日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

新型コロナウイルス (COVID-19) 医療現場最前線:私の病院の ICU (集中治療室) 拡大とテレビ放映

 

先々週の金曜日の夜、薬局のオフィスに居残り、残業をしていた。

で、力尽きて、お腹すいたなー、と病院内のサンドイッチ屋さん「サブウェイ」へ行ったら;

 

いつもは、テーブル席となっている場所に、突如、大型備品が、次から次へと運びこまれてきた(写真下⬇︎)。

「一体、何が起きているんだ。。。。?!?!?」

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英国では、現在「ロックダウン」に伴い、カフェやレストランは、原則、持ち帰り販売のみの営業となっています。そのため、元々客席スペースであった場所に、今回、これらの備品が一時保管所として使われたのでした

 

聞けば、「新しく増築中の集中治療室 (ICU) 病棟内で使用される設備品」だとのこと。

 

この状況を説明すると;

英国では、新型コロナウイルスの感染拡大により、各国営病院 (NHS) で如何に「集中治療室  (ICU) 」の病床を増やせるかが、今、最大の焦点になっている。

私が勤務する病院は、元々、集中治療室  (ICU) の病床が7床しかなかった。でも、今回の新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、準集中治療室 (HDU) を全て集中治療室 (ICU) にアップグレード。その上、今までこの病棟内で、物置として使用されていた2部屋も、急遽、個室病床にしつらえ、計14床。

ICU (集中治療室) と HDU (準集中治療室) の違いの簡単な解説は、前回のエントリ(⬇︎)をどうぞ


そして今回、私の病院で追い風となったのは、長年、英国保健省へ集中治療室(ICU) の増床の必要性を訴え続け、去年、その予算を確保していたこと。その増築工事が数ヶ月前から開始されていたのだ。着工時は、まさかこんな医療危機になるとは、つゆ知らずに。

で、今、その完成が急ピッチで進められている。普段は、往往にしてのらくらな工事人たちが、なんと早朝から深夜まで働いてね。

来週には、オープンできると。

それで、8床の増床となる。よって、14 + 8 = 22床

この集中治療室 (ICU) 新ユニットの備品の数々が、搬入されてきたのであった。

 

そして、なおびっくりしたのは、この運び入れを先導していた一人の人懐っこそうな「おじさん」と工事人スタッフたちが、上の写真(⬆︎)を撮っていた私を目ざとく見つけて;

 「そんなに興味あるの? 何なら、新しい集中治療室 (ICU) 内部も見せてあげるよ!」と。

 

「えええーーーーーーっつ❤️!❤️!❤️!❤️!❤️!❤️!❤️!❤️!❤️!❤️!」

 

ということで、私、その晩、突貫工事の真っ最中の「新集中治療室 (ICU) 」を、特別独占内覧させてもらったのです!!!

 

従業員専門のエレベーターに乗って着いた先は。。。

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目下、工事真っ最中の「増築新集中治療室 (ICU) 」入り口

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え!? まだ水道工事とかも終わっていない様子。。。(注:古びた木製の流し台と新しい医療用水道口が混在しているのが見て取れます。ちなみにこの場所、以前は「認知症専門病棟」として使用されていました)

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大方の医療機器は搬入・設置されたものの、色々な部品が散らばっており、完成にはまだ程遠いような。。。?

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ここが、ナースステーション兼医薬品備蓄庫になるんだって

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隔離用陰圧個室 (Negative Pressure Room, 通称 NPR)

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まだこんな状態だけど、今週末には「絶対」完成させると。目下、英国では、新型コロナウイルスに関することであれば、全ての物事が、今までは決して成し得なかったスピードで進められている

 

別れ際、招いてくれた「おじさん」にお礼を言いつつ、スタッフ ID バッジの名前を見たら、病院内の「特別危機管理対策副マネージャー」さんだった。

(ひょえー、お偉い方だったんぢゃない。。。。汗)

今回、思いがけずお声をかけて下さり、ありがとうございました!

 

それから、私が勤務する病院群では、上記以外にも「超」抜本的な集中治療室 (ICU) の増床が実行された。

関連病院の一つに「南西ロンドン整形外科センター (South West London Orthopaedic Centre) 」というところがある。

ここ、人工膝・股関節置換手術では、欧州一の実績数を誇る場所。私も、ちょうど今から4年前、ローテーション臨床薬剤師として3ヶ月ほど働いた。国営医療 (NHS) 病院にしては珍しく、建物内はどこも高級感に溢れ、最新の技術を誇っている。「プライベート(全額自費)の医療を受けているよう」と、患者さんからの満足度が非常に高い病院として知られている。

働く看護師さんたちも、超一流の人たちばかり。その上、職業上、手術室と術後回復室、すなわち、集中治療のケアに精通しているのが、今回、幸いした。

このセンターで行われている手術は、ほぼ全てが、命に関わるほどの緊急性はなく「予定された (elective) 」もの。そのため、今回のパンデミックで、当面の全手術をキャンセルし、施設を丸ごと、集中治療室 (ICU) へ業務変更したのだ。

これで、なんと26床を確保。

よって、目下、私の勤務先の病院群では、22 + 26 = 48床、通常の7倍の規模の集中治療室 (ICU) ベッド数で新型コロナウイルスを迎え撃っている。

 

そしてですね。。。。

この時世に、こんなに多くの集中治療室 (ICU) の病床を(自力で)増やせた病院って、英国内でもそうそうないらしく、なんと先日、この整形外科センターに、全国ネットワークのテレビ局が取材にやってきたのです。

こちらの 10 分弱の動画を、是非ご覧ください。英国内の新型コロナウイルス感染重症患者さんたちを救命する最後の砦である医療現場の「今」がどんな様子であるか、よく見て取れる映像だと思います。

 

でね、この動画で特筆すべきは;

1分30秒 -1分40秒ぐらいに出てくる女性たち、私の同僚の薬剤師(左:後輩の臨床ローテーション薬剤師、右:ICU 主任薬剤師)です。7分15秒頃にも、後輩の薬剤師が、バイタルサインに基づき、薬の投与を真剣にチェックをしている姿が見て取れます。

この後輩薬剤師、今回の新型コロナウイルスの集中治療室 (ICU) 業務強化のため、薬局内で大抜擢された人だったの。

 

というのは、私が勤務する病院薬局内で、最近、色々な「ドラマ」があったのです。

1)実は、今回のパンデミックがなければ、私自身が、今月の2週間、このTVドキュメンタリーにも映っている主任薬剤師さんの元で、集中治療室 (ICU) の実地訓練を受ける予定になっていた。

私の2020年の目標の一つとして「集中治療室 (ICU) の実地訓練を受ける」ということを挙げています。詳細は、こちら(⬇︎)からどうぞ

しかーし。。。。

2)私の病院の副薬局長の一人である臨床薬学業務総括マネージャーさんが、長期の病気になってしまった(→注:新型コロナウイルスとは全く関係ありません)。で、私の直属の上司である感染症主任薬剤師(写真下⬇︎)が、当分の間、その代理を務めることになった。

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私の直属の上司「ドナさん」。目下、臨床薬学業務総括マネージャー代行を奮闘中。机が隣り合わせなので、毎日いろんなことをを学ばさせてもらっています

3)その上、私と全く同格・同職種のもう一人の「感染症専門薬剤師」である同僚が、ご家族中で新型コロナウイルスに感染してしまい、現在、自宅隔離中。それまでも、小さなお子さんと仕事との両立に苦戦してきたことから、今まで週4日であった勤務を、さらに週3日に減らしたいと、現在交渉中。

私の現在の上司である感染症主任薬剤師「ドナさん」と、同格の感染症専門薬剤師の「パメラさん」にご興味のある方は、以前のエントリ(⬇︎)もどうぞ

4)だから、現在、私には、病院内で唯一「動ける」感染症専門薬剤師として、通常の2−3倍の仕事が降りかかってきている状態。集中治療室 (ICU) の実地訓練は「当分保留」になってしまった。

5)今回、前述の整形外科センターを、わずか数日のうちに仮集中治療室 (ICU) にするという話になった時、そこの整形外科主任薬剤師が引き続き、そこでの集中治療室 (ICU) 業務も担当するはずだった。優秀な薬剤師だったから。

でも、何と彼、その仮集中治療室 (ICU) オープン数日前に、新型コロナウイルスに感染していることが判明。その結果、2週間の病欠となった。

6)薬局内で、集中治療室 (ICU) の知識・技術を持っている薬剤師が全く足りないという危機的状況に陥った。で、この整形外科主任薬剤師の下で働いていた、臨床ローテーション薬剤師の後輩が、ロンドン側の大学病院から急遽駆けつけた集中治療室主任 (ICU) 薬剤師の一人と共に、見よう見まねで働き出したの。

そこで、この後輩薬剤師、集中治療室主任 (ICU) の経験が全くなかったにも関わらず、今まで決して見せなかった実力を示した。能ある鷹は爪をかくす(していた)、という表現がぴったりなぐらいに。そしてその勇敢に働く姿がテレビ放映された彼女は、これを機に、同レベルの同僚薬剤師たちからも抜きん出た存在になった。

7)しかもまだ凄かったのは、整形外科主任薬剤師が新型コロナウイルスから回復し、職場へ復帰した頃には、その後輩薬剤師の方が、よっぽど新型コロナウイルスの集中治療室 (ICU) 現場で「使える薬剤師」になっていたこと。そして今回の薬局内スタッフ危機を救った功績で、近日中にオープンする増築集中治療室 (ICU) の新メンバーにも選ばれた。

集中治療室 (ICU) の臨床薬学知識や技術は、短期間の訓練で身につくようなものではない(当たり前だ)。でも英国では、今回のパンデミックでの教訓から、臨床薬剤師は全員「集中治療室の実地研修を受ける」という方向性になりつつある。だから、近日中に、同僚は皆、順番で、この分野での訓練が提供されていくはず。

当分身動きの取れない、私を除いて。

 

不安がよぎります。

 「本当は、私がトップバッターで、訓練を受けるはずだったのにな。今後、集中治療室の経験を積んだ若手の後輩たちに、色々な面で、追い抜かれていくことがあるんじゃないかな。。。」ってね。

英国の臨床薬剤師って、すごくやりがいのある仕事だけど、その反面、競争的で、弱肉強食な面もある。

誰かが退職したり、病欠になったら、その「後釜」を狙う人は、いくらでもいるからね。

 

でもね、私の(心中)を察した上司のドナさんが、こう言ってくれた。

「安心して。マイコは、確実な仕事をしてくれる部下として頼りにしている。この新型コロナウイルスが終焉したら、絶対に集中治療室の訓練を受けさせるし、今年の秋に、英国臨床薬学会で予定されている『抗生物質適正使用』の勉強会にも出席させる。それから、あと数ヶ月経ったら『一般内科病棟』の担当もお願い! 先日、あの病棟の婦長さんから連絡が来たんだ。マイコが去って以来、以前のような水準を維持できずにいる。いつ戻ってくるの? ってね」と。

(えーーーーーーっつ。また、あの地獄の急性病棟で働くことになるの?!?!?!?!)

でもねえ、正直、私自身も、前線バリバリの病棟環境が恋しくなってきてもいるんですよ(苦笑)。

「地獄の一般内科病棟」について意味不明な方は、以前のこちらのエントリ(⬇︎)をどうぞ


いろんな葛藤があるけれど、今は「人から求められていることを『Calling (天職) 』としてやっていくべき」と思うようになった。

集中治療室 (ICU) の分野に目が囚われているのは「隣の芝は青く見える」ってやつで、今の私は、感染症分野をとことん極める努力を十分していないからなのかな、とも思ったり。

 

よって、私のキャリアは、当分の間;

1)感染症専門薬剤師 > 2)一般内科病棟薬剤師 > 3)集中治療室薬剤師

 

という順位づけになりそうです。

 

では、また。

 

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今から2日前、私自身も内覧させてもらった「新増築集中治療室 (ICU)」がオープンした

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早速、新型コロナウイルス感染患者さんで満床になってしまったとのこと。ということで、出入り口には厳重な規制が敷かれています。10日ほど前、工事現場として自由に歩き回ったことが「夢だったのかな?」と思えるほど