日英薬剤師日記

イギリスの国営医療(NHS)病院で働く、臨床薬剤師のあれこれ

英国国営医療サービス(NHS) スタッフの病気欠勤事情

 

久しぶりに、ひどい風邪を引いた。

 

約2年間に渡る任務が終わり、その脱力感からだったのだと思う。

その最後の週は「激務」そのものだったからね。

ハーフターム(Half Term = 英国内の学校の学期中間休み週)と重なり、有給休暇を取っている同僚の多い週だった(→注:英国では、子供だけが家に残り留守番をするのは児童保護法違反になる。で、このハーフターム期間は、シッターさんを雇うのが一苦労。しかも値段も跳ね上がる。だから、大抵の働くお母さんは、この週に有給休暇を取りたがる)。その方々の業務も請け負いながら、自分の過去約2年間に渡った仕事や現在進行中のプロジェクトの引き継ぎも行なった

今振り返れば、丸一週間、3度の食事の時間もままならず、走り続けていたよなあ。風邪を引いて当然だった。

私の過去約2年間に渡った「一般内科ローテーション業務」については、前回のエントリ(⬇︎)もどうぞ


で、新しい高齢者病棟でのローテーションの初日、身体の異変に気づいた。

翌日には、滝のような鼻水と、絶え間ない咳とくしゃみ。発熱はしていないので、インフルエンザじゃないよねえ、美味しいものを食べてよく寝たら数日で治るよ! と、楽観していたのですが。。。。

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風邪を引きはじめてから、ビタミンCを多く摂ろうと心掛けましたが、すでに時遅しでした。。。(涙)

体調は悪化の一途を辿った。日中は、新しく慣れない環境で、忙しく働いていたし。

で、4日目の朝、発熱してきたようだったので、ついに最終判断を下した。

「そうだ、病気欠勤(病欠)を取ろう!」と。

このままじゃ、担当病棟での、ただでさえ病弱な高齢者の患者さんに、風邪をうつしてしまいかねないと思って。

 

私が現在勤務する英国国営医療サービス (NHS)は、病欠が『超』取りやすい組織。

日本で薬剤師として働いていた時は、病欠すると、まずは有給休暇で穴埋めをする(させられる)システムだったように記憶している。私、日本で薬剤師として働いた約6年半は、病欠たったの一日だったので、これ、うろ覚えだけど。。。

でも、英国国営医療サービス (NHS)は、国内最大の国家公務員団体だから、そういった規定はきちんとしている。

有給休暇はそのままで、病気欠勤しても、その分のお給料も保証される。本当に、有難いことです。

英国の国営医療サービス (NHS) では、従業員が年次有給休暇を全て消化できないと、その上司の管理能力不足ということになります。そんな事情は、これらの以前のエントリ(⬇︎)もどうぞ

 

その根底にあるのは、患者さんのケアに関わっている以上、医療現場のスタッフたちは、皆、病気・負傷する可能性に常に晒されている、という至極当然の事実。患者さんの介護で身体を持ち上げることが多く、慢性の腰痛持ちになってしまったり、精神病の患者さんを看ている最中、理由もなくぶん殴られ、怪我をすることもある。身体を張って仕事をしている人には、安心して働けるよう、保障が必要。それに、最も身近な例では、今回の私のように、風邪を引いてそれを周りの患者さんや同僚にうつしてしまったら、その損害の方が甚大。それこそ未然に防止すべき、という考え。

そんな訳で、英国国営医療サービス (NHS) では、雇用者一人当たり、1年間の病欠日数が10日以内であれば「健康優良雇用者」とされている。

えええっ! 1年に10日も病欠を取っていいのですよ。

これ、すごく太っ腹ですよね。。。。実際には、10日以上とる人も、たくさんいます。

その上、長期に渡る病欠になった場合、6ヶ月までは、お給料も全額保証支給されます。だから、ガンなどと診断された人でも、治療に専念でき、職場復帰もしやすい環境が整っている。

5日以上の病気欠勤から「家庭医の診断証明書」が必要になるけれど、普通の風邪であれば自宅療養5日以内+週末2日程度で治る(はずだ)から、自己申告での「病欠」で、全く問題なし。

そして、家庭医の「診断書」も、いとも簡単に発行されている傾向にあります。

 

そんな具合だから、この素晴らしい病気欠勤制度、悪用されていることも多々。

その「悪用」の身近な例を挙げましょう。

例1)「病欠です」と言っておきながら、他の薬局でローカムとして(時給の良い)アルバイトをしていたりする薬剤師、結構います。

英国の薬剤師の働き方の一つである「ローカム」についてご興味のある方は、以前のエントリの、私の病院で現在ローカム薬剤師として働いてくれている「タヨ君」の例や;

以前、私が大変お世話になった、マネージャー薬剤師「エスターさん」のキャリア紹介の部分(⬇︎)もご覧くださいませ。

注)タヨ君もエスターさんも、病欠欠勤は悪用していません。あくまで「ローカム」という働き方の例として、ここに挙げました。念のため。。。

例2)「ストレスで仕事に耐えきれない」という理由で、家庭医から6ヶ月の病欠診断書を発行してもらい、厳寒の英国を脱出。常夏の母国(→ここではあえて国名は出しません)へ戻り、のんびりとした「長期の療養」のかたわら、英国国営医療サービス (NHS) から引き続き支払われている給与を元手に、自国で事業を立ち上げた。そして期限の6ヶ月後、その運営を兄弟に任せ、何食わぬ顔をして英国へ戻り、国営医療サービス (NHS) へ職場復帰した、といった話、いくつか聞き知っています。

例3)私の現在の職場は、常に人員不足で、一日に有給休暇が取れるスタッフの人数が制限されています。だから、スケジュールカレンダーは数ヶ月先までびっしり埋まっている状態(写真下⬇︎)

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私が勤務する病院薬局内の、常に数ヶ月後まで埋まっている有給休暇予定表。人気のある週(前述のハーフターム期間など)は、1年前から申込者を募り、誰が実際に休みを取れるかを抽選で決めているほど

でも、そんな時、転職活動をしている人は、面接の招待状が来ても、その指定された日に面接試験に行けず、絶好のチャンスを逃す。

そんな状況になった場合は、皆、当日の朝「急に体調が悪くなりました」と職場に連絡し『病欠』を取り、転職したい病院・薬局の面接会場へ向かう。これ、常套手段。

で、その「病欠」を取った人が、見事その転職試験に合格し、辞表を提出したとしても、薬局上層部は「その人が、いつ、どのようにその面接試験に行ったか」ということは追及しない。暗黙の了解ってことで。。。

 

でも、この「病気欠勤」、1年に3回以上取ると、「人事課」へ連絡が行くシステムになっている。「病気がちな人」という記録がそこに残され、将来、転職の際に、身元保証人からの推薦状にそのことが記載される可能性も出てくる。だから一応「病欠は一年に3回までが望ましい」というのが一般的なルール。

ただし、慢性疾患(例:喘息など)の持病を持ち、良くなったと思って出勤してきたら、数日後にまた悪化し再度欠勤、といったことを繰り返している人は「どこまで『一年に3回』になっているのか分かりにくい」ということで、うやむやになっている様子。

実は、私も、約4−5年ほど前に、一年で4回、病欠を取らざるを得なくなってしまったことがあった。1回目は街で暴漢による窃盗に遭い、所持品を全て奪われた後のショックで、10日間の休養を余儀なくされた。2回目は夏風邪を引き4日間の病欠。その後、同僚たちがバタバタと退職していった時期に、その穴埋めとしてなんと3ヶ月の間に7週間の日夜・週末当直業務を頼まれ、その間に、一冬でなんと2回インフルエンザに羅感したという年だった。

でも、これ、私の元に人事課から「警告」が来て、病院内の労働安全衛生課(写真下⬇︎)の人との面談の中で、一つ一つ事情を説明したら、暴漢に襲われた時のことは「不可抗力の事故」ということで病欠記録から消去された。2回のインフルエンザは「労災」扱いになった。何だかんだ言って「ちゃら」にしてくれたのでした。

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私の病院内の「労働安全衛生課」。英語では Occupational Health と言い、英国の国営医療サービス (NHS) の各病院には必ず設置されている。ここでは従業員に対する個人情報機密が厳守された健康相談、就業前の健康診断や必要な予防接種なども全て無料で提供されている

有難かったですね。だから、英国では、皆「国営医療サービス (NHS)」で働きたがるのだという理由、この時、ホントに理解できました。

国家公務員で、身体障害者の雇用も積極的に受け入れ(→特に事務系の仕事の大部分が、何らかの長期疾患や障害を持っている方々で担われています)、病気中も収入が保証され、民間組織ではとっくにクビにされているであろうような働きぶりでも解雇にならないとなれば、人気の高い働き口となるのは、当然です。

誤解のないように申し上げますが、英国国営医療サービス (NHS) の従業員の中でも、日本人並み、いやもしくはそれ以上に自己を犠牲にして働いている方々が、たくさんいらっしゃいます。でも、身を粉にして働いている人と、利権を貪っている人が両極端に分かれている組織でもあるんだよなあと、私自身、この英国最大の雇用団体に長年勤務していて、感じています。

 

で、話を戻し、私、今回は3日間病欠を取り、週末を挟み、丸5日間ずっと自室のベッドで生ける屍のように寝ていました。

つらかったけど、ありがたい経験でもありました。

風邪が「今まで相当、無理してきたよ。もうこれ以上、やっちゃだめだよ」というストップをかけてくれたのですから。。。

 

眠っていた間、色々な夢を見ました。

「本当に、これから薬剤師としてやっていきたいこと、私にとっての理想の仕事って、何なのかな?」という自己分析をしていたように、記憶しています。

従来の仕事の重圧を、一切シャットアウトした状態だったので、クリアな頭で、色々なことを考えられました。いや。。。実際には、鼻水と痰が気管につまり、常に咳き込み、半ばパニックになりながら、うんうん唸っていたので、ちょっとした悪夢も混じったものでもありましたが(苦笑)

 

一昨日からは復活し、また病棟を駆け巡っている日々です。お騒がせしました!

 

では、また。