日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

抗生物質啓発週間 in 2019

 

今週 (11月18日ー11月24日)は、英国医療サービス (NHS) の秋の風物詩の一つである、抗生物質啓発週間(⬇︎)だった。

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今年の英国抗生物質啓発週間公式ポスター

英国では、WHOの提唱に応じ、毎年11月18日の「ヨーロッパ抗生物質デー」を挟んだ一週間を、「抗生物質啓発週間」としている。

英国保健省が TVコマーシャル(⬇︎)を放映し、キャンペーングッズも作成し、国内中の医療機関や薬局で、さまざまなイベントが催される。

https://www.youtube.com/watch?v=E3RNPGxooNE

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英国保健省の TVコマーシャル「抗生物質は全ての病気に効くわけではない」の1シーン

で、私は職業柄、毎年、この国家(→というか、世界中で行われている)医療啓発プロジェクトを、自身が勤務している病院内のニーズに落とし込む、キャンペーンオーガナイザーに任命されている。

去年のイベントの様子については、こちら(⬇︎)からどうぞ


という訳で、今回のエントリは、今年のキャンペーンについてのレポート。

 

このキャンペーン、毎年、かなり前々からの綿密な準備が必要とされる。

でも、私、今月、めちゃくちゃ忙しかった。事実上、3週間連続の勤務で、そのうちの5日間、日夜週末当直が入ったからね。だから、準備は(全く)捗っていなかった。

しかも、今年は、私と同格の感染症専門薬剤師の同僚が産休に入っており、系列病院2つのキャンペーンを、独りで担当することになった。

先週末は、深夜まで準備に追われ(写真下⬇︎)「もう、一体どうなっちゃうんだろーーーー」って、やけくその状態だったのよ。

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直前は、深夜まで及ぶ準備作業に追われました。。。

 

そんなこんなで、色々あったのけど、今年も全プログラムが無事終わり、今、ほっとしているところ。

疲労困憊と達成感が、本当に、半端ない。。。(笑)

 

で、今年は、こんなことを企画してみました。

 

1)病院内の感染症チームが、病棟回診も兼ねながら、そこで働く医師一人一人に対し、英国保健省が現在、最重要視している「尿路感染症」に関する、最近改定されたガイドラインのポイントを直接伝える特別教育セッションを行なった(写真下⬇︎)。

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左から、私の上司である主任感染症薬剤師のドナさん、感染症医局長補佐のスーバ先生、そして、医局長のジャスティン先生。この他に、私と院内感染予防専門看護師を含めて「感染症チーム」を組んでいます。

そのポイントとは;

「英国では、現在、急性単純性膀胱炎が疑われる患者さんでも、65歳以上の者には、尿試験紙検査 (urine dipstick test) をしないよう推進している。高齢者の半数は、尿に細菌を持っているので、信頼性のない検査である。そして、自覚症状もないのに、その尿試験紙検査での結果だけで、即、抗生物質を開始することで、国全体として、耐性菌を増やすような環境にしたくない」

「症状のある尿路感染症に関しては、まずは、尿を培養に出すこと。腎盂腎炎か尿路性敗血症の場合は、血液培養も行うこと。そして、当初は院内ガイドラインに沿った抗生物質を使用し、感受性の結果が出た段階で、必要あらば、その抗生物質に切り替えること」

というもの。

私の上司(主任感染症薬剤師)が、このために特別に、国家医療 (NICE) ガイダンスを要約したリーフレットを作成した。そして、感染症医局部長と私で話し合い「抗生物質適正使用小テスト」と「抗生物質処方にあたっての注意事項」を含めた3点を、今年の抗生物質啓発週間の「医師用プロモーション配布物セット」とした。その他に、感染症医局長が、どこからか入手してきたボールペンを景品にした(写真下⬇︎)。

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感染症医局長が用意してくれた注射器型のボールペンには「Antibiotics - gone within a generation? (抗生物質は、一世代でなくなってしまうのか?) 」という警告メッセージが書かれていた

 

でね、これが思いの外、大成功だったのよ。

 

国家医療 (NICE) ガイダンスで「やるな」と明記されているとは言え、尿路感染症を疑った場合、慣例的に尿検査紙検査 (urine dipstick test) をしている医師がまだ大多数。というか、それを知らない医師が殆どであることが、今回の教育セッションで判明。

英国では、目下、この「65歳以上の尿路感染症には尿検査紙検査 (urine dipstick test) をしない」ということを徹底させた医療組織には報酬金を出す、という国家プロジェクト (Commissioning for Quality and Inovation, 通称 CQUIN) を行なっている真っ最中でもある。

今回のこの企画が、病棟医師たちから好評であったことに、感染症医局部長も気を良くし「来週は、緊急医療室の医師たちの元も訪れ、同様の教育セッションをしようよ。麻衣子、その人数分の配布物の準備、よろしく!」とのことでした(笑)。

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病棟医師たちへの教育セッション終了後、安堵の胸を撫で下ろす私と上司のドナさん。ドナさんは、私が勤務する薬局内の誰よりも働き者で、仕事に対し驚くほど実用的な考えを持っています。部下の私の成長もきちんと考慮に入れて下さる、尊敬する上司です。

 

2)外来薬局の前に立ち、病院を訪れる全ての人たち(患者・付添人・医療関係者、病院スタッフ)に向けて、抗生物質適正使用のプロモーションをした。

実際には、キャンディーやチョコレートと一緒に、英国保健省が作成したチラシを渡すというものだった(→「キャンディやチョコレートなら、簡単に配布できますが、抗生物質は、やたらめったらにはあげられません!」というメッセージを込めた)のですが、

「あー、今、TVで、赤と白のカプセルが踊っている、あれか!」

と立ち止まって下さる方も多く、実際に、300名ぐらいの方々と直接お話をしました。

 

そこで;  

現在、ヨーロッパ全域で、毎年250万人が、抗生物質の耐性の結果、死亡している。

現時点で、欧米では、全く新しい系統の抗生物質が開発・市場導入されるのに、約30年かかっている。

このままでは、抗生物質が尽きる時がやってくる。

その結果、2050年までには、世界中で毎年1千万人の人が、抗生物質の耐性の末、死亡するであろう。

 

それを防止するには;

本当に必要な時にしか、抗生物質を使用しないこと。

ウィルス性の風邪には、抗生物質は効果がありません。

 

といったメッセージを伝えました。

 

特にこの企画は、お昼時間中に行なったため、薬局の同僚たちにも来てもらい、場を盛り上げるのを手伝ってもらいました(写真下⬇︎)。

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私が勤務する病院の、今年 (2019/20) の仮免許薬剤師のジェーンさん(左)とシャナズさん(右)。仮免許薬剤師たちは、こういったキャンペーンの場合必ず、アシスタントとして駆り出されます。ありがとね!

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1年間産休中であった、同格の感染症専門薬剤師である同僚のパメラさんも、ちょうど今週から復帰し、このキャンペーンの応援に駆けつけてくれました。

毎年、このキャンペーンをオーガナイズする立場になって、つくづく思わされるのですが、英国人はホントにチームワークが苦手。しかも、色々な人が意見を出す割には、最終決定がギリギリまで下せず、関わる人たちの予定もコロコロ変わり、ほぼ全てのプロセスが、期待通りに進められない。

でも、今週の終わりに、薬局内のスタッフから「今年も、このキャンペーンが成功に終わったのは、ひとえに麻衣子のハードワークに拠る」との表彰がありました。本当に、嬉しかったな。

 

だから、やめられないんだ、この仕事。。。。(笑)

 

それでは、また。

 

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この抗生物質啓発週間の終わりにキャンペーンに関するものを片付けた後の残り物。祭りの終わりのような寂しさがありました

 

しばらく中断していた、「英国でファーマシーテクニシャンの職を得た時の話」のシリーズは、次回から再開予定です。