日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

いい仕事って?(下)

 

このエントリは、前回(⬇︎)からの続きとなっています。


2020年10月

相変わらず呼吸器系病棟で働いていた。ここの病棟は、看護師たちも寄せ集め(=人材派遣会社から手配した者や、他の病棟から急遽借り出され、その日限りで働いている方々が大半)で運営されていたため、色々な問題が絶えなかった。

そしてそこには、その方だけが長年勤務されているという、番長のような退院コーディネーターがいた。病院が所在する地域コミュニティーの「顔役」でもある方とのこと。根は悪くないのだろうが、ズケズケとした物言いをする人だった。

その人からある日「あなたより、前任の薬剤師の方がずっと良かったわ」と、面と向かって言われた。

とてもショックだった。

でもその言葉で、決心がついた。

 

上司のドナさんと個別ミーティングの時間を設けてもらった。事情を話し、病棟の配置換えを希望した。

最大限の努力をしてきたけど、改善の策も尽きた。私自身、全く楽しく働けていない。病棟も「選手交代」を希望している。であれば、彼らの望む薬剤師を配属させるのが最善でしょう、と。

私は、基本、諦めの悪い人。これまで、どんな劣悪な環境やチームでも、割り当てられた仕事は(ほぼ)遂行してきた。でもこの時が、薬剤師として働いてきて初めて「もうこれ以上は、できません」と敗北宣言した瞬間だった。

 

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病棟には、医師、看護師、薬剤師、栄養士、理学療法士、作業療法士、退院コーディネーター、事務秘書などなど、多くの人が働いている。言わずもがな、これらの方々との人間関係で、働きがいは雲泥の差となる。

 

上司のドナさんは、私の言葉に心から耳を傾けてくれた。そして;

「マイコ、よく今まで頑張ったね。任せとき」と。

ドナさんは、即、薬局の上層部に掛け合ってくれた。その結果、私は、それまで彼女が担当してきた「骨折外科病棟」を受け持つことになった。実のところ、ドナさんも、このところ自身の仕事量があまりに膨れ上がり「病棟業務はもうやれない」と考えていた矢先のことであったらしく、私の申し出は、彼女にとっても渡りに船だったのだ。そして、問題の呼吸器系病棟は、彼らが望む通りの「元担当薬剤師」に、再度お願いすることになった。

安堵の胸を撫で下ろした。

その夜、私は数ヶ月ぶりに、よく眠った。

このブログでたびたび登場する、私の上司「ドナさん」にご興味のある方は、こちら(⬇︎)のエントリからどうぞ

 

<いい仕事の条件6> 理解ある上司と働く。不満があるのであれば、職環境を変える

 

2020年11月

異動した骨折外科病棟は「まあまあ」という場所だった。

というのは、ご高齢者を主に受け入れる骨折病棟の臨床薬剤師の仕事というのは、究極に言えば、転倒再発防止のための血圧コントロール(→降圧薬はほぼ中止・減量し、退院後を引き継ぐ家庭医による見直しとなる)と、血栓防止薬がガイドライン通りに処方されているかの確認、そして、鎮痛剤の最良化で「ほぼ完了」なのだ。術後、複雑な感染症を引き起こし、感染症専門薬剤師の腕の見せ所となる場合もあるが、症例としては少数。

思い起こせば、新人臨床薬剤師だった頃、同僚が皆揃って「一番楽しいローテーションだよ!」と言っていた整形外科が、なぜか私だけ好きになれなかった。綺麗(すぎる)病棟環境で、薬剤治療もパターン化されており、正直、勤務開始後たった数週間で、飽きてしまったのだ。

確立された専門系の外科・整形外科は不向きなんだな、と悟った。

 

<いい仕事の条件7> 常に刺激的に学べ、自分も臨床薬剤師として貢献できる分野で働きたい。理想的には「内科」とか「緊急医療」とかで。

 

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一人一人の個性がそれぞれ異なるように、病院薬剤師の間でも、内科・外科・小児科・精神科・その他の専門、調剤実務・臨床業務・管理職、医薬品情報・医薬品製造・治験業務・教育訓練担当・研究プロジェクトワークが得意、といったさまざまな分野や業種への向き・不向きがあります。

 

2020年12月

集中治療室 (ICU) 主任薬剤師の先輩の妊娠が公表されたため、彼女の仕事を肩代わりする人が、急遽必要になった。 私はその一つの「中心静脈栄養輸液 (TPN = Total Parenteral Nutrition) 処方設計」業務を引き受けることになった。

この仕事は多職種連携で楽しかったが、一方でプレッシャーが半端なかった。 毎日9時15分きっかりに、病理科医局長の先生の主導の元、全病棟を歩きながら回診を開始。各患者さんの病状とその回復具合を把握・予測しながら、チーム全員で、以後24時間の中心静脈栄養点滴の組成を合意。そして、薬剤師の私が11時までに外部の会社へ、それらの処方輸液バッグ(写真例下⬇︎)を発注。処方の細かな最終調整ができるのは薬剤師の私だけ、という責任の重大さであった。私以外の専任スタッフ(病理医局長・臨床栄養士)は全員「この道oo年」といったベテラン。栄養学と生理学と薬学の融合という今までほぼ未知であった分野で、ビギナーの私は準備運動なしに、いきなりエベレスト山に登るような境地だった。

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中心静脈栄養 (TPN) 輸液バッグの一例

通常であれば1日平均5−6名の輸液の処方設計で済むところを、クリスマスの前日は、なんと25個分の注文が入った。秒速を争う時間との戦いの中、少しの間違いも許されない処方入力で、最後の辺りは、コンピューターの画面を凝視する自身の目に無数の星が点滅し、こめかみが波打つような頭痛が止まらなくなった。処方内容を2重、3重に確認しても、自分がやっていることに自信が持てなくなっていった。

「疲労がピークに達しているな」と感じた。

そしてその数日後、私の新型コロナウイルス (COVID-19) の感染・発症が確認された。  

私の新型コロナウイルス (COVID-19) 感染時の記録は、こちらのエントリ(⬇︎)をどうぞ。計3話のシリーズとなっています。

 

<いい仕事の条件8> 自分でコントロールが取れないプレッシャー下で、究極のスピードが問われる業務は、極力避けたい  

 

2021年1月

で、新型コロナウイルス (COVID-19) による数週間の病気欠勤後、病院を再び異動。ちょうど1年前に働いていた「地獄の一般病棟」に戻った訳ですが。。。。  

そこは、コロナ・セントラルとも言うべき場所と化していた。この世の地獄絵とも思える光景を目の当たりにしながら、でも一方で、この一年間忘れかけていた職業的充実感が、私の中に蘇えったのでした。

英国の新型コロナウイルス (COVID-19) 第3波時に、感染患者さん溢れる病棟で働いた時のことは、こちら(⬇︎)からどうぞ。計2話となっています。

 

種々雑多な患者さんが次から次へと運び込まれてくる場所であり、

危険度の高い患者さんに対処するため、医師を始めとする全職種で、できるだけ優秀で人柄も良い方たちを配属させている。

臨床薬剤師の役割が、多職種連携の中でも、大きく貢献できる分野。

自分主体で仕事ができる。

 

その中でも特に;

 

<いい仕事の条件9> 互いに良い影響を与え合えるような、優秀な人たちと働く  

 

というのは、本当に大切ですね。もちろん、それを実現するためには、私自身もチームの中で有益な人であり続けなければいけないので、日々、たゆまぬ努力が必須です。  

 

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現在、再び担当している「地獄の一般内科病棟」にて、尊敬する大好きな先生たちと。患者さんの薬剤治療方針を、真剣にディスカッション中。。。の写真

 

幸か不幸か「緊急・一般内科」という病棟は、なぜか私の周りの英国薬剤師たちは、ほぼ誰もが嫌がる仕事です。 でも私は、こういったどさくさな医療現場で(兎にも角にも)やっていけることこそが、自分の強みなんだな、と最近、改めて実感しました。

まあ、私が実際にやっていることと言えば、「目の前の患者さんの問題解決を、精一杯やる」ということだけなのですが、そういえば、これ、大抵の英国人は最も苦手とすることです(苦笑) 。 

 

という訳で、私にとっての究極の「いい仕事」とは; 

 

<いい仕事の条件10> 自分の得意分野(内科・緊急医療・感染症)にて、患者さんへ最適の薬剤治療を、多職種連携チームの一員として提供できる、医療最前線のダイナミックな環境での仕事。  

 

と言えましょう。  

 

ちなみにこの「いい仕事とは?」は、私が英国で最初の就職活動をしていた際に、とある病院の面接試験で聞かれた質問の一つです。

当時は、語学の壁もあり、しどろもどろだったけど、今はとりあえず、答えが出ている(笑)。

これまでの一つ一つの職経験が、私にその価値観を教えてくれたのでしょう。

英国の国営医療 (NHS) 病院薬局に就職する際に聞かれる面接試験の質問のいくつかの例は、こちら(⬇︎)からどうぞ

 

これらを考える機会を与えてくれた、私の今までの道のりで出会った全ての方々には、心から感謝です。

 

では、また。