突然ですが、今日は、英国国営病院 (NHS) 薬剤師の当直勤務について、書いてみたいと思います。
その形態は、現在、2手に分かれています;
一つは「レジデンシー (residency) 」
もう一つは「オンコール (on-call) 」。
レジデンシーは、薬局の年中無休24時間開局を目的とし、主に超大型大学病院で採用されています。病院内の職員寮に部屋を与えられ、そこに住み込んで働いている「レジデント薬剤師」により行われます。
この「レジデント薬剤師」は、とても人気の職種です。激戦の就職面接試験を突破し合格した、新卒の優秀な薬剤師が、そこの大学病院の系統だった臨床薬学訓練を受けながら、その一環として当直業務を行います。夜間・時間外も薬局に常在することが原則なので、当直当番中は、昼間の勤務は一切なし。しかも、その週が終わると、次の1週間は丸々代休となります。
でも、優遇されていると思いきや、超大型大学病院の薬局業務を、たった一人で切り盛りしていくそのプレッシャーから、在籍期間は1−2年というのが平均です。でも優秀な若手薬剤師たちゆえ、その後の転職でも、引く手あまたです。
一方、大方の病院は「オンコール (on-call) 」で対応しています。私が現在勤務する大学病院も、こちらを採用しています。
オンコールは、当直薬剤師は、通常、自宅で待機し、夜間・休日時間外の薬局業務をできるだけ電話対応で済まし、本当に緊急の場合のみ、病院へ駆けつける、というシステムです。言い換えれば、当直中「何も起こらなければ」、眠れます。でも、何らかの理由で、真夜中、呼び出されたり、病院へ駆けつけ(1回どころではなく、一晩で数回起こる場合もあります)、それで一睡もできなくなっても、その当直薬剤師は、翌朝、通常通り出勤し、昼間の業務を行わなければなりません。これ、ホントに、地獄。
ちなみに、私の現在の勤務先では、一週間を、月曜日の閉局時から、金曜日の開局時までのウィークデー当直と、金曜日の閉局時から月曜日までの開局時までのウィークエンド当直に分けています。ウィークエンド当直勤務中は、当直薬剤師は、土日の薬局当番のチームリーダーとしても働きます。そのあいだの夜間、毎晩のように叩き起こされ、どんなに睡眠が妨げられても、です。絶え間ない眠気が襲う中、全ての業務を正確にこなしていくのは、神経がすり減る所業です。
私が当直を担当する病院では、この業務をわずか8名の薬剤師で行っています。総勢25名ほどの薬剤師が在籍していますが、病院の予算の関係から、限られた数の薬剤師で行なっているのです。どの分野の臨床業務にも(一通り)精通しており、かつ、調剤業務といった、本来であればファーマシーテクニシャンやアシスタントの仕事も一人でそつなくこなせることが求められるため、通常は、ジェネラリスト臨床薬剤師たちの仕事となっています。
1ヶ月に一度は必ず、この当番が廻ってきます。長期の休暇を取る際は、その不在中の埋め合わせとして、出発前と復帰後に、ほぼ1ー2週間の間隔で、当直勤務を連続して行うことになるのが常です。
ずばり、ストレスのかかる、不健康な仕事です。当然のことではあると思いますが、メンバーは常に退職・転職していき、入れ替わりが激しいチームとなっています。でも、その一方で、この当直勤務を10年以上続けてきた先輩方も数名いらっしゃいます。真の意味で「ダイハードな薬剤師たち」です。
ちなみに、各当直薬剤師には、それぞれ「ジンクス」があります。
寝ようと思って、ベッドに入った途端に呼び出されることが多い人、
シャワーを浴びている最中に呼び出され、ずぶ濡れになりながら、病院へ駆けつけることが多い人(→当然、風邪を引きやすくなる)、
ちなみに私は、食事をしようと口を大きく開けたとたんに、ポケベルが鳴る、ということが多いです。これ、最悪だよね。。。
空腹のまま、病棟スタッフからの苦情を聞いたり、危機管理の手立てを考えることこそつらいことはないです。集中力が散漫になり、実際に、医療事故・エラーも起こしやすくなります。
その恐怖からか、私は、当直中(空腹でなくても)よく食べます。いつ何時、呼び出されるか分からないし、一旦呼び出されると、次の食事がいつ取れるか、全く予測がつかなくなってしまうことが多いから。。。
そのせいか、私、この当直業務を行うようになってから、体重が、なんと10キロ増えました。これ、明らかに『労災』です(笑)。
当直業務中の呼び出し要件は、大きく分けて3つに分類できます;
1)医薬品供給:新しく処方された薬が欲しい。退院薬が配達されていない。間違った薬が調剤された。これらは、主に、看護師さんからの呼び出しです。主に、苦情処理となります。不可抗力のことが多く、これが一番、ストレスとなる業務です。
それから、
2)臨床薬学的アドバイス:主に、当直医師からの問い合わせ。これは、今まで無知だった薬学分野でも、たった一人で判断を下すことが求められるため、緊張感が半端ない状況になることもあります。
そして、
3)テクニカルな問題:薬局コンピューターのシステム故障、医療用冷蔵庫が壊れた、など。大抵の「大惨事」は、このカテゴリーとなります。このような用件の呼び出しであると、薬局長へ連絡・相談しなければなくなるケースもあります。
当直業務の一コマの終わりには、眠さと空腹、半端ないストレスに絶え間なく晒された結果、精根尽き果て、『廃人』と化す場合が、殆どです。
ちなみに、私は、上記3)の、普通の当直業務だったら起こり得ないような惨事に遭遇する確率が、かなり多い薬剤師でもあります(ひえー!)。
先月の当直当番は、日本での休暇の出発前日の朝まで勤務というスケジュールでした。その休暇を楽しみにし「お願いだから、(当直中)大きな問題が起こらず、心穏やかに出発できますように。。。」と密かに祈っていたのも虚しく、当直最終日の真夜中、なんと、病院内の医療用酸素タンクが漏れている、という警報が入りました。
病院内でも稀な「緊急非常事態」が発令されたのでした。万が一の大爆発と起こりうる火事に備え、数えきれないほどの消防車と救急車が、けたたましいサイレンを鳴らし、次々と到着しました。それらが病院の敷地を取り囲むように待機されました。
そんな中、当直薬剤師であった私は「BOC」という、英国の医療ガスの供給を一手に引き受ける会社の夜間窓口へ連絡し、酸素タンクの緊急修理を要請しなければなりませんでした。そして、たとえそのタンクが修理ができたとしても、現在入院中の患者さんへの酸素供給が、当面できなくなってしまうだろうという予測で、「携帯酸素ボンベの緊急注文」の手配にも追われました。真夜中の配達には、法外な配達料金がかかるとのことで、その時点で薬局長の自宅へ連絡し、特別出費の許可を取りました。そんなやり取りの間にも「今にでも、病院ごと(→今、受話器を握りしめている私も含めて)吹き飛ばされるかも?」という最悪の事態が脳裏をよぎり、本当に怖かったです。。。。
何もかも初めての「非常事態」対応で(→普通は、起こらないよね。こんなこと。。。)、無事、酸素タンクの緊急修理が行われ、全ての安全が確認され、「危機解除宣言」がなされた後も、興奮のあまり一睡もできませんでした。そして、その数時間後の朝、定刻通りに出勤し、通常通り日中の激務を行なった後、疲労困憊の中、日本へ向かったのでした。
前回の日本での休暇中のあれこれについては、こちらからどうぞ(⬇︎)
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では、なぜ、私は、こんなにも「体力と神経をすり減らす仕事」を続けているのでしょうか?
その理由については。。。。
次回に続きます。
では、また。