このエントリはシリーズ化で、こちら(リンク下⬇︎)からの続きとなっています。
さまざまなことに東奔西走しながら、それを一つ一つ解決していき、もうすぐ願書は完成する、という矢先のことだった。
勤務先病院内の教育訓練部門から、今回、奨学金は1000ポンドまでしか出せないという、これまた「寝耳に水」な連絡が入ったのだ。
病院の帳簿では、数年前、英国医療教育機構から私へ、2500 ポンドの奨学金を給付したとの記録が残されているとのこと。実際には、私はそれを辞退し、別の薬剤師へ使われたため、事実ではなかった。しかし「『消えてしまった(=薬局内で横流しした)』2500 ポンドであれば、今回、薬局内の予算から充填すべきだ」と通告されたのだった。
私が現在勤務する病院薬局は、常に低予算で喘いでいる。薬局内で私に2500 ポンドを捻出するなど(到底)あり得なかった。
英国薬剤師の卒後教育と奨学金制度、そして以前、私に給付された2500ポンドが別の薬剤師に使われた件については、このシリーズでの初めの方(リンク下⬇︎)でも書いています
思いあまって、上司のドナさんに相談した。
「ここまで来て、また願書締切日を逃すなんて、あんまりです。こんなに面倒な思いをするのであれば、私、このコースを、全額自費 (3500ポンド=日本円換算57万程度) で払って履修することにしても構いませんよ」と。
正直、それまでの数ヶ月の、自分では(ほぼ)コントロールの取れない数々のストレスにうんざりしており、大学院の授業料を自腹で払うことによりそれが(全て)解決されるのであれば、そっちの方が、自身の精神衛生上、得策のように思えたのだ。
でも、ドナさんは、こう言った。
「この処方薬剤師免許コース、自費でやるってことは、大学院の授業日も、病院内での実地訓練の時間も、全部、自分の有給休暇を使ってやることになるんだよ。一年間『全く』休みがなくなるだろうね。。。。それに『自費でやります』って言うことは、ある意味、病院との借り貸しが無くなるんで、免許取得後はさっさと、他のより良い職場へ転職できるようになるし、周りにそう宣言しているに等しい態度とも取られるかも。将来、もし内部昇格の機会が出た時に、少なからず影響すると思う。。。。 ここは我慢して、奨学金を待った方がいい」と。
。。。。はあ?!?!?!
病院との借り貸し???
「恩義」とか「しがらみ」って、英国にもあったんだな。
今まで全く分かっていなかった「全額返済不要の奨学金を貰う」ということの真意を知った次第。
ただ、そんなゴタゴタの中で幸いしたのは、私が決めた自分の専門が「抗生物質の長期投与が必要な骨髄炎」であったこと。
薬剤師によるモニタリングが明らかに必要な領域で、それまで病院内で医療事故が相次ぎ、患者さんたちからの苦情も多いエリアだった。「薬剤師が一人、この分野で処方免許を取得すれば、より安全が図れるだろう」と病院内で合意され、薬局へ臨時配当(=私への奨学金)が出ることになったのだ。
で、資金が「どこからか」調達され、病院の奨学金給付責任者から、私の入学願書へその確約の調印がなされたのは、なんと、願書提出締切日の朝だった。
その日の終業後、私は、薬局のオフィスに一人居残り、自分の願書を何度も何度も目を皿のようにチェックしていた。でも、読み直せば読み直すほど、誤字・脱字が見つかった。それに最後の最後で「こう表現した方が、選考者たちによりアピールできるな」とか、色々な考えが出てきて、ギリギリまで手直しをする羽目になった。
そして、大学オンライン上の「提出ボタン」を押したのは、最終締切時間直前の23:45であった。
もう金輪際、こんな(要らぬ)苦労をするのは、御免だな。。。。
と、疲労困憊でボロボロになった身体を引きずり、帰宅した。
しかし!!!
それからも、一筋縄では行かなかったのだ。
この願書、なんと翌週には、大学から早速「受け取れない」という連絡が来た。
願書内に不備がある。志望動機理由記入欄が、空白になっていると。
前回のエントリで説明したが、この処方薬剤師免許取得コースでは「大学院本来の願書」と「英国国営医療サービス (NHS) 教育機関」への2種類提出しなければならなかった。私自身、その意図が、最後まで理解できなかったのが仇となった。特に志望動機の作文欄は、2つともほぼ同じ文面の質問であったため、大学院規定のオンライン願書の方に「別紙に書いた箇所をご覧ください」と一文書いたら、入学審査オフィスからは「白紙である」と見なされ、受理できないと連絡が来たのだった。
5日以内に志望動機文書を「追加提出」すれば、入学選抜を考慮します、とあった。
腹腸が煮えくり返るような思いだった。大学ウェブサイト上の入学募集要項では、この点に関し、明らかに説明不足だったから。
そして、この一連のプロセスで気づいたのは、ロンドン大学キングスカレッジは、英国でも屈折の「マンモス校」であるという事実だった。毎年数万人の学生が国内外から入学を希望する。よって入学事務局では、極めて機械的に一次選抜を行っている。応募者一人一人の事情には構っていられないのであろう。そして実際に、入学後も、大学の事務局と、コース講師陣と、学生たちのコミュニケーションに、今ひとつ「?」な部分があるということが、正直、否めなかった。
それにしても、これ以上、願書に一体、何を書けばいいんだろう。。。。?
疲れ切った頭と身体に、また鞭を振るうことになった。
改めて、
「なぜ、英国内の数ある処方免許取得コースの中で、ロンドン大学キングスカレッジを志望したのか?」
「他の候補者と異なる、私のオリジナリティとか強みって、何だろう?」
と、しみじみ考えた。
そして;
「20年前、英国へ来たばかりの時に実習した『私の原点』の病院の付属大学であること」
私の「原点」の病院については、過去のこれらのエントリ(⬇︎)もどうぞ
「言わずもがな、世界でもトップクラスの医療教育を誇る大学機関であること」
「紆余曲折を経て、英国で臨床薬剤師となり、今、ロンドンの大学病院の前線現場で働いている。その臨床薬剤師の最終学歴ともなり得るこのコースに、自分の原点の場所に立ち戻るべく、御校を選びたい」
といったことを述べ、
「英国で稀有な『日英薬剤師』として、そして、最先端の卒後教育と職能向上を実践している一例として、御校で処方薬剤師免許を取得した暁は、私自身、薬剤師という職業のアンバサダー的役割を、国際レベルで果たしたい」
と文章を締めくくった。
そして再度「提出ボタン」を押した。去年の10月末のことであった。
それから、キングスカレッジからは、全く音沙汰が途絶えた。
12月になっても、連絡がなかった。
「来月初旬から始まるコースに、まだ合否の連絡が来ないって、どーゆーこと? まあ、私の願書は、今回の志望者の中で間違いなく『一番最後に提出した人』になってしまったであろうから、2022年1月の入学も、恐らく無理だろうな。。。。」
と半ば諦めかけていた、去年のクリスマス直前のある日;
最高のクリスマスプレゼントだった。
私は、突如として、わずか2週間後から、パートタイムの大学院生になることが決定したのであった。
10 年ぶりに学生に戻ることにワクワクしつつ過ごした、2021年の終わりと、2022年の始まりであった。
このエントリはシリーズ化で、その後の話は、次回へ続きます。
では、また。