日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

英国薬剤師免許更新 in 2024 - この1年の私の仕事のハイライト

 

今月は、私の英国薬剤師免許の更新月だった。

英国の薬剤師は日本と同様に国家資格職。でも大きく異なる点は、1年ごとの免許更新制であること。そして、その更新の際に、継続的に自分の職能を向上させているという記録を提出し、多額の免許更新料を払わなければならない。日本のように「国家試験に受かったら一生モノ」ではないのだ。

でね、その「継続的に自身の職能を向上させているという記録」を作成するのに、私は毎年6月末、四苦八苦する。

これらは、本来、1年を通じてコンスタントに行うべきものであるのだけど、私、元来ものぐさで、面倒くさいことは、お尻に火がつくまで、やらない性格なのでね。。。(苦笑)

しかも、私、今月、日本で2週間休暇を取っていた。休暇前に免許更新を完了させてから心置きなく帰国しよう、という心づもりであったのだが、日々のあまりの仕事量の多さに全く手がつけられなかった。

日本へ向かう前夜に(これから徹夜をして、下書きだけはしようか。。。)という考えが一瞬よぎったが、いや。。。もし飛行機事故とかで命を落とすことになったら、ここで頑張っても全くの徒労となるな。英国に無事帰ってきたらやろう! と、縁起でもない持論を自分に言い聞かせ、日本での里帰りを満喫した。

今回、父の死後の色々な手続きのため帰国しましたが、富士五湖を巡ってみたいというパートナーのリクエストにより河口湖畔のホテルに数泊しました。2人で五湖全てをサイクリングで廻ろうと計画していましたが、結局、河口湖を4分の1ほど歩き、ホテルの部屋(写真上⬆︎)からこの美しい湖をただただぼーっと眺めただけのぐうたら休日となりました(笑)。年々、体力の衰えを感じる今日このごろです。。。

 

で、英国に戻ってきたのが、先週末。免許更新締切日の1週間前。

何も手をつけていない「まっさらな状態」(⬇︎)に、さすがに青ざめ。。。

時差ボケと戦いながら、一気に仕上げました(苦笑)。

英国の薬剤師免許登録先である The General Pharmaceutical Council (通称 GPhC) 上の私のアカウント。日本滞在中も、免許更新の「督促メール」が定期的に来ていました


でもね;

この「免許更新に必要なもの」って、結局、どれもこれも、自身が「薬剤師として、この1年、何をやってきたか」のハイライト記録なのよね。

ということで、今年も無事免許更新できた今、今回のブログのエントリでは、私が数日前に提出した内容を公開してみることにします。

ちなみに、以前 (2019 & 2021年) 免許更新をした時のことは、こちら(⬇︎)に残されています。

 

英国の薬剤師の免許更新時に必要なのは、現在、以下の4種(総計6点の記録)。いずれも免許登録先 GPhC のウェブサイトの自分のアカウントからオンライン上で作成・提出する。

1)この1年間で、自身が「計画的に (planned)」行なった職能向上のための学習記録を2つ

2)この1年間で、自身が薬剤師として「思いがけず (unplanned)」学んだことの記録を2つ

3)英国薬剤師規範・倫理9ヶ条の中から3つの規範(→注:毎年異なったものを指定される)に基づく、自身の仕事にまつわる内省記録 (reflective account) を1つ

4)誰かに自分の仕事ぶりを評定してもらい、意見を求め、その結果、自分の職能を向上・変化させた記述 (peer review) を1つ

となっている。

 

ということで、今年、私が提出した内容はこちら。

 

計画的に行なった学習(1)アミカシンの院内ガイドライン作成

私の感染症専門薬剤師としての最後の仕事となったもの。アミノグリコサイド系抗生物質であるアミカシンの使用とモニタリングの院内ガイドラインを作成することになり、その草稿を担当した。

私自身、使い慣れている薬剤ではあったものの、いざ全ての医療従事者向けにガイドラインを作成するとなると、その知識に隅々まで精通していなければならない。

英国で認可されている複数の製薬会社の製品データを漁り、英語圏で出版されている抗生物質の教科書の概論を読み、他の病院で作成されたガイドラインも数多く参照した。

ちなみに英国では、アミカシンの TDM は、ごく限られた大型大学病院のラボでしか行われていない。それゆえ、どのタイミングで血液サンプルを採取するかが極めて重要となる。そのロジスティックも今回きちんと定め、より安全な薬剤使用に関与できたのは嬉しかったです。

アミカシン:私の感染症専門薬剤師としての最後のプロジェクトワークとなった薬でした


計画的に行なった学習(2)価値観に基づいた人材採用法

昨年、プリンシパル薬剤師の求人に応募した時、何年も転職活動をしていなかった私に、色々な方々が「最近の英国国営医療サービス (NHS) では『values-based recruitement = 価値観に基づいた人材採用法』というものが行われているんだよ」と教えてくれた。

「何それ?」と思ったが、さすがにそれを知らずに、面接試験には合格しないだろう。。。と、必死に勉強することになった。

価値観に基づいた人材採用法とは、一言で言えば「志願者の性格を重視し、組織の理念とどれだけ一致するかを見るもの」。従来の知識を問う質問よりは、こういった状況の時にどう判断するか? といった質問が多く問われる。近年ではこれが高じて、英国国営医療 (NHS) 病院の新卒薬剤師の採用面接試験ですら、薬学知識を全く問わないところもあるらしい。

ちなみに、私がプリンシパル薬剤師の採用面接試験で聞かれた質問(一部)は;

どうしてこの職に応募したのか

これまでの職経験から、どのようなことを学び、それをどのように新しい職で活かせるか

これまで自身で行ったプロジェクトや研究について話して

部下の仕事のパフォーマンスが思わしくない時、どうするか?

身近な医師があなたが提案した薬剤治療に断固反対した。どう対応する?

最近、自分がより良い薬剤治療に貢献したと思える症例を挙げて(後述⬇︎)

薬局のサービスを改善するための方法理論

病院内での薬局・薬剤師に関するインシデントの対処法

職場内でダイバーシティーを尊重するため、具体的にどのようなことをすべきか

などでしたが、確かに、薬学知識そのものを問う質問は皆無でした。

私は昨年、6年間在した感染症専門薬剤師職から内科専門主任(プリンシパル)薬剤師へと昇格しました。その経緯にご興味のある方は、こちらのエントリ(⬇︎)をどうぞ

 

思いがけず学んだこと(1)ニトロフラントインとトリメトプリム経口懸濁剤の価格差

ニトロフラントイン(日本未発売)とトリメトプリムは、単純性尿路感染症に、英国内で最も頻用されている2大抗生物質。私が勤務している病院では、第1選択薬がニトロフラントインで、腎障害がある患者さんには、第2選択薬のトリメトプリムを使用するという指針になっている。トリメトプリムは、耐性化してしまう確率が高いから。

ある日、とある患者さんにニトロフラントインカプセルが処方された。でも、その患者さんに嚥下障害があることを知っていた私は、剤型を液剤に変更しようとした。その時(ふと)興味が湧き「ニトロフラントインの経口懸濁液の価格って、いくらなんだろう?」と。で、調べてみてびっくり。5日分投与価格が日本円換算4万7000円! 一方、トリメトプリム経口懸濁液の価格は5日分投与価格が、日本円換算1900円。25 分の1の価格だった。医師に「トリメトプリム経口懸濁剤」に変更してもらうよう説き伏せた。

この実例を、後日、上記のプリンシパル薬剤師への昇格面接試験の際「より良い薬剤治療に貢献したと思える症例」の一つとして挙げたら、選考パネルの一人であった総医師長の先生が感銘して下さり「この価格差表を、院内ガイドラインに含め、院内の医療費削減を呼びかけよう!」と。

英国の医療は原則無料で、ジェネリック薬を多く使用しているため、現場の医療従事者は、よほどの高額医薬品でない限り、薬剤のコストには無頓着。そんな中、ニトロフラントインはありふれた薬ながらも、その経口懸濁液は「(おそらくこれまで)誰も気づいていなかった」高額の薬であったことが判明した好例でした

ちなみに余談になりますが、日本語の発音ではニトロフラントイン (Nitrofurantoin) は、英国ではナイトロフラントイン、日本語の発音ではトリメトプリム (Trimethoprim) は、英国ではトライメソプリムと発音されています。この発音の違いとその法則についてご興味のある方は、過去のこちらのエントリ(⬇︎)をどうぞ

 

思いがけず学んだこと(2)透析液

今年2月、週末勤務かつ当直薬剤師をしていた時、集中治療室から「血液透析・腹膜透析に必要な透析液の院内在庫があと数時間で枯渇する。薬剤師さん、何とかして!」という要請が来た。

😱😱😱😱😱😱😱😱😱😱😱😱

Hemosol B0 というものであったが、実はこれ、集中治療室が、製薬会社から直接(=薬局を経ずに)購入していたため、私自身、全く聞いたことのない製剤だった。

私はその時、内科入院トリアージ病棟で 40 名ほどの患者を担当している最中であったが、この危機に際し、全ての仕事を中断し、対応をせざるを得なくなった。

英国の国営医療 (NHS) 病院間では、医薬品の借り貸しが頻繁に行われている。特に週末や夜間に医薬品問屋へ連絡すると、法外な手数・配送料を請求されるため、原則「最も近い病院」に問い合わせるのが常。

でもね、この Hemosol B0、近隣病院(ロンドン有数の超大型大学病院も含めて)へ片っ端から連絡しても「在庫していない・自分たちの在庫も手薄なので貸し出せない」という返事。

でも、5軒目のちょっと離れたエリアの一般病院に連絡したら「1日分程度なら譲渡できる」と。涙が出るほど嬉しかった。

しかし、それからも難題が続いた。その血液透析・腹膜透析液は、1袋 5リットルで、借り受けた量は 120 袋 = 600kg の重さ。病院の運送手配部は、そんな重量のあるものを一気に運べるトラックの手配は、今すぐには無理だと。「普通のタクシーでもいいので手配して下さい。2病院間を何度も往復すれば運べるはずです(泣)!」と訴えた。その時点で、集中治療室の該当患者さん全員の透析液は、あと1時間持たないというところまできていた。

ギリギリで間に合ったが、この一件は、後日、私が勤務する病院の「大インシデント」として報告された。何故、病院内の透析液の在庫が最後の数袋になるまで、誰も気づかなかったのか? と。

私自身の反省点としては、知らせを受けた時点で、病院長に直談判すべきだったということ。そうすれば、その輸送に急遽、救急車とかを出動させるということすらもできたはず。。。? 実際、複数の患者さんの命に関わる有事だったから。

こちらが、院内で常時在庫されているべき透析液 'Hemosol B0' 。このインシデント以来、集中治療室のそばを通るたびに「十分在庫しているかな?(写真上⬆︎)」と強迫観念的にチェックしています。。。

 

内省記録 (reflective account)

今年は、英国薬剤師規範・倫理9ヶ条のうち「患者さん中心のケアを提供しているか」「他の医療従事者と協働しているか」「薬剤師として正しい判断を下しているか」の3つを網羅するような実例の記録を、と指定されていたため、昨年 11 月から今年 2 月にかけて一緒に働いたアイルランド人医師とのエピソードを綴った。

このブログに書き残しておいて、本当によかったと実感した次第。

こちらのエントリ(⬇︎)にある「メサラジンを中止したら、腎不全が劇的に回復した患者さん」の一部始終を英訳しだだけです(笑)

 

誰かに自分を評定してもらい、意見を求め、その結果、自分の職能を向上させた記録 (peer review) 

これ、大抵の英国薬剤師は、自分の上司との1年に一度の人事査定の内容を書くのだけど、私の現在の直属の上司は、わずか3ヶ月前に外部から赴任してきた人。

ということで、今回、私は、元上司にお願いした。

彼女に「私のプリンシパル薬剤師になってからの評価」を聞くと

「マイコは、私がこれまで出会った中で、最も良心的で仕事熱心な薬剤師の一人。プリンシパルになってからは、部下の面倒もよく見ている」とのフィードバックながらも、改善点として、

「もう少し、プリンシパル薬剤師本来の仕事に時間を注入すべきなのでは?」と。

図星でしたね。

実は、私、目下、これまでに増して病棟現場で働いている。プリンシパル薬剤師になると、管理業務が多くなるため、病棟業務から全く退く人や、簡単な病棟を担当したがる人が大多数。でも私はそんな中、直属の上司からの要請でなんと2病棟(しかも激務の呼吸器内科と特別需要病棟)を担当している。

「病棟で働いていると、デスクワークの時間が取れないんですよね。。。」

と悩みを打ち明けると、

「上司に相談すべき。冷静に現実を見据えて」とアドバイスされた。

私自身は、呼吸器系内科病棟のみを担当し、プリンシパル薬剤師本来の仕事と両立できればと希望している。でも現在の職場の人材不足から、直属の上司からは、私に2病棟で働き、プリンシパル薬剤師の仕事も両立せよとの命。

話し合いが平行線を辿ることが目に見えていたので、私は「論より証拠」と、自分の現在の仕事量(例:毎日どれだけの新患・退院患者に対応しているか、ポケベルの数、医師からの問い合わせ数、会議やプロジェクト、若手薬剤師の指導に費やす時間、遅番や当直の回数など)を可視化した。

その結果、日本での休暇中、私が担当している病棟を、試行的に若手同僚たちに任せ、様子を見よう、と言うことで同意した。

今回の免許更新の記録としては「職場で持ち上がった問題をどう解決するか→ 物事をデータにし可視化し、交渉することを学んだ」という趣旨で書き上げた。

 

でも、今年の私の薬剤師免許更新手続きが全て完了し、ホッとしていた一昨日;

私の代わりに特別需要病棟を担当してくれていた若手薬剤師が「あの病棟で働くの、これ以上は無理です。トランプのババ抜きでババに当たって、罰ゲームを課されている境地です。。。」と。

結局私は、来週からまた「呼吸器系内科」と「特別需要病棟」の2病棟を担当することになってしまいました 😞

ちなみに私が現在担当している病棟の一つ「特別需要病棟」は、私自身、数年前に緊急入院した場所でもあります。その時の話にご興味のある方は、こちら(⬇︎)のシリーズをどうぞ

 

「現場の臨床薬剤師(プレイヤー)」と「プリンシパル薬剤師(マネージャー)」業務のバランスは、これから大きな課題になっていくと思います。

 

では、また。