日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

薬剤名の表記と発音を、日本語と英語で比較してみた

 

前回のエントリ(⬇︎)を書いていた時のことだったのですが;

 

世界中で流通されている薬で、日本語と英語での発音が、かなり異なるものがあることに、改めて気づいた。

思い起こせば、英国へ移り住んだ当初、日本での職経験により習得していた、カタカナ表記に基づく薬剤名をそのまま発音し、同僚たちから「???」もしくは「爆笑」されること多々だった。こういった「珍事件」は、在英19年の今なお、私の身に、時折、起こっている。

でも最近では、私自身、日本語としてカタカナ表記されている薬剤名を目にし、一体何の薬なのか、全く見当がつかないこともある。 英語のアルファベットの綴りを確認し「なーんだ、この薬を指していたんだ!」と理解するといったあんばい。

 

という訳で、今回のエントリでは、この「日英の薬剤名発音と表記」の違いの顕著なものの代表例をいくつか挙げてみます。

ネイティブスピーカーではない私が、日本と英国の薬局現場で約20年働いてきて結論づけた経験論です。米国薬剤師であれば、また異なった発音をするものもあるはず。

 

1)アルファベットの「i」を「アイ」と、きちんと発音する場合が多い。

例1)Ibuprofen: イブプロフェン(日)は、アイブプロフェン(英)

例2)Diclofenac: ジクロフェナク(日)は、ダイクロフェナク(英)

といった具合に発音。同じ法則で、

例3)Diazepam: ジアゼパム(日)も、ダイアゼパム(英)と発音している。

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世界中で流通している「Ibuprofen」ですが、英国の薬局で「イブプロフェンを下さい」と言っても、十中八九通じないはずです(ガーン。。。😱)。ちなみに、英国の「アイブプロフェン」のジェネリック薬は、この写真左にあるような、舌が鮮やかに染まってしまうほどの、どぎついピンク色の錠剤であることが特徴です

 

この違いの発見の経緯は、私自身、英国の薬科大学院に入学した第1週目の授業のことであった。

コース長(→「完璧」な英語を話す人だった)から;

「明日は『ファーマコカイネティクス』の授業があるので、皆、忘れずに持ってこなければならないものがありますよね?」

と言われ、何を言われているのか(全く)分からなかったのだ。

私が約20年前、英国へ来た当初の目的であった「ロンドン大学薬学校 (The School of Pharmacy, University of London) 」の修士コースについてはこちらのエントリ(⬇︎)をどうぞ

「Pharmacokinetics」、「Pharmaco-」と「kinetics」を組み合わせた言葉だから、「ファーマコネティクス」と発音してくれていれば「ああ、キネティクスだから、動態学だ。薬学計算の演習が明日あるので、計算機を持ってこいと言っているんだな」と分かったはず。

日本で習う英語は、大概「i」を「アイ」と(はっきりと)発音しない米国流の発音となっている。それに慣らされていた私の耳には「ファーマコネティクス」と「ファーマコカイネティクス」が、実は同じ単語であると、渡英した当初、認識できなかったのだ。

そして厄介なことに、その後、英国の薬局業界で働き始めてみると、結構な数の薬剤名が「i」をきちんと発音する語になっており「日本 / 米国」と「英国」で、発音が異なることを知ったのだった。

 

でも、この法則の例外も(たくさん)あるので要注意。

例えば「Digoxin」は、日本語表記・発音は「ジゴキシン」だけど、英語で「ダイゴキシン」とは発音していない。「ディジョキシン」と発音している。

それから「Amlodipine」は、日本語表記・発音は「アムロジピン」だけど、英語も同じく「アムロジピン」。「アムロダイピン」とは発音していない。

でも、ラテン系出身の薬剤師が「アムロジパイン」と発音しているのを、時々耳にすることがある。英語圏ではない発音にも、何らかの法則があるのであろう。

 

2)アミノグリコシド (Aminoglycoside) 系抗生物質の薬剤名の発音いろいろ

例1)Gentamicin:「ゲンタマイシン(日)」は、「ジェンタマイシン(英)」と発音している

例2)Amikacine:「アミカシン(日)」は、「アミケイシン(英)」と発音している。ラテン系薬剤師は「アマイケイシン」と発音している人もいる

例3)そもそも「アミノグリコシド (Aminoglycoside) 」という抗生物質の区分名自体の発音も面白い。英国では「アミノグライサイド」と発音している人が殆どだけど、「アマイノグライサイド」と発音してる人もいる。

そんなことからも、国際色溢れる職場で、各人がどのような発音をしているのかに耳を澄まし「どこの出身なのかな?」と想像するのは楽しい。英国人と一括りしても、幼少期を米国で過ごしたり、英国外の英連邦国で教育を受けた者たちの発音は、皆、微妙に異なる。

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英国人でも、人によって発音が異なる「アミノグリコシド系抗生物質」

 

3)「y」の発音に要注意

例1)上記の繰り返しになるが「Aminoglycoside」の発音は、日本では「アミノグコシド」、一方、英国では「アミノグライコサイド」

例2)前回のエントリで、終末期に使用される薬の一つとして紹介した「Glycopyrronium」の発音・表記は、日本では「グコピロニウム」だけど、英国では「グライコピロニウム」

例3)これまた、前回のエントリで、終末期に使用される薬の一つとして紹介した「Hyoscine」、英国では「ハイオシン」と発音する。先日、この薬の名前を日本語のインターネット上で検索してみたが表示されず「日本では認可されていないのかな?」と慌てた。で、日本の緩和ケアガイドラインを調べたら、日本語表記は「ヒヨスチン」となっていることを知った。「ヒヨスチン(日)」と「ハイオシン(英)」。。。?! 私の耳には、どうしても、同じ薬を指しているようには聞こえず、ものすごく違和感があります。

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「ヒヨスチン(日)」と「ハイオシン(英)」。全く別個の薬の名前に聞こえるのですが。。。

 

4)日本語の薬剤名表記で「チ」が入っているものは、ほぼ全て、英語の発音は異なっていると言える;

例1)Levothyroxine:「レボロキシン」(日)は、「レボサイロキシン」(英)

例2)Levetiracetam:「レベラセタム」(日)は、「レベティラセタム」(英)

と発音しています。

この法則の、個人的(赤面)経験として;

例3)Rotigotine「ロチゴチン」(日)は、「ローティティン」(英)

ある日、とある英国薬剤師に向かって、日本語のカタカナ表記通りに「ロチゴチン」と発音したら「日本人らしい、キュートな発音だ」と大笑いされた。どこが「キュート」なの? 当の私には、全く理解できなかった。

でも、この「ロチゴチン」に関しては、英国人薬剤師たちの間でも、色々なバリエーションで発音していることを発見。人によっては「ロオゥティゴオゥティン」などと、すごくセクシーに発音している。本人は意識してないであろうけど、私は、そのアクセントに胸キュンだった(キャー💘!)。

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英語の綴りで「t」が入っている薬は意外に多い。そして、その薬剤名をカタカナ表記すると、多くの場合、英語本来の発音とはおよそかけ離れたものになってしまっている

 

5)Salbutamol 「サルタモール(日)」は「サルビュータモール(英)」と発音。

これ、英国でファーマシーテクニシャンとして働き始めたばかりの頃、きちんと発音できず、散々バカにされたので、記憶に残っている。

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気管支拡張剤「サルブタモール」は、英語では「サルビュータモール」と発音しています

この同じ発音例として、麻薬の Buprenorphine 「ブプレノルフィン(日)」も「ビュープレノーフィン(英)」と発音しています。

 

6)そうそう、麻薬の代表とも言える Morphine 「モルヒネ(日)」は「モーフィン(英)」と発音している。上記の Buprenorphine 「ブプレノルフィン(日)」を「ビュープレノーフィン(英)」と発音するのと一緒。

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「モルヒネ(日)」は「モーフィン(英)」です

 

7)最後に、これは「薬剤名」ではないのですが;

ウイルス性疾患「herpes」を、数年前、日本語のカタカナ表記・発音のように「ヘルペス」と言ったら、同僚から「???」と怪訝な顔をされ、何度も聞き返された。

「アシクロビル」を主に治療薬として使う感染症です、と一所懸命説明をすると、「ああ、それは『ハーピーズ』だ」と。そうかー、「ヘルペス」は、英語では「ハーピーズ」と発音するんだ!!! と知った、目から鱗の瞬間だった。

しかも、私の日本語調の発音「ヘルペス」では『Hello, piss you (卑語)』に聞こえると、その同僚は爆笑。私もつられて大笑いとなった。

ちなみに「Aciclovir: アシクロビル(日)」は、英語では「エイサイクロヴィア」と発音する。おまけに「Aciclovir」の英語の綴りも、人によっては「Acyclovir」と書く人もいて、私自身も未だに困惑している。私、現職は「感染症専門薬剤師」なんですけど。。。(苦笑)

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「アシクロビルはヘルペスの治療薬です(日)」、「エイサクロヴィアはハーピーズの治療薬です(英)」

 

今回紹介した例は、氷山のほんの一角です。私には、これら以外にも、自らの英語でのとんちんかんなコミュニケーションによる「黒歴史」が数えきれないほどあります。

でも、英国の国営医療 (NHS) サービスでは、世界中からやってきた人が働いているので、こういった「笑劇的事件」は日常茶飯事。

 

当たり前ですが、言葉は、それ自体では存在していません。

特に、英国内での薬局実務の場合;

「英語を完璧に話せる」ことよりも「豊富な薬学知識・経験を持ち、的確に業務を遂行できる」ことの方が、遥かに評価されます。

歴然とした階級制度のある英国国営医療サービス (NHS) 病院の薬局で、一番下っ端の新人として働き始めた当初は、知識も経験も十分ではなく、そして言葉の壁から、色々と大変な思いをしました。でも、同僚との会話の中で、相手の発音やアクセントに耳を傾け、真似していったら、いつの間にか、英国特有の言い回しは(ある程度)身に付いていました。

そして、臨床薬剤師として昇格している現在、多くの医療従事者たちが「私のアドバイス」を求め連絡してきます。だから、時に意味不明であろう言い回しや、訛りのある私の英語でも、向こうから努めて理解しようとして下さっている。

 

そんな周りの皆には、本当に感謝です。

 

では、また。