日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

知っていればよかったのにと思うこと(下)

 

このエントリは、前回(リンク下⬇︎)からの続きとなっています。

英国医師会 (British Medical Association, 通称 BMA) が編纂した小冊子「THE THINGS I WISH I KNEW(知っていればよかったのにと思うこと)」の内容の一部を、私自身の経験の話も交えて紹介しています。

 

5)学んだことをメモする&一行日記を書く

これ、この冊子のページをめくっていて「あ、なるほど!」と腑に落ちたけど、実は、私自身、何年も前から、無意識に・自発的に行っていたことでした。

先輩薬剤師たちに怒られながら教えてもらったこと、病棟で医師や看護師さんたちが何気なく話していたことから習得したこと、医局長が病棟回診中に教育セッションも兼ねてスタッフたちに伝授されたこと、自分が翌日の患者さんの準備中に自ら調べることで学んだことなどのポイントなどを、面倒くさがらず、何でも記録。

一般的な教科書には(ほぼ)書かれていない、でも、実践的な医療現場では、即役立つ知識の宝庫。

そして私は、これらのメモや1行日記で過去に書き記した数々のことを、今は、後輩の薬剤師たちへの訓練時に「秘伝」として伝授しています。

ちなみに、私が長年愛用しているダイアリーは、はあちゅうさん&村上萌さんプロデュースの「週末野心手帳」。仕事もプライベートも全てこれ一冊で管理しています。どれもこれも、思いついた時に即メモするため、日本語と英語が入り乱れた殴り書き状態。。。(苦笑⬇︎)

最近の仕事中のメモの一例「Morganella Morenii にアミカシンを使用。腎不全の患者さんだったので、10mg/kg の用量で投与。それで劇的に回復」したとか

 

6)どんな分野にも興味を持つ

英国で薬剤師になった直後、正規の仕事が得れず、2年弱、ロンドンの日系医療クリニックでアルバイトをしていたことがありました。

そこでの主な仕事の一つが、英国に住み始めたばかりのお子さんたちに、日本の小児ワクチン接種スケジュールを英国のものと照らし合わせ、どのワクチンをいつ接種すべきかを推奨するという業務でした。このクリニックの顧客のほとんどが、日系企業のロンドン支社に勤務される駐在員とそのご家族の方々でしたので。

小児科、それまで全く興味がなく、正直、嫌々ながら行っていた仕事でした。でも、この経験から、英国で流通するワクチン製剤に随分詳しくなりました。そしてこれこそが、数年後、思いがけず、私の職業生命を救うことになったのです。

というのは、私はその後、念願の英国国営医療サービス (NHS) 大学病院の臨床薬剤師となり、高齢者病棟で働いていた時のことでした。

ある日、患者さんの一人に、肺炎球菌のワクチンが必要になりました。私はそのリクエストが来た瞬間、日系医療クリニックでの仕事の記憶が蘇り「あ、これって、小児用と大人用の製品をきちんと区別しなきゃいけなかったんだよな。。。」と。そして、大人用の製品名を正しく記載し、オーダーを出しました。

しかし、調剤したテクニシャンも、最終監査した薬剤師も、「小児用」と「大人用」の製品の区別に精通しておらず、小児用の製品を誤って用意し、病棟へ配達。

病棟の看護師さんも、小児用と大人用の製品の区別がつかず、そのご高齢の患者さんへ小児用ワクチンを投与してしまいました。

この医療ミスは、大きな苦情となり、この件に関わったスタッフは私を除き、全員(事実上)解雇・離職しました。

薬剤師の仕事は、時に「知りませんでした」では、済まされない状況が多々あります。

不本意な失業期間に働いた場所で得た知識であったものの、それこそが、後に、私の薬剤師生命を救ったのです。

このインシデント以後、私は、たとえ自分の専門外のことでも、薬学に関連したことであればできるだけ広範囲で、興味を持つようにしています。

 

6)異なる業種で働いてみる

ほぼ一貫して、病院薬剤師をしてきたように見える私ですが;

前回のエントリでも話した通り、日本では1年間ドラッグストアでも働きました。

英国で薬剤師になる前に、ファーマシーテクニシャンとしても働きました。テクニシャン時代は、ローテーション業務の一環で、日本でいういわゆる保健所みたいなところで仕事をしていたこともあります。

英国王立薬学協会の出版部に在籍していたこともあります。

日本の薬局雑誌に10年以上、定期寄稿しています。

今年から、母校ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジのディプロマ(注釈下⬇︎*)履修薬剤師たちの認定講師もしています。

自分の専門も、精神科→感染症→急性期内科、と変わっています。

自分がちょっとでも興味のあることは、何でもやってみるべきだと思います。

英国の薬剤師たちは、4年制の薬科大学を卒業した後も、さらに実践的な臨床・薬局実務を学ぶべく、働きながらパートタイムで2−3年大学院へ行き「ディプロマ」と呼ばれる学位を取得する者が大多数です(リンク下⬇︎)。ちなみに英国の多くの薬科大学院では、現在、この「ディプロマ」の最終学年を処方薬剤師免許取得課程としています。

 

7)海外で働き、他の国の医療システムを学んでみる

これ、英国の医療従事者の間では「ごくごく普通に」に行われている。医療資格が、英国連邦の国々(例:オーストラリア・ニュージーランド・カナダ)のものとほぼ共通で、自動、もしくは、容易に変換できる利点があるため。その他にも、中東(ドバイ、サウジアラビア、クエートなど)やシンガポール・マレーシア、南アフリカなどで働いていた、という人も周りで結構見かける。英国の薬剤師資格を取得後、米国やカナダの薬剤師免許も取得し、移住・永住した元同僚たちもいる。

私がこれまで一緒に働いた中で「ずば抜けて一位」の医師(リンク下⬇︎)も、現在、英国を離れ、オーストラリアで働いています

私自身、これまでの人生の最大のターニングポイントは? と聞かれれば、やはり、英国の薬科大学院に留学したことを挙げます。そして、そのコースの中で、異なる国の医療システムや薬剤師の教育・訓練に触れ「日英両国の薬剤師になる」と決心したことでした。

今では日本でも、なんと 29 カ国と協定が結ばれ、ワーキングホリデービザが発行されているとのこと。日本人薬剤師が、海外の薬局で働く機会(注:その国の薬剤師免許を持たない場合、アシスタント職としてでも)は、以前よりずっとハードルが低くなっているはずです。

たとえ短期間でも、日本以外の国で暮らし、その国の薬局の仕事にたずさわることは、その後のキャリアにも人生観にもポジティブな影響を与えることは、間違いありません

 

8)仕事中、履き心地の良い靴を履く

これ、医療現場の前線で働く薬剤師、特に立ち仕事の多い者にとっては、本当に大切なアドバイス。

私自身、英国に移り住んだ当初、足に完全にフィットしない靴(→注:英国の靴は、日本のように 0.5mm といった細かさで製造されていません)を購入し長年履き続けた結果、特に 30 代の後半で足の疲れが慢性化し、その痛みで仕事に集中できなくなってしまったり、挙句の果てに、転倒し大怪我をしてしまったこともありました。

その教訓から、ある時期から英国で靴を購入することをきっぱり止め、日本製の実用性重視の靴にこだわるようになりました。

ここ5−6年、私が仕事中も私生活でも愛足しているのは、日本の「パンジー」という会社のもの(リンク下⬇︎)。日本での休暇でいつも常泊している東京日本橋人形町・水天宮エリアで、たまたま通りがかった昔ながらの靴屋さんの店頭で売られていたものを試足してみたら、あまりの履き心地の良さに驚き、それ以来、こちらの会社の製品一辺倒。

私の職業的命綱と言えるほどの必需品。日本へ里帰り休暇をするたびに、こちらの会社の「4073」と「4067」を数足買い、英国に持ち帰り、文字通り毎日履いています。

(*) 足は本当に千差万別なので、こちらの会社のものが、皆さまの足に合うとは限りません。ご了承下さいませ。

ちなみに、英国の若手研修医の先生たちの殆どは、この写真にもあるようなランニングシューズを履いて仕事をしています。「心停止、心停止。医師はすぐ oo 病棟へ!」といった院内放送が流れる度に、皆、猛ダッシュでそこに駆けつけなければならないから

 

9)日々の業務内での休憩時間や、年次休暇をきちんと取る

20 − 30 代は無理して徹夜をして働いても、回復にさほど影響しません。でも特に夜勤などで日夜が逆転する仕事をする人は、絶対に健康のメンテナンスに気をつけること。慢性疲労のツケは 40 − 50 代に、必ずやってきます。

面白いことに、この小冊子「THING I WISH I KNEW(知っていればよかったのにと思うこと)」で、ベテラン医師たちから最多で挙げられていたアドバイスは、なんと「(勤務時間中の休憩・食事時間、年次休暇共に)休みはきちんと取りましょう」というものでした。

この小冊子では、夜勤時の理想的な食事時間まで助言されていました

私も年次休暇の予定は、いつも、年度初めに立てています(私の現在の職場は100人以上の薬局スタッフが在籍する大所帯なので、特定の日を1年前にリクエストしても断られることがあるのでね。。。😔)。だから 2024/25年のスケジュールは既にほぼ確定しています。

今年2−3月に一週間の休暇を取り、英国コーンウォール州の自然環境に優しいホテル ('The Scarlet Hotel') に滞在しました。客室から見える海と丘(写真上⬆︎)を、ただただぼーっと眺め、スパ三昧の日々を過ごし、リフレッシュしました。これまで訪れた英国内のホテルの中で、自己評価 No. 1 の場所です。来年も是非ここで休暇を過ごしたいと、その日付をすでに確保し、スケジュール表に書き込んでいます。

 

10)限界は、天高くに 'The Sky is the Limit'

これ、今回の「THE THINGS I WISH I KNEW (知っていればよかったのにと思うこと)」には書かれていないことだけど、私からの「とっておきの」メッセージ。

 

薬剤師ほど良い仕事って、そうそうないと思っています(特に女性の場合)。

一生、好奇心を持って、働き続けられる。

キャリアブレイクを取っても、比較的容易に現場復帰できる。

安定した収入と自由。

その意志があれば、異なる国の免許に変換して働くこともできる。

これからも、エキサイティングな仕事であることが、十分予想できる。

 

なーんて(偉そうに)言いましたが、この「限界は、天高くに 'The Sky is the Limit' 」という言葉自体は、私のオリジナルではありません。

英語でよく使われている慣用句です。千葉敦子さんという 1980年代中盤にニューヨークで死去した日米ジャーナリストの遺作の書籍タイトルでもあります。

千葉敦子さんは、私のこれまでの生き方に多大な影響を与えた人です。高校生の頃、読売新聞で定期連載されていた、彼女がニューヨークから発信する自身の乳がんの闘病レポートを欠かさず読み、著書も全読破しました。

例えば、自立して生きていける職業を持ったとか、20代で世界中を一人旅したとか、海外留学をしたとか、学びや本の購入・芸術に触れる投資を惜しまないとか、手帳で自己管理し、人生をとことん楽しむ、といったことは、私自身、彼女の生き様や、著書の中にあった考えを全て実行してきた結果です。

「限界は、天高くに 'The Sky is the Limit' 」は、元々、千葉敦子さんが英語で書かれたものでしたが、没後、遺族である妹さんが日本語訳も添え出版されたものです。私自身、英語の勉強を兼ねて、全英文を丸暗記した記憶があります。

現在は絶版になってしまっている本ですが、私に限らず根強いファンと思われる方々が、彼女が残したこの力強いメッセージを、何かしらの折に取り上げています。もし宜しかったら、インターネット検索してご覧下さいませ。

 

「限界は、天高くに 'The Sky is the Limit' 」

 

50 歳を過ぎたおばさん薬剤師の私でも、「自分の薬剤師人生はこれから」と思っているのですから、間違いないですよ。

 

では、また。