日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

世界抗生物質啓発週間と、私の現在の仕事

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、先週(11月11日ー11月18日)は、「世界抗生物質啓発週間」でした。

唐突ですが、私、現在の職業名は、「感染症専門薬剤師」。

という訳で、今回は、英国の抗生物質の使用状況とか、自分が日頃どんな仕事をしているのかということについて、現場目線で、書いてみたい。

 

まず最初に、ずばり一言;

「英国では、滅多なことで、抗生物質は処方されない」。

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英国に来たばかりの頃、初めて医師の診察を受けた際に、家庭医院の待合室に、写真上(⬆︎)のようなポスターが、所狭しと貼られていた(注:これらのポスターは、近年のバージョンです)。「体調不良で、こんなに苦しんでいるのに、なんで、抗生物質がもらえないの?」と泣けた。ここ、英国人医師アレクサンダー・フレミングが、世界で最初にペニシリンを発見した国だっちゅうのに、ケチくさい。何やってるんだ(怒)! ってね(苦笑)

私が、英国で初めて医師の診察を受けた時の話は、過去のブログ(⬇︎)からも、どうぞ。

 

でも、抗生物質はウィルス性の感冒には効かない、ということは、考えてみれば当たり前。日本では、それを忘れてしまうぐらい、抗生物質がすぐもらえるような環境に居たから、英国の医療で、抗生物質は、特にプライマリーケアでは、殆ど使用されない、ということを知り、それは、それは、衝撃を受けたのだ。

英国の風邪の治療は、基本「寝てたら治るよ」主義。インフルエンザの場合でも、タミフル(オセルタミヴィル)のような抗ウィルス薬も、よほどのことでない限り使用しない。実際、私が現在勤務する病院では、集中治療室への入院が必要なぐらい重症な患者さんにしか使用していない。コクラン・レビューによれば、インフルエンザの回復を半日ー1日程度早めるだけの効果だし、そのために、何で(あんなに)高価な薬を使用するの? という考え。事実、タミフル(オセルタミヴィル)の使用量は、世界中を見渡しても、日本が世界一なんだって。

それから、英国の家庭医は、インフルエンザの型がA型かB型か、といった判定検査すら行わない。季節柄、症状でほぼ「インフルエンザだな」と分かるし、インフルエンザであっても、普通の風邪でも、タミフル(オセルタミヴィル)は処方されず、いずれにしても「薬局で解熱剤を買って服用し、ゆっくり寝て治しなさい」なのだから、インフルエンザの型を知ったところで、何の意味もないでしょ、という考え。そもそも、家庭医や病院の電話案内ガイダンスでは、自動音声で「インフルエンザが疑われる場合は、家庭医医院ならびに病院へは、できるだけ来ないで下さい。他の人へ感染させないためです」というメッセージを流しているくらい。

で、こんな「非情とも言える医療」の根源にあるのは、英国の国営医療は、ほぼ全てが「患者負担無料」であるという絶対的原理。国営医療 (NHS) の財源は、国民の税金から賄われている。だから、英国の医療は、「限られた予算の中で、全ての国民の医療費をどうやりくりしていくか」ということが、常に念頭にある。よって、費用対効果の点から、有用でないと分かると、前述の「インフルエンザ検査」の例のように(バッサリ切り捨て)、行われないものが、たくさんある。

一方、日本は、医療サービスが保険点数料金化され、その基本は、「治療を行えば行うほど」「薬を処方すればするほど」、医療従事者の収益となるのが原則のシステム。国民自体も、手厚く「完璧な」医療を受けることを望む。だから、英国と日本の医療システムは、ある意味、真逆のやり方と言える。

でも、抗生物質の使用規制に関しては、医療費削減の点からも、そして何より、耐性菌の増加防止の点からも、英国の(この一見非情とも言える)やり方は、理にかなっている。そして、英国は、医療が国家事業とされているため、抗生物質の使用規制なども、国家が統率を取りやすい環境になっている。

そんな訳で、私、現在に至るまでの18年間に渡る英国在住のうち、抗生物質が処方されたのは、たった一度のみ。移り住んで最初の数年は、風邪ばかり引いていたが、後は、抗生物質のない環境に(すっかり)慣れてしまった。

 

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で、私は、現在、英国の国営病院 (NHS) で、感染症専門薬剤師として働いている。英国の病院薬剤師は、入局後、2−3年の基礎業務(ローテーション臨床薬剤師と呼ばれる)を終了すると、大抵の者が、自分の専門分野を決めるのが、普通。

でも、専門薬剤師の前に、皆、「臨床薬剤師」。だから、各自、「自分の病棟」を持たされている。

私の現在の担当病棟は「急性一般内科」。基本、午前中は、自分の病棟33床の患者さんの薬剤治療を(抗生物質の有無に関わらず)、確実なものにしていく。これぞ「英国臨床薬剤師」の真髄と言っても良い業務。私にとって、職業的至福の時。

でも、この時間帯に、病院中で働く同僚から、「感染症専門薬剤師」宛への質問として、じゃんじゃんポケベルで呼び出されるのが常。

例えば;

新人薬剤師:「担当の患者さんの、ゲンタマイシン (Gentamicin, 英語ではジェンタマイシンと発音している)血中濃度が跳ね上がっている。どうしよう? 助けてっ!」

同格同僚薬剤師:「退院予定の患者さんが、以後、訪問看護のケアになる。テイコプラニンなんだけど、どうやってこの長期抗生物質投与に対するモニタリングと供給の申し送りをすればいいかな」

外来薬局薬剤師:「クリンダマイシンが、一日2回で、外来の処方で出ているよー! どういうこと?」

呼吸器系病棟看護師:「タゾバクタム+セフトロザン合剤注射の投与法を教えて。製薬会社からの添付文書見たんだけど、理解できないの」

研修医:「腎機能の落ちている患者さんなんだけど、今日からのバンコマイシンの投与量と間隔のアドバイス、お願い」

心疾患集中医療室の中堅医師「ペニシリンにアレルギーのある患者さんに、ペースメーカー挿入後の予防として、抗生物質を処方したいのだけど、どの薬剤にすべき?」

感染症医局長補佐医師:「末期の乳ガン患者。各臓器に転移しており、骨髄炎も患っていて、テイコプラニンとフシジック酸の投与を行ってきたが、1週間目にして肝機能が落ちてきて、黄疸症状が出始めている。フシジック酸の投与を続行すべきか?」

感染症医局長「何で、昨晩、緊急医療室で、シプロフロキサシンの注射が使われちゃったの(激怒)? 緊急医療室のスタッフは、(通常、私が勤務する病院の第1選択薬として使用される)セフタジジムの在庫が薬棚に見つからなかったからっていっているんだけど。。。。 原因究明してくれないか?」

などなどなど。。。。これ、実際に、先週のとある1日の午前中のわずか数時間で、私がポケベルで受けた「問い合わせ」だった。

これらに対応していきながら、自分の担当の病棟の患者さんの薬剤治療も観ていく。あまりに問い合わせが多い日は、自分の病棟の患者さんをしっかり網羅できないというフラストレーションに陥る。こういう時に、医療事故は起きやすい。時間管理は、臨床薬剤師としての永遠のジレンマ。。。。(溜息)

 

で、午後は、病院中の抗生物質を使用している患者さんに対し、その抗生物質が「いかに適切に」使用されているのかを経過観察していく。1つ1つ、しらみつぶしに分析していく。

英国は、抗生物質の使用に「本当にうるさい」。

各地域や病院ごとに、厳格な抗生物質使用ガイドラインが定められている(写真下)。

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英国では、地域ごとや各病院で、抗生物質適正使用のガイドラインが定められている。現在、臨床現場では、皆、携帯のアプリでアクセスしている。私の病院の抗生物質ガイドラインは、Horizon Strategic Partners というところが運営している 'MicroGuide' からダウンロード可。この 'MicroGuide'、英国の国営病院の大半が使用しており、他の病院の抗生物質治療と比較したい場合にも、便利なツール

 

各疾患に対し、第1選択薬と第2選択薬(→ペニシリンアレルギーの場合とか)が明確に指定されている。もちろん、一人一人の患者さんの背景(耐性菌の有無、感受性試験結果、既往歴、腎肝機能の推移など)を考慮すべきで、これらのガイドラインから逸脱するケースも多々あるのだけど、それでも、徹底的に処方を解析し、定められたガイドラインに沿った抗生物質の使用が行われていないものに対しては、適切な薬剤への変更を、各医師へ促す。ガイドラインに逸脱する抗生物質を使用する際は、基本、感染症医局からの承認が必要。ちなみに、私が現在勤務している病院では、シプロフロキサシンですら、感染症チームの合意の元での使用となっている(だから、前述のケースで、感染症医局長は、『何で、事前許可なしに使っちゃったんだっ💢』、と怒っていたのだ)。英国の抗生物質は、全体的に見て、日本よりかなり世代の古いものが、まだ現役で使用されている。

そして、近年、抗生物質使用に関する、英国保健省が定めたキーワードは;

「Start Smart - then Focus(賢く使用を開始し、それから、的を絞る)」

これ、具体的に言えば;

1)感染部位、原因菌を特定するため、できるだけ、抗生物質の使用を開始する前に、尿や喀痰、血液検体などを採取しておくこと

2)最初は、広範囲域の抗生物質を使用しても良いけれど、培養検出された原因菌などにより、より狭域の、的を絞った抗生物質へ以降させること

3)回復へ向かっている患者さんに対しては、注射から経口に切り替えができないか、随時、考慮していくこと

4)抗生物質の長期注射が必要な患者さんに対しては、入院期間を長引かせないために、外来や、訪問看護での抗生物質の継続治療を促進すること

といったことを実践していく。

こう書いてしまうと、何もかも当たり前のことではあるのだけど、このようなステップが、病院中の全ての患者さんに行き届いて行われているかを確実にさせていくのが、今の私の仕事の極みと言える。

また、この他にも、

週1回、糖尿病患者さんのフットケア治療カンファレンスと外来診察に参加。抗生物質の長期適正使用に、特に貢献できるエリアだから。

週1回、日頃から経過観察している患者さんの中でも、難治のものであったり、特に注意を払わなければならない症例について、感染症医局長医師と私が、病院中を駆け巡り、各病棟医師と協議する。いわゆる「感染症チーム病棟回診」。

それから、不定期ではあるけれど、MRSA 菌血症や、クロストリジウム・ディフィシルの患者が院内で発生した場合は、「どうしたら今後防止できるか」といった学びを得るため、感染症医局長医師、その患者さんの病棟担当医師、院内感染防止専門看護師、感染症専門薬剤師(私)、そして、病院内の清掃チーム長なども交えて、「大会議」を開く。特に、英国保健省は、各国営病院の規模に合わせて、一年間のクロストリジウム・ディフィシル新患発生上限を定め、それ以下に抑えることができれば、報酬金を出す、というようなインセンティブを設けている。だから、私が、抗生物質の適正使用をきちんと経過観察していなかった患者さんでこのような事態となってしまった場合は、本当に「吊るし上げられる」(泣)ので、毎日、真剣勝負で、仕事をしている。

それから、長期的な仕事としては、CQUIN と呼ばれる国家プロジェクト (Commissioning for Quality & Innovation の略)への参加。先のクロストリジウム・ディフィシル新患発生率の他にも、英国保健省は、広範囲域抗生物質の使用を「病院内で、今年 xx% 低下させたら報酬金を出す」とか、「敗血症の患者さんに、抗生物質使用開始後、24-72時間以内に治療を見直すような記載がカルテに残れされていれば、報酬金を出す」といったことも行い、抗生物質の適正使用を奨励している。そして、さらには、抗真菌剤使用の国家指針を作ろうと、現在、参照基準データを集めている途中なので、これらの院内でのデータ収集・解析も、私の業務の一部となっている。

昼食時を利用し、薬局のスタッフに対し、勉強会を開催することもある。「感染症と抗生物質使用の総論的なこと」を簡単に話すこともあれば、これまでに出くわして「これぞ」と思った症例を保存しておき、教育学習用として「ケーススタディ」にする場合もある。

これらの私自身のオリジナル「講義作品」をまとめて、いつか、「薬剤師向けの感染症・抗生物質使用のいろはの教科書」を作ってみたいなあ、というのが、最近思いついた、個人目標。

そんなこんなで、毎日が、目まぐるしく過ぎていく。

 

ところで私、日本で卒業した薬科大学、特に微生物や抗生物質の研究分野で、名を馳せている大学だった。3-4年次の卒業研究を、大学付属の細菌研究所で行ったんだけど、そこでの、私の「お師匠さん(=私の卒論指導教員)」が、本当に面白い人でね、今までの人生道中で、多大な影響を受けた人の一人。それで、私自身、「微生物の研究者になろう」と思っていた時期があった。

ちなみに、私の「お師匠さん」のブログは、こちらです(⬇︎)。出会った頃は、大学付属の研究所の主任研究員でしたが、時が経ち、教授となっている。もうかれこれ長い間、お会いしていないけれど、相変わらず、奇想天外で、熱くて、かっこいい人だと思う。

 

でも、色々な理由があり、大学院へ行く道が閉ざされてしまったの。それが決定した時、とてもショックで、「もう2度と、この分野での仕事はしないだろうな」と思った。

でも、それからほぼ四半世紀の後、私の職歴は巡りに巡り、今、私は、英国の病院の感染症専門薬剤師として働いている。この人生の番狂わせは、本当に、不思議。

当時憧れを抱いていた、微生物の学術的な研究ではなく、すでに市場にある抗生物質を、実際の医療現場で、今、目の前で必要としている患者さんに、あらゆる可能性と危険要素を想定しながら「どう」使用していくかを考えたり、病状経過を観察していくのも、とてもエキサイティングな仕事。薄い氷の上を歩くような思いで自らが下した判断で、患者さんが劇的に生死の境から回復したりすると、何とも言えない気持ちになる。英国で、抗生物質の適正使用は、今、最も「アツい」エリアの1つ。その第一線で働ける幸運を、噛み締めている。

振り返ってみて、この感染症専門臨床薬剤師の仕事の方が、アカデミックな研究職よりも、遥かに自分に合っていたと思う。

人生の旅は続き、正解は、本当に最後まで、分からないよね(笑)

 

そんなことを考えつつ。。。。

 

冒頭へ戻るんだけど、先週は「世界抗生物質啓蒙週間」ということで、英国中の医療機関で、色々な催しが行われた。

で、私、毎年、自分の勤務先の病院内での、このキャンペーンオーガナイザーを仰せつかっている。

英国では、日本人のように、美しきチームワークを持ってして働く人が少ないから、関係者を皆巻き込むのは本当に大変な所業(笑)。でも、今年もまあ、色々とてんやわんやしながらも、無事終了し、ほっとしているところ(写真⬇︎)。

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私の病院で実施した「抗生物質啓発週間」キャンペーン。ちなみに、私の右側にいらっしゃるのが、現在、一緒に「ガチ」で働いている、感染症医局長の先生。ちなみに、英国の医療用語で、医局長レベルの医師は「コンサルタント (Consultant)」という称号で呼ばれている。

 

このキャンペーン、具体的には、WHOや英国保健省のメッセージを受け;

抗生物質を適切に使用しないと、2050年までに、毎年、地球上で1千万人の人が、抗生物質による耐性菌で亡くなることになる。

それを防止するために、今、私たちが、できることは;

一般の方には「ウィルス性の風邪に抗生物質は効きません。出来るだけ耐性菌を作り出さないためにも、以前使用して家に残っていた抗生物質とかを、自分にも家族とかにも、容易に服用させないでね」

とか

医療従事者の方には「抗生物質を使用している患者さんは、是非、こまめに、経過観察して下さい。その方法とは『Start Smart - then Focus』です!」

などといったことを、啓蒙しまくりました。

 

それでは、また。