。これ、以後も頻繁に起こったので、自分で名付けて「電池切れ」と呼ぶことにした。

明後日から、仕事に戻る予定なんだよね。。。私、大丈夫なんだろうか? 

 

1月5日(火)

朝起きてみると、寝覚めは爽やかだった。まあ万全ではないけれど、ちょっと無理をすれば明日から職場復帰できるかな、というレベルにまできていた。この日をもって、英国政府が私に命じた、自宅強制隔離期間も終了であった。

ということで、上司のドナさんへ電話し「明日から、職場へ復帰します」と言った。でも、電話口での、私のあまりの咳き込み様に、

「完全復活ぢゃないよねえ。。。『本当に大丈夫』と思えるまでは、出勤しない方がいいのでは?」と。

要するに「あと数日、ゆっくりしなさい」ということだった。

ありがとうございます。。。! 上司の好意に甘え、体調を万全に整えるべく、今週一杯、病気欠勤することにした。

私の職場薬局で誰よりも働き者で最高の上司「ドナさん」にご興味のある方は、過去のこちらのエントリ(⬇︎)をどうぞ

 

夕方、小一時間、咳が全く止まらないという、喘息発作のようなものが起きた。本当に怖かった。体力を消耗し、ベッドに横たわると、そのまま夜中まで、起き上がることができなかった。

やはり、まだ、ギリギリの状態で生きているのだ。

 

1月6日(水)

昨日、変な時間に横になったため、夜は眠れなくなり、結局、昼まで起きれなかった。

そして相変わらず、ふとした隙に、突然心身のエネルギーが切れ、瞬時に眠りだすという「電池切れ」状態が続いた。

病気欠勤を延長したのは正解だった。自分の身体が制御不能な状態で、人の命を預かる仕事はできない。

 

この日、体調の良い時間帯を見計らって、新年初のブログをアップ。

その時のエントリはこちら(⬇︎)。日英で時差があるため、日付は1月7日になっています

そして、昨年からのクリスマスに関するもの(例:写真下⬇︎)を片付けた。英国では、1月6日をもってクリスマス期間の終わりとしており、この日にクリスマスに関する全てのものを片付けないと、新しい年は不運になるという言い伝えがある(日本で、お雛さんを3月3日以降すぐに片付けないと縁遠くなる、みたいなものと一緒。真偽のほどは謎。笑)。

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去年のクリスマスに、同僚から頂いた香りの良いキャンドルの詰め合わせギフト。自宅療養中は毎日、これらのキャンドルに鼻を近づけ、どれだけ嗅覚が正常に戻ってきているかのバロメーターにしていた

そんな片付けで疲れ果て、午後11時までには就寝。私、基本は夜型人間のため、通常であればこの時間帯でも「早く寝た」部類に入るのだけど。

 

1月7日(木)

病状は一進一退。日によってかなり「変動」があることを自覚。

この日は、前述の日本保険薬局協会会報誌の原稿手直し。昨日、編集長さんから連絡が入り、急遽「英国の新型コロナウイルス (COVID-19) の最新情報」も加えて欲しいとのこと。そのため、本題の内容を字数変更し、新型コロナウイルス情報は小コラムとして加筆。こういう作業はとても楽しい。

それにしてもつくづく、ものを書くということは、頭と身体のエネルギーを使うものであることを知る。これ、健康な時は、気に留めていなかったけど。。。 でも、私、今、病気欠勤しているから、具合が悪くなっても、すぐベッドに横になれる態勢。ありがたい。

 

その後、来週月曜日の職場復帰を目指し「病欠証明書」の手配をせねばと、家庭医(=かかりつけ医. General Practitioner, 通称 GP)院へ電話をすると、ひどい状態になっていた。

現在、あまりに多くの患者さんが医院に押し寄せているので、近日中の予約は保証できない。明日の朝一番に「当日枠」が取れるかを試して下さい、と。

ひえー、何だか 20年前、英国へ来たばかりの頃の「家庭医院のサービスの悪さ」を思い出しました。とほほほほ。。。。

私が英国へ移り住んで、最初に家庭医(かかりつけ医)院へ行った時の話はこちら(⬇︎)からどうぞ

 

1月8日(金)

昨日言われた通りに、朝一番の午前8時に家庭医院へ電話。

「病気欠勤証明書」発行は、医師と電話越しの診療で行う。「今日の午前中に、医師が空いた時間に電話をするので、必ず携帯電話を持ち、待機しておくように」と言われた。昨日の受付の方とは(まるで)異なるメッセージに拍子抜け。まあこれ、英国では「よくある」ことだけど(苦笑)。

で、早くも午前9時ごろには、電話が来た。電話口の家庭医はぶっきらぼうだった。

「俺に何をして欲しいって言うんだっ!」と。

😱😱😱😱😱😱😱😱😱😱😱

「新型コロナウイルス (COVID-19) に感染し、8日ほどの欠勤となりました。職場に提出する病気証明しを発行して頂きたいのですが」とお願いした。

「ノー・プロブレム。30分後には受付に置いておく」の二言で、受話器は一方的に切られた。

この先生、恐らく、ローカム(=人材派遣会社に登録している)医師なんだろうなあ。こんなたった 1 −2分の「電話診療」と「事務手続き」だけで、彼の懐(ふところ)には日本円換算で時給1万円相当は支払われているはず。

話が逸れるが、英国の国営医療サービス (NHS) で最も力を持つのは家庭医だ。英国の全医療予算のうち8割はプライマリーケア (一次医療) = 家庭医、残りの2割がセカンダリーケア (二次医療) = 病院へ分配されている。英国の医療は慢性的に赤字と言われているけれど、たとえ予算を増やしたところで、結局それは「声の強い」家庭医の給与になってしまうので意味がないと、一部の医療経済学者たちは分析している。

英国の医療サービスを利用する場合、どの人も登録しなければならない「家庭医 (=かかりつけ医、通称 GP) 」についてと医療システム全般の概要は、こちらの過去のエントリ(⬇︎)もどうぞ

 

で、話を戻し。。。

この日の午後、「病欠証明」を入手しに、ほぼ1ヶ月ぶりに外出した。登録先の家庭医(かかりつけ医)院を小一時間歩いて往復。2週間ほぼ寝たきりだったのに、意外と平気で歩けたし、いい運動にもなったので一安心。

歩いていく道すがらの横断歩道の信号機の前で、こんなものを発見(写真下⬇︎)。英国の新型コロナウイルス (COVID-19) 事情は、日に日に深刻になっていくのが見て取れた。

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新型コロナウイルス (COVID-19) の検査を受けるための電話番号を啓蒙する一般人向けの広報。近所の横断歩道の前の道路上に塗られていた。ちなみに「119」であるが、日本では救急車の番号のはず。

英国内で救急車を呼ぶ電話番号は「999」です。そんな情報については、過去のこちらのエントリ(⬇︎)もどうぞ

 

この晩、日本人薬剤師であり、英国ではホメオパスとして働く友人から電話が来た。

「実は、年末から新型コロナウイルスに感染してしまってね。でも、頂いていたレメディのお陰で、普通の人よりは軽度で済んだと思う」とお礼を言うと、とても心配して下さり「これからすぐに、感染後に効果のあるレメディやサプリメントも送ります!」と。

数日後には、友人からの愛の詰まった品々(写真下⬇︎)が、私の元へ届いた。

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こちらの友人のウェブサイトは ⬇︎ (リンク下) 。頂いていたいくつかのレメディは、今回の私の感染において確かに有益であったため、ご興味のある方は是非。他の症状でも15分間の無料コンサルテーションを試してみることが可能ですし、クライアントさんの経済状況によっては価格を自由設定にして診察を請け負うなど、とても良心的に仕事をされている尊敬する友人です。

 

1月9日(土)

この数週間、身体が全く欲していなかった紅茶(=強めのカフェイン)も飲めるようになった。これぞ体力が回復している証拠。

この日は、前述の執筆中の記事原稿の中で掲載予定の写真を選んだり、今年、是非やりたいと思っている、処方薬剤師免許取得に関する情報収集などを行った。

でも、午後5時ぐらいに「電池切れ」。昼寝、いや夕寝をし、その後もほぼ生産的なことをできず、就寝。

 

1月10日(日)

明日から職場復帰。しかも病院を移る(注*⬇︎)ので、今まで使用していた机を片付けに、薬局のオフィスへ出かけた。クリスマスの日以来で、時が止まってしまったような数週間だった。

(注*)現在勤務している大学病院群は、ロンドン南部とサリー州境の2ヶ所にあり、私は、原則6ヶ月毎にこの2病院を交代する職務にいます。

それからこの日、2021年用に購入していた個人ダイアリー手帳を、今年初めて眺めた。私はいつも「将来の計画を複数同時進行に立て」「目標に向かって努力をし」「それらを実現する」のが大好きな人。でも、新型コロナウイルス感染中は、そのダイアリーを見る余裕が(全く)なかった。一日一日を生き延びるのが「ただ一つの切なる目標」だったから。

「将来の計画を立てるのって、健康な人こそができる特権なのだな」

と、しみじみと思った。 

 

今回、新型コロナウイルスに感染し、痛切に感じたことがあります。

それは、

人生でやりたいことは、まだたくさんある

ということ。

 

長年「いつかやりたい」と思っていたことは、とっとと実行に移すべき。

死を覚悟した日々の中「あー、やり残したことの多い人生だったな。。。これで、ホントに『ゲーム・オーバー』になっちゃうの?」と思いましたから。

私は、ひどく俗世的な人間ですので(笑)、是非、これからの人生の教訓にしていきたいです。

 

これにて、私の「新型コロナウイルス (COVID-19) 感染記録」シリーズは、一応終了です。

が、

現在「コロナ・セントラル」と呼ばれる病棟で働く日々のことは、追々また、このブログでお伝えできればと思っています。

特に、職場復帰をした第一週目は「野戦病院」のような有様でした。

 

では、また。